佳境を迎えるサステナビリティ情報開示基準の策定と日本企業の対応

サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が国内でのサステナビリティ開示基準の公開草案を公表―基準の内容、そして日本企業がすべきこととは―

  • 2024-05-14

「財務情報だけでは企業の価値を測れない」という投資家からの要請の高まりや、気候変動が世界中の喫緊の課題となっていることなどを受けて、SASBやGRI、TCFDなど各団体が作成したフレームワークや基準をベースに、世界中で企業のサステナビリティ情報開示基準の策定が急ピッチで進められています。そして日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2024年3月29日に国内でのサステナビリティ開示基準の公開草案を公表し、またほぼ同じタイミングで金融審議会の「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」が議論を開始しました。欧州のCSRDや米国のSECの動向も見据えつつ、日本企業がどのようにサステナビリティ情報を開示するのかの議論が佳境を迎えています。

PwC Japan有限責任監査法人では「2030年に統合思考・報告のリーディングプロバイダー」「統合監査のリーディングプロバイダー」になることを目指しており、サステナビリティ情報開示基準策定に係る最新動向を把握するとともに、PwCのグローバルネットワークを活用し、各国の開示の状況について情報収集に努めています。

連載「佳境を迎えるサステナビリティ情報開示基準の策定と日本企業の対応」では、刻一刻と形作られていく基準策定の動向を、分かりやすくお伝えします。

連載「佳境を迎えるサステナビリティ情報開示基準の策定と日本企業の対応」の第1回では、2024年3月29日にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が国内でのサステナビリティ開示基準の公開草案を公表したことを受け、基準の解説と日本企業の対応についてお伝えします。解説を担当するのは、企業会計基準委員会(ASBJ)の常勤委員を務めた後、PwC Japan有限責任監査法人にて企業報告に関する知見の発信をリードしている執行役員パートナーの矢農理恵子と、日本監査研究学会の監事(現任)であり、PwC Japan有限責任監査法人にて企業の財務諸表(日本基準・IFRS)の監査および開示支援業務、サステナビリティ開示支援に従事するパートナーの山田善隆です。

国内基準を作ることになった背景

まず国際的な動向について見ていきましょう。EUでは企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が2024年1月から段階的に適用されています。開示基準としては欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)が公表されています。また、米国では2024年3月6日に、SECが気候関連の開示規則を採択しました。

そして、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は2023年6月に最初の開示基準、IFRS S1号および IFRS S2号基準を公表しています。これらを適用するかどうかは各国の当局の決定次第となりますが、ISSB基準は2023年7月、証券監督者国際機構(IOSCO)によってエンドース(承認)されています。端的に言えば、世界の資本市場で使われるのに適切であると認められたということになります。2000年に国際会計基準(IFRS)がIOSCOにエンドースされ、その後、IFRSの適用が世界で広がったことを思い出す方もいらっしゃるかもしれません。

ISSB基準をそのまま取り入れる方針の国もありますが、日本では2022年7月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立され、ISSBによるIFRSサステナビリティ開示基準(IFRS S1号およびIFRS S2号)の内容を取り入れるかどうかについて議論がなされています。個々の論点ごとに、提供される情報が重要でないもの、企業に過度な負担をかけることが明らかなもの、周辺諸制度への制約が生じるものについては、国際的な比較可能性を損なわない範囲で取り入れない、または追加的な基準を設ける方針で議論がなされてきました。

サステナビリティ開示基準の公開草案の概要

そして2024年3月29日にSSBJがサステナビリティ開示基準の公開草案を公表しました。IFRS S1号は、サステナビリティ関連財務開示を作成する際の基本的な事項を定めた部分と、サステナビリティ関連のリスクおよび機会に関して開示すべき事項(コア・コンテンツ)を定めた部分とで構成されていますが、公開草案では分かりやすさの観点から、IFRS S1号に相当する基準を、基本的な事項を定める「適用基準」と、コア・コンテンツを定める「一般基準」とに分けて示すことが提案されています。

内容は、基本的にISSBの内容をそのまま取り入れており、SSBJの公開草案では「サステナビリティ会計基準審議会(SASB)」の基準や産業別ガイダンスを参照することが求められています。また、自社のGHG排出量「スコープ1、2」に加え、供給網の排出量「スコープ3」の開示が求められています。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言でもスコープ3の開示は求められていましたが、TCFD提言には強制力がなかったのに対し、SSBJ基準は金融商品取引法に基づく法的枠組みに組み込むことが想定されており、その場合には法的強制力をもつことになります。同月に公表された米SECの気候関連の開示規則ではスコープ3の開示が要求されなかったことが注目されましたが、国によって方針の違いが生じてきています。

ISSB基準との違いという観点では、スコープ2の開示について、ISSB基準では地域などでの平均的な排出係数を使うロケーション基準に基づく開示を行ったうえで、再生可能エネルギーの利用などによる企業の排出量削減のための取り組みを示すために、契約証書に関する情報を開示する必要があります。しかし、SSBJ提案では契約証書に関する情報の開示に代えて再生可能エネルギーの利用などによる排出量削減を織り込んだ測定値であるマーケット基準に基づく開示を行う選択肢も示されました。

また、地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)では、一部のGHG排出量を1月1日から始まる暦年で算出する必要があるため、3月決算企業では算定期間が最大15カ月ずれる可能性があります。期間の差を1年以内にする上限などを設けるべきだとの議論があり、SSBJ提案では温対法に基づく報告値を使用する場合には直近のデータを使うことを認めています。ただし期間の差が1年を超える場合は所定の開示が必要となります。

今後のスケジュール

強制適用時期については、今後法令で定められることが想定されるため、SSBJ基準では定めないことが提案されています。また任意適用については、確定基準公表日以後終了する年次報告期間に係るサステナビリティ関連財務開示からの適用を認めることが提案されています。ポイントは以下となります。

  • 2025年3月31日までに確定した場合、2025年3月決算から適用可能
  • 企業の早期開示に関するニーズが考慮された
  • ただし、適用する場合、テーマ別基準の「一般基準」と「気候基準」は同時に適用しなければならない

日本企業の対応について

これらの現状を踏まえ、日本企業がまずすべきことは、自社がSSBJ基準の適用対象となるかどうかを見極めることです。「グローバル投資家との建設的な対話を中心に据えた企業(プライム上場企業ないしはその一部)から始める」との方針のもと、詳細は金融審議会の「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」で議論されることになっています。2024年3月26日に開催された第1回会議では、時価総額3兆円以上の企業には2027年3月期から義務化し、1兆円以上の企業は2028年3月期から義務化したうえで、これらの企業に対して2028年3月期から保証を求める案と、時価総額3兆円以上の企業には保証も含めて2028年3月期から義務化し、1兆円以上の企業は保証も含めて2029年3月期から義務化する案が事務局より示されました(2024年5月14日の第2回会議以降の議論については追ってレポート予定です)。

これらの議論の動向を見据えつつ、開示の準備を進める企業もあると思います。社内にないものを開示することはできないため、まずはサステナビリティ関連のリスクと機会をマネジメントする経営体制を構築し、推進していくことが必要となります。具体的にはコア・コンテンツとなる「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標および目標」の4つの柱の視点から推し進めていくことが考えられます。4つの柱に基づく開示は2023年3月期の有価証券報告書から求められていますが、SSBJ基準においてはそれぞれの柱ごとに開示すべき内容がより具体的に定まるため、現状でどのような開示ができるかを想定してみることから始めることが考えられます。

このような検討にあたって「現状(as-is)」と「あるべき姿(to-be)」のギャップが識別されたら、必要に応じて体制やリスク、機会の管理のための対応の改善を行っていくことになります。これはサステナビリティ開示全般に言えることですが、求められるのは開示であっても、開示を通じて企業の対応を促すという側面があります。SSBJ基準により開示内容がより具体的に定まれば、事実上求められる企業の対応も、より具体的なレベルで定まることになります。多くの企業はすでにサステナビリティ課題への対応を経営課題の1つと位置付けて対応を進めていますが、企業としての体制を構築し、対応を進めていくためには経営陣の関与が必要となります。

気候関連についてはTCFD提言に基づく開示を行っている企業は、これをベースとすることができます。ただし、TCFD提言に基づく開示を行う企業であっても、必ずしも全ての提言項目の開示を行っていない場合もあるため、SSBJ基準においては原則として全ての要求事項に準拠する必要がある点に留意が必要です。一般的にシナリオ分析や温室効果ガス(GHG)のスコープ3排出量の開示のハードルが高いと思われます。

また、SSBJ基準においてはISSB基準と同様にTCFD提言において選択が認められた開示の選択肢を狭めたり、追加的な開示要求を定めたりしているものがあるため、TCFD提言に基づく全ての項目の開示を行っている企業であっても追加的な対応が必要になる場合があります。これらの項目の例として、ロケーション基準に基づくスコープ2排出量や産業別指標の開示が挙げられます。

金融商品取引法に基づく開示は法律に基づくため、一定の信頼性のある開示を行うことができるように開示内容の決定、情報の収集、集約および開示情報作成のためのプロセスとそれぞれの段階で必要なチェックがなされるようなプロセス(内部統制)を整備していく必要があります。将来的には第三者による保証が求められると想定されるため、最終的には第三者保証に耐えうるレベルを目標とすることが良いでしょう。

日本企業のなかには、金融商品取引法とともに、前述の欧州のCSRDや米国のSEC規則の適用対象となる企業があります。このような企業は各制度の要求事項を分析し、必要な時期に必要な情報開示ができるように、綿密な計画を組んで対応することが必要となります。現時点では各制度の考え方や開示要求事項が異なっており、1つの制度に基づく開示を他の制度の開示に利用できないため、多国籍企業と中心とした複数制度の開示が求められる企業の開示負担が重くなることが世界的に懸念されています。この問題は相互運用性(interoperability)の問題と呼ばれ、この問題に対処すべく基準設定者間の調整が試みられていますが、その解決は容易ではありません。今後、この問題がどこまで解決が図られるのかについて注目していく必要があります。

(ポイント)

  • EU(CSRD/ESRS)はダブル・マテリアリティ(企業が環境・社会から受ける影響に加えて、企業が環境・社会に与える影響の重要性を考慮)、ESGの要素が全て入った詳細な基準あり
  • 米国SECは気候関連の開示のみ、スコープ1、2については重要性がある場合に開示。スコープ3の開示要求なし

執筆者

矢農 理恵子

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

山田 善隆

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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