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2023年1月、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正されました。これにより、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ全般に関する開示、人的資本・多様性に関する開示やコーポレートガバナンスに関する開示の拡充が図られました。具体的には、2023年3月期の有価証券報告書より「サステナビリティに関する考え方及び取組」「ガバナンス」「リスク管理」(必須記載事項)、「戦略」「指標及び目標」(重要性に応じた記載事項)の開示が求められています。
2023年6月には、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が最初のサステナビリティ開示基準となるIFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」と、IFRS S2号「気候関連開示」を公表しました。IFRS S1号、IFRS S2号ともに気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の提言を基礎とした開示を要求しています。
これらの背景には、投資家をはじめとするステークホルダーから国内外の企業に対する、サステナビリティ情報開示への要求の高まりがあり、既に2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂において、プライム市場上場企業に対しては、TCFDまたはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候関連の開示が求められています。
PwCあらた有限責任監査法人はこのような状況に鑑み、制度によるサステナビリティ開示要請の初年度となる2023年3月期の有価証券報告書において、気候関連の開示を行っている企業を対象として、TCFD提言に関する開示状況の分析・調査を行いました[1]。
非金融企業[2]を対象に、有価証券報告書におけるTCFD対応の開示状況が2022年3月期と2023年3月期でどのように変化しているかに注目し、具体的な開示内容や業種別傾向について解説します。
なお、本稿における基礎情報は掲載当時のものであり、意見にわたる部分は筆者の見解であることをあらかじめ申し添えます。
今回調査の対象とした企業は、東証プライム上場企業でEY新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツ、有限責任あずさ監査法人、PwCあらた有限責任監査法人(以下、「大手4監査法人」)が監査している3月決算の非金融企業[2]890社です。そのうち有価証券報告書にTCFD提言に関する開示を行っている企業の割合は、35%(2022年3月期)から73%(2023年3月期)に増加しています(図表1)。
なお、2022年3月期は東証一部上場企業(1,028社)を調査対象としていましたが、2022年4月に東京証券取引所による市場区分の再編が行われたことから、2023年3月期の調査対象企業は東証プライム市場上場企業(890社)としました。
TCFDに関する開示内容は、TCFD提言に賛同する旨の言及にとどめる企業から、TCFD提言に基づく推奨開示項目(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)を開示する企業までさまざまです。しかしながら、全般的に開示率は上昇傾向にあり、有価証券報告書におけるTCFD対応の開示への取り組みが年々進んでいることが分かります。
なお、業種別の開示企業数の推移は図表2のとおりです。
2023年3月期と2022年3月期の開示企業数を比較すると、特に「化学」(39社⇒81社)と「卸売業」(30社⇒63社)に属する企業群において、TCFD対応を開示する企業が増加していました。「化学」の業種は産業別のCO₂排出量上位業種に該当し、TCFD賛同企業数も多い点が特徴として挙げられます。
有価証券報告書においてTCFD提言に関する開示が実際どのように行われているのか、開示内容を以下の5種類に分類して分析しました(図表3)。
分類①「TCFD提言への賛同などの言及のみ」から分類④「TCFD提言に基づく推奨開示」に近づくにつれ、開示内容が拡充されています。
2022年3月期、2023年3月期の有価証券報告書において、TCFD提言に基づく開示を行った企業を①〜⑤に分類すると、図表4の結果となりました。
2022年と2023年を比較すると、TCFD提言に基づく開示を行っている企業は359社から653社に大幅に増加しています(図表1)。また、2022年3月期ではTCFD提言への賛同などの言及にとどまる企業(分類①)は129社でしたが、2023年3月期には26社まで減少しています。一方、2022年3月期ではTCFD提言に基づく推奨開示項目に沿って開示している企業(分類④)は98社でしたが、2023年3月期は370社と大幅に増加しています。この背景には、1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正をきっかけに、TCFDに基づく気候関連開示の質と量を充実させようという動きがあると考えられます。
有価証券報告書にTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業は、890社中370社あり、業種別の内訳は図表5のとおりです。なお、この370社が適用している会計基準は、日本基準が309社、IFRSが57社、米国基準が4社でした。
次節からは、会計基準別、企業の規模別(売上高、時価総額)、1株当たり利益(EPS)との相関関係の観点から、有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示の分析結果を見ていきます。
企業が適用している会計基準(日本基準、IFRS、米国基準、その他)ごとに、有価証券報告書においてTCFD提言に基づく開示を行っている企業数、開示率は以下の図表6のとおりです。
有価証券報告書にTCFD対応について開示している企業の割合は、会計基準別では、日本基準を適用している企業に比べ、IFRSおよび米国基準を適用している企業の方が高いことが分かります。一方で、日本基準適用企業の開示率は31%(2022年3月期)から72%(2023年3月期)へと大幅に上昇しています。
売上高、時価総額といった企業規模の観点で分析したところ、企業規模が大きくなるほど、有価証券報告書におけるTCFDの開示を行っている企業が多い傾向が見られました(図表7、8)。この傾向は、2022年3月期の有価証券報告書においても同様の傾向が見られました。
売上高が50億円以上1,000億円未満の企業の開示率は、2022年3月期には18%にとどまっていましたが、2023年3月期には31%に上昇していました。また、2023年3月期において売上高が5,000億円以上1兆円未満の企業および1兆円以上の企業の開示率はどちらも80%を超えており、高い開示率となっています。
加えて、時価総額が1,000億円未満の非金融企業の開示率は、2022年3月期には24%にとどまっていましたが、2023年3月期には68%に上昇しています。また、2023年3月期には時価総額が5,000億円以上1兆円未満の企業および1兆円以上の企業の開示率はどちらも80%を超えており、高い開示率となっています。結果として、全体的な開示率のばらつきが小さくなっているといえ、企業規模に関わらずTCFD提言に基づく開示に対する意識が高まっていると考えられます。
TCFD対応について開示を行っている企業の1株当たり利益(EPS)を分析した結果は図表9のとおりです。2022年3月期においては、TCFD提言に基づく開示への取り組みが進んでいる企業ほど平均EPSが高い傾向が見られました。しかしながら、2023年3月期においては、これまでとは逆の傾向がみられました。
次節からは、有価証券報告書の中で積極的な開示が求められている、Scope1・Scope2のGHG排出量の開示状況、「戦略」の中で記述が推奨されている財務に及ぼす影響に関する開示についての分析結果を見ていきます。
「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正の中で、Scope1・Scope2のGHG排出量に関する積極的な開示が求められているから、TCFD開示を行っている企業を対象にScope1・Scope2、Scope3のGHG排出量に関する開示状況を分析しました(図表10、11)。
TCFD開示を行っている企業653社のうち、Scope1・Scope2のGHG排出量に関する実績や進捗の開示を行っている企業は348社と5割を超えていました。また、その348社の6割を超える226社が「複数年度で実績を開示」していることが分かりました。一方で、TCFD開示を行っている企業653社のうち、約2割の132社はScope1・Scope2のGHG排出量に関する実績は開示せず、削減目標を開示するのみにとどまっています。
Scope3のGHG排出量の開示については、TCFD対応について開示を行っている企業653社のうち、実績や進捗の開示まで行っている企業は136社(21%)であり、そのうち「複数年度で実績を開示」している企業は58社と半数にも満たないことが分かりました。
TCFD提言に基づく推奨開示項目である「戦略」の中で、気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす影響を記述することが推奨されています。
ここでは、移行リスク、物理リスクおよび機会の開示(分類③)を行っている企業、およびTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)に分類された企業を対象に、気候変動が事業に与える影響の開示状況を分析しました(図表12)。
まず、その開示方法について(A)財務インパクトを金額で開示、(B)財務インパクトを範囲で開示(金額の開示あり)、(C)財務インパクトを範囲で開示(金額の開示なし)、(D)財務インパクトを定性的な記述で開示(金額の開示なし)の4つに分類しました。この4つのうち、いずれかの方法[3]で財務インパクトを開示していた企業は7社(2021年12月期)、30社(2022年12月期)、397社(2023年3月期)と年々増加していることが見て取れます。
ただし、397社のうち(A)または(B)の方法で開示している企業は96社(2023年3月期)にとどまっており、金額などの定量的な指標を用いて財務インパクトを開示している企業の割合はまだ少ない状況です。
今回の調査では、2023年3月期の有価証券報告書におけるTCFD対応の開示状況の分析を実施しました。その結果、TCFD対応について開示を行っている企業の割合が、35%(2022年3月期)から73%(2023年3月期)に大幅に増加していることが分かりました。また、有価証券報告書において、TCFD提言推奨開示を積極的に行う企業、Scope1・2に加えてScope3の温室効果ガス排出を開示する企業が増加していました。この背景には、1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正をきっかけに、TCFDに基づく気候関連開示の質と量を充実させようという企業の動きがあると考えられます。
現在、日本においてはサステナビリティ基準委員会(SSBJ)によって、ISSBのIFRS S1号およびS2号をもとにした日本版S1基準およびS2基準が開発されています。そして金融庁は今後、SSBJが開発する基準を日本のサステナビリティ開示基準として設定し、有価証券報告書に取り組むことを検討しています。
これらの流れを受け、企業においては、今後もTCFD提言に沿った開示を進めていく重要性がさらに高まっていくと考えられます。
本稿の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示分析が、気候関連開示を検討する際の参考となれば幸いです。
[1] これまでの調査については、以下のページに公開されています。
『TCFD提言に関する開示状況の分析(2021年12月期有価証券報告書)』
『TCFD提言に関する開示状況の分析(2022年3月期有価証券報告書)』
『TCFD提言に関する開示状況の分析(2022年12月期有価証券報告書)』
[2] 東証プライム市場上場企業のうち、「EY新日本有限責任監査法人」「有限責任監査法人トーマツ」「有限責任あずさ監査法人」「PwCあらた有限責任監査法人」が監査している企業は、1,419社(金融企業108社、非金融企業1,311社)であり、非金融企業1,311社のうち3月決算企業は890社、それ以外は421社です(2023年7月時点)。
[3] 「気候関連のリスクと機会が及ぼす財務影響の開示」の補足説明は以下図表13のとおりです。