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対処すべき変化の1つは、重要鉱物市場に「政府」という重要なプレーヤーが新しく登場したことです。需要の急拡大やサプライチェーンが集中しすぎていることによるリスクを考えた各政府は、重要鉱物へのアクセスを確保するため、さまざまなアライアンスを結び、新しい政策を打ち出し、資金を投じています。こうした動きは鉱業ビジネスに変化をもたらすでしょう。例えば、公的資金の流入により、鉱業事業者は鉱業資産やサプライチェーン資産から見込めるリターン(利益率)を見直す必要が出てきます。また、政府がインセンティブや介入によって競争条件を変化させれば、投資リスクの増大や競争の激化も促され、それらにも対応しなければなりません。
脱炭素化という喫緊の課題もあります。エネルギー転換に必要な重要鉱物などに対する需要の高まりに応えるため、鉱業事業者は生産を増強する必要があるでしょう。しかし同時に、CO2排出量も減らさなければなりません。鉱業企業CEOの3分の1以上が、自社が気候関連のリスクにさらされていると考えています。ただプラスの側面として、脱炭素化をきっかけに、鉱業事業者はバリューチェーンのあらゆる箇所で価値を創造するチャンスがあります。低炭素化の技術や手法で効率を高め、顧客の要求が高まる「グリーンメタル」の生産のために加工業者と連携し、サステナビリティ(持続可能性)とリンクした資金にアクセスする鉱業事業者が次第に増えています。
しかし、再生可能エネルギーや低排出経済への移行は簡単ではありませんし、鉱業のあり方を変えるのも容易ではありません。鉱業企業上位40社の2022年の業績は堅調でした。総売上高は7,110億米ドルに達し、2021年の記録に迫る水準でした。バランスシートは堅固で、負債も低水準で推移しています。
ただし、コスト増や不透明な経済情勢の中、EBITDA(利息・税金・減価償却・減損控除前の利益)は減少しました。
さらに、鉱業コモディティの売上構成比が変化しました。需要の増大を受けて、2013年以来久しぶりに、上位40社の売上高で石炭が最大となったのです。世界のエネルギーニーズを満たす上で、石炭事業にはまだ果たすべき役割があるようです。とはいえ、長期的には石炭の売上高は明らかに減少傾向にあります。
つまり、鉱業事業者は持続的成長のために自社のポジショニングを見直す必要があります。実際、2022年のM&A案件を見ると、彼らがそのために投資を積極的に進めていることが分かります。クリーンエネルギーへの世界的な転換へ向けて、鉱業企業が規模の大小を問わず競ってポートフォリオを見直す中、2022年のM&Aは重要鉱物をめぐるものが支配的でした。大企業がジョイントベンチャーや変革のためのM&Aを目指す一方、中小企業の中にも数十億米ドル規模のM&Aを成立させるところがありました。さらなる統合の進展、ますます不安定化する価格、政府介入の継続などを踏まえて、鉱業事業者は徐々に縮小するM&Aの機会を逃さぬよう、素早く行動を起こさなければなりません。
成功し続けるためには、財務的な健全性の確保だけでは不十分です。上位40社は働き手も惹きつけなければなりません。特に技術系人材は、自動化やデジタル化、AI化が進む鉱業オペレーションにとって欠かせない存在です。しかし、それ以前に働き手の数そのものがもっと必要です。したがって、自分が鉱業向きではないと考える人々にとってもオープンでインクルーシブな環境を整える必要があります。これから人材を募ろうとする鉱業事業者は、ビジネスのさまざまな部分で求められる改革の1つとして、人事戦略を再検討しなければならないでしょう。変革を通じて初めて、上位40社は価値を創造し、経済的繁栄や低炭素の未来を実現することができるのです。
2004年、PwCは世界の大手鉱業企業に関する年次レポート「Mine」をスタートさせました。以来、鉱業界は途切れることなく、そしてたびたび劇的に変化してきました。その変化が今日の鉱業事業者に何をもたらし、今後何をもたらすのか――それを読み解いていきましょう。
「Mine 2012」は、再生可能エネルギーや気候変動への注目が高まる状況下での石炭の役割を検討し、鉱業企業上位40社のうち19社が石炭から収益を得ているとしました。昨年はそれがわずか11社でした。それでも、短期的な価格変動と長期的な戦略的ポジショニングがリンクしていないため、石炭は2022年には業界で最大の収益を稼ぎました。一方、再生可能エネルギー技術や電気自動車の生産を下支えする重要鉱物の需要も大きく伸びています。その結果、上位40社の現在のコモディティ構成は10年前に比べて多様化しています。
年次レポート「Mine」がスタートした20年前に比べ、上位40社の時価総額は3倍以上になりました。その主な要因は企業統合です。「Mine」第1版における上位40社のうち3分の1以上が、業界を一変させる巨額のM&Aを次々に成立させ、他社と合併しています。今後も巨額のM&A案件の成立がさらに見込まれます。
鉱業事業者はこの20年で資本配分の規律を強化してきましたが、それは果たしてやり過ぎだったのでしょうか。2008年の世界的な金融危機までは、株主への現金還元よりも生産や買収を重視していましたが、金融危機が収まってくると、配当や資本投資を増やし始め、あわせてさらなる買収を目指しました。そして2015~16年に業界はサバイバルモードへと突入します。以来、バランスシートの改善や株主への還元に重きが置かれ、資本投資は優先度が下がりました。ここ数年においても、利益が増加する中、資本投資の大部分は資源権益(開発する鉱物の種類や量)の拡大ではなく、既存プロジェクトの近代化に向けられています。こうした戦略によって、鉱業事業者が次なる需要・成長サイクルで成果を出しにくくなるのかどうかは、まだ分かりません。
「Mine 2010」では、業務の自動化やリモートワークのための新しいテクノロジーが登場したことを取り上げています。当時の鉱業企業CEOがほんの数年前には「聞いたこともない」と評した技術です。「Mine 2017」の頃には、上位40社のほとんどが最新のデジタル技術をいち早く適用しつつありました。新型コロナウイルス感染症(CIVID-19)の流行がこの傾向に拍車をかけ、鉱業事業者は安全な業務遂行のためにテクノロジーの導入を速めざるを得ませんでした。今や自動化、デジタル化、AI化は鉱業オペレーションの中核的要素であり、そのスキルを備えた労働者の確保が必須です。ただ、鉱業事業者にとってそうした人材に如何に採用するのかというテーマは、大きな課題となっています。
出典:世界経済フォーラム
成功する鉱業企業はステークホルダーの要求、とりわけサステナビリティ重視を求める声に応えてきました。私たちは「Mine 2007」で初めて、鉱業事業者の「営業ライセンス」を守るためにはステークホルダーの関心事に注意を払うことが必要不可欠、との考え方を論じました。しかし2012年の時点で、上位40社のうち単独のサステナビリティレポートを発表していたのは40%にすぎませんでした。ところが5年後には、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)スタンダードに沿って90%の企業がサステナビリティレポートを発表していました。そして現在は、情報開示だけでは明らかに不十分となっています。ステークホルダーに信頼され続けるためには、サステナビリティの目標を定め、目標達成へ向けた進捗を明確に示さなければなりません。
出典:PwC分析
重要鉱物の時代が到来しています。鉱業事業者にとってはチャンスであると同時に、需要増に伴う供給不足も懸念されます。各国政府が銅やリチウムなどの重要鉱物へのアクセスを確保するべく動き出す中で、競争環境が再構築されています。今や、鉱業事業者はまったく新しい業界ダイナミクスを考慮する必要があります。
昨年版の「Mine」では、鉱業の未来を決める鉱業コモディティとして重要鉱物の出現にスポットを当てました。クリーンエネルギーや国防にとってのその重要性を各国が認識するようになり、1年たった今、同分野への関心は高まるばかりです。地政学的な不透明さによって事態が複雑化し、重要鉱物をどこから入手できるのかが見通しづらくなっています。そこで各国政府は、さまざまな提携を結び、政策や法律を策定し、重要鉱物の安定供給につながる取り組みに資金提供するなど、素早く対応政策を打ち出しています。そうした動きが鉱業事業者を取り巻く各種の条件を一変させ、競争の激化、リスクの増大をもたらしています。
重要鉱物をめぐる協業を中心とした、政府間の戦略的パートナーシップや貿易協定
重要鉱物およびサプライチェーンの保護、確保、推進を目的とした法規制や政策
重要鉱物およびサプライチェーンのベンチャー企業に対する、政府からの直接の資金提供、または政府保証の資金援助
この1年、戦略的アライアンスの強化や新しい貿易協定を通じて重要鉱物へのアクセスを確保しようとする国が増え続けています。そうした取り決めのほとんどは合意から間がないため、どのような影響や効果があるかはまだはっきりしません。しかし、相当大きな影響が出る可能性があります。既存のサプライチェーンを構成し直すには、巨額の資本が新たに必要となり、それが供給の混乱、価格変動の原因になるかもしれません。
2022年6月発表
米国務省主導で、政府および民間の投資を促すのが狙い。パートナーとして加わる政府は、オーストラリア、カナダ、フィンランド、フランス、ドイツ、日本、韓国、スウェーデン、英国、米国、EUなど。
2022年6月発表
オーストラリアとインドは、重要鉱物資源およびサプライチェーンの開発で協力体制をさらに強化するのが狙い。
2023年3月発表
電池用鉱物(リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイト、マンガン)に関するこの協定は、日本の自動車メーカーや重要鉱物加工業者が米インフレ削減法(2022年)の恩恵を受けやすくするのが狙い。
このところ、多くの国が重要鉱物の生産・加工・製造に対応する法律を導入するようになっています。カナダは重要鉱物戦略の見直しを実施し(2022年12月)、EUは重要原材料法を発表(2023年3月)。英国は重要鉱物戦略を刷新し(2023年3月)、オーストラリアも2023年に現行戦略の見直しを予定しています。しかし、その中でも最も重要なのは、米国のインフレ抑制法(IRA)です。これは、気候変動に焦点を当てた米国史上最大規模の法案です。
クリーンエネルギー関連の産業およびサプライチェーンを支援するために3,700億米ドル規模の支出や税控除を盛り込んだIRAでは、重要鉱物への投資に回せる公的資本が大幅に増額されます(そして半導体・科学法〔CHIPS法〕、「アメリカ製」の各種規定など、米国の他の法律や政策がIRAを補完します)。IRAは大手鉱業企業に多大なチャンスをもたらします。鉱山を物理的に米国へ移すことはできないにしても、業務プロセスや投資計画、オフテイク協定、加工ルート、労働力などを変更して、IRAのインセンティブを活用することができます。
インフレ削減法(IRA)により、エネルギー省の融資保証プログラムに400億米ドルの追加資金を供給。重要鉱物のプロジェクトや加工など、革新的なクリーンエネルギープロジェクトの推進を加速させる。
IRAに基づき、米国で採掘または産出される重要鉱物の生産コストに年10%の税控除を提供。
IRAにより、米国での重要鉱物の採掘や加工に対して5億米ドルのインセンティブを提供。国防生産法とも歩調を合わせ、重要鉱物の備蓄確保などの対策をとる。
IRAでは、米国での最終組み立て、あるいは米国やその主要貿易パートナーからの電池部品調達という要件を満たす電気自動車メーカーに税控除を拡大。
CHIPS法により、重要鉱物の採掘戦略・技術に関する研究を促進するための助成金を提供。
超党派インフラ法に基づき、クリーンエネルギー技術のサプライチェーンにおける人材育成および製造に対して86億米ドルを分配。
最近のもう1つのトレンドとして、各国政府が重要鉱物のプロジェクトやサプライチェーンへの投資資金を確保するようになっています。例えばオーストラリアの輸出信用機関である輸出金融公社は、重要鉱物プロジェクトに対する民間資金のギャップを埋めるため、重要鉱物向けの融資制度を新設しました。2022年、同公社はオーストラリアの鉱業企業イルカ・リソーシズに10億5,000万米ドルを融資することに同意しました。西オーストラリア州に完全統合型のレアアース分離施設をつくるためです。オーストラリア政府はまた、150億米ドルの国家再生基金の一部を、国内に加工、精製または製造拠点を築く重要鉱物企業に振り向けています。
米政府も重要鉱物プロジェクトに多額の資金を提供しています。例えばエネルギー省のローン保証プログラム室は、米国の電池リサイクル業者レッドウッド・マテリアルズがネバダ州に電池素材工場を建設するのに20億米ドルの条件付き資金を提供し、米国の鉱業企業イオネアのネバダ州ライオライトリッジ・リチウム・ホウ素採掘プロジェクトに7億米ドルのやはり条件付き資金を拠出しています。またシラー・リソーシズに対しては、ルイジアナ州でのグラファイト加工施設の開発に1億200万米ドルを提供しています。
各国政府のこうした動きにより、重要鉱物企業、そして鉱業事業者全般の競争環境は主に5つの点で急速に変化しています。鉱業企業はライバルに後れをとらないよう、この変化に適応しなければなりません。
1. 重要鉱物に対する需要の増大 市場が逼迫する中で重要鉱物の供給を確保しようとする国が増え、それに伴って国が買い手になる事例が見られるようになっています。戦略的備蓄という考え方は、伝統的なエネルギーシステムにとって不可欠な燃料資源において先例があります。例えば、米国の石油やウランの戦略的備蓄が挙げられます。重要鉱物の将来的な必要性を考えた政府は、そうした資源も戦略的にストックしようとするかもしれません。実際にEUやインドでは、政府が後ろ盾になった調達活動が行われています。
重要原材料法の一環として、EUは重要鉱物の購入を一元的に担う機関を設立すると発表。同法では、「需要をとりまとめ」、EU圏内の重要鉱物エンドユーザーのための購買システムを構築する計画案が示されている。
インド鉱山省は、国内経済向けに重要鉱物の供給を確保するため、合弁企業のKhanij Bidesh India Ltd.(KABIL)を設立。KABILはオフテイク契約に積極的で、すでにアルゼンチンやオーストラリアとは、特定の重要鉱物の調達契約を結んでいる。
2. 財務状況の変化 政府借入金の金利が低いため、民間セクター(たとえ信用格付けが高い企業であっても)より公共セクターのほうが資金調達コストは少なくて済みます。政府保証による資金は、鉱業企業やその株主に通常期待される投資リターンに比べて、求められる名目(またはインフレ連動)リターンが小さくなると思われます。重要鉱物やサプライチェーンプロジェクトに自らの資本をつぎ込む政府が増えると、鉱業事業者はこれと競争するため、目標とするリターン率を下げる必要があるかもしれません。
3. 投資リスクの増大 重要原材料市場への政府の介入は、輸出制限、場合によっては資源ナショナリズムなどの形で着実に増えていますが、これはもっと大きなトレンドと連動しています。つまり、経済協力開発機構(OECD)によると、工業用原材料に対する輸出制限がこの10年間で5倍に増えているのです。重要鉱物に関しては、政府の政策がとりわけ顕著です。今後の政府の対応が見通せないため、鉱業事業者はカントリーリスクプロファイルを評価し直す必要があるでしょう。これは投資や取引活動に影響を及ぼす可能性があります。
カナダやチリの動向からは、企業が直面する可能性のあるリスクが浮き彫りになります。カナダ政府は2022年に、外国の国有企業によるカナダの重要鉱物セクターへの投資を制限すると発表し、取引がカナダにとって「国益」に叶ったものかどうかの判断基準を厳格化しました。また一部の外国国有企業には、重要鉱物資産を処分させています。さらに今年の4月、チリはリチウム産業を国有化すると発表しました。チリが世界第2のリチウム産出国で、最大規模のリチウム資源量を有していることから、提案されている介入策はリチウムの世界的供給に影響を及ぼすでしょう。チリ政府はまた、いかなる民間企業もリチウム採掘のためには同国と提携しなければならないとしています。
4. 競争の激化 この1年、重要鉱物の供給を確保するためにジョイントベンチャーやパートナーシップ、オフテイク契約を通じて鉱業企業や加工業者と提携するOEM事業者やエンドユーザーが増えています。また、政府が重要鉱物の生産や加工のインセンティブを提供すると、OEM事業者は鉱業・加工事業資産への直接投資を増やし、成長資産やM&Aをめぐって鉱業企業と競争するようになるでしょう。総じて、こうした傾向は重要鉱物の買い手から売り手へのパワーシフトにつながります。
フォルクスワーゲン は北米初のバッテリー工場をカナダに建設予定で、原材料の供給を確保するため、同国の鉱業事業者と提携している。フォルクスワーゲン・グループ・テクノロジーのCEO、トーマス・シュモールは「原材料確保でボトルネックになるのは採掘生産能力だ。そのため我々が鉱山に直接投資する必要があるのだ」と述べている。
メルセデス・ベンツ は原材料の調達活動のマネジメントを担う事務所をカナダに開設し、電池素材に関する協業契約をカナダ政府と結んだ。 フォルクスワーゲン同様、資源確保のため、必要に応じて鉱山に直接投資する意向があるとしている。
ゼネラルモーターズ はリチウム・アメリカズに6億5,000万米ドルを出資し、米国最大規模のリチウム資源供給源であるサッカーパス・リチウムプロジェクトの開発を加速させている。このプロジェクトは年間100万台近い電気自動車の生産を支えることになる。
LGエネルギーソリューション は中国の四川雅化実業集団と協力して、モロッコで水酸化リチウムを生産する予定であると発表した。モロッコは米国ともEUとも自由貿易協定を結んでいるため、同社は米国のインフレ削減法とEUの重要原材料法の両方を遵守できると考えている。
5. 環境基準の厳格化 米国やEUなど主要市場の気候政策は、脱炭素化に向けたこれまでにないインセンティブを事業者にもたらすはずです。これまでのところ、鉱物の買い手が「グリーンプレミアム」、すなわちCO2排出量が比較的少ない、または実質ゼロの鉱物に対する上乗せ価格を許容するまでの状況はまだ見受けられておりません。しかし政府の法規制により、鉱業企業がCO2の削減や環境・社会・ガバナンス(ESG)のベンチマークを実現するための金銭的インセンティブ(およびペナルティ)が新たに創出されています。例えばEUは、アルミニウムや鉄、スチールなど、CO2集約的な商品の輸入に対する国境関税である炭素国境調整メカニズム(CBAM)を導入しました。このような法規制があれば、特定の市場で競争しようとする企業はCO2の基準を守らざるを得なくなります。そして以下に説明するように、テクノロジーの進歩に伴って、鉱業事業者が掲げる野心的な気候目標を達成するための選択肢が充実しつつあります。
鉱業事業者はエネルギー転換を支える重要鉱物の生産高を増やしながらも、市場障壁、罰金、「社会的な営業ライセンス」の喪失といったリスクを避けるためにCO2排出量を削減しなければなりません。しかし脱炭素化は価値創造の助けにもなります。脱炭素化の計画を加速させ、それをサプライチェーンにも適用することで、鉱業企業はコストを削減し、パートナーシップの機会を見いだし、好条件での資金調達を実現することができます。
鉱業オペレーションの多くは暑くて乾燥した遠隔地で行われるため、鉱業企業のリーダーは気候変動がもたらす重圧を認識しています。PwCの第26回年次グローバルCEOサーベイによると、鉱業企業CEOの35%が、今後5年間に生じる気候リスクに自社が晒されていると回答しています。また、今のままの鉱物・金属の生産方法では、CO2排出量が莫大になることも明らかです。
同時に、鉱業は再生可能エネルギーや気候テクノロジーのためのコモディティを提供することで、エネルギー転換に重要な役割を果たしており、リーダーはそのことも認識しています。実際、国際エネルギー機関(IEA)によれば、グローバルな排出量削減目標を達成するには、鉱業製品がもっと必要になります。例えば、風力発電には鉄鋼送電線や電気部品には銅、電池にはリチウム、エレクトロニクスにはレアアースがもっと必要です。
その結果、鉱業企業は二重の義務を負うことになります。つまり、従来型の重要鉱物の生産高を増やしながら、採鉱・精製・生産プロセスを脱炭素化するのです。そして、その義務の履行へ向けて事態は進展しています。既存の技術や方法でも、採鉱や加工、生産のかなりの部分の脱炭素化が可能ですし、さらに言えば、これらの技術や方法は鉱物・金属のバリューチェーン全体に適用することができ、それによってさらなるコスト節減や価値創造が可能になります。
出典:PwCの第26回年次グローバルCEOサーベイ
グローバルデータによると、採鉱プロセスは全世界の温室効果ガス排出量の4~7%を占めます。鉱物や金属の生産でその比率がさらに増えます。例えば製鋼(スチール製造)は全世界の排出量の約7%、アルミニウム製造は約2%を占めます。鉱業事業者や加工業者は脱炭素化のために、排出量が少ないさまざまな技術を利用することができます。
中でもコスト効率が高いのは、直接電化、効率改善、再生可能エネルギーなどで、電化ができない用途向けの水素動力がそれに続きます。各企業がこうした方法を用いている事例を以下に示します。
効率改善 南アフリカのシバニェ・スティルウォーターの鉱山は、ファンスピードや空気循環の制御を改善することで、換気システムのエネルギー消費を62%削減しました。西オーストラリア州にあるリオティントのグダイダリ鉱山では、無人車両を導入した結果、コストと燃料消費を減らしながら、生産高を15~20%増やすことを実現しました。
再生可能エネルギー 太陽光や風力発電のコストが下がったため、再生可能エネルギーは、鉱業事業者が脱炭素化を実現しながら、平均より高くなりがちなエネルギーコストを削減するのに適した方法となりました。通常遠隔地にある鉱山の近くに再生可能エネルギー拠点を設置すれば、エネルギー供給の安定性も改善されます。例えばチリの銅生産会社コデルコは、太陽光発電を利用してCO2の排出量を年間1万5,000トン削減し、200万米ドルを節減しています。電池や電解槽のコストが下がり続ける中、近い将来、鉱業における再生可能エネルギーや水素の利用が急拡大すると思われます。
水素動力輸送 南アフリカにあるアングロ・アメリカンのモハラクウェナ鉱山では、水素燃料トラックを使い始めており、これによって1台当たり年間2,000トン以上のCO2排出量を削減できます。ディーゼルトラックを水素トラックに置き換え、現場でつくる水素を利用することで、同鉱山は直接(スコープ1)排出量を大幅に削減できる見通しです。
水素による製鋼 鉄鉱石の標準的な加工法は石炭などの化石燃料に依存しており、大量のCO2を排出します。スウェーデンでテスト中の新しい技術(鉄の直接還元)は、還元剤として水素を使い、鉄1トン当たりのCO2排出量を60~90%減らします。この技術を本格的に導入すれば、スウェーデンはCO2総排出量を10%削減できます。インドの鉄鋼メーカーSaarlohaは同じ技術を用いて、2022年12月に同国初の商業用低炭素スチールを生産し、精製工程からの排出量を従来の方法より80%削減しました。
鉱業事業者は加工業者と連携することで、プロジェクトに関係したリスクを共有し、規模の経済を獲得し、鉱山から最終製品までの品質管理を確かなものにすることができます。上述した水素による製鋼は、そうしたパートナーシップの一例です。これはHybritと呼ばれ、鉱業企業のLKAB、鉄鋼メーカーのSSAB、電力会社のバッテンフォールが協力して、自動車OEMのボルボ向けに環境にやさしいスチールをつくろうとする取り組みです。このプロジェクトはバリューチェーンのあらゆる部分と関わりを持ち、2026年までに化石燃料を使わないスチールを商業規模で生産する予定です。
もう1つの例は、アイスランドにあるリオティントのISALアルミニウム精錬所です。ここでは地元のLandsvirkjun(アイスランド電力公社)とパートナーシップを結び、100%再生可能エネルギー由来の電力を使って年間20万2,000トンのアルミニウムを生産しています。CO2排出量は世界でも最低クラスです。こうした取り組みにより、鉱業企業や金属企業は排出量目標を達成できるだけでなく、価格をもっと高くすることができます。例えばS&Pグローバル・プラッツのグリーンアルミニウム・インデックスによると、低炭素金属は従来の方法でつくられた金属よりも高価格です。
鉱業企業上位40社は、このような機会を世界中で見つけることができます。一例として、ザンビア共和国とコンゴ民主共和国(DRC)電池評議会が協力し、水力発電を使って低炭素コバルトを生産する話が持ち上がっています。開発のリードタイムが長くなり、競争が激しくなっているため、有力な鉱業企業は今からこうした機会を詳細に検討すると思われます。
出典:S&Pグローバル
資本へのアクセスという点では、エネルギー転換は大手鉱業企業にとってリスクにもなればチャンスにもなります。マイナス面としては、投資家が化石燃料資産を処分すると、従来の資金提供先から資本を得るのは難しくなるかもしれません。しかしプラス面として、サステナビリティ関連債券をはじめとする資金調達方法の規模が拡大し、魅力的な価格の資本提供方法を鉱業事業者に新しく提供しています。世界的にはグリーンボンドの発行額が2017年の約1,500億米ドルから2022年には4,500億米ドルに増加し、2023年にはさらに30%増える見込みです。2021年にニューモントは10億米ドルのサステナビリティ連動債券を発行し、2022年にはアングロ・アメリカンが7億4,500万ユーロ(7億4,100万米ドル)分を発行しました。
国際組織も参画しています。2019年に世界銀行は持続可能な鉱業を支援するための基金「気候スマート鉱業イニシアティブ」を立ち上げました。脱炭素化に加え、世界の今後の鉱物ニーズに応えるために鉱山事業の拡大を目指す鉱業企業上位40社にとって、持続可能な資本は資金調達要件を満たす上での助けになります。
「脱炭素化の経済学」は今後数十年間、鉱業企業の意思決定を左右する原動力になるでしょう。その中で経営幹部は大きな課題や機会に向き合うようになります。有力企業は価値を創造するため、脱炭素化戦略を、コスト削減や新しいエンドマーケットへのアクセスに役立つ取り組みに集中させています。私たちの経験から、そうした戦略の基本部分は以下のようなものになります。
今後5年間
2035年まで
2035年以降
2022年の鉱業企業上位40社の業績はまたしても好調でした。売上高は2021年のピーク時とさほど変わらず、時価総額の2%アップはS&P500などベンチマークの増加分を上回りました。しかし、コモディティ価格の低下と営業コストの増加の影響で、キャッシュフローや利益率は振るいませんでした。景気の先行きが引き続き不透明な中、大手鉱業企業は強固なバランスシートを利用して、需要増による成長機会を捉えなければなりません。
上位40社の2022年の総売上高7,110億米ドルは、前年とほぼ同水準でした。しかし、鉱業コモディティの売上構成比が変化しました。2010年以来久しぶりに、石炭が総売上高の最大割合を占める状況となり、構成比は23%から28%に増加しました。これは主に価格の上昇が原因です。平均スポット価格が同じ年の中で2倍になることもありました。銅の売上高はほぼ同じでした。数量は増えたものの、価格のわずかな低下によって相殺されました。鉄鉱石は数量も価格も低下しました。景気の先行きが不透明なのに加え、中国の新型コロナウイルス感染症に伴う各種制約により、全世界の鉄鋼需要が落ち込んだためです。金の価格は比較的安定していましたが、上位40社の中で金を扱う企業の数が減ったため、売上高は減少しました。銅以外の重要鉱物が上位40社の売上高に占める割合は小さく、生産量は増えていますが、価格は不安定です。
7,110億米ドル
2021年より1%減少
29%
2021年より3ポイント減少
1兆2,000億米ドル
2021年より2%増加
「Mine 2022」で予測したように、コスト増が上位40社の財務業績を押し下げました。営業費が1年間に6%増加した上、売上高がわずかに減少したため、EBITDAマージンは32%から29%に減少しました。トレーディング収益の増加がなかったら、結果はもっと悪くなっていたでしょう。それにもかかわらず、バランスシートは総じて健全な状態でした。全40社の純債務は930億米ドル(2021年の1,040億米ドルから減少)と引き続き少なく、運転資本と純資産はプラスでした。債務が最小限だったため、上位40社は2022年の金利上昇の影響をあまり受けず、借り入れコストはわずかに増加しただけです。
2023 (予測) |
2022 |
2021 |
2022~23 (予測) |
2021~22 |
|
売上高(トレーディング収益を除く) |
649 |
711 |
719 |
-9% |
-1% |
トレーディング収益 |
238 |
232 |
206 |
2% |
13% |
営業費 |
(642) |
(670) |
(633) |
-4% |
6% |
EBITDA |
245 |
274 |
292 |
-11% |
-6% |
減価償却 |
(52) |
(49) |
(52) |
4% |
-5% |
減損戻入(費用) |
(9) |
(9) |
(6) |
0% |
48% |
純財務費用 |
(7) |
(5) |
(7) |
42% |
-33% |
税引前利益 |
177 |
211 |
226 |
-16% |
-7% |
法人所得税費用 |
(54) |
(57) |
(67) |
-6% |
-14% |
純利益 |
123 |
153 |
159 |
-20% |
-4% |
収益性尺度 |
|
|
|
||
EBITDAマージン |
28% |
29% |
32% |
||
純利益率 |
14% |
16% |
17% |
||
使用資本利益率 |
17% |
21% |
21% |
||
自己資本利益率 |
19% |
24% |
26% |
注:セグメント間収益はトレーディング収益より除外している。四捨五入しているため、総計と内訳の合計は必ずしも一致しない。
出典:企業アニュアルレポート、S&PキャピタルIQ、PwC分析
2022 |
2021 |
変化率(%) |
|
流動資産 |
|
|
|
現金 |
141 |
156 |
-9% |
在庫 |
98 |
98 |
0% |
売掛金 |
53 |
45 |
19% |
その他 |
94 |
71 |
32% |
流動資産合計 |
386 |
370 |
4% |
非流動資産 |
|
|
|
有形固定資産 |
676 |
647 |
4% |
営業権および無形固定資産 |
78 |
73 |
7% |
投融資 |
78 |
76 |
2% |
その他 |
68 |
69 |
-1% |
非流動資産合計 |
899 |
865 |
4% |
資産合計 |
1,286 |
1,235 |
4% |
流動負債 |
|
|
|
買掛金 |
95 |
82 |
16% |
借入金 |
45 |
49 |
-8% |
短期リース負債 |
2 |
2 |
0% |
前受収益 |
12 |
11 |
6% |
その他 |
83 |
90 |
-8% |
流動負債合計 |
238 |
234 |
2% |
非流動負債 |
|
|
|
借入金 |
189 |
211 |
-10% |
長期リース負債 |
12 |
12 |
0% |
環境引当金 |
68 |
66 |
3% |
前受収益 |
13 |
11 |
14% |
その他 |
97 |
86 |
13% |
非流動負債合計 |
378 |
386 |
-2% |
負債合計 |
616 |
620 |
-1% |
純資産 |
670 |
614 |
9% |
株主資本合計 |
670 |
614 |
9% |
注:四捨五入しているため、総計と内訳の合計は必ずしも一致しない。
出典:企業アニュアルレポート、S&PキャピタルIQ、PwC分析
2022年、上位40社の鉱業コモディティの売上高を見たとき、石炭が最も大きくなりました。世界的なエネルギー危機に際して、各国政府が石炭発電の容量を増やしたからです。IEAによると、2022年は石炭火力発電が増加しました。したがって、多くの政府や企業がCO2排出量の削減を約束しているにもかかわらず、着実な削減を実現するのは世界的に難しくなる可能性があります。
パリ協定で定めた排出量削減目標を達成するため、多くの国は一般炭など、全ての化石燃料の使用を減らすと宣言しています。しかしIEAは、この削減は一様ではないと予測しています。再生可能エネルギーによる発電が世界的に増加する中で、全世界の石炭火力発電は2023年から2025年にかけて横ばいだが、アジア太平洋では増加し、南北アメリカ大陸や欧州では減少するというのです。つまり、全世界のエネルギーグリッドに代替エネルギー源が確実に定着するまでは、一般炭が引き続き必要になります。原料炭も、しかるべき代替品が大規模に導入されるまで、鉄鋼やセメントの生産において主なエネルギー源であり続けるでしょう。
政府や企業は今後も環境保護とエネルギー安全保障のバランスをとろうとするでしょう。2022年の市場ダイナミクスからは次のことが分かります。つまり、排出量ネットゼロに向けて世界が一様でない進展を示す一方、石炭事業者はエネルギー需要を満たす上でなお果たすべき役割があるということです。
鉱物や金属の需要が急増する中、上位40社の探鉱費は2013年以降で最大になりました。2022年に全世界で最も探鉱費が大きかったのは金で、銅やリチウム、コバルトなどの重要鉱物の探索費用も大幅に増加しました。重要鉱物の供給不足が予測されることを考えると、エネルギー転換を持続させるには、これらの鉱床を探すための投資を続ける必要があります。
総探鉱費の大部分を大手鉱業企業が占めており、この傾向は2023年まで続くと思われます。厳しさを増す資本市場において、規模が小さな企業は資金調達がままならないからです。したがって鉱業事業者は、政府インセンティブの基準を満たすことが一層重要になります。利益の減少に伴い、総探鉱費は2023年を通して減少するでしょう。探鉱予算の縮小は重要鉱物の不足をさらに悪化させる可能性がありますが、鉱業事業者が需要の増大に応えようとすれば、長期的には探鉱費は増加するはずです。
上位40社の2023年の展望はまちまちです。多くの主要コモディティで値崩れが起き、その結果、売上高は9%減少することが予測されます。石炭の売上高は最低でも20%は落ち込むでしょう。2023年も石炭が業界の主な収益源である可能性は低く、上位40社の構成がそれによって変化するかもしれません。
2022年に見られたコスト増の傾向は、2023年にはやや落ち着きを見せるでしょう。一定のインフレ圧力を、輸送費や燃料費の減少が相殺するからです。コストの増加と売上高の減少が見込まれる結果、EBITDAマージンは2022年の29%から2023年には28%に減少し、ネットキャッシュフローもマイナスになるでしょう。経済状況が厳しいため、設備投資も全体として減少すると思われますが、重要鉱物や脱炭素化への支出は増加するはずです。配当金の支払いは、2022年の水準は下回るものの、なお高い水準になると思われます。
長期的なレジリエンスを確保するため、上位40社は支出を抑えながらも、トレンドの進化への対応を重視しなければなりません。フリーキャッシュフローと強固なバランスシートを引き続き備えた上位40社は、新しいチャンスを生かすのに絶好の立場にあります。
2023(予測) |
2022 |
2021 |
2022~23(予測) |
2021~22 |
|
純営業キャッシュフロー |
157 |
180 |
225 |
-13% |
-20% |
有形固定資産の取得 |
(75) |
(75) |
(72) |
0% |
4% |
フリーキャッシュフロー |
82 |
105 |
153 |
-22% |
-31% |
支払配当金 |
(66) |
(74) |
(85) |
-11% |
-13% |
自己株取得 |
(9) |
(10) |
(11) |
-10% |
-9% |
株主総利回り |
7 |
21 |
57 |
-67% |
-63% |
純債務返済 |
(7) |
(6) |
(7) |
17% |
-14% |
その他 |
(10) |
(34) |
(16) |
-71% |
113% |
ネットキャッシュフロー |
(10) |
(19) |
34 |
47% |
-156% |
注:四捨五入しているため、総計と内訳の合計は必ずしも一致しない。
出典:企業アニュアルレポート、S&PキャピタルIQ、PwC分析
鉱業企業が規模の大小を問わず、エネルギー転換に向けたポジショニングの見直しを進めたため、2022年のM&Aディールの大部分を重要鉱物関連の取引が占めました。今や重要鉱物資産をめぐって鉱業事業者の間で激しい競争が繰り広げられています。チャンスの幅が少しずつ狭まる中、鉱業企業のリーダーは自社の今後の成長を支える資産の獲得を急がなければなりません。
上位40社の2022年のM&A取引総額は前年と変わらぬ水準でしたが、中身の構成は大きく変わりました。2022年の重要鉱物関連の取引額は2021年から151%も増加し、全取引額の66%を占めました。他方、金関連の取引は半減しました。過去数年間は貴金属のM&Aが優勢でしたが、それに終止符が打たれた形です。2022年に特に目立ったのが銅で、重要鉱物の全取引の85%、上位40社のM&Aディールの56%を占めました。電化や再生可能エネルギーの分野で重要な役割を果たす金属として、銅は今後も大きな需要があるでしょう。
重要鉱物事業を手がける企業が買収ターゲットになっていますが、そうした鉱物の需要の大きさや新しい鉱物を生産まで持っていくのに必要なリードタイムの長さを考えると、それも不思議ではありません。上位40社の間ではここ数年、重要鉱物の取引に関するいくつかのトレンドが明らかになっています。1つ目は、ジョイントベンチャーよりも完全所有が好まれるということ。2022年12月にリオティントがカナダのターコイズ・ヒル・リソーシズを完全買収したのが一例です。
2つ目のトレンドは、変革のためのディールが求められるようになっていること。上位40社の中でも規模が最大クラスの各企業は、既存ポートフォリオ内で価値を生み出し、戦略的資産を買収し、高い業務効率を実現し、レジリエンスを向上させようとしています。一例として、グレンコアがテック・リソーシズを220億米ドル以上で買収することを提案しました。結果的に拒絶されましたが、もし買収が成立していたら業界再編につながっていたでしょう。つまり、まず両社を統合し、その上で2つの強大な鉱業企業に分割するのです。一方はベースメタル(卑金属)、他方は石炭や炭素鋼素材に重点を置きます。
ヴァーレが自社のベースメタル事業の10%を売却した上で、ベースメタル部門全体を切り分けようとした事例もあります。こうしたディールは常に思いどおりになるとは限りませんし、投資家や政府などのステークホルダーによる監視を受けますが、上位40社が自己変革を図ろうとしていることを示しています。
BHPは銅やニッケルのポジションを強化するための重要施策としてOZミネラルズを買収。この取引にはOZミネラルズのカラパティーナ銅山(BHPのオリンピックダム銅山の近く)や西オーストラリア州のウェストマスグレイブ・ニッケルプロジェクトが含まれていた。
リオティントはターコイズ・ヒル・リソーシズに対する持分を増やして完全買収し、拡大期にあるモンゴル・オユトルゴイ銅山の66%の権益を手に入れた。オユトルゴイは世界第4位の銅山になる見込みである(予測産出高は年間50万トン)。
2022年の重要鉱物ディール総額の半分以上を上位40社が占めましたが、他の鉱業企業も将来に向けてポートフォリオを見直すべく動きを起こしました。上位40社以外の主な取引として、ルンディンがチリのカセロネス銅山の権益の51%を9億5,000万米ドルで買い取った他、アルベマールはライオンタウン・リソーシズ(世界で最も大規模かつ高純度のリチウム鉱床の1つを所有)を30億米ドル以上で買収しました。最近ではリチウム生産のオールケムとライベントが合併を発表しました。これによって売上高106億米ドル、世界第3位のリチウム生産業者が誕生します。
重要鉱物をめぐって競い合うのは鉱業企業だけではありません。政府系ファンドや年金基金も重要鉱物企業に関心を示すようになっています。そして前述のように、自動車部門を中心とするOEM事業者が鉱業事業者と戦略的パートナーシップを結んでいます。
2021年から2022年にかけて金関連のM&A総額は減少しましたが、それでも取引は盛んに行われました。48億米ドルと最大規模を誇ったのは、アグニコ・イーグル・マインズとパン・アメリカン・シルバーによるヤマナ・ゴールドの買収です。2022年5月に始まった交渉は2023年3月にようやく決着してクロージングとなり、これに伴ってヤマナは当初発表された買い手、ゴールド・フィールズに3億米ドルの契約解除手数料を支払いました。パン・アメリカン・シルバーの中南米オペレーションを大きく拡大する今回の買収劇から分かるように、金鉱企業は現在の市況を利用して業界統合の次なる1ページを紡ごうとしています。
そして金鉱企業はM&Aの手を緩める気配がありません。2023年初めには、業界の歴史上最大規模になる可能性のあるメガディールが報じられました。ニューモントが四半世紀ぶりにニュークレストと再集結しようとしているのです。最大200億米ドルに達する可能性のあるこの買収により、ニューモントは熟知する場所で資産を手に入れ、効率とレジリエンスを高めることができます。金鉱山会社が変化の激しい複雑な市場に対応する際、M&Aは今なお、規模を確立し、ポートフォリオを最適化し、シナジーを発揮するための手段となります。中間層の統合や数年に1度のメガディールなど、金分野では今後もM&Aが続くでしょう。
CO2排出規制やエネルギー転換によって、石炭資産への監視の目が厳しくなっています。投資家は石炭から資金を引き揚げ、鉱業企業はポートフォリオを再編しつつあります。ブラックロックやフィデリティ・インベストメンツなど、大規模投資家の中には、一般炭生産者への出資額を段階的に減らしていくと公言しているところもあります。石炭資産を持つ鉱業企業はまさにこうした課題に直面する可能性があります。テック・リソーシズは当初、ベースメタル事業と石炭事業の分離を計画していましたし、グレンコアはその後、テックと合併した上でベースメタル会社と石炭会社に分離することを提案しましたが、いずれも、他の上位40社による最近のポートフォリオ見直しと共通した動きと言えます。
石炭資産は今後も、M&Aや閉山など手段の如何を問わず、変革の最前線に置かれることになるでしょう。そして鉱業企業上位40社は低炭素経済への移行に合わせて事業再編を継続させるでしょう。
重要鉱物に対する需要の拡大に伴い、鉱業事業者は地理的フットプリントやアセットバランスの面で高い競争力を築かなければならないという重圧に直面し続けます。また、サステナビリティに対するステークホルダーの期待が、重要鉱物分野の未来を形づくることになるでしょう。あらゆる産業部門の買い手が「責任ある調達」を実践しようとするからです。鉱業事業者にとっては、提携や買収、統合などを通じて、バリューチェーンの正しいパートナーを見つけることが大切です。ディールの評価に当たっては、大手鉱業企業は以下について計画を立てなければなりません。
上位40社が長きにわたって成功を収めるには、ディール戦略が何よりも重要です。M&A市場の競争が激化する中、大手鉱業企業はディールの機会やバリュープロポジション(提供価値)をつぶさにモニターする必要があります。今から行動を起こせば、次なる5~10年でその成果を得ることができます。
鉱業企業にとって、人材不足はその存在に関わるほどの課題になりつつあります。戦略的な目標を達成するためには、需要の高い技術スキルの持ち主をはじめ、働き手をもっと惹きつける必要があります。しかし、求められる人材の多くはこの業界に魅力を感じていません。上位40社は人事戦略を見直し、もっと幅広い従業員にアピールしなければなりません。
世界の大手鉱業事業者は人材の問題を抱えています。鉱物や金属の需要の高まりに応えるためには人材が必要です。特に求められるのは、近代的な鉱業オペレーションに不可欠な先進技術を扱える人材です。しかし多くの労働者は鉱業の仕事に就きたくありません。象徴的なのが若者です。カナダの鉱業人材協議会が実施した調査によると、15~30歳の70%が、鉱業でのキャリアはおそらくもしくは絶対に検討しないと答えています。この割合は全産業の中で最高です。鉱業労働者はジェンダーギャップも小さくありません。国際労働機関(ILO)によると、鉱業の働き手の女性比率は約14%です。
人材問題は複雑で、簡単な解決策はありません。それでも、スキル不足の拡大による長期的影響を避けるため、鉱業事業者はただちに策を講じる必要があります。PwCの第26回年次グローバルCEOサーベイによると、鉱業企業CEOのほぼ3分の2が、スキル不足は今後10年間の収益性に大きな、または非常に大きな影響を及ぼすと考えています。
大手鉱業企業の労働者はもはや、つるはしやシャベルで仕事をすることはありません。それと同じように、これからの労働者はトラックやローダーを運転・操作することもありません(2021年5月から2022年5月までの間に、全世界で稼働している自動運搬トラックの数は769台から1,068台へ39%増加)。今後必要なのはロボティクスやオートメーション、データアナリティクスのスキルです。実際、世界経済フォーラムの2020年の調査で、鉱業企業の経営幹部に、どんなスキルを必要としているかと尋ねたところ、技術利用スキルを挙げるケースが最も多く見られました。技術スキルを備えた働き手のニーズは高く、それを満たすのは容易ではありません。結局、どの業界の会社もそうした人材を求めています。従来の鉱業人材プールにとどまらない採用アプローチに加えて、経営者は既存労働者を引き留める必要もあります。
大学院プログラムなどのインセンティブを通じて技術系人材に働きかけようとしている鉱業企業もありますが、必要な人材を迎え入れるのは一筋縄ではいきません。上述の世界経済フォーラムの調査では、57%の企業が、専門人材を引きつけられないのが新技術導入の最大の障壁だと答えています。もっと厄介な問題は、そうした労働者がなかなかいないことかもしれません。73%の企業が、地元の労働市場のスキルギャップが新技術導入の最大の障壁だと考えています。多くの鉱山が遠隔地にあるため、地元の労働者の再訓練がカギになりそうです。
出典:世界経済フォーラム
しかし実際には、現在の雇用主でさえ技術利用の訓練をしてくれるとは考えていない労働者がいます。PwCグローバル従業員意識/職場環境調査「希望と不安」(2022年)によると、金属・鉱業企業の労働者の38%が、デジタルやテクノロジー関連のスキルについて雇用主から十分に訓練してもらえないのではないかと懸念しています。
テクノロジーの導入が進む現場で必要となる人材を呼び込むため、鉱業事業者は以下のアプローチを検討する必要があります。
人材を引きつけるためには、DE&I、すなわちダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正性)、インクルージョン(包摂性)の強固な文化が極めて重要です。CNBCが米国で実施した最近の調査では、回答者の80%が、雇用者を選ぶときはインクルージョンが重要だと答えました。さらに、包摂的な企業は経験の多様性と思考の多様性――変革中の業界で重要な2つの資質――による恩恵を受けます。しかし鉱業においては、さまざまな点で人員の多様性が不足しています。ここでは、現在も解決していないジェンダー不均衡に焦点を当てましょう。
鉱業でジェンダー多様性が重要なのは間違いありません。BHPの最近の調査によれば、男女で構成されるチームは生産性やエンゲージメントに勝り、安全操業の点でも優れていました。労働災害頻度が平均で67%低く、企業文化に関しても、男性だけのチームに比べて会社を誇りに思う気持ちが21%高くなりました。さらに、鉱業企業上位40社のほとんどは、ジェンダー多様性を高めるという考え方で一致しています。上位40社が発表した直近のサステナビリティレポートを見ると、約3分の2が組織の女性比率に関して何らかの目標を設定していることが分かります。
にもかかわらず、多くの鉱業組織のあらゆる階層で、大きなジェンダーギャップが根強く残っています。S&Pグローバルによると、全世界の鉱業企業で女性の経営幹部は14%、女性の取締役は12.3%しかいません。また、鉱業のジェンダー不均衡を正すには経営幹部レベルに着目するのが重要ではありますが、鉱業労働者の大半が事業オペレーションを担っていることを考えると、オペレーションレベルでの女性の参画を増やすのも大切です。
しかし、職場でのDE&I強化は、採用の割当枠を決めるように簡単にはいきません。鉱業労働者は長年、目標を設定し、目標への進捗を報告し、経営の責任を問うことで、身体的な健康と安全を優先してきました。そんな経験を持つ彼らなら分かるように、職場の慣行や文化を変えるためには、方針やインセンティブ、長期戦略が必要です。上位40社中の一部企業は、採用時に多様な候補者を探すための要件を決める、多様性目標と幹部報酬を連動させる、といった策を講じています。
出典:国際労働機関「Women in mining」
また、差別やハラスメントに対する意識を高め、インクルーシブでオープンな職場環境を推進するための教育プログラムを用意した企業もあります。PwCグローバル従業員意識/職場環境調査「希望と不安」(2022年)によると、金属・鉱業企業の従業員のほぼ3分の2が、職場で社会的・政治的問題について頻繁に、または時々話しています。さらにこの人たちのほうが、そうした会話はマイナスよりもプラスの効果が大きいと考える傾向が強く見られました。
多様な人材を引き寄せ、インクルーシブな職場のメリットを享受するため、鉱業事業者は以下のような方策を検討しなければなりません。
※本コンテンツは、Mine 2023: The era of reinventionを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。