「近い将来、銀行はなくなる」という言葉を耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。
その背景として真っ先に挙げられるのは、政策的に低金利の状況が長期化していることにより、銀行の収益性が低下している点です。また、ネット銀行やフィンテック関連企業の急速な成長により、これまで銀行が担ってきたビジネスの一部が他の企業に代替されるようになってきているという課題もあります。事実、筆者も振り込みは全てネット銀行経由で実施し、またキャッシュレス決済を活用することによりATMで現金を引き出すこともかなり減りました。借り手の企業も、銀行からの借入に代わって、クラウドファンディング等を通じて直接投資家を募ることが容易となっています。
近い将来、銀行がなくなるというのは極端な話としても、このような状況から、伝統的な銀行が自らのビジネスモデルを見直す必要性は高まっていると考えられます。
一方で、銀行の融資先である企業は、新型コロナウイルス感染症(COVID19)拡大の影響による売上減少や、地政学リスク等に起因したサプライチェーンの再構築、生活様式の非対面への移行に適応するためのデジタル化など、銀行が支援できる可能性のある多くの課題を抱えています。
こういった状況を受けて、2021年5月「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律」が成立し、同月26日に公布されました。
同法は、銀行に関するビジネスモデル変革について多面的な影響を及ぼしますが、本稿では特に業務範囲規制の見直しの影響を受けると考えられる在庫ファイナンスビジネスに注目して、今後の展望を分析します。なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人または所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りいたします。
2021年5月の銀行法改正のうち、重要な改正の1つとして「業務範囲規制の見直し」があります。周知のとおり、銀行グループが実施可能な業務は銀行法で一定の範囲に限定されてきましたが、本改正において、社会経済において期待される役割を果たそうとする銀行等の取り組みを後押しする観点などから、業務範囲規制が見直されました(図表1)。
その一環として、銀行の子会社・兄弟会社については他業認可を個別列挙せず、銀行の創意工夫次第で幅広い業務を営むことが可能になり、これは非常に大きい改正点となっています。つまり、その業務が今回の改正の背景である「デジタル化や地方創生など持続可能な社会の構築に資する」ものであれば、基本的には認可される可能性が高いものと考えられます。
この改正を受けて、各銀行等はさまざまな新規業務に取り組んでいますが、上述のとおり、本稿では銀行等による業務提供が可能となった「在庫ファイナンス」を取り上げています。
在庫ファイナンスとは、サプライチェーンファイナンスの一種であり、広義には「在庫を利用した資金調達」です。在庫ファイナンスはサプライヤー、バイヤーともにニーズがあるサービスとなりますが、以下ではバイヤーサイドから分析します。バイヤーが在庫ファイナンスを利用する目的としては主にキャッシュフロー改善と在庫のオフバランス化(在庫リスクからの解放)があります。
需要に対して適時に供給を行うためには、在庫確保が必要となります。筆者が子ども用ゲーム機購入に3カ月費やす原因となった昨今の半導体不足は、電子機器製造企業であるバイヤーの在庫確保ニーズを一層高めたと言われています。
一方で在庫を確保するためには資金が必要であり、当該在庫が販売される前に購入資金の支払期限が到来すると、キャッシュフローが圧迫されます。このような近年のサプライチェーンの変化に対して、在庫ファイナンスは実質的に十分な在庫を手当てしつつ、それを利用して資金調達を可能とするため、キャッシュフローを改善する手段として重要性が高まっていると考えられます。
上述のとおり、十分な在庫を確保するためには資金が必要となるため、結果として貸借対照表の資産と負債が増加し、自己資本比率やROA(総資産利益率)を押し下げます。また、在庫管理費用も増え、陳腐化や滅失による減損といった、いわゆる在庫リスクをバイヤーが負担する必要があります。
このため、在庫ファイナンスを行う際に、バイヤーとしては在庫を貸借対照表に棚卸資産としてオンバランス(貸借対照表に資産として計上)させたまま担保として差し入れ、負債側に借入金を計上するといったアレンジメントではなく、貸借対照表の棚卸資産をオフバランスさせることができるアレンジメントのほうが望ましいと言えます。
日本の会計基準には、棚卸資産のオフバランス要件を直接的に規定している基準はなく、収益認識に関する会計基準に規定されている「資産に対する支配が顧客に移転しているかどうか」を判断するための以下の規定に基づいて検討することが通常と考えられます。
収益認識に関する会計基準(企業会計基準第29号) 37. 資産に対する支配とは、当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力(他の企業が資産の使用を指図して資産から便益を享受することを妨げる能力を含む。)をいう。 40. 資産に対する支配を顧客に移転した時点を決定するにあたっては、第37項の定めを考慮する。また、支配の移転を検討する際には、例えば、次の(1)から(5)の指標を考慮する。 (1)企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること (2)顧客が資産に対する法的所有権を有していること (3)企業が資産の物理的占有を移転したこと (4)顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い、経済価値を享受していること (5)顧客が資産を検収したこと |
収益認識に関する会計基準の適用指針 14. 会計基準第40項(1)から(5)の支配の移転を検討する際の指標については、次を考慮する。 (1)顧客が企業から提供された資産に関する対価を支払う現在の義務を企業に対して負っている場合には、顧客が当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を有していることを示す可能性がある。 (2)顧客が資産に対する法的所有権を有している場合には、顧客が当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力又は他の企業が当該便益を享受することを制限する能力を有していることを示す可能性があり、顧客が資産に対する支配を獲得していることを示す可能性がある。 なお、顧客の支払不履行に対して資産の保全を行うためにのみ企業が法的所有権を有している場合には、当該権利は、顧客が資産に対する支配を獲得することを妨げない。 (3)顧客が資産を物理的に占有する場合には、顧客が当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力又は他の企業が当該便益を享受することを制限する能力を有していることを示す可能性がある。 ただし、買戻契約、委託販売契約、請求済未出荷契約等、物理的占有が資産に対する支配と一致しない場合がある。 (4)資産の所有に伴う重大なリスクと経済価値を顧客に移転する場合には、顧客が当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を獲得することを示す可能性がある。 (5)顧客が資産を検収した場合には、顧客が当該資産の使用を指図し、当該資産からの残りの便益のほとんどすべてを享受する能力を獲得したことを示す可能性がある。 |
上記会計基準をバイヤーの観点から検討する際には「顧客」をバイヤーと読み替えて、会計基準を解釈・適用することになります。具体的には、バイヤーが以下のような条件を満たしている場合には、資産を認識しないと考えられます。
(1)資産に対する対価を支払う現在の義務をサプライヤーに対して負っておらず、
(2)資産に対する法的所有権を有しておらず、
(3)資産を物理的に占有せず、
(4)資産の所有に伴う重大なリスクを負わず、また、その経済価値を享受できる状態になく、
(5)資産を検収していない。
なお、現実的には、全ての指標が充足されるケースは稀であると考えられるため、オフバランス化を決定するためには、取引実態に即して例示されている5つの指標を総合的に判定する必要があります。また、判断にあたって、それぞれの指標の相対的なウェイトは均一ではなく、例えば、法的所有権を有していないにもかかわらずバイヤーが資産を認識するといった場合は、法的には所有権のない資産を支配しているということが、他の指標により強く示唆される必要があると考えられます。
2で説明した在庫ファイナンスの機能を有する代表的な業種としては、商社、リース会社、物流会社、銀行などがあります。以下、それぞれの強みと弱みを在庫ファイナンスの観点から分析します。
商社は、グローバルネットワークを活用して、自社のリスクによりバイヤーのニーズに応じた幅広い商品を調達できるという強みがあります。自社のリスクで商品を調達・保有するため、バイヤーが在庫リスクを負うことはありません。一方で、金融機能は商社にとっては副次的な価値提供となりますが、売掛金・受取手形などを通じたバイヤーの資金融通にも積極的に取り組んでいると言われています。
リース会社は、商品の所有権を自社で保有し、リース料という形でキャッシュフローを平準化できるという強みがあります。商品はリースに適した備品・機械等、バイヤーにとって多くの場合固定資産に区分されるものに限られますが、その所有権はリース会社が有するため、オペレーティングリースであればバイヤーが在庫を認識する必要がありません。しかし、会計基準の変更によって国際財務報告基準(IFRS)、米国会計基準(USGAAP)ではオペレーティングリースであってもバイヤー側で資産の認識が必要となり、日本の会計基準においてもオンバランス化される方向となっています。一方で、バイヤーにとっては初期投資が不要でリース料という形で支払いを平準化できるため、キャッシュフロー改善のメリットはあります。
物流会社は倉庫を有し、在庫管理のためのシステム等インフラが強固であるという強みがあります。商社と異なり、基本的にはバイヤーからの注文に基づいて商品を調達・保管するため、在庫リスクの一部をバイヤーが負担するリスクはありますが、所有権は物流会社が有するため、バイヤーの在庫のオフバランス化が達成されるケースもあると考えられます。また、強固なインフラにより在庫を長期間保有することが可能であり、近年ファイナンス機能も備えたロジスティクスサービスも展開しているため、バイヤーに対してキャッシュフロー改善の効果を提供している場合もあります。
銀行は、資金力を生かした柔軟なファイナンスサービスを提供できるという強みがあります。一方で、これまでは銀行グループが在庫を保有することは銀行法の業務範囲規制で認められていなかったため、バイヤーによる在庫のオフバランス化に資することはできませんでした。しかしながら、上述のとおり、銀行法改正によって法的に在庫を保有できるようになったため、上述の会計基準に即してバイヤーのオフバランス化も実現可能になりました(図表2)。
したがって、銀行法の改正により、資金力を生かしたキャッシュフロー改善というサービスに加え、今まで弱みであった在庫のオフバランス化で他業種に対して不利な状況が一部改善されたと考えられます。
業種 | キャッシュフロー改善 | 在庫のオフバランス化 | 特徴 |
商社 | 〇 | 〇 | グローバルネットワーク |
リース | 〇 | △ | 支払いの平準化 |
物流会社 | 〇 | 〇 | 在庫管理のインフラ |
銀行(改正前) | ◎ | × | 資金力 |
銀行(改正後) | ◎ | 〇 | 在庫のオフバランス化に関し、規制による不利な点は解消 |
出典:PwC作成
今後、日本の銀行における在庫ファイナンスビジネスの可能性を考える参考として、銀行法の業務範囲規制がない海外の銀行が在庫ファイナンスビジネスにどれだけ進出しているのかを確認しました。その結果、“Commodity finance” というキーワードで検索すると、知名度のある外資系投資銀行のほとんどは該当しました。その中でも、預金と貸出の規模が大きいため本業でない業務の資産が別掲されることが稀な銀行の財務諸表において、在庫ファイナンスの損益情報と在庫情報を個別に開示している銀行もありました。
当該銀行の直近の損益計算書によると、銀行の本業である純利息収入の約2倍、役務取引収益とほぼ同額のコモディティの純売買益が計上されています。この数値から在庫ファイナンスが銀行の主要なサービスとなる可能性を秘めたビジネスであると言えます。
コモディティの純売買益が増加している理由は、主に北米のガス市場と電力市場における需要と供給の不均衡による取引利益による増加と、特にガス、電力、グローバル石油といったコモディティ市場価格のボラティリティの上昇による顧客のヘッジ活動の増加によるものでした。
また、Value at Risk(VaR:1日後に生じうる各リスクの損失額)の開示によると、株価、利率、為替のVaRと比較し、コモディティのVaRは約10倍でした。このことはコモディティの市場価格のボラティリティが非常に大きいことを意味していますが、デリバティブ等を使った高度なリスク管理ができる銀行が、在庫ファイナンス業界で存在感を増してきている理由と推察できます。
4で見てきたとおり、特に海外の金融機関において在庫ファイナンスはますます重要なサービスとなってきています。したがって、在庫を持てるようになった日本の銀行にとっても、在庫ファイナンスはビジネスチャンスになっていくと考えられます。
一方、業界全体の今後の展望という意味では、ファイナンスのアレンジメントの形態によらず(支払いサイトの延長か、在庫を担保とした貸付か、あるいは金融機関等による在庫の買い取りかによらず)、ファイナンスの対象となるサプライチェーンに付随するデータや情報をいかに効率的に処理し、管理することができるかという点が共通した課題であると考えられます。
特に国際貿易においては、いまだL/C(信用状)等のペーパードキュメント上の作業が多数残っており、このような紙ベースの労働集約的な業務形態によるコスト構造が、取引条件や関係者のマージンに影響を与えています。当然、この領域においても昨今のテクノロジーの進化による、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)の多様な試みがなされており、貿易関連データの標準化やブロックチェーンを利用した貿易情報連携プラットフォーム等の開発がさまざまな国際機関、各国政府機関や民間企業で行われているのは周知のとおりです。貿易情報連携プラットフォームについては、立ち上げ期ということもあり、必ずしも順調ではない面もあるようですが、今後もこういった取り組みは継続していくものと考えられます。
このため、サプライチェーンにおける銀行の役割を考えると、銀行法改正により可能となった在庫ファイナンス機能の発揮のみならず、銀行に蓄積された貿易取引に対する知見とデジタルテクノロジーの融合によるサプライチェーン改革の牽引という広がりもあると考えられます。
PwCあらた有限責任監査法人
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ディレクター 服部 雄介