
トランプ2.0関税・税制政策の見通し:日本企業が押さえるべきポイント
第2次トランプ政権の関税・税制動向と日本企業への影響に関して、PwC JapanグループとPwC米国の専門家が議論しました。
2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵略が始まったことをきっかけとして、世界の経済・社会情勢はそれまでのものから大きく変わりました。日米欧を中心とする民主主義と、中露を軸にする権威主義の対立を表す「新冷戦」がじわりと世界を覆う中、企業活動も今までの延長線上のままでは通用しづらくなっています。米国は中国を念頭に半導体やスーパーコンピューターなどのハイテク分野で輸出入管理の厳格化を進めています。ロシアへの経済制裁によって原油や液化天然ガス(LNG)などエネルギーの需給が世界でひっ迫しています。地政学リスクの高まりがモノやサービスの自由な移動に制約をもたらす現状は、1990年代に急速に進んだ経済のグローバル化の流れを逆回転させる兆しを映しています。この変化には日本企業ももちろん無関係ではいられません。特にグローバル展開を積極的に進めてきた企業ほど、大きなインパクトを受ける可能性が高まっています。
激しく動くビジネス環境に日本企業はどのように立ち向かうべきでしょうか。PwC Japanグループは昨年に引き続き、日本企業のグローバル戦略についての課題や、その対応状況などに関する実態調査を実施しました。本レポートでは、調査で浮き彫りとなった海外における経営課題をまとめ、俯瞰的に考察します。また、レポートの最後では欧州(西欧)、中国を中心としたAPAC、北米(米国)の3地域市場ごとの海外事業戦略のヒントについて、PwCグローバルネットワークによる他の調査結果と併せて仮説検証を行います。
海外事業の今期の業績予想について質問したところ、最も多かったのが「横ばい」の33%で、昨年調査より8ポイント増えました。「増収」は22%と2ポイント増、「やや増収」は同5ポイント減の28%となり、増収、やや増収の合計値は50%と同3ポイント減りました。一方、「減収」「やや減収」の合計値は14%と同4ポイントの減少となりました。増収傾向、減収傾向の回答がともに減り、横ばい傾向が強まっています。多くの企業が足元の海外事業を保守的に想定し、先行きの不透明感を強めていることがうかがえます(図表1)。
中期的(今後3年程度)の業績見込みについても質問しました(図表2)。最も多かったのは「やや増収」で40%、次いで「横ばい」(26%)、「増収」(23%)と続きます。増収、やや増収の合計値は63%と今期の業績予想の調査結果より13ポイント増えました。多くの企業が今後も海外事業の成長を維持できるとみています。また、「やや増収」と「横ばい」が「増収」を上回ったことと併せると、中期的な業績回復にはなお慎重な姿勢であることもみて取れます。
続いて、国内市場と海外市場のどちらに中期的な成長の軸足を置いているかを聞きました。「海外市場」(28%)、「どちらかといえば海外市場」(27%)の順に多く、過半の企業が海外を成長市場として捉えています(図表3)。今年の調査で新たに設けた選択肢「国内および海外市場の両方」は11%を占めました。「国内市場」「どちらかといえば国内市場」と回答した割合は合計34%と昨年調査(35%)とほぼ同じでした。国内よりも海外に成長の機会を求めている傾向が変わらないことを映しています。
海外事業への日本企業の投資姿勢についても質問しました(図表4)。「強化・拡大する」が55%と昨年調査比1ポイント増、「現状を維持する」が43%と同3ポイント増えました。ほとんどの日本企業が引き続き、海外事業について現状維持または強化の投資姿勢であり、縮小・撤退を選ぶ割合はかなり限られることが再確認されました。
今後有望と考える事業展開先を国・地域別に聞いたところ、1位は「米国」、2位は「インド」と「中国」が並びました(図表5)。米国やインドを選ぶ企業の割合は昨年調査とほぼ変わらなかったのに対し、中国を選ぶ回答が大きく減り、中国は単独2位の座を譲る結果となりました。中国は2022年10月に開いた中国共産党大会で「台湾独立に断固として反対し、抑え込む」などの文言を盛り込む党規約の改正案を決議するなど、台湾海峡を取り巻く地政学・経済安全保障上のリスクの高まりが指摘されています。これらのことから、巨大市場・中国への見方に変化が生じている可能性があります。
続いて、なぜその国・地域を選んだのか理由を聞いたところ、1位は「現地マーケットの現状規模」、2位は「現地マーケットの今後の成長性」、3位は「安定した政権基盤」となりました(図表6)。今後の成長性よりも現在の市場規模やビジネス環境の安定性を重視する回答が増えたのが今年の調査の特徴と言えます。欧州やロシア、中国で地政学リスクが高まり、国境を越えた自由な通商体制の土台が揺らぐ中、将来の成長可能性を重視しつつも、足元における安定した社会・経済環境も求める企業が増えています。海外事業の今後を考えるにあたり、将来における不確実性をできるだけ回避したいという姿勢が強まっていることがうかがえます。
また、先の質問で選択した国・地域における成長戦略について尋ねました(図表7)。1位は「既存自社体制の拡大・拡充による内部成長」、2位は「現地企業に対するM&A・JV出資などによる外部成長」、3位は「ビジネスパートナーとの業務提携・アライアンスなどによる外部成長」となりました。一方、「新規自社体制の設立」は4位にとどまりました。自前でゼロから立ち上げるより、既存のネットワークや買収・合併、提携などを通じた市場開拓を有望な成長戦略として位置づけていることが分かります。ビジネスを巡る環境変化のスピードが速い現状の中で、外部の利用可能な能力やリソースを活用することにより、成長戦略上の課題に柔軟に対処する姿勢が強いことがうかがえます。
反対に中期的(今後3年程度)に縮小・移転・撤退を検討している国・地域についてはどうでしょうか(図表8)。「ロシア」が昨年調査比43ポイント増の46%を占めて1位となり、以下、「中国」(9%)、「ベラルーシ」(6%)と続きました。また、上記の国・地域を選択した理由については、「現地の政情・経済不安」が1位、「現地マーケットの縮小傾向」が2位、「社会不安」が3位となりました(図表9)。ロシアによるウクライナ侵攻とそれに伴い課された制裁措置などが、日本企業の対象地域における事業戦略に大きく影響していることが確認される結果となりました。
また、中国については、進出・強化・追加投資先と縮小・移転・撤退の両方で上位に入りました。この点の解釈については後述します。
次に、海外事業の経営課題について分析します。海外事業でどのような要素を重視しているかについて聞いたところ、1位は「主要市場とする地域の市場性、収益性、将来性」で53%を占めました(図表10)。2位は「海外事業を担う人材の採用・獲得・維持」、3位は「グローバルなサプライチェーン体制」でした。対象市場のポテンシャルだけではなく、それを支える「ヒト」と「モノ」についても重視していることがうかがえます。
上記の重視する要素についてどのような課題があるのか、質問しました(図表11)。その結果、「対応策・打開策を見いだせていない」「既存の体制・ビジネスモデルでは対応できない」がそれぞれ30%とトップでした。「エクスポージャーまたは課題が正確に把握できない」は19%、「対応策・打開策の優先度が決められない」は17%を占めています。海外事業を推進するにあたって重要な要素は認識しているものの、課題定義、対応策の策定、またはその優先度の決定の点で課題に直面している現状を浮き彫りにしています。
では、具体的にどのような経営課題が海外事業において重要だとみているのでしょうか。1位は「市場環境・競合環境の理解」(以下、マーケットインテリジェンス)、2位は「激変した地政学的環境下での生産・供給体制の構築」(以下、生産・供給体制の構築)、3位は「米・中・EUなどによる新たな規制・ルールなど、新規制度への対応・適合能力」(以下、新たな規制・ルールなど、新規制度への対応・適合能力)となりました(図表12)。上記3つの経営課題はEMEA(欧州・中東・アフリカ)、APAC(中国・ASEAN・オセアニア・インド・パキスタン)、Americas(北米・中南米)の3地域に分けた場合でも上位に入りました(図表13)。また、それよりさらに細かい地域に分類した場合でも、そのほとんどで上位にランクインしました(図表14)。これらの3つの課題は、地域にかかわらず、現在のビジネス環境下で共通して重要性の高い経営課題と言えます。
日本企業は、自社の海外事業の今後の競争力をどう評価しているのでしょうか。調査の最後に、中長期的に自社の国際競争力を保てるかについて質問しました(図表15)。その結果、「そう思う」は19%と横ばい、「そう思わない」は4%と昨年調査比で5ポイント減りました。一方、「どちらかといえばそう思う」は45%(昨年調査比3ポイント減)、「どちらかといえばそう思わない」が23%(同7ポイント増)となりました。ビジネスを取り巻く環境変化から生じる経営課題について、その解決策の策定も含めて、自社の海外事業の先行きについて不確実性を感じる回答が増加していることが読み取れます。
日本企業の多くが今後の成長の源泉として考える海外事業において、経営課題や事業運営を取り巻く不確実性を認識していることが、今回の調査で改めて浮き彫りになりました。今後の海外事業の課題解決へのカギを何に求めるべきでしょうか。今回の調査結果に加え、PwCグローバルネットワークが実施した他の調査結果も参照し、北米(米国市場)、APAC(中国・ASEAN)、欧州(西欧)の3地域ごとに考察します。
米国は世界最大の経済大国です。また、安定した安全保障環境も特徴の1つに挙げられます。欧州はロシアと地理的に近く、ウクライナ侵攻の影響を経済、社会の両面でより強く受けています。APACは台湾海峡を巡る緊張に伴い、域内における地政学リスクの高まりが指摘されています。太平洋と大西洋に隔てられた北米の地政学リスクは欧州やAPACより相対的に低いと言えます。
その一方、米国政府は中国を「国際秩序をつくり替える能力と意思を持つ唯一の競争相手」1と定義したうえで、半導体やスーパーコンピューターに関連する複数の規制や米国内への拠点誘致を促進する法律を導入するとともに、新疆ウイグル自治区で強制労働により生産された産品の輸入を原則禁止するなど、対中国の規制を導入しています2。これらのルールは米国企業だけでなく、日本企業の米国事業はもちろんのこと、米中両方に製造拠点のある企業であれば本社と米国事業が一体として遵守すべき規制(コンプライアンス)上の課題です。
2021年10〜11月にPwCグローバルネットワークが全世界で行った 「第25回世界CEO意識調査」3では、日本を含む他地域と比べ、米国に本社を置く企業のCEOがサイバーリスクにより高い懸念を抱いていることを示しました(図表16)。これは、米国事業が他地域よりもサイバー攻撃を受ける可能性があることを示唆していると分析できます。
サイバーリスクへの懸念は、成長を見込めるデジタル領域でのオペレーション実践やコンプライアンスなど、複雑に入り組むリスク因子に対して適切に対処する体制構築の必要性を示唆するものと言えるでしょう。
これらを踏まえると、米国における今後の事業課題解決のカギの一例には、下記が挙がるものと考えます。
・リアルタイムで統一されたデータを基にした日米間での経営管理体制の確立・強化(グループガバナンス、データ・デジタルガバナンス、ESGなど)
1 バイデン政権公表の「国家安全保障戦略」 ( ”NATIONAL SECURITY STRATEGY” )より。
2 2021年12月に成立したウイグル強制労働防止法 (UFLPA)や2022年7月可決のCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)はそのような側面を代表する事例として挙げられます 。
3 PwC「第25回世界CEO意識調査」。
本レポートにおいて地域ごとに仮説として検証した課題解決のカギですが、一例として提示したヒントは地域をまたいで当てはまる可能性の高いものがあります。例えば、グループガバナンスやESGは、北米と欧州において優先度を上げて取り組むべき課題の一例であると考えられます。地域特有課題と地域通貫(グローバル)の課題を峻別し、対処策を講じていくことが、今後の海外事業においてより重要となっていくものと考えます。
昨年の本レポートの中で取り上げた米中デカップリングも含めた地政学リスクに対する各社の対応状況については、本年度は独立した調査として実施しました。調査結果の詳細については本レポートでも参照した「企業の地政学リスク対応実態調査2022」にてご確認ください。
本レポートの続編として、「トランスフォーメーション」「地政学リスク」をテーマとした「未来を拓く日本企業のグローバル戦略」を公開しています。併せてご一読ください。
調査名 | 日本企業のグローバル戦略動向調査 2022-2023 |
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調査日程 |
2022年7月 |
調査方法 |
インターネットパネルを用いた調査 |
調査対象 |
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サンプル数 |
全体サンプル数合計:600人 上記基準に該当する企業に勤務する回答者数:253人 |
回答者属性 |
下記参照 |
注1) 全ての数字の合計値が100%にならない場合があります。
注2) 本調査は個人を特定せずに実施しているため、所属企業については重複している可能性があります。
注3) 小数点第1位を四捨五入しています。
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