
次世代ファイナンス人材の育成方法
次世代のファイナンス部門を支える人材育成について、課題や施策のポイントを解説します。
コラムシリーズ「生成AIの経理財務業務での活用」の第1回「生成AIの特徴と今取り組むべきこと」と第2回「生成AIの導入」を通じて、生成AIの概要や、経理・財務業務への導入後の状況について中心に説明してきました。第3回となる本稿では、特に安定性や透明性が重要な実務に生成AIを導入することで生じる変化や、それに伴って直面し得る課題とその対応方法について解説していきます。
生成AIを実務に活用していく流れとしては、部分的に業務を任せる業務補完型から始まり、業務のすべてを任せる業務代行型へと進化していきます(図表1参照)。
生成AI導入の初期段階では、実務において担当者が作業タスクを部分的に生成AIへ任せます。そして生成AIから出力されたアウトプットを、担当者が都度レビューと修正を繰り返しながら、業務を完結させていきます。
「業務補助型」のメリットは、生成AIが作業を肩代わりすることによる実務担当者の作業工数の低減、プロセスに関与する担当者を生成AIに置き換えることのよる業務のスリム化、そしてナレッジを生成AIへ一元管理していくことによる属人化問題の解決です。
一方、このプロセスにおいては、担当者と生成AIの間で正常なコミュニケーションが成立すること、そして生成AIが成熟しており情報を正しく整理・提供できることが前提となります。
従って、課題としては、担当者の問い合わせ方によって生成AIから得るアウトプットの量と質が変化してしまう(①担当者間の情報リテラシーのばらつき)、生成AIによる回答が不確かな状態になってしまう(②ハルシネーションおよび情報鮮度と精度)、生成AIが個人情報や秘匿情報にアクセスしてしまう(③プライバシーと秘匿性)、業務の目的に適合していないモデルを選択してしまうことにより期待どおりの結果が得られなくなってしまう(④業務の安定性と継続性)ということが挙げられます。
「業務代替型」は、「業務補助型」の進化形であり、業務のすべてのタスクを生成AIに任せます。例えば「業務補助型」では、実務担当者からの指示を受けた生成AIが、伝票データから不正データをリストアップして結果を返すところまでを実施しますが、「業務代替型」ではそれに加えて、伝票起票者に対して誤謬確認を促すメールを自動送付し、複数の既存アプリケーションをまたいで連動させる形で業務の塊を処理します。
「業務代替型」のメリットは、人間以外でも実施できる業務を完全に切り離し、人間でしか出来ない付加価値の高い業務へリソースをシフトしていく点にあります。一方で、それを実現するには、生成AIと既存アプリケーションの融合と成熟が前提となるため、システム構成がより複雑化していきます。
従って、課題としては、前述した「④業務の安定性と継続性」の観点に、複数技術のメンテナンスが追いつかなくなることによる「モデル精度の劣化」や「システム連動不備による業務停止のリスク」が加わります。
生成AIの活用において直面し得る、上記4つの課題をまとめると図表2のようになります。
4つの課題 | 概要 |
①担当者間の情報リテラシーのばらつき |
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②ハルシネーションおよび情報鮮度と精度 |
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③プライバシーと秘匿性 |
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④業務の安定性と継続性 |
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では、前述した4つの課題の乗り越え方について解説します。
[課題の概要]
生成AIとの対話において、利用者の情報リテラシー(有効な問い合わせの仕方)の格差によって、取得できるアプトプットの量と質が異なってきます。さらに、担当者が自身の問い合わせ方法の不備を認識せず生成AI側に問題があると思い込んだ場合には、的外れなアウトプットを継続的に受け取ってしまいます。この課題の原因としては、担当者への教育やバックアップ体制が不十分であるケースが多いと考えられます。
[対策]
生成AIを理解するための研修を定期的に実施するなど、利用者のマインドセットを整えていくことが重要です。例えば、生成AIにはクセがあり、得意な質問や不得意な質問がある点、問い合わせの作法がある点などを継続的に教育していくことが挙げられます。また、実務で有効に働いた問い合わせ方法を定常的に形式知化していくこと、それらを踏まえて部内ルールを策定すること、問い合わせ方法の公開までを業務プロセスにあらかじめ含めておくことなどが対応策として考えられます。
[課題の概要]
生成AIには、事実と異なる情報をもっともらしくアウトプットする(ハルシネーション)という現象があります。また、事実であっても情報の鮮度や精度が低いアウトプットを提供してしまうこともあります。これは、生成AIの学習断面が古かったり、必要のない情報まで取り込んでしまったり、そもそも学習に用いたデータ自体が間違っていたりすることなどが原因です。財務・経理業務では、情報開示や法的要件に関連する申告書の作成プロセスにおいて、この問題に対処する必要があります。
[対策]
生成AIのシステム環境に対して、定常的に最新のデータを投入する、学習データの品質をチェックする、データ参照先を提示する機能を実装することなどが考えられます。一方、それらに十分に対応できたとしても、生成AIが出力する情報の事実確認は求められるため、業務の目的を理解した人間によるレビューは不可欠です。従って、生成AIのアウトプットの取り扱い方針、検算・内容精査の方法や手順、精度の閾値などのガイドラインを整備することが重要です。
[課題の概要]
生成AIが、秘匿性の高い情報を使用し、倫理的な観点を欠いたアウトプットを提供してしまうことです。例えば、生成AIが給与や経費といったセンシティブな情報と従業員・詳細情報を自動的に関連付けたり、会社の契約情報などを引き出してしまったりすることです。経理・財務領域は他の業務領域との接点が多く、影響範囲が広範囲に及ぶ可能性があるため注意が必要です。
[対策]
生成AIのシステム設計段階で、担当者や業務プロセスごとに、生成AIが参照できる情報の範囲と深さを制御する仕組みや、アウトプット時に倫理性に欠ける内容や秘匿性が高い内容を除外する仕組みを構築する必要があります。また、担当者が生成AIを業務とは関係のない目的で利用しないようにシステムを監視し、研修を通じて意識を高めることも重要です。
[課題の概要]
知名度が高く、他社評価の高い基盤モデルを使用しているのにも関わらず、なぜか自社業務では期待していた程のアウトプットが得られないということがあります。また、「業務補助型」から「業務代替型」への進化に、連結された複数技術のメンテナンスが追いつかなくなり、モデル精度が劣化してしまうと、業務の継続性に問題が生じてしまいます。安定性・継続性が求められる経理・財務領域では、十分な対策を講じる必要があります。
[対策]
自社の業務目的(処理内容、対応地域・言語など)にあった基盤モデルを選択することが重要です。またタスクのパフォーマンスを見ながら、定期的にモデル精度を改善していきましょう。なお、生成AIの保守には、他事業部門やシステム部門も含めた共通の運用プロセス定義が必要なため、全社的な方針の検討と推進が必要となります。また生成AI使用時に問題が発生した場合に備え、生成AIを使用しないプロセスに切り替えるコンティンジェンシープランも準備しておきましょう。
以上、生成AIの活用における4つの課題の乗り越え方をまとめると図表3となります。
生成AIを導入することで、業務上の多くのメリットが得られます。一方、前述した課題を克服するためには、事前の準備が必要です。その際に特に重要なのは、関係者のマインドセットを整えるためのチェンジマネジメント活動です。なぜなら業務効率化のプロセスや環境を整えたとしても、それを活用する人々が順応できなければ、円滑な業務実行は期待できないからです。生成AIは、担当者が実施する業務プロセスに大きな変化をもたらすため、チェンジマネジメントは十分に計画するべきです。
そのためにはまず、組織リーダーが生成AIの導入を宣言し、その目的と目標を共有して組織内での共通認識とすることが重要です。「なぜ導入するのか」「導入のメリット何なのか」「導入後はどのような状態になるのか」といったイメージをできるだけ具体的に持てるように、文書化して共有します。また、教育や勉強会も1度きりではなく、繰り返し開催し、伝えていくことが重要です。生成AIは何でもできる魔法のツールではなく、モデルや学習データ、そして使い方によって性能が大きく変わるということを、実際の体験を通じて理解してもらうとよいでしょう。
その他には、情報共有などのコミュニケーションや変化への対応サポート、定期的なアンケート調査による成熟度モニタリングなどを実施していきます。最初は、パイロット的に小さなタスクから生成AIを導入していき、効果・課題を把握した上で改善をしていく進め方がよいでしょう。
生成AIを活用した業務に対する心理的なハードルを下げ、実務担当者が変化に対する耐性を十分に身に付けることが、生成AI導入の成功につながる重要な要素となります。
経理・財務業務は、法令・コンプライアンスの遵守が非常に重要です。そのため、企業が生成AIを導入する際には、ハードルが高く感じられることもあるかもしれません。しかし、生成AIは企業に多くの利益をもたらす可能性があります。特に、経営の高度化においては大きな効果が期待できます。経理・財務スキルを持つ人材が既存業務から解放され、より付加価値の高いインサイトの発掘に集中することができるのです。
私たちPwCは、クライアント企業の経理・財務要員のパフォーマンスを最大化し、活躍の場を広げるために、生成AIを含むデジタル技術を活用したソリューションを引き続き提供してまいります。
山本 祐生
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
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