
次世代ファイナンス人材の育成方法
次世代のファイナンス部門を支える人材育成について、課題や施策のポイントを解説します。
コラムシリーズ「生成AIの経理財務業務での活用」の第1回「生成AIの特徴と今取り組むべきこと」では、生成AIの近年における進化の背景、生成可能なアウトプットの種類、これまでのAIとの決定的な違いなどの基本知識に触れましたが、第2回となる本稿では生成AIを経理・財務業務の現場へどのように取り込んでいけるのかを考えます。
また、本連載の第1回では生成AIとの向き合い方に「先行参入、投資型」「市場成熟期待型」があると説明しました。経理の現場の多くの方が後者の「市場成熟期待型」、すなわち生成AIの可能性に期待しつつ、技術動向やリスクも睨みながら活用方法を検討している状況にあると想定します。本稿ではそのような状況にある方々の立場を考慮しながら、生成AI活用に向けたステップを順序立てて説明します。
最初に、日本企業における生成AIの認知や活用状況を確認しましょう。PwC Japanグループは2023年4月に「生成AIコンサルティングサービス」をリリースしました。その直後の2023年5月に実施した「生成AIに関する実態調査2023」では、回答者の過半数が生成AIそのものをまだ認知していないというが実情が明らかになりました。さらに残りの認知層についても、既に具体的な活動にまで至っているケースは10%未満でした。
しかし、それから半年経過した2023年12月の「生成AIに関する実態調査2023秋」では状況が大きく一変しました(図表1参照)。
「生成AIに関する実態調査2023秋」は、2023年10月13日~10月16日に、日本国内の生成AIに対する認知度、ポジティブ・ネガティブのイメージ、検討状況ならびに現状の課題を明らかにすることを目的に、売上高500億円以上の日本国内の企業・組織に所属し、AI導入に対して何らかの関与がある課長職以上の912名に対して調査を行ったものです。ここでは生成AIを「全く知らない」と回答したのは全体のわずか4%にとどまり、73%の回答者は既に何らかの形で「生成AIを利用した経験がある」と回答しており、前回の調査から生成AIに対する認知度は大幅に高まっています。
また、生成AI活用の推進度合いについても変化が見られます(図表2参照)。
生成AI活用の推進度合いを問う質問に対しても、2023年の秋の今回は87%が「既に生成AIの社内利用あるいは社外活用(その検討)を進めている」と回答しており、前回からの半年間で生成AI活用に向けた具体的な取り組みが非常に進んでいる状況が明らかになっています。また予算規模については、数百万規模から数十億円規模まで大きなばらつきがあるものの、回答者の58%が「今後1年以内の本格導入を予定」と回答しています(図表3参照)。
これらの結果より、国内の企業・組織の業務における生成AI活用が加速していることが分かります。では、経理・財務領域の業務において、「どのように生成AIを活用していけるのか」について考察していきましょう。
経理・財務業務は、決算書や税務申告書など業種問わず共通のルールがあり、また数値を扱う性質上、その多くが将来的に自動化されることが予想されています(図表4参照)。
図表4:経理・財務に係る職種の自動化リスク
職種 | 自動化リスク |
財務マネージャー | 97.6% |
経理事務 | 96.8% |
ファイナンススペシャリスト | 95.9% |
公認会計士 | 95.3% |
出典:Carl Benedikt Frey, Michael Osborne (2013) "The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerisation?"
職種別に見てわかるように、財務マネージャーから公認会計士の仕事までもが「90%を超える割合」で、ほとんどの業務が人を介在せずに実行されていくと予想されています。
では、具体的にどのように業務は自動化されていくのでしょうか。その際、生成AIはどのように関わってくるのでしょうか。ここで、経理・財務業務を「定型業務」「非定型業務」の2つの側面から見て行きます(図表5参照)
まず経理・財務の「定型業務」の観点では、伝票処理やデータ整理などデイリーのルーチンワークがありますが、既にRPAやOCRを活用した部分的な自動化が実施され、じわじわと効果を発揮しています。それらは、人為的なミスや実作業工数を減らすだけでなく、そこから新たに捻出された時間を「非定型業務」作業へシフトさせるという価値をも同時にもたらしています。
「非定型業務」は、例えば、経営戦略に基づく財務分析や予測、リスク管理など複雑な判断を要する業務や、経営陣への財務アドバイスや意思決定支援など、柔軟な対応力やプレゼンテーション力が求められる業務です。そして今後、生成AIはそれら「非定型業務」の領域へも活躍の幅を広げようとしています。企業のビジョンや経営戦略はもとより、財務的な実力、人材の充足度、システムインフラの整備レベルなどさまざまな要因が関係しており、意思決定に必要な情報は財務・非財務情報を含めて非常に多様化が進むでしょう。
これらを踏まえると、「非定型業務」にも対応可能な生成AIは、もはや単に業務効率化を図るだけではなく、企業が保有する技術やノウハウ、そして人の力を組み合わせ経理・財務業務全般をデジタル化し、業務改革を推進する役割を担う可能性を秘めています。
経理・財務における定型業務は、デイリーの伝票処理やデータ整理のように、継続性・安定性・確実性が求められるため、既にそのプロセスには何らかのシステムやデジタル技術が用いられていることでしょう。では生成AIと、従来のRPA含めたデジタル技術の違いはどこにあるのでしょうか。
まず挙げられるのが、さまざまなデータから自己学習を行い、インタラクティブに業務処理を実行できる点です。例えば、管理会計に使用するデータ項目間の整合性確認や監視、社内規定に即したさまざまな角度からの伝票確認、独自の商慣習を反映させた債権・消込管理など、社内ルールや過去の対応事例を学習した上で、柔軟に対応していく定型業務の場面において生成AIを活用できるでしょう。
生成AIは、データをマルチモーダル処理できるため、大量にデータが入った複数のファイルを同時に読み込ませた上で、自然言語を使って会話形式でやりとりを進めてアウトプットを得ることができます。また結果についての自己レビュー・評価や、結果の再提出など、さも同じチームのメンバーと会話して作業しているかのような自然なやり取りで業務を進められます。
「非定型業務」は、財務分析や予測、経営陣へ意思決定支援など、知識・経験・勘を組み合わせた柔軟な対応が求められます。担当者個人のパフォーマンスに大きく依存し、一見代替えが難しいと思われる業務ですが、それらに対しても生成AIを活用することができます。
例えば予実差異分析業務における差異の要因分析は、ベテランの担当者が長年の知識・経験・勘を武器にして、その数値の背後に隠れている理由を1つずつ明らかにしていくケースが多いことでしょう。
そこで生成AIを活用するとどうなるのでしょうか。まず、知識の観点では、過去の大量の予算・実績データを準備して、生成AIに取り込めば問題ないでしょう。次に経験の観点ですが、これまでに発生した差異パターンと原因を担当者が整理する必要がありますが、これについても学習データとして生成AIに取り込むことで解決できます。では最後の勘の部分はどうでしょう。生成AIは、膨大なデータをさまざまな角度や切り口から自己学習して、人間が気付かないデータの傾向や特性を自ら発見し、判断材料として使用していくことができます。人間が教えなくも自ら学習し、この世に存在しないユニークなコンテンツやパターンを無から作りだす事ができるのが生成AIなのです。つまり予実分析についても、生成AIに知識と経験を与えれば、勘を研ぎ澄まして差異分析をしてくれます。予実分析以外にも、財務分析や資金調達計画に活用することができるでしょう。
生成AIが多くの経理・財務業務をカバーできる可能性が見えてきたところで、その状況下において経理・財務の担当者は、今後どのような役割・職責にシフトしていくことが求められるのでしょうか。これを検討するにあたっては、経営から期待される経理・財務機能のあるべき姿を見据える必要があります(図表6参照)。
経理・財務機能には、仕訳伝票を入力し、法的開示のために財務諸表や税務申告書を作成することだけではなく、会計情報を経営に生かし、自社のビジネスを発展させていくという重要な使命があります。図表は、当社が経理機能の将来の姿を時系列で表現したものです。
「トランザクション処理」は、いわゆる仕訳伝票などをデイリーで入力・管理していく作業で、「統制・コンプライアンス」は法的開示のために貸借対照表、損益計算書や税務申告書を作成するなどの作業となり、両者は主に「定型業務」に属します。そしてピラミッドの最上部に財務データの分析を行ったり、インサイトを経営層に提供したりする作業があり、上位に行くほど「非定型業務」になっていきます。
「トランザクション処理」「統制・コンプライアンス」は、社会的信用を保つために会社として小さなミスも絶対に許されない領域であるため、多くのリソースを投下しても確実に業務を遂行することが求められます。その点、効率化の面では、その中で高負荷な「トランザクション処理」のプロセス改善や、デジタルツールやRPAを活用した自動化を推進して生産性の向上を行うことが可能です。さらに高度化の面では、「定型・非定型業務」が極限まで最適化されていきますが、ここで生成AIが大きく活用されていくことでしょう。
生成AIにより業務刷新が行われた後の姿ですが、「トランザクション処理」「統制・コンプライアンス」「インサイト」のパワーバランスが変化し、逆ピラミッドの形になることが予想されます。現在の経理・財務の担当者は、徐々に「インサイト」領域の業務へシフトしていきます。経理・財務スキルは経営に不可欠なため、職種自体が完全に淘汰されることないでしょう。今後、経理・財務要員に求められるものは、これまでの経理知識を大前提として持ち、生成AIを活用して、財務データをより深いレベルで分析しインサイトを出していくことになると考えられます。さらに、経理・財務部の枠を超えて、事業と経営をつないでいくことも重要な役割の1つになるでしょう。
つまり事業部で使用される非財務データの収集・分析を行い、財務データとつなげて自社の成長性、収益性、生産性などのインサイトを出していくことが求められます。事業部へ入り込み、実際の現場の状況を確認しながら、経営とのつながりを見極めて自社のビジネスを発展させるための施策検討を行い、経営者が判断・意思決定するための情報提供や提案をしていくことが主な役割になるでしょう。
経理・財務業務においては、「定型・非定型業務」に生成AIが導入されていくことが予想されますが、業種・業界・社内ルールによって違いが出てくることもあり、会社別にカスタマイズされたソリューションになっていくことでしょう。そして生成AIの導入が進むにつれて、経理・財務要員の作業は、より経営に携わる付加価値の高い作業へシフトすることが予想されます。インサイトを得る業務においては、生成AIが出す情報やデータを鵜呑みにせず、その背後に潜む示唆を見極め、現場でそれを確認し、判断や意思決定を行っていくことが重要になってきます。
私たちPwCは、変化の激しい生成AI動向を注視しつつ、最新の技術を活用した財務・経理業務の効率化・高度化により、引き続きクライアント企業を支援してまいります。
山本 祐生
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
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