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2020-12-04
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、社会や人々の生活は大きく変化しました。物理的に「場所を共有する」ことが激減した一方、バーチャル空間を使って「時間を共有する」ことが当たり前になりました。その結果、東京を生活拠点とする意味や、中央集権的な都市化を進める意味があらためて問い直されています。本稿では建築家の豊田啓介氏を迎え、PwCコンサルティング合同会社の三治信一朗と馬渕邦美が、人々の行動変容や人間拡張、未来の都市モデルについて3回にわたってお話を伺いました。中編では、今後の都市評価や開発モデルの在り方について議論を深めました。
(左から)馬渕 邦美、豊田 啓介氏、三治 信一朗
対談者
豊田 啓介氏(写真中央)
noiz パートナー
三治 信一朗(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
馬渕 邦美(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
馬渕:
前編では「デジタル化への理解やデジタル(データ)記述化の進行により『コモングラウンド』の整備が進めば、人間の量子化が進む」というお話をいただきました。住む場所や働く場所に縛られなくなった時、都市評価の在り方は変わるのではないでしょうか。
豊田氏:
そうですね。現在は、都市を一単位として見ることが前提となっています。例えば「開疎化」 という街づくりの考え方も、発展している「都市」を一つの絶対的単位とし、「田舎」をその対立項として位置付けるものです。しかし、デジタル化や通信技術の発達により今後は、生活拠点を複数持ち、都合や気分に応じて住む場所を変える、といったライフスタイルを選択する人が増えるでしょう。こうなると、都市を住民登録ベースの固定された人口をはじめとする共通の軸で評価することや、中央集権的な価値観だけで考えることはこれまでのようには意味をなさなくなります。
三治:
確かに、現在の都市評価は、さまざまな重要業績評価指標(KPI)を設けてランク付けするのが基本になっているように感じます。都市設計もそれに基づいて進められますが、今後は、そうした共通の軸では評価できない付加価値が求められるということではないでしょうか。
豊田氏:
おっしゃる通りです。都市の付加価値は、指標自体がより離散的で流動的なものになり、場面によって都度生成されるようにならざるを得ません。
今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により人々の活動や所属の離散化が進み、仕事時間とプライベート時間のような対概念もまた離散的に入り混じるようになりました。そのような状況下で人間の価値観も変化しますから、生活の中で何に価値を置くかによって、住む場所(生活拠点)もまた、そうした離散的な在り方をよりサポートできることが価値になっていきます。例えば地方の酒蔵で過ごす時間を大切にするようなライフスタイルの人にとっては、地方に拠点を持ちやすい居住スタイルや仕事のシステムであることが価値になります。そのような選択性こそ付加価値であり、これをもたらしてくれるプラットフォームを最も評価するのです。
生活拠点の分散化は今後、さらに進むでしょう。デベロッパーは今後、大都市の都心部のようなハイスペックエリアへの集積効果だけではなく、それと対等な選択の受け皿として、郊外や地方、リゾートなどにもプラットフォームを持つことが求められるようになると考えています。「都市」「郊外」「田舎」「リゾート地」といった全領域にプラットフォームの網を広げることで初めて、より細分化されて流動的になる移動や所属のニーズを満たす環境が提供できるようになるのだと思います。そういう意味で、「スマートシティ」という言葉は人々をミスリードする可能性があると思っています。われわれが今イメージするような次世代型の「スマートシティ」を本当に価値あるものとして提供するには、前提として都市に閉じていては足りないのです。
郊外や地方の都市においては、その土地固有の歴史性や物語など、後から付加できない独自性を、より戦略的に打ち出した上で、アクセス可能なプラットフォームに整理する必要があります。単なる利便性や他でも体験可能な価値提供では、消費のサイクルは今後より一層早くなるでしょう。土地や建物などライフサイクルが長い施設は特に、そうした社会サイクルの中で相応の価値のロバスト性をデザインする技術が重要になります。後付けでは作れない「本物の歴史」や「土着の伝統文化」などが差異化のポイントとなり、唯一無二の価値になると思います。これらの価値を街づくりにどのように組み込んでいくか。これが今後の重要な戦略になるでしょう。
noiz パートナー 豊田 啓介氏
PwCコンサルティング合同会社 マネージングディレクター 馬渕 邦美
五反田のイメージ
三治:
在宅勤務をはじめとするリモートワークの普及で、東京都のオフィス需要が減退していると言われています。六本木や渋谷など、一時期にはベンチャー企業が大挙して入居していたオフィスビルの空室率が上がっているとのニュースも耳にします。一方で今、注目を浴びているのが五反田だそうです。知人から聞いた話なのですが、その理由は明確ではないものの、1つには駅周辺に太い幹線道路(桜田通り)が通っていて、自動車で行きやすいことが挙げられています。これまで都心への通勤で「自動車で行きやすいこと」を重視する人は少なかったのではないでしょうか。感染予防のために電車の「密」を避けたいという価値観が、人々の行動を確実に変えているようです。
豊田氏:
東京の大規模な再開発はこれまで、「デザイン性や集積効果が高くハイステータスな施設であること」を付加価値としており、そうした地区により「ハイスペック」な人や企業を集中させることで経済を回すという図式が基本でした。一方で、雑居ビルが混在するような、古くて施設が離散的な街には人が集まりにくかった。しかし、そうした街はニーズに応じて安く、より小さな単位で流動的にオフィスが借りられますし、その間にはシェアオフィスなどもあったりします。さらにはカフェや蕎麦屋、住宅や保育園など、いろいろな施設が混在していて、今回のCOVID-19感染拡大で急に顕在化した、食と住、その他の生活の要素が近い範囲に混在し、複数の選択をできることの価値が、むしろ体現されているのですよね。街を評価する側の価値観の大きな変化によって、こうした街が大きな価値を持ち始めています。むしろ、大規模再開発のメガプレートや単一機能の集積といった構成よりも、離散性や流動性という点で、今必要な生活スタイルに合っています。五反田のような街があらためて注目されているのも、そうした特徴が理由の一つだと思います。
もちろん、一等地の大規模再開発の価値がなくなるわけではありません。しかし、どこに行っても同じような店舗構成や素材感で、全てがきれいになった街に人々が飽きているようにも思います。美しいものと猥雑なものが混ぜ合わさり、さまざまな生活要素のスケールやレイヤーの選択肢の幅が広い街を再評価する動きは、必然なように思います。
実際、均質的なショッピングモールを身近に育った若い人にとっては、五反田や上野のような街が持っている「昭和の匂い漂う雰囲気」が、面白くて新鮮に映っているようです。選択肢の振れ幅が大きいほうが、生活は圧倒的に面白い。COVID-19を経て、それは面白さだけではなくて実用的な価値にもなってきています。五反田のような街には「職」「住」「楽」「学」がごく近距離に、わざわざ計画しなくても最初から「いい感じ」に混ざってくれているのですね。
馬渕:
非常に興味深いですね。では、言ってみれば雑多な街が、こうした人気を一過性に終わらせないためにすべきことは何でしょうか。
豊田氏:
いわゆる大規模再開発と同等のハイエンドなサービスを享受できるとしたらどうでしょう。これからの大規模再開発では、コモングラウンドが整備された環境下で、テナント企業にさまざまなメンバーシップサービスを提供できます。例えば拡張現実(AR)会議システムが使えたり、自律走行ロボットでデリバリーを受けられたりといったことです。こうしたサービスはおそらく都心だけでなく、郊外やリゾートの拠点でも展開できるので、そうしたサテライトでも同様のサービスが双方向に受けられることが、これからはオフィス環境選びの必須の条件になっていくでしょう。
こうしたサービスが可能なら、同じシステムを既存の街中にある雑居ビルのテナントにも提供することは、技術的に難しくありません。五反田の雑居ビルにオフィスを構える会社でも、例えばあるデベロッパーが五反田エリアにその会社のコモングラウンドシステムを提供していれば、自律走行ロボットのデリバリーが受けられたり、再開発やリゾートのオフィスなどと同様のARサービスやナビゲーションのサービスを受けられたりします。もはや、デベロッパーの本質は床を持っていることや新しい施設を開発することではなく、それらをつなぐサービスプラットフォームのプロバイダーであることになっていきます。技術的には、5年後、10年後には十分実現できるはずです。
ひとたびそうした技術とサービスが確立すれば、大規模なデベロッパーの再開発を起点としつつ、その周辺を巻き込んだ新築と既存を包含するコモングラウンドのローカルネットワークが可能になります。そうしたサービスはさらに広がり、都市から郊外、リゾートにまたがる広域のコモングラウンドプラットフォームが複数生まれてくるでしょう。それぞれある程度の互換性を保ちつつ、あるサービスはARに強く、あるサービスは自律走行が入りやすいなど、相応の独自性も生じていくはずです。都心や郊外、地方などの別に関わらず、既存の街全体にサービスというネットワークの網をかけられるようになれば、土地の所有から独立して、街自体の価値を大きく変えることができます。
三治:
「コモングラウンドのローカルネットワーク」ですか。これが実現すれば、大手デベロッパーが手掛けたビルにオフィスを構える企業が、既存のビル街に移る可能性は十分にありますね。
豊田氏:
はい。コストの観点からも大きなメリットがありますからね。私は2020年を、COVID-19を契機として高付加・高効率やステータスをベースに量で集約する最近20~30年ほどの都市モデルの求心ベクトルが反転する転換期だと考えています。仮にCOVID-19が収まっても、リモートワークや副業といった社会的に共有された価値がなくなることはありません。人や組織の離散化・流動化の流れは続くでしょうから、デベロッパーは都心の一等地にメガプレートベースの単一機能集約型の再開発地を所有していることだけでは、これまでのような優位性を維持できなくなります。それよりも実空間に対するサービスネットワークをシステムとして確立し、それらをレトロフィット(新築にこだわらず既存の街に新しいサービスネットワークを適用していくこと)も含めて、都市から地方、自然をグラデーショナルに包含する、新しいネットワークプラットフォームのシステムを構築できるかどうかが大きなポイントになります。
三治:
「コモングラウンドのローカルネットワーク」のようなプロジェクトは、既存のデベロッパー主導で進むのでしょうか。それとも、第三勢力が台頭してくるのでしょうか。
豊田氏:
最初は既存の大手デベロッパーが手掛けると思います。彼らは今、六本木や丸の内などにある所有物件からのテナント流出を食い止める仕掛け(システム)を考えざるを得ず、それは街そのものを複合サービスのプラットフォーム化するという流れになっていくでしょう。そのシステムができると、「これって新築ビルや自社ビルじゃなくても適用できるよね」と自然に気付いてしまうはずで、そうした開発体力を持たない中小のビルオーナーは、そうしたシステムに乗ることで高付加価値化せざるを得なくなっていきます。
馬渕:
そうすると、スマートシティの実現を手掛けるのも大手デベロッパーということになるのでしょうか。
豊田氏:
日本独自の文脈で、一番有利なポジションにいるのは鉄道会社だと考えています。なぜなら、「都心」「郊外」「田舎」「リゾート地」までをすでに所有しており、それらをつなぐ「鉄道」という物理インフラや「流通」「通信」「職」「住」といった多重のレイヤーも、そのエリアに深く浸透した形で持っているからです。さらに多くの鉄道会社は、流通・物流・物販だけでなく、クレジットカード事業やメディア事業も手掛けています。私はこの鉄道会社が持つ一定領域における生活のマルチレイヤーを貫く多重性をスマートシティの「スパイク性」と呼んでいるのですが、これこそグローバルな情報プラットフォーマーには、どう逆立ちしても持ち得ない力なんだと思うのです。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。