一般的なM&Aにおいて取得企業の経理財務を担当する部署は、クロージング後から最初の決算日到来までの短い間に、M&Aに関連する会計処理、企業結合やPPA(取得原価配分)、買収した被取得企業との会計基準間差異に係る調整・開示など、複雑かつ多岐にわたるタスクを完結しなければなりません。
さらに海外企業を買収するようなクロスボーダーM&Aになると、会計制度・実務だけでなく、異なる言語、文化およびビジネス慣行という背景的な課題への対応も必要となります。
M&Aの類型により一定の相違はあるものの(例:買収対象企業が非上場、海外企業、親会社と異なる会計基準を適用など)、短い期間でタスクの処理にのみ終始した結果、M&Aの実行から時間が経過した後も、次に挙げているような課題を抱える企業が多く見受けられます。
M&Aの類型も増加する中、M&Aを実施した企業が直面する上記のような課題群を踏まえ、買収対象企業も含めた「経理財務ガバナンスの高度化」が強く求められています。こうした背景から、本稿では、合併後の統合(Post Merger Integration:PMI)プロセスにおける経理財務領域の対応事項の概要を説明するとともに、その先を見据えた経理財務ガバナンスの高度化のポイントについて解説します。
なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。
M&Aプロセスは「プレディール」「エグゼキューション」「ポストディール」の3つのフェーズに分類されます(図表1)。ポストディールにおける経理財務領域の主なタスクおよび役割は、取得日時点の貸借対照表/財政状態計算書(いわゆる「BS」)を適切かつ適時に作成することです。
取得日のBSの作成に際しては、一般的に、取得日とみなし取得日の考え方や取得日の会計処理、暫定的に決定した会計処理など関連する複雑な会計基準への対応や影響の把握が必要となります。
そのうえで、会計基準が異なる会社や成熟度が低い非上場の会社の買収など、難易度の高いケースでは、次の①から③におけるタスクのコントロールが極めて重要となります。
海外企業を買収した場合や、日本企業であっても採用する会計基準が親会社のものと異なる場合は、会計基準・会計方針の差異を把握するための調査や、会計基準の統一を図るための検討・協議などが必要になります。こうしたケースでは、親会社の会計方針を浸透させるのに時間を要するだけではなく、買収先に対応できるリソースがないなど、実務的に大きな負担がかかります。そのため、親会社担当者による決算作業のサポートや外部アドバイザーなどを活用して対応することが求められます。
買収対象企業は、統合後には親会社の連結決算に組み込まれるため、連結決算スケジュールに沿う形で連結パッケージの提出日を確定させることになります。特に非上場の会社である場合などは、決算スケジュール全体の早期化が必要になり、親会社の会社法監査意見日、決算発表などのタイミングから逆算して決算スケジュールを作成することが重要になります。
さらに、買収先に連結子会社が存在する場合は、その子会社を含めて決算処理を進める必要があります。このような場合には特に、財務デューデリジェンスなどを実施する段階から買収先の決算体制や決算スケジュールを把握し、買収後すぐにプロセスごとの早期化施策を実施することが求められます。
買収対象企業の事業が単純である場合、計算書類等で必要な注記情報のみを収集しているなど、買収後に親会社に提出する連結パッケージで求められる情報を保持していないこともあります。そのため、親会社に提出する連結パッケージ情報のうち、買収先の連結数値/注記情報でカバーできないものがあるかどうかをまず洗い出す必要があり、買収先のシステムや既存の連結パッケージの改修、または親会社連結パッケージとの統合作業が発生することになります。また、②で述べたように決算スケジュールの早期化が必要になることが多いため、従来のように注記情報の集計に時間をかける余裕はなく、さらなる早期化が必要になります。
その他、会社法監査だけを受けており、経理実務の成熟度が低い会社を買収するような場合、決算数値は会計監査人の監査が進む中で修正を繰り返し、決算書を仕上げている状況もよく見られます。一方で親会社の視点からは、連結パッケージ提出後の数値の修正は可能な限り避けたいため、以下のような対応が重要になります。
「はじめに」で述べたように、クロージング後から最初の決算日到来までに、対応が必須となる財務報告上のタスクは複雑かつ多岐にわたります。
他方、一般的にはPMIの中でガバナンス体制の構築や組織設計を検討すると考えられますが、経理財務ガバナンスについても全体のガバナンス体制や方針に応じて、親会社としてどのように管理をするのかという管理方針を決定することも重要になります。
統合のタイプや(経理財務)機能軸/事業軸との関係などを踏まえて買収対象企業の経理財務の状況を見える化し、親会社サイドでも把握できるようにしていくことが経理財務ガバナンスにおいて重要となるため、統合のタイプや機能軸/事業軸との関係を整理する作業も必要になります。
統合のタイプについては、自主性を重視する「委任型」、親会社が積極的に支援する「支配型」、完全に一体化する「吸収型」などがあります。どのタイプを選択するかは一概には決められませんが、親会社のガバナンスの方針だけでなく、買収対象企業の成熟度や地域性、文化などを勘案してガバナンス体制を構築していくこととなります。
機能軸/事業軸との関係は、一般的には全権委任型、役割分担型、親会社サポート型などがあります(図表2)。こちらについてもどの方向を目指すべきかを決定すべきです。
買収対象企業の経理財務の状況をどこまで親会社サイドで把握できるようにしていくのかを検討するにあたり、PMIの準備段階もしくはM&Aの実行段階(財務デューデリジェンスのタイミング)で、次の①から③のような項目を把握しておくことが重要になってきます。
連結グループとしてのポリシーやルール、業務プロセス、承認等に関する項目を親会社主導で標準化していることが望ましい姿と言えます。例えば、連結パッケージで収集する情報だけでなく、日常業務に関する統制や決算業務も親会社主導で標準化させるということであれば、業務統制のチェックリストや決算業務テンプレートを整備運用するといった対応も求められます。
会計財務報告・収集体制については、連結パッケージやそれ以外の経理財務に関する報告フォーマットの要件が整理されて運用されていることが望ましい姿です。買収に際して、買収対象企業や各拠点からの情報を収集するためのフォーマットを見直す場合も、フォーマットの要件定義・説明の実施に加えて、デジタルツールを用いて集計を効率化したり、不整合のチェックなどの統制をプロセスの中に組み込むことにより、買収対象企業の負担を軽減することも求められます。
会計財務モニタリングについては、リスクに応じてモニタリング手法などが整備されて運用されていることが望ましい姿となります。買収に際しては、従来の業績管理指標を見直すのが一般的ですが、その見直しに伴って業績管理指標に関連する経理財務データの情報収集範囲や粒度が変わるため、モニタリング手法も変わる可能性があります。また、デジタルツールを用いた可視化により、モニタリングの精度や効率性の向上を図ることも求められます。
なお、上場会社が買収対象企業となるケースでは、①については、親会社の要件を充足したデータ基盤が一定程度は整備されていることが多いと考えられるため、②および③についての方向性の検討と決定が必要になります。その一方、成熟度が低い非上場の会社が買収対象企業となるケースでは、①のデータ保持や会計基盤の整備についても親会社の要件を充足しているかなどの、追加確認の作業が必要になることもあります。
海外企業の買収の場合、自主性を重視して委任型の経理財務ガバナンスを採用するケースも増えていますが、委任が放任となってしまうと連結パッケージで収集する表面的な数値の把握のみとなってしまいかねず、さらにその他の財務報告のフォーマットと重複するといったことも考えられます。また、連結パッケージ収集後の買収対象企業への質問の繰り返しによる親会社経理部からのモニタリングでは、タイムリーな確認が難しいことに加えて親会社経理担当者のレベルの違いによりモニタリングにばらつきが生じることも想定されます。そのため、決算業務の標準化に加えてモニタリング手法の標準化を行い、買収対象企業にモニタリング機能の一部を移管して連結パッケージの収集と同時にモニタリング結果を報告させることも効果的です。
グローバルガバナンス体制の構築に関しては、ポリシーやルール、業務プロセス、システムデータを親会社主導でグループ標準化して運用できていることが肝要です(図表3)。ただ、全てを整備するには時間がかかるため、最も効果を得られる体制についても検討する必要があります。
PMIでの経理財務領域においては、必要なタスクについて網羅的にWBS(Work Breakdown Structure)を作成のうえ、スケジュール管理を行い着実に実行していくことが求められます。同時に、親会社としての明確なガバナンス方針のもと親会社経理部として買収したグループ会社の経理財務状況をどこまで・どのような方法で収集するか、また経理財務状況に加えてモニタリングについてもどこまで・どのような方法で標準化をすべきかの目標を明確にしたうえでの検討が重要です。
また、短い期間で複雑な会計基準への対応や標準化の方向性の検討、親会社や子会社を含む、社内の関連部署の連携などが必要な大きなプロジェクトとなることが想定されるため、外部アドバイザーとも連携し、適切なプロジェクト管理を実施することが成功のカギとなると考えられます。
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
パートナー 杉田 大輔
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
ディレクター 大平 亮
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