
『セキュリティ・クリアランス制度』法制化の最新動向と日本企業が取るべき対応 【第3回】運用基準を踏まえた企業対応の在り方
2025年5月17日までに施行される経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度に関して、特に影響があると見込まれる事業者や事業者の担当者において必要となる対応を、2025年1月31日に閣議決定された運用基準を踏まえて解説します。
「重要物資の安定供給(サプライチェーンの強靭化)」(以下、本施策)は、国民の生存に必要不可欠な物資、または国民生活や経済活動が広く依拠している重要な物資を「特定重要物資」に指定し、その安定供給に取り組む民間事業者に対して政府が資金支援を行うことで、特定重要物資のサプライチェーンの強靱化を図る施策です。民間企業の取り組みだけでは不十分な場合には、政府が備蓄などの対策を実施します。これは2022年5月に成立した経済安全保障推進法の主要4施策の1つであり、2022年12月に既に制度運用が開始されています。
日本政府は「国民生活や経済活動にとっての重要性」「外部への依存性」「外部から行われる行為による供給途絶などの蓋然性」「安定供給確保のための措置を講ずる必要性」の4点を選定基準とし、抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物、船舶部品の11物資を特定重要物資として指定しています(図表2)。
特定重要物資の安定供給に取り組む企業は、所管大臣から「供給確保計画」の認定を受けたうえで、融資などの金融支援や助成が受けられます。政府は2022年度第2次補正予算において合計1兆358億円の予算を確保し、2023年4月に最初の採択案件が発表されて以降、これまで延べ50社ほどが採択されています1。また、高市早苗経済安全保障担当大臣は2023年1月、自律的な調達が困難になった重要物資が新たに現れた場合、その都度政令により特定重要物資に指定する意向を示しました2。政府は現在、データセンターやEVなどで使われる先端的な電子部品を12番目の特定重要物資に追加する方向で検討を進めています3。
本施策の導入の背景として、新型コロナウイルス感染症の拡大や、中国によるゼロコロナ政策に伴う厳格な防疫措置としてのロックダウン、ロシアによるウクライナ侵攻などを契機に、日本のサプライチェーンの脆弱性が顕在化したという点があります。また代替性が乏しく、特定の国・地域への依存度が高い重要物資の各国による獲得競争や、世界的な資源ナショナリズムや保護主義の台頭が進んだことも挙げられます。日本企業もリスク認識を高めており、PwCが2023年8月に日本企業を対象に実施した「PwC Japan企業の地政学リスク対応実態調査2023」によると、最も懸念される地政学リスクの2位として「グローバルサプライチェーンの分断」が入っています。
例えば、本施策で特定重要物資に指定されている重要鉱物は、電気自動車(EV)や蓄電池、高性能モーター、風力発電用タービンなど、日本のさまざまな産業に欠かせない原材料です。しかし、日本のレアアースやグラファイト(黒鉛)の対中輸入依存度はそれぞれ約60%、約96%(2021年時点)と高く、中国からの供給が途絶した場合、企業活動や国民生活に多大な影響が及ぶとの懸念があります(参考:重要鉱物をめぐる政策競争と将来シナリオ:企業が検討すべき備えとは)。
2010年に中国が日本へのレアアース輸出を大幅に削減した際、当時の日本はレアアース輸入の90%以上を中国に依存しており、この禁輸措置の結果、レアアースの価格が10倍近く高騰し、日本企業は多大な影響を被りました。日本政府は重要鉱物を含め特定重要物資の調達先の多角化を図るため、本施策だけでなく日米、日英などの二国間、インド太平洋経済枠組み(IPEF)などの多国間枠組みを通じてサプライチェーンの強靭化に取り組んでいます。
欧米などの主要国においても重要物資の安定供給を確保するための政策が進められています。
米国のバイデン政権は、同盟国や友好国との経済協力関係や、信頼できる国に限定してサプライチェーンを再構築するフレンドショアリングを強化し、米国勢力圏の技術優位性確保を進めたい考えです。トランプ前政権期のTPP離脱(2017年)や、米国不在でのRCEPの成立(2020年)など、インド太平洋における米国の影響力低下を巻き返すように、2022年5月にはバイデン大統領の訪日に合わせてIPEFの立ち上げを発表し、2023年2月には米国、日本、韓国、台湾による半導体同盟「CHIP4」の初会合を開催しました。また、国内の半導体産業振興のため、2022年8月にはCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)を成立させ、半導体の開発・製造の強化のために527億米ドルの補助金を確保しました。
欧州では、2019年に欧州グリーンディール政策が打ち出され、環境対策と称してエネルギーや重要鉱物の域外依存脱却が進められていました。ウクライナ紛争の制裁に対する報復としてロシアが行った欧州へのガス供給制限などを契機に、域内のサプライチェーン強靭化や重要技術分野における技術優位の確保に向けた各種政策が強力に推し進められています。2023年6月に発表されたEU初の経済安全保障戦略では、域内産業の競争力確保や同盟国との連携、投資や輸出の制限強化によるデリスキングを進めるとの方針が打ち出されました。
日本企業は本施策をどのように活用すべきでしょうか。日本企業が特定重要物資の供給事業者として政府から認定を受けた場合、資金援助を受けたうえで、自社のグローバルサプライチェーンの再構築や生産拠点などの機能移管を図ることが可能です。将来想定される各国の法規制や中長期トレンドを踏まえた事業環境の変化への対応を図ることで、競合他社に対する競争優位性の確保を進めることもできます。近年頻発するサプライチェーンの混乱や、自社にとって重要な原材料や製品の価格ボラティリティの影響低減に備えることも肝要です。日本企業からは「工場増設を検討する場合、(本施策を活用することで)日本が選択肢に入ってくる」などの声も聞かれ、概ね好意的に受け止められています。
一方で、日本政府から継続的な生産や設備投資が求められる可能性や、需給がひっ迫した場合に増産が求められる可能性がある点には留意が必要です。本施策で資金支援を受ける事業者だけでなく、当該事業者に対して部品などを納めるサプライヤーも、本施策を活用する事業者から長期での部品供給を求められたり、場合によっては国内回帰を求められたりする可能性がある点に留意が必要です。
1 経済産業省「経済安全保障推進法に基づく認定供給確保計画一覧」
2 高市早苗チャンネル「【高市早苗に聞く】供給途絶のリスクに備える『特定重要物資』について」 2023年1月
3 内閣府「経済安全保障法制に関する有識者会議 第2回サプライチェーン強靱化に関する検討会合(2023年10月16日)資料(特定重要物資に関する取組の方向性について)」2023年11月
坂田 和仁
マネージャー, PwC Japan合同会社
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