{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
PwCでは、労働者が自身の仕事や職場環境をどのように捉えているかを探るグローバル従業員意識/職場環境調査「希望と不安」(Global Workforce Hopes and Fears Survey)を実施しています。4回目となる2023年度の調査では46の国・地域の約54,000人の労働者から回答を得ています。
「仕事への満足度は低いものの転職などのアクションを起こそうとは思わない」「上司への信頼は低く自らも積極的な行動は取らない」「自分の仕事に専門性が必要と思っておらずスキルアップの危機感は低い」など、本調査で露わになった日本の労働者の姿は、労働者がこうありたいと目指すものからは遠いものとなっています。本レポートでは日本の回答者に焦点を当て、諸外国との比較や時系列の分析を通じて、その実態や課題、対応について考察します。
「各自、自分に合ったやり方で、やりがいを持って仕事をし、お互いに建設的なフィードバックを行うことでパフォーマンスを向上させている。自分のキャリア、会社の将来について考え、展望を持ち、必要となるスキル獲得の機会を積極的に探している。上司は反対意見や議論を奨励し、小さな失敗は大目に見る。それに応えて部下は問題解決に積極的に取り組み、革新的なアイデアを出してくる。そして会社の価値観、方針と自分の行動が一致していると感じ、職場、会社を誇りに思っている」
多くの組織、そこで働く人たちが求めるのは、このような職場環境であり、働き方ではないでしょうか。ところが本調査では上記とは真反対とも言える状況が明らかになりました。諸外国と比べ日本の労働者は職場環境や会社に対する信頼感や共感、満足度が低く、自己主張や積極的な行動、将来に対しての自分なりの意見や展望も不足していると言えるでしょう。
図表15
このような状況に陥っている要因はさまざまだと想定されますが、その中でも大きな点として、「従業員の自律性の低さと、その自律を妨げるマネジメントのやり方・組織風土」があると筆者は考えます。
「就職ではなく就社である」とこれまでの日本ではよく言われてきました。会社に入った後にどんな仕事をするかは分からず、辞令1つで職務内容だけでなく勤務地≒住む場所まで決められてしまう。特に総合職などの名称で呼ばれる基幹人材にこの傾向が強く、長期雇用の保証と引き換えに従業員はキャリアを会社に委ねてきていました。終身雇用、年功序列という言葉がネガティブな響きで語られるようになって久しいものの、大勢として今も同様の運用がなされている企業が多くあります。このような環境に長く置かれている従業員は、仕事やキャリアを自分ごととして捉える自律的姿勢が薄れ、会社に対して不満を持ちつつも、これまでの延長線上でやっていれば何とかなる、会社が何とかしれくれるというような、受け身の意識・行動になっていくのではないでしょうか。長く在職するにつれ、ある種の学習性無力感に陥ってしまうようです。今回の調査においても、革新的なアイデアをチームにもたらす、新しいスキルを学ぶ機会を積極的に探す、などの質問に対して社会人歴の短い若年層ほど肯定的という傾向が出ています(図表8を参照)。
会社としても、このような状況をよしとしているわけではありません。キャリア自律という言葉が一時バズワード化したものの、人材不足の状況もあり要員補充を容易に行える会社主導の人事異動を手放す企業は少数に止まっています。DX人材やイノベーション人材が必要と言いながら、そのような人材に求められる能力を具体的に示し、従業員に対しどうすれば必要な能力を身につけることができるか、能力を得た場合どのような仕事が待っていて、処遇がどうなるのかを明確に提示できている企業は多くありません。
従業員も会社も現状を良いとは思っていないものの、目の前の仕事に追われ抜本的な改革が進んでいない状況です。真面目にやっていれば会社が何とかしてくれるだろう、明確に言わないでも従業員は自らやってくれるだろう、とこれまでの成功体験に基づき、お互いに曖昧なまま期待する関係が続いているように思います。追いつき追い越せで先の見通しがある程度立った時代や、日本人男性が多数を占めるホモソーシャルな組織に通用した考えからのアップデートが十分にできていないのです。
自社の目指す姿を達成するための仕事を明らかにし、再設計した上で、それらに必要となるスキル(能力)を皆が分かる形で定義すること、また、スキルを身につける機会、スキルを発揮できる仕事、それにより得られる報酬をオープンにしていくことが、企業には求められます。
まずは組織目標を達成するために必要な仕事が何かを明確にします。これまでやってきた仕事をなぞるのではなく、未来志向で進めることが肝要です。将来の目指す姿を設定し、そのために何をすべきかを計画するのは、個人でも組織でも変わりません。その際に時間はかかるかもしれませんが、多面的な視点を入れることもポイントです。当該事業の企画などで将来プランが明確な人、実際の現場業務に精通している人、AIなどの最新テクノロジーに強い人、人事などこれからの働き方に知見のある人たちが協力して進めることが効果的でしょう。
次に、どのようなタスクが必要で、テクノロジーができること・人間がやることにはそれぞれ何があり、人間がやるタスクについてはどのような単位(ジョブ)にまとめることが適当なのかについて検討していきます。明確化するものは各ジョブのミッション、仕事内容、期待成果、そして求められるスキルです。こう書くとジョブ型雇用(ジョブ型人材マネジメント)におけるジョブ定義(職務定義)のことを言っていると思われるかもしれません。作業はほぼ同じですが、ジョブ定義はジョブ型雇用を採用していない企業にとっても、有効なものです。特に将来に向け今後の仕事に必要となるスキルを明確化することは従業員のリスキリング(能力開発)を進める上で必須と言えるでしょう。
本調査で明らかになったことの1つは、日本では自分の仕事に専門性が必要だという比率がグローバルに比べて少なく、昨年度比でも減少していることです(図表9)。しかし実際のところ、今日本で働いている人たちの専門性がそれほど低いこともないでしょうし、また本来、あらゆる部署でそれなりの専門性が求められる環境になってきているはずです。問題は会社、従業員双方が必要とされるスキル・専門性を明確に認識できていない点です。必要とされる知識・スキルを持っていないなど、上司に対する辛辣な評価(図表6)の多さも、マネージャーのミッションや必要なスキル要件について、上司、部下で共通の認識がないことが影響していると考えられます。
ジョブ定義の中で明らかにしたスキルを要員計画や能力開発、従業員自らのキャリア計画に活用していくためには、同じ内容のものは1つの名称にまとめ、レベルがあるものについてはそのレベル感を全社で統一する必要があります。スキルタクソノミーなどと呼ばれるスキルの体系化です。また、そのタクソノミーに基づき従業員一人一人がどのスキルを持っているのかをアセスメントしなければいけません。ただ、これにはこれまで、大きく2つの課題がありました。1つは体系の構築とその更新にかかる工数確保です。特に、最初は頑張ってもいても新しいスキルの追加などによる更新の部分で躓くケースが多いようです。この点については全てを内製せずに国や公的機関が公表しているオープンなタクソノミーを活用することで、負荷を下げることができます。むしろ外部で広く公開されているものを利用することは社外人材の調達などに有利に働くことにもなり、積極的に使っていくべきでしょう。また新しいサービスとして、AIを用いたタクソノミー生成も出てきています。
もう1つの課題は、従業員の持つスキル情報の収集とアップデートです。従業員がスキルを登録しない、更新しない、レベルの認識が合っていないなどです。この要因としては、スキルを登録することのインセンティブが乏しかったことが大きな要因と考えられます。組織としてスキルの過不足を把握することには意味がありますが、従業員一人一人にとってのメリットを明確に提示できていなかった事例が多く見られました。スキルと仕事との結びつきが弱かったのかもしれません。後述のように異動や能力開発、キャリア計画の場面でスキルを活用するような仕組みを作っていく必要があります。
もう1つの要因としては、従業員が自らのスキルを十分に認識していないことがあります。この問題についてもAIによる支援サービスが生まれています。どのような仕事をやってきたか、どのような研修を受けてきたかという情報や、これまでの成果物をもとに、保有スキルの候補を提示したり、1つのスキルを登録すると、そのスキルを持つ人の多くが保有する隣接スキルを提示して確認を求めたりするシステムです。従来はタクソノミーを定義し、それに基づいて従業員が自分のスキルを登録していくステップを踏んでいましたが、最近ではこのようなAIを活用したサービスを用いることで、従業員のスキル登録を行い、そこからタクソノミー生成を行っていくというアプローチも出てきています。
スキルタクソノミーやスキル管理の重要性はグローバルでも国内でも認識が広がっていることから、今後さまざまなスタンダードやサービスが出てくることが予想され、その動向は注視しておく必要があるでしょう。
仕事とスキルの明確な情報基盤が整えば、それを活用してさまざまな施策を打つことができます。まず組織として要員数やポジション数という量的な面だけでなく、スキルという質的な面に踏み込んだ要員計画を立てることができます。今後の事業を進めていく上でどのようなスキルが不足しているのか、特定の年齢層や部署にスキルの偏りはないか、早急に調達すべきスキルは何かなどを把握し、対策(計画)を立てます。
計画立案時の留意点としては、会社主導から従業員主導のものに切り替えていくことがポイントになります。どのような仕事があり、必要なスキルは何であり、それを身につける機会・手段として何があるのか、できる限り情報をオープンにし、将来のキャリアプラン、異動、能力開発などについて、基本的に従業員に委ねます。上司や人事は人事権を持つ管理者というよりも、示唆を与え相談に乗るサポーターやアドバイザーとしての役割を果たすことになります。
最近よく目にすることが多い「リスキリング」も、会社都合の押し付けではうまくいかず、効率も上がりません。従業員が自ら学び直すという高い意欲を持って臨むことが必要です。そのためには自分のやりたい仕事を探すことができ、求められるスキルを身につける機会を得ることができ、新しいポジションにチャレンジできる環境を整えなくてはなりません。学んだところで、それが将来どう活かされるのか不明瞭だったり、スキルを身につけてもそれを使える仕事に就くチャンスを与えられなかったりすれば、学ぶ意欲は低下していきます。異動は極力公募によるものとし、会社都合のローテーションにおいても本人同意は必須でしょう。人気の業務に就くのは競い合いになりますし、自ら動かなければ良くて現状維持であり、同じ職務でも仕事のやり方は変わっていくのでスキルを更新していかなければ従業員は苦しい立場になります。求められるスキルが明確になることで、そのようなスキルに関心がない人や、他社で活かせるスキルを持つ人は現状のキャリアに見切りをつけることも容易になります。
上述のような取り組みにより、社内競争環境や社内労働市場が透明性・公正性の高いものへと変化していきます。高次のポジションに就くには、これまでも出世競争と呼ばれる社内競争がありました。ただしそれは明白に行われるようなものではなく、大卒総合職などの一定の枠で採用された者は有無を言わさずその枠に入らされ、長い年月にわたって選抜が行われていくものでした。判定者は上司や人事部門であり、その経過が本人に知らされることは稀です。能力等級に示される人材要件も抽象的なものが多く、それを獲得する術も定かではないケースがほとんどでした。暗黙の競争とも言うべきもので、分かりづらく、働き手の価値観やライフプランが多様化している現状では受け入れ難いものでした。現在は、キャリアの選択権を従業員に渡すこと、その権利を十分に、有効に使えるための情報や機会を提供することが求められます。図表13-1、13-2に示されるようなスキルを身につける機会も活用する機会もないと従業員に思わせている状況を変えることです。
一方で、従業員も会社の将来やテクノロジーが仕事に与える影響について、自らの考えを持たなければなりません。それらについて「分からない」という回答がグローバルの倍の比率を占めるような状況では心もとありません(図表3-1、14)。自ら考察した上で自分のキャリアは自分で決め、不足するスキルは研修やプロジェクトへの参画で身につけるという自律を図ります。会社、従業員ともに仕事とスキルを軸に、求めるもの、与えるものを明確にし、健全な緊張関係を保っていくことが肝要です。2023年6月に公表された厚生労働省の調査では、将来どのような働き方をしたいと思っているか、という問いに対し「なりゆきにまかせたい」と「分からない」を合わせた比率が半数以上の56.5%という結果が示されています(厚生労働省/PwCコンサルティング合同会社「労働者の働き方・ニーズに関する調査について(中間報告)」https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001111574.pdf)。この状況が好ましいとは思えません。
これまでに述べてきたような施策を実現していくには、テクノロジーの活用が欠かせません。スキルタクソノミー構築について言及したような、AI技術を用いた新しいサービスが次々に出現しています。サービスは大きく2つの領域に分かれます。1つ目はHRテックとも呼ばれるもので、採用や異動など、これまで人事部門が行ってきた業務の支援です。採用であれば公開されている履歴データ、職務経歴データ、SNSデータなどを探索し採用候補者プールを作成する、評価であればマネージャーの評価にバイアスがかかっていないかチェックする、異動や育成に関してはスキル要件に合った従業員のマッチングに加え、合致する人材がいない場合に必要なスキル習得が速そうな人材のリストアップを行うなどです。図表16のタレントマネジメント/HRオペレーションプラットフォームがこれに該当します。
もう1つの領域は、これから役割がより重くなる従業員や、従業員を身近でサポートするマネージャーをダイレクトに支援するもので、Workテックとも呼ばれます。図表16ではEXサービスプラットフォームにあたります。従業員向けには、これまでの評価データや仕事歴、志向などをもとにキャリアプラン策定のためのヒントを提示してくれるサービスや、不足するスキルを身につけるためにメンター候補など有用な社内人材を紹介して人的ネットワークの拡張を支援してくれるサービスなどが出てきています。マネージャーに対しては、自組織内の人間関係の濃淡やスキルの過不足をグラフで分かりやすく表示したり、心身の不調や退職などの兆候を察知したりするサービスが出てきています。
これらのサービスは独立して利用することもできますが、従業員が日常的に使っているチャットと連携して、自然な対話形式で利用できるものが多くなっています。またさまざまなサービスを1つの窓口(ポータル)にまとめるサービスもあり、利用する場合は既存の社内環境とどのように連携を図るかという点もポイントになります。
図表16
2023年は生成AIが一気に職場や働き方に影響を与えました。テクノロジーの活用という面ではAI活用で各職場での仕事や働き方がどう変わるのか、どう変えるのかということが最も大きなチャレンジとなります。これに対峙し改革を進めるのは、第一義的には各職場の従業員ですが、テクノロジー、人材マネジメント、コンプライアンスなど共通する問題も多く、知識・ノウハウを集約した部門横断的な組織(CoE)の設置が効率的・効果的です。情報システムや法務、人事など関係する部署は多いのですが、このCoEを中心となって担うのはどの部署が良いのでしょうか。筆者は人事だと考えます。AIは作業の自動化だけでなく、情報収集、分析、推論、文章作成など人間の考える領域の支援を行います。人間が行う仕事は、より深い洞察力、豊かな感性や倫理観が求められるものになっていくはずです。働く人のモチベーション、エンゲージメントの重要性がますます高まります。「人」のエキスパートである人事パーソンが、仕事の設計、働き方の設計に積極的に関与していくことが望まれるのではないでしょうか。
幸い現時点で多くの従業員はAIをポジティブに捉えています(図表14)が、今後は分かりません。ワークスタイルやキャリア、雇用形態などが大きく変わるとき、働く人たちにもゆらぎが生じます。発生してくる課題に対して早目に施策を打っていくためにも、人事の果たす役割は大きくなるものと考えます。統制・管理に重点が置かれがちであった人事部門が現場に入り込み、価値創造の支援を行うときです。
進化するテクノロジーを前提に「人」中心に設計された仕事や、明確に定義され共通認識となった仕事とスキル、それを軸にした人材マネジメントの仕組みが整ったとしても、働く人たちの意識が変わらなければ目指す姿には到達できません。
従業員の心に火を点けるのはリーダーです。従業員が目指すところに到達できるよう尽力することがリーダーの責務です。リーダーシップの質は従業員のエンゲージメントに大きな影響を与えます。リーダー自身が変革の推進者となり、積極的に改革をサポートする姿勢が重要です。具体的にはワーク(仕事)、ピープル(人)、コミュニティ(共同体)、ライフ(生活)の4要素を念頭に、それらの充実につながるような従業員の体験を生み出していくことに努めます(詳細は下記参考図書を参照)。
|
出典:加藤守和『リーダーになったら知っておきたい12のこと』日本能率協会マネジメントセンター(2023年)
また、忘れてはいけないのは、組織全体としての変化には時間がかかるという点です。長年にわたって確立された組織の慣習や価値観が、新しいアプローチや仕組みの導入に対する障害となることがあります。特に大規模な組織では、新しいものの導入によるリスクを避ける傾向や、古くからの体制の中で育まれたリーダー層が変革に対して冷ややかな態度を取るといったことが起こりがちです。初期の情熱を絶やさぬよう継続して取り組んでいくことが肝要です。中長期の将来を見据えながら、日々起こる課題に対処しなくてはいけません。そのためにポイントとなるフィードバックサイクルの確立と、コミュニケーション強化を以下にまとめ、本レポートのまとめとします。
参考図書:加藤守和『リーダーになったら知っておきたい12のこと』日本能率協会マネジメントセンター(2023年)