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2020-11-27
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、社会や人々の生活は大きく変化しました。物理的に「場所を共有する」ことが激減した一方、バーチャル空間を使って「時間を共有する」ことが当たり前になりました。その結果、東京を生活拠点とする意味や、中央集権的な都市化を進める意味があらためて問い直されています。本稿では建築家の豊田啓介氏を迎え、人々の行動変容や人間拡張、未来の都市モデルについてPwCコンサルティング合同会社の三治信一朗と馬渕邦美が、お話を伺いました。全3編の前編では、物理空間と仮想空間(デジタル空間)が共存する都市の在り方に焦点を当てます。
(左から)馬渕 邦美、豊田 啓介氏、三治 信一朗
対談者
豊田 啓介氏(写真中央)
noiz パートナー
三治 信一朗(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
馬渕 邦美(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
馬渕:
COVID-19の拡大を契機に、東京を離れる人が増加しています。2020年5月の人口移動報告*1によると、東京都は転出が転入を上回る「転出超過」になりました。日本人のみを対象とした場合、これは東日本大震災があった2011年以来のことだそうです。豊田さんは、今後こうした流れは加速すると考えられますか。
豊田氏:
東京から人が流出しているのは、COVID-19による直接的な影響というよりも、これまで水面下で進んでいた都市モデルの変化が、これを機に一気に加速したからだと思います。働き方一つを取ってみても、COVID-19が流行する以前は、「物理的(フィジカル)に出社して朝から晩まで会社に身体を預け、職場にはプライベートな用件を持ち込まない」というのが日本の常識だったように思います。しかし今や、ウイルス感染拡大防止の観点から自宅などで働くリモートワークが広がっています。リモートワークは以前から存在しており、中にはこれを利用して地方に移住するという人もいましたが、少数派でした。COVID-19をきっかけにリモートワークが当たり前になり、必ずしもオフィスに通いやすい場所に住む必要はないという価値観が一般化し、仕事時間の中にもプライベートな用件が離散的に入るようになりました。働き手はこうした状況を経験し、仕事時間とプライベート時間が混在するのが当たり前になり、このほうが本来の「あるべき働き方なのでは」と考え始めたのです。社会や企業も、そうした働き方を認めざるを得ません。働き手の意識や働き方の変化に伴って、物性や場所性が過度に支配的だった既存の都市モデルも、これからさらに変化していくでしょう。
馬渕:
働き方の変化は顕著ですね。それと同時に、娯楽の在り方も大きく変化していると感じます。
豊田氏:
おっしゃる通りです。コミュニティの単位である「職(職場)」「住(住居)」「学(学校)」「楽(娯楽)」ごとに考えてみると、職場はリモートワークによって離散化が進みました。それによって、住居も「生活の一部を外部のシェア施設でまかなう」「自宅以外の場所で生活する」というスタイルが選択肢に加わり、住む場所が流動的になっています。ただ、まだ学校については、離散化を促進するようなシステムはいまだ実装されておらず、これは今後のポイントになるはずです。
さらに娯楽の分野では、「オンラインゲームのバーチャルライブに、自分のアバター(分身)を参加させて楽しむ」といったイベントが増加しています。娯楽の世界では、バーチャル空間が新しい公共空間として先行して実装されています。
三治:
COVID-19の拡大を契機にデジタル化がさらに進み、会議をしたり対面で情報交換をしたりといった、これまでフィジカルの世界で行ってきたことをバーチャル空間で実行するのがもはや当たり前になりました。一方、フィジカルの世界でも、拡張現実(AR)などでアバターを投影させてビジネスや娯楽に活用するといった動きも活発化しています。フィジカルの世界にもデジタルが当たり前に存在する時代が間もなく到来するのではないでしょうか。
豊田氏:
そうですね。こうした、デジタルの世界とフィジカルの世界が共存するためには、両者を分け隔てなく行き来できるためのプラットフォームが必要ですが、意外なほどにそうした仕様や技術はまだ存在していないんです。私はそれを「コモングラウンド」と呼んでいます。後ほど詳しく述べますが、例えば、アバターとなるロボットが物理空間を認識するためには、そこに存在するものを認知し、情報として変換する必要があるわけです。言ってみれば、情報をデジタル(データ)記述化する集積場が必要なのです。さらに言えば、デジタル化を推進する上では私たち自身が、その利便性やリスクに対する共通理解を持つ必要もある。こうした情報の汎用的な仕様が社会的に共有されるのを経て、物理空間とデジタル空間をつなぐコモングラウンドが社会に実装されれば、人間は都市や会社といった物理的な場所に縛られることはありません。これができれば、私は「人間の量子化」が加速すると予測しています。
三治:
人間の量子化、ですか。
豊田氏:
はい。物理的な世界しかなかった時代、身体を伴う「自分」は、一つの場所や時間に縛られていました。しかし、コモングラウンドがあることで、人間はこうした制約から解放され、離散的な世界で同時に存在できるようになります。
分かりやすく説明しましょう。例えば、ゲームの中には自分のアバターを置くことができます。また、SNSでは自分のアカウントを作って発言したり他人とコミュニケーションしたりしますよね。つまり、物理空間・デジタル空間を問わず、「自分」が複数のコミュニティの中に、同時多発的に離散して存在できる。私はこれを「人間の量子化」と呼んでいます。
三治:
なるほど。一人の人間が量子単位になって、複数のレイヤーに同時に存在するイメージですね。
豊田氏:
そうですね、量子は波動性と粒子性を同時に持ちますが、そうした薄く広く複数の場所に同時に存在できる、そんなイメージです。人間が量子化すると、従来の『9時から17時までは仕事』といった固定的な在り方ではなく、自分を確率分布的に存在させることができるようになります。オンラインで打ち合わせをしている合間にSNSをチェックして学生から寄せられる質問に答え、同時にアバターであるロボットが子供と遊ぶというように、仕事(職場)に70%、学び(学校)に20%、娯楽に10%といった具合で、自分がどこにいても仕事・学び・遊びを同時進行することができます。既にその環境は整いつつあると思います。
noiz パートナー 豊田 啓介氏
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
三治:
豊田さんはスマートシティ構築に関する相談をよく受けられるとのことですが、これを実現する上ではコモングラウンドの社会実装が欠かせないと思います。克服すべき課題は何でしょうか。
豊田氏:
一番の課題は、三次元のモノのデータを直接やり取りするチャンネルがないことです。
例えば、現在は「都市OS」(都市の生む異なるデータ形式やビジネスレイヤー間の連携を行い、マーケットや価値の複合化を行うための情報基盤)が注目されています。ただ、一般的な都市OSで流通するデータはあくまでスカラー量、数値や文字で記述できるデータに過ぎず、物や建築などの3Dデータが直接流通することはほとんどありません。あったとしても、3D構造をパレットとして数値データの位置関係を表示する程度で、直接3Dデータを秒単位の処理の対象にするような体系は現状では考慮されていません。都市スケールの巨大なデータフローの価値化や連携にはそれでもよいのですが、いざ人スケールでロボットやARアバターとモノや人との干渉を個別に処理しようとすると、このままでは意外なくらいに対応ができません。ローカルにモノと情報とを接続させる仕組みが必要なのです。
三治:
スマートシティを実現するには、現在の都市OSで扱えるデータだけでは足りないのですね。
豊田氏:
はい。仮想現実(VR)やAR、自律走行ロボットなどを社会実装する場合には、都市や建築、モノやヒトを汎用に記述する3D仕様の開発が必要です。これを私はコモングラウンドと言っています。
例えば自律走行ロボットは、デジタルデータをもとに、物理的なモノがある空間を移動します。ですから、自律走行ロボットが物理的な机を認識するためには、机をデジタルで記述し、自律走行ロボットが理解できる情報にする必要があります。そして、現状では机の形状や自律走行ロボットとの距離や間にある障害物などを、エッジ側(端末側)でリアルタイムに把握し、情報処理をしなければなりません。しかし、そうしたモノのデジタル記述のフォーマットは現状では各社各様に開発している状態です。
国土交通省はBIM(Building Information Modeling)やGIS(Geographic Information System)のライフサイクルにおけるデータの構築・管理のためのワークフローの適用に向けて、ロードマップを提示しています。しかし、例えばBIMは設計と建設工程に特化した情報モデルですから、認識の構造や属性構造が材料ベースで、日常生活でさまざまなエージェントが環境認識をする対象として合理的な構造を持っていませんし、そもそもコンマ何秒の群処理を行うようなことは苦手です。レーザーによる3次元点群データも、どんな古い構造でも正確に3D化できる特性はあるものの、一般にデータ容量が大きすぎてリアルタイム処理では使うことが難しいですし、属性記述や階層性などの表現には適していません。
さらに、現状では自律走行のための環境マップの取得、いわゆるSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)は各社が環境をスキャンしながら独自に行っている状況で、さまざまな施設でサービス実装するにはあらゆる企業が都度スキャンを行った上で調整をする必要があります。社会全体で考えれば時間的にもコスト的にも大きな無駄ですし、そもそも異なるサービス間での調整、複雑なシステム上での全体最適化がより難しくなっていきます。相応な公共性のある空間は、どんなサービス提供者が入ってもすぐに使えるデジタル環境があらかじめ用意されているべきなのですが、そうした環境の準備はまったくと言ってよいほどできていないのが現状です。
馬渕:
具体的には、どのような環境を整える必要があるのでしょうか。
豊田氏:
例えば、室内と室外では空間の測位方法や記述方法は根本的に異ならざるを得ません。測位方法や精度と空間記述仕様の組み合わせに応じて実装可能なサービスの質やコストは大きく変わるので、そこはもっと慎重に汎用領域の適正に関する議論がされるべきなのですが、現段階ではスマートシティにおける3Dの汎用記述フォーマットとスケールについての議論が始まっていない状態ですから、異なるサービス間も、室内と室外の空間記述や測位の方法も、互換性がほとんどありません。
いわゆるスマートシティを実現する前提として、相応な汎用性を持つフォーマットで、あらかじめありとあらゆるものが3Dで記述された状態を用意する必要があります。もちろんその仕様は一つではないですし、空間や時間のスケールや関係するサービス領域に応じて複数の適正領域が生じ、それぞれの仕様が異なることも予想されます。ただ一つ言えるのは、都市OSと呼ばれるシステムで扱えるデータだけでは、もしくは単純に何かしらのデジタル記述を行っただけでは、皆さんが想像しているようなスマートシティの実現は難しいだろうということです。
馬渕:
豊田さんは2025年に開催される「大阪・関西万博(以下、万博)」の会場計画にも携わっていらっしゃいますよね。スマートシティ実現に向けた取り組みを世界に発信するよい機会になるのではないでしょうか。
豊田氏:
万博は、スマートシティの実証実験を大規模にできる千載一遇のチャンスになると思っています。参加企業や自治体がコモングラウンドの実装を都市単位で実証実験し、システムやハードの構築ノウハウやその後の社会実装に必要なデータ、ビジネスとしての実装可能性を社会全体として取得する。いわばスマートシティの実証実験場としての価値が一番高いと思います。ただ、今のままでは難しい。
三治:
と言いますと?
豊田氏:
現状では個別の企業間の競争が主要な争点になりがちですが、これから重要になるのは異なる産業領域やレイヤーをまたぐシステムやロジック、そこで生じる新しい産業領域の探索です。現状で万博への参加を目指す企業は、それぞれの分野で勝ち抜くために切磋琢磨している状態です。例えば自律走行ロボットやVR・ARを開発しているベンチャー企業は、自社技術の独自性で他社との違いを明確化し、競り勝つことを主眼に置いています。結果として、淘汰期を勝ち抜いた後で自社が持つ特殊仕様をどう共通化するかということまでは想定できません。現状でそうした開発を行うサービス提供者側には共通化するインセンティブがないからです。
しかし、例えば万博の会場では、デリバリーやナビゲーション、介護や補助など自律走行ロボット系だけでも相当な数のサービス提供者が参入することが想定できますが、それらが混雑した人や車と混在する中で、相互調整するシステムは現時点では誰も開発できていません。個別最適を個々の視点と仕様ではできても、結局は全体最適のためのシステムも同程度に成熟しない限り、どのロボットも安全動作で止まったまま動けないという状況になりかねません。ARやVRなどの領域でも同じことで、せっかく作ったARクラウドの仕様や構造が共通化される方向が早期に提示されない限り、各社は共通化を諦めたまま、個別に閉じた開発に走らざるを得ません。全体最適のための基盤や仕様開発を司るプレイヤーが見えていないのです。2025年というとまだ時間があるように思いますが、新しいビジネス構造を今から開発して事前にソフトウェア開発キット(SDK)のように公開することが価値ということを考えると、もう既にタイムリミットを迎えつつあるというような状況です。
万博後を考えても、この課題を解決しない限り、せっかく都市を汎用プラットフォームとして開発しても、技術や運用に際する共通言語が存在しない、バベルの塔崩壊後の多言語でコミュニケーション不可能な世界のようになることが予想されます。そうならないためには、今のうちにグランドビジョンを開発・提示し、相応に共有するプロセスを誰かが描かないといけません。私は、今回の万博の最たる価値は、この領域をリードし得る貴重な場とタイミングになることだと思いますし、本当のレガシーはこの主導にあると考えています。国や協会は、この領域の主導と投資に戦略的に取り組むべきだと思います。
また世界では、企業間競争とは別の問題も発生しています。カナダ・トロントでは、大規模なスマートシティプロジェクトが進んでいました。しかし、市民の間からは、プロジェクトを主導する企業が全ての情報を収集・保有することや、地区の再整備に関する懸念の声が上がり、同プロジェクトは事実上、頓挫しました。コモングラウンドを社会実装する上でのソーシャルリスクが問題になったのですね。
三治:
スマートシティを構築するには情報(デジタル)の世界と物理の世界が共存するわけですから、情報収集による便利さと同時に、人々のプライバシーや住みやすさにも配慮しないといけないということですね。
豊田氏:
はい。その点、日本には幸か不幸か、世界を支配するような巨大IT企業がないために、どうやっても1社独占のスマートシティ開発はできません。企業連合にならざるを得ないということは、必然的にデータのオープン性が高まり、分散型のシステムなるという点で、むしろこれからの社会に求められる形を提示できるという強みになり得ます。また、IT企業主導のスマートシティはどうしてもデータレイヤー主導になりがちですが、これからの時代はモノと情報を接続し、モノ側の知識をいかに情報側につなげられるか、いわばモノ知識の解像度が急速に重要になってきています。その点、日本企業は物理的な「モノ作り」に強みがあります。これに加えて情報(デジタル)の分野でもデータ活用のノウハウを蓄積すれば、スマートシティのプラットフォーマーとして力を発揮できると思います。もちろん個々の企業が、現時点での弱みである情報言語を身に付けることは大前提ですが、こうした個々の企業や産業レイヤーの枠を超えたグランドビジョンを束ねるのは国の仕事です。ここをしっかり固めて万博を有意義なものにし、次世代の日本型スマートシティプラットフォームを、強固な技術とノウハウのパッケージとして輸出産業に育ててもらいたいと思います。
PwCコンサルティング合同会社 マネージングディレクター 馬渕 邦美
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。