
シリーズ「価値創造に向けたサステナビリティデータガバナンスの取り組み」 第1回:サステナビリティ情報の開示により重要性が増すデータガバナンス・データマネジメント
企業には財務的な成果を追求するだけでなく、社会的責任を果たすことが求められています。重要性が増すサステナビリティ情報の活用と開示おいて、不可欠となるのがデータガバナンスです。本コラムでは情報活用と開示の課題、その対処法について解説します。
前回コラム「サステナビリティ課題解決の鍵を握るサーキュラーエコノミー」では、サステナビリティ課題とサーキュラーエコノミーの関係性、そして、なぜ今企業がサーキュラーエコノミーに取り組む必要があり、どのような機会があるのか、ご説明しました。
では、自社の事業をサーキュラー化するためには、具体的に何をすべきなのでしょうか。この問いについて、PwCは、「『採取』と『拡散』の観点から、自社の事業を捉え直すこと」であると考えています。資源の採掘などの新たな「採取」と、CO2排出やゴミの廃棄などの「拡散」を可能な限り最小化し、すでにあるものをぐるぐると循環させながら利用することが、課題解決の有力な方向性となるのです。
本コラムでは、この採取と拡散のフレームワークの考え方をご紹介しながら、サーキュラー化の基本となる四つの物資(炭素、鉱物、窒素、水)ごとに、採取と拡散の現状と極小化の進め方についての概略をお伝えします。この考え方により、自社のビジネスを新たな視点から捉えることで、サーキュラービジネスをより深く検討することが可能となります。
まずは、経済活動を行う人間界と資源を有する自然界に分けて考えます。人間界で経済活動が活発化すればするほど、資源の大量消費や大量生産が行われ、やがて人間界から自然界へ、自然が備えている能力では処理しきれない大量の廃棄物などが拡散される状態が生じます。例えば、経済成長を支えるために大量の石炭や石油が自然界から採取され、エネルギーや原料として消費されます。その過程で発生した大量のCO2は、大気中にばらまかれます。さらに、石油から生まれたプラスチック製品は使用後に廃棄され、焼却処分時にCO2が発生するほか、埋められたり海に投棄されたりしたものは、マイクロプラスチックとなって海に漂い、「回収できない形」で拡散されるのです。
採取と拡散という観点で自然界と人間界の関係を見ていくと、CO2排出を主原因とする気候変動も生物多様性の喪失も、水の偏在や資源枯渇も、すべて同じ構造で語ることができます。一方で、人間が豊かに、自由に、快適に生きていくためには、一定程度の物質的な豊かさも必要です。環境課題の解決と経済の発展という、半ば矛盾する二つの事象を両立させるためには、採取と拡散を極小化しつつ、すでに採取済みの資源や自然界に拡散している物質を経済活動の中に再度取り込み、循環させていくことです。これを「広義のサーキュラー化」と定義したいと思います。(図表①)
そして、その実現のためには、カーボンサーキュラリティ(炭素の採取・拡散の極小化によるカーボンニュートラルの実現)、マテリアルサーキュラリティ(鉱物・プラスチックの循環による資源の採取・拡散の極小化の実現)、バイオサーキュラリティ(窒素・水の採取・拡散の極小化を中心とした持続可能な農業の実現)の追求が必要となります。
各業界・企業がサーキュラー化に向けた事業変革を考えるうえで、サーキュラー化の基本となる四つの物質(炭素、鉱物、窒素、水)についての理解を深めておく必要があります。この四つの物質ごとに、採取と拡散の課題および、その極小化のためのサーキュラー化ソリューションについて概略をまとめました。なお、炭素に関しては、CO2とプラスチックに分けて整理しています。(図表②)
ここでは、四つの物質の中から一例として二酸化炭素を取り上げ、採取/拡散の課題とサーキュラー化のソリューションについて、フレームワークをもとに詳しくご説明します。
炭素は自然界にさまざまな形で存在していますが、CO2増加の原因として問題になっているのは、石油、石炭、天然ガスなどの化石資源です。これらを燃焼させると、そこに固定されていた炭素が酸素と結びつき、CO2として大気中に拡散されます。CO2濃度の上昇が続くと気候変動が引き起こされ、気温上昇のほか、降雨パターンの変化、海水の酸性化、海面上昇などが起こり、水の偏在化や生態系喪失にもつながります。(図表③)
また、化石資源は、採掘場周辺の環境破壊を引き起こすほか、大量に採取を続ければいずれ枯渇する運命にあります。
では、上記に示した二酸化炭素や炭素の採取と拡散が引き起こす問題へどのように対処すべきなのでしょうか。PwCでは、採取と拡散の極小化を実現するという観点から、そのソリューションを以下のように整理しました。(図表④)
化石資源の採掘、燃焼、CO2排出という流れの中で、採取の極小化を実現していくためには、太陽光発電や風力発電、バイオエネルギーなどの「代替エネルギーへの移行」や、石炭火力発電所や天然ガスの発電所での「アンモニアや水素の混焼・専焼」などが有力な選択肢となります。
後者に関しては、水素やアンモニアの製造時にも再生可能エネルギーを使うことでCO2の排出削減効果が高まります。ただし、アンモニア混焼の場合、大気汚染の原因となる窒素化合物が発生するので、その対策も欠かせません。窒素化合物の回収・無毒化に関する日本の技術は非常に高度ですが、途上国ではほとんど進んでいないため、途上国で石炭火力発電所でアンモニア混焼を行う場合には注意が必要です。このほか、エネルギー利用の効率化も重要です。
拡散の極小化に関しては、CO2が自然界に放出される前に回収・貯留し、利用していくCCS*1やCCUS*2と呼ばれる仕組みがあります。また、自然界に放出されてしまったCO2を植林などで自然の力で吸収させ、循環を正常化していく試みもあり、このやり方はネイチャー・ベースド・ソリューション(自然の力を活用した課題解決策)と呼ばれています。
また、CO2削減に貢献するネイチャー・ベースド・ソリューションは森林だけではありません。例えばクジラの保護です。クジラは、一生かけて大量のオキアミなどのプランクトン(つまり炭素)を巨大な体の中に溜め込むことで、100年近く炭素が海の中に固定化されることになります(クジラ一頭当たり平均33トンのCO2を隔離)。しかも、クジラの排せつ物は栄養豊富で、クジラの多い海域には、植物性プランクトンも大量に発生し、実はこの植物性プランクトンが大量のCO2を吸収します。現在、クジラの保護は進んでいますが、全盛期の4分の1程度しか回復しておらず、クジラの個体数回復が気候変動対策にもなるとされているのです。
以上のように、二酸化炭素ひとつをとっても、物質の採取と拡散の極小化という視点を通じて見ることで、脱炭素や自然資本の保全、生物多様性の保護など、従来は個別に捉えられてきた環境課題のつながりを可視化できます。そして、サーキュラーエコノミーの実現を通じて、統合的な解決策を見出すことが可能です。
そして、このようなフレームワークを活用することで、自社のビジネスがフレームワークのどこに位置付けられ、どのような解決策を取り得るのか検討することが可能となります。
2024年7月発売の書籍『必然としてのサーキュラービジネス「利益」と「環境」を両立させる究極のSX』では、その他の物質に関するサーキュラーフレームワークや業界別のフレームワークも紹介しています。ぜひ、自社におけるサーキュラーエコノミーを検討する際に、炭素、鉱物、窒素、水といった四つの基本物質に着目し、それぞれの採取と拡散の課題を把握し、具体的なソリューションを検討する糸口としてご活用ください。
*1 Carbon dioxide Capture and Storage(二酸化炭素回収・貯留)
*2 Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage(二酸化炭素回収・利用・貯留)
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