
COOやオペレーションリーダーが取り組むべきこと PwCパルスサーベイに基づく最新の知見
本レポートでは、世界の大企業の経営幹部673人を対象に、経営の戦略や優先順位を調査しました。COOはAIの活用拡大に強いプレッシャーを感じており、関連する人材の採用・育成に注力する一方で、業務に追われ将来のビジョン策定に注力できていない状況が明らかになりました。
エネルギートランジションは気候変動に関わる必須課題というだけでなく、この時代ならではの投資機会でもあります。ネットゼロを目指す動きは、市場経済の歴史の中で最も大規模かつ長期的・根本的な需要シグナルであると考えられます。欧州はすでに全世界の排出量に占める割合を1991年の33%から14%未満に減らしており、いろいろな意味で、エネルギートランジションおよびそれがもたらす投資機会の最前線と言えます。2021年に可決されたEUの欧州グリーンディールは、正味の温室効果ガスを2030年までに55%削減し、2050年までに初の気候中立大陸になるというさらなる目標を掲げています。
グローバル経済のエネルギーシステムおよびコネクテッドインフラを転換させるためには、世界的に大きなギャップを埋める必要があります。私たちはそうしたさまざまなギャップを明らかにしました。中でも財務上のギャップは顕著です。BloombergNEFの推計によれば、欧州のネットゼロトランジションには2050年までに29兆ユーロ(32兆米ドル)以上の累積投資が必要です。これだけの投資を実現するには、2030年までの間、毎年の投資額を2023年比で3倍にしなければなりません。欧州は気候投資市場としての魅力が豊富にあるため、資本を投じるのに適しているはずです。気候支出のイニシアティブやインセンティブが数多く盛り込まれた欧州グリーンディールは、法規制上の安定性を測る健全な尺度となります。対欧州投資のマクロ経済的リスクは比較的低水準です。また、サステナブルファイナンス開示規則などの政策により、金融機関はトランジションの計画を作成し、その進捗を報告しなければなりません。
理論上は、投資機会を求める資本が不足することはありません。データ企業のプレキンによると、プライベートキャピタル業界のグローバル運用資産(AUM)は2023年時点で総額13兆3,000億米ドルでしたが、これはエネルギートランジションに投資できる資本プールの1つにすぎません。エネルギートランジションは多様な投資ポートフォリオの機会を生み出し、アセットインテンシブ、アセットライト、サービスベース、テクノロジーフォーカスなど、実に幅広い投資マンデートをカバーします。大学のスピンアウトやプライベートスタートアップ、企業の研究開発から既存大手企業まで、リスクスペクトラム上の全てのポイントがカバーされます。
しかし、ロンドンで開催されたPwCのラウンドテーブルの参加者たちが述べたように、投資家は他のセクターではあまり見られない、エネルギートランジション投資の大きな障害に直面しています。気候投資のニーズと、プライベートキャピタルの伝統的な強み、限界、経営モデルとの間に相当なミスマッチがあるのです。特に、極めて重要なアーリーステージ投資に関してリスク資本が不足しています。したがって、この刺激的かつ重要なセクターで活用されるプライベートキャピタルの規模を最大化するためには、政府と民間セクターの協力が欠かせません。
下の図が示すように、全ての気候投資が同じリスクプロファイルを有しているわけではなく、全ての気候投資が全ての投資家に適切なわけでもありません。本稿では、市場を「ネットゼロソリューション」と定義しました。あらゆる経済セグメントで脱炭素化を進めるのに必要な資産、サービス、技術を意味します。私たちは投資家との協業経験に基づき、この市場を大きく4つのセグメントに分類しました。
各セグメント区分をクリックすると詳しい情報を見ることができます。
「開拓」セグメントは最も初期の段階で、核融合などまだ開発中の技術や、マーケットプロポジション(価値を提供する市場)の開拓を優先中のソリューション(個人のカーボンフットプリントに関わる消費者向けソリューションなど)が含まれます。これはベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーの領域、つまり次なる「ブレークスルーテクノロジー」の支援を旨とするハイリスク、ハイリターンの投資です。「発展」セグメントは、実績があるものの、高コストや消費者の懐疑心などのせいでまだ大規模に採用されていない技術やソリューションが対象です。このセグメントの投資機会としては、燃料電池、バッテリーリサイクル、ヒートポンプ(一部の市場)などが挙げられます。資金提供者は、優れた機会の展開・拡大への資金投入をいとわないプライベートエクイティ企業やコアプラス・インフラ・ファンドなどです。「成熟」セグメントに含まれるのは、電気自動車(EV)や充電インフラ、グリッドスケールの再生可能エネルギーなど、ビジネスモデルの実績と確かなキャッシュフローおよびリターンを伴う、市場に浸透済みの技術やソリューションです。これはコア・インフラ・ファンドや長期プライベートエクイティが得意とする領域で、大規模な取引が可能です。最後に、高炭素資産の責任あるスチュワードシップの重要性や、金属、セメント、精製などの重要産業を脱炭素化する「ブラウン・トゥ・グリーン」投資マンデートを勘案した「持続」セグメントも加えて、全部で4つのセグメントとなります。
投資家、そして社会全体が目指すのは、カーブの上方へテクノロジーを移行させることです。すると資本プールの規模が拡大して投資コストが下がり、早い段階でリスクをとった投資家に魅力的なリターンが生まれるとともに、資金力のある投資家がそのテクノロジーをさらに拡大するようになります。
したがって官民セクターの利益は一致しています。投資のリスクを軽減し、投資の障害をなくすことで、全てのステークホルダーがリターンを得られます。
欧州のエネルギートランジションにおいては、必要な場所に投資が回らない原因となる3つの大きな障害があります。
第一に、リスク資本が不足し、エネルギートランジションのニーズとのミスマッチが見られます。PwCの分析によると、英国では脱炭素化の56%は商業的に未成熟のテクノロジーやソリューションによって実現する必要があります。しかし欧州は北米などの地域に比べて、リスクを伴う資本を敬遠しがちです。プレキンの分析によれば、欧州のベンチャー・キャピタル・ファンドが運用する資産の総額は同地域のGDPの0.8%であるのに対し、北米ではそれがGDPの3.8%と5倍近くになります。また、現在のアーリーステージ投資は排出量削減が容易なセクターに集中しすぎています。PwCのレポート「State of Climate Tech 2023」によると、気候関連のベンチャー資金の74%が、エネルギーや輸送など、トランジションが順調に進行中のセクターに投じられており、建築、食品、農業、重工業など、資金を最も必要とするセクターはあまり重視されていません。
「開拓」セグメントの場合、長期的な展望が求められ、成功の可能性も不確かなことから、投資が見送られがちです。「発展」セグメントのネットゼロソリューションにも固有の問題があります。効果は実証済みなのですが、高炭素ソリューションと商業的に競争できる状態にはまだありません。コストを下げるには大量生産への投資が必要ですが、過去に例を見ない製造プラントの建設は巨額かつリスクを伴う投資を要します。ベンチャーファンドはそれほどの巨額投資には馴染みがなく、プライベートエクイティ企業もそれほどハイリスクな投資には概して縁がありません。この種の投資を軌道に乗せるためには、ブレンデッドファイナンスが重要な役割を果たします。
第二の障害は、テクノロジーがリスクカーブを上下に速いスピードで移動してしまうこと、場合によっては行き詰まってしまうことです。動きが目まぐるしい不完全なエコシステムは、コストや消費者需要、規制、助成金の急速な変化に影響されます。こうした不確実性が投資家、とりわけ確かな長期的リターンになじんだ投資家をさらに遠ざけることがあります。欧州では、公共のEV急速充電インフラが2018年には「開拓」セグメントでしたが、2022年には「成熟」セグメントへ移行しました。こうした急速な資本コストの圧縮により、投資家は迅速な意思決定を強いられます。チケットサイズ、リスク選好度、資本コストなどに関して完璧なチャンスを待つ投資家は、好機を見逃す恐れがあります。デンハム・キャピタルのサステナブルインフラ担当マネージングディレクター、Sarah Laneは2016年に英国のEV充電インフラに初めて投資しました。その頃、同国で販売されていたEVは4万台足らずでした。「ところが今は100万台以上が走っています」と彼女は述べています。「私たちはこの未来資産をどうやって現金化するか、決めなければなりませんでした。大きな資本コミットメントですから、どんなメーカーがEVドライブトレインに投資しているかをもとに早期の決定を下しました」
第三の障害は、脱炭素化のビジネスモデルが1つの資本タイプに必ずしもぴったり適合するわけではないことです。例えば、私たちはインフラ、技術、サービスをまとめて提供できる、EVフリート充電市場の魅力ある企業と仕事をしたことがあります。しかしプライベートキャピタル市場の発展の経緯のせいで、多くのファンドは資産クラスやファイナンスタイプ、サブセクターごとに専門特化しており、融合的なビジネスモデルに投資しにくくなっています。それぞれの分野ごとにモデルをつくることはできても、同じビジネスの異なる部分に異なる資本コストを適用できるファンドはほとんどありません。
上述した大きな障害を考えると、エネルギートランジションに対するプライベートキャピタル投資がまだ最大レベルに達していないのは明らかです。目標を設定し、サポートを提供する上では、政府の政策や協力が重要な役割を担います。具体的には以下の3つの領域が重要です。
特定技術のリスクを低減させるような政策を講じる。欧州の投資家はリスクを回避する傾向が強く、「開拓」セグメントの技術にはない確実性を一定程度要求します。ここで政府が戦略的に介入する必要があります。炭素回収(「発展」セグメント)、水素動力船(「開拓」セグメント)、小型モジュール炉(「開拓」セグメント)はどれもトランジションにとって重要です。しかし成熟へと向かうとき、それぞれが技術的・資金的に異なる課題に直面し、それぞれが独自のインセンティブや規制を必要とします。例えば炭素回収の場合、輸送と貯留に必要な共通インフラへの投資を回収するための商業モデル(規制資産ベースなど)を築けば、投資をさらに拡大し、ネットワークベネフィットを促進する効果があります。
リスク軽減に不可欠な「明確さ」は、基本的に、1つの規制期間である数年しか提供されません。投資家は資産のライフサイクル全体を通じて明確さを求めており、それは50~60年に及ぶこともあります。政府は長期的なコミットメントを提供することでそのような投資家を安心させることができ、それがアーリーステージの資金供給につながります。例えば小型モジュール炉の場合、将来のエネルギーミックスにおけるその役割について政策面で安定したコミットメントを示せば、投資家やOEMメーカーに対して、商業化には長い時間がかかるけれども、さらなる投資や取り組みの価値はあるという需要シグナルを送ることができます。
官民の資本ギャップを埋める。投資機会の規模とスピード、そして必要性を考えると、政府もまた流動性を提供し、アーリーステージ投資のリスクをいくらか緩和する必要があるかもしれません。この手法はブレンデッドファイナンスとして知られています。例えば、排出削減が困難な産業の脱炭素化には長期的な水素貯蔵が必要になるでしょう。しかし水素には大きな不確実性がつきまとうため、そうした産業は多額のプライベート投資を呼び込むことができません。再生可能グリッドを促進したいと政府が考えているなら、水素投資のリスクを官が軽減しなければなりません。例えばドイツでは、政府が「炭素差額決済」という資金補助プログラムをスタートさせています。これはトランジション技術への投資による追加コストを15年にわたって相殺するというものです。他にも、プライベートエクイティ企業のブラックロックとシンガポール政府所有の投資会社テマセクが50%ずつ出資したジョイントベンチャーの脱炭素化パートナーズは、先に示したリスクカーブの2列目(「発展」セグメント)ではもっとリスクの高い投資を引き受けることを責務としています。
民間セクターがまだ投資できない分野に資金を提供する欧州投資銀行(EIB)は、市場がまだ幼年期にあったとき、欧州の洋上風力発電セクターに資金を供給しました。そして同セクターが成熟し、リスクプロファイルがプライベートキャピタルにとって魅力的になると、手を引いていきました。2019年、EIB理事会は気候・環境へのコミットメントを強化し、EIBグループを「EU気候銀行」へと転換させました。同行は2030年までの重要な10年間に1兆ユーロ(1兆1,000億米ドル)をグリーンプロジェクトに投じるという高い目標を掲げ、浮体式洋上風力発電、EVバッテリー、グリーン水素、グリーンスチールに対するリスクの高い投資を行おうとしています。
しかし、欧州のアーリーステージのトランジションプロジェクト全てにEIBが資金を提供するわけにはいきません。EUの2030年の気候目標を達成するには、さらに4,000億ユーロ(4,400億米ドル)を毎年投資しなければならないとされます。エネルギートランジションではプライベートキャピタルが重要な役割を果たさなければなりませんが、EIBも進捗の触媒役になることはできます。「変革投資にはリスク資本と長期的ファイナンスの両方が必要です」と、同行のオペレーション担当デピュティ・ディレクター・ジェネラル、Elina Roineは述べています。しかし今は「リスク資本はたいてい長期ではなく、長期資本は往々にしてリスクを嫌います。資金の流れをエネルギートランジションへ向かわせ、そのスピードを加速させるためには、この2つの極が歩み寄るようにしなければなりません」
キャピタルリサイクル(資本の再投資)も重要な手法です。これを正しく実行すれば、政府は脱炭素化ソリューションの開発を加速できるだけでなく、その過程で儲けを出すこともできます。政府の資金はアーリーステージ投資または市場のギャップを埋めることができます。そしてその資産や技術が成熟したら、それらの投資はよりリスクが低いファンドに回り、次世代の高リスクプロジェクトへの投資資本が新たに生まれます。英国政府は2024年7月、新しく設立するナショナル・ウェルス・ファンドの下で英国インフラ投資銀行と英国ビジネス銀行を連携させる計画を発表しました。同ファンドは、グリーン水素、産業脱炭素化、バッテリーギガファクトリーやバッテリーポートなど、重要性の高い分野への民間投資を促すために公的資本を提供します。
エネルギートランジションで肝要なのは資金調達だけではありません。何重もの資本の層の下には、欧州のステークホルダーが活用可能なリソースがもう1つ存在しています。それはデータです。データは複雑なインフラを可視化することで、投資のリスク軽減に際して重要な役割を果たします。例えば、英国で公共交通を運営するファーストグループは自社のバスを電化したいと考えていました。しかし、バッテリーが車両コストの大部分を占めます。バッテリーの性能や残存価値に関して最も優れたデータを持つ日立は、電動バス1,000台からバッテリーを切り離し、それらを別の資産クラスとして扱うことでファーストグループを手助けし、投資全体のリスクを低減させました。「私たちは市場がまだ十分理解していない、まったく新しいテクノロジーを扱っています」と、日立ゼロカーボンのCEO、Ram Ramachanderは述べています。
フリートの電化では、車両からバッテリー、充電スタンドまで、バリューチェーン全体でデータが生み出されます。これらのテクノロジーは全て、より幅広い輸送・エネルギーインフラとやりとりします。1つのプラットフォームを通じてデータを関連づければ、フリート所有者とその資金提供者はフリートを最適化することができます。
「データそのものがイネーブラーであり、ツールです」と、イグネオ・インフラストラクチャ・パートナーズのIR責任者、Stephen O’Sheaは述べています。「水道施設や地域熱供給網で遠隔測定システムを配備すると、オペレーションの効率が高まり、漏れの予測による予知保全が可能になります」
AIを使ってエネルギートランジションに価値をもたらす方法については、産業界はまだ学習途上です。しかしAIは必ずネットゼロの機会の実現を早め、企業の資産最適化を支援し、投資決定のリスクを軽減します。例えばEVフリートのオーナーは、バッテリーの寿命に過度のストレスを及ぼすような運転をするドライバーを明らかにし、ドライバーのパフォーマンスを最適化するための訓練プログラムを開発することができます。
世界のエネルギーシステムの脱炭素化は、実に途方もないタスクです。データ、テクノロジー、資本のマネジメントにおけるベストプラクティスを組み合わせれば、進捗が加速されるでしょう。
欧州全体でエネルギートランジションを実現するためには、政府、投資家、企業が協力しなければなりません。トランジションを成功させるためには、その三者が現在の思考に疑問を抱き、今までとは違う方法で力強く取り組む覚悟をしなければなりません。
本レポートでは、世界の大企業の経営幹部673人を対象に、経営の戦略や優先順位を調査しました。COOはAIの活用拡大に強いプレッシャーを感じており、関連する人材の採用・育成に注力する一方で、業務に追われ将来のビジョン策定に注力できていない状況が明らかになりました。
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