
【第10回・完】企業報告の未来~保証、情報の信頼性、そして統合思考~
企業報告全体の信頼性向上が期待されており、財務報告とも整合する非財務報告の保証基準の開発・利用と継続的な進化が期待されます。また、 非財務情報の発信増加に伴い、信頼性を高めるためにデジタルなどを活用した内部統制の整備・運用の強化が求められます。
2022-10-22
※本稿は、「旬刊経理情報」2022年7月20日号(No.1650)に寄稿した記事を転載したものです。
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※法人名、役職などは掲載当時のものです。
※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。
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さらに、各ステージを進めていくうえで統合報告作成の主管部門だけで検討を行うのではなく、価値創造に必要な各部門そしてマネジメント層を積極的に巻き込み、そして議論を重ねていくことが最も重要であることを強調した。
本稿では統合報告への5つのステージの締めくくりとなる、ステージ4とステージ5について解説していく。
統合報告作成にあたり、ステージ1から3に続いて、踏むべきステップであるステージ4および5は次のとおりである。
多くの企業でさまざまな部門が企業内部において、経営層に対する報告や情報提供のために、報告書やダッシュボードを作成している。しかし、それぞれ提供された情報を全体として把握できるような統合的な情報になっていることは非常に稀であろう。
さらに、多くの場合において、提供される情報は、インプットとアウトプットに関する指標(たとえば、財務情報におけるコストと収益など、何を使い、どのような成果を上げたか)にとどまっており、アウトカム(アウトプットにより生み出される変化・便益・効果)やインパクト(アウトカムを通じて中長期的にもたらされる社会経済的な変化)といった、ステークホルダーにどのような価値(ネガティブなものも含む)を与えたかに関する経営情報が提供されることも限られている。
統合ダッシュボードは、提供する情報の範囲をバリューチェーン全体に押し広げ、さまざまな情報源から集めた情報を統合するものである。外部のステークホルダーとの対話や自社のパーパスやビジョンを反映し、自社の戦略が主要なステークホルダーにどのようにインパクトを与え、ステークホルダーに価値を提供しているかを明らかにするツールである。
ステークホルダーとの関係構築を図る問いには、次のものがある。
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統合ダッシュボード作成は次の4つのステップに従って進める。
すでに社内にある情報源やダッシュボードを把握するとともに、統合ダッシュボードの目的、対象となる範囲を定め、関連するメンバーでダッシュボードの機能や要件について議論する。企業の価値創造プロセスのあらゆる要素に関連する入手可能な情報を評価し、統合ダッシュボードのフォーマットに加える。
結合性マトリックスは、価値創造プロセスの始点から終点までを描き出し、異なる要素がどのように結びついているかを示すものである。結合性マトリックスによって、異なる情報源やシステムから集められた関連するデータを1つにまとめ、組織内の要素のさまざまな関係性や相互依存関係をより正確に把握できるようにする。マネジメント層は動的な情報を入手でき、ステークホルダーにとって最も重要な論点に関する過去の実績や将来の見通しを把握できるようになる。
図表は、結合性マトリックスの例であり、検討すべき構成要素を示している。第4回「統合報告の始め方」で取り上げた、統合報告のロードマップを構成する3つの基本的要素(重要性分析、価値創造、インパクト評価)が結合性マトリックス作成の基盤となることがわかるだろう。
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結合性マトリックスの作成では、前記の基本的要素の検討に加え、価値創造プロセスの各要素間の相関関係を定め(データ分析等も活用し、潜在的な関連性の有無についても検討する)、必要な情報と入手可能な情報とのギャップを把握し、ギャップを解消するための方法についても検討する。
統合ダッシュボードの見た目と使用感を定めるとともに、情報ソースからの情報収集・保存・編集方法(データロジスティックス)を決定し、統合ダッシュボードを作成する。
会社の内外に向けた報告の整備は次のものが挙げられる。
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統合ダッシュボードを構築するに際しては、プロジェクトチームを組成して構築を進めることが多いと思われるが、その際には、組織内のさまざまな部門から、ステークホルダーとの対話、リスク、戦略、業績評価、価値創造要因、レポーティングなどに関する専門知識を有するメンバーをチームに加えることがポイントである。また、プロジェクトの初めの時点で、統合ダッシュボードを構築する目的、対象範囲、組織内に浸透させる方法、ユーザーなどを決めておくことも重要となる。対象範囲を検討する際には、データの入手可能性、価値創造プロセスへの理解の成熟度なども影響する。
ステージ4を終えると、価値創造プロセスに関連づけられた一連の統合された経営情報が整備され、次に例示されるような、自社のインパクトをより効果的に管理でき、社外向けの報告への改善がみられるはずである。
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統合ダッシュボードの構築プロジェクトは、継続的な改善を通じて、より洗練されるものであり、1年で完結するものではないこと、また、1年で完璧を目指すものではないことも認識していただきたい。
これまでに示した4つのステージを進めることによって、社外向け報告を根本的に改善し、投資家とのよりよい対話を実現することができる。また、4つのステージを完全にやり遂げられなかったとしても、社外向けの報告をさらに改善するための準備と捉えることもできるだろう。ステージ5では、これまでの活動やアウトプットを結集して統合報告書を作成する方法に焦点を当てる。
ステークホルダーとの関係構築を図る問いとしては、次のものが挙げられる。
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統合報告書の作成は次のステップに従って進める。
統合報告は、これまでと異なる報告プロセスを必要とせず、既存の報告プロセスがより効果的なものとなり得る。情報の収集に関しては次のような点にも留意する。
報告プロセスに関するガバナンスの枠組みにおいて、統合報告書に含めるべきビジョンは、必ず単一の運営委員会から報告書作成のプロジェクトチームに対して提示する。運営委員会は、報告書作成過程の節目節目で目標が達成されているかを評価する役割も担う。運営委員会は、たとえば、戦略、人材、内部監査、渉外、IR、レポーティングを担当する各部門の代表者を含めるなど、部門横断的なメンバー構成とする。
統合報告書の作成がコンプライアンス活動になってしまうと、組織に具体的かつ持続可能な効果を十分にもたらさない。したがって、運営委員会は、取締役会に代わって、ロードマップの各ステージの基盤となっている3つの基本的要素を毎年点検し続けなければならない。
自社の報告書に含まれる情報が、他社の報告書に含まれる情報と比較可能かどうかを定期的に点検する。統合報告書を作成するようになると、一般的な傾向として、企業特有の情報が増える。これは歓迎すべきことではあるが、情報の利用者のために、他社との比較可能性にも配慮することも必要である。
企業内で、各重要事項についてデータの収集と質に責任を持つ個人を指名する。プロジェクトチームにこの責任を負わせると、負担が大きくなりすぎるためである。
報告書に対する保証を求める場合は、レポーティングプロセスそのものと、報告内容(報告書の構成、範囲、領域)の両方の観点から、保証提供者と議論する。それにより、必要な保証に応じた検証計画が立てられ、統合報告書というレポーティングのしくみと保証報告書との間に、対立が起きないようにすることができる。
統合報告書の執筆には、これまでのアニュアルレポートとは異なる新たなマインドセットが必要になるため、執筆責任者を指名することが有用である。執筆責任者は、どうすれば結合性マトリックスを価値創造プロセスに関する明確で力強いストーリーに転換することができるのかについて、プロセス全体を通じて、運営委員会から適時に定期的なフィードバックを受ける必要があるだろう。
統合報告書を作成する際は、新しいアプローチで臨む。過年度の報告書の構成を踏襲すべきと考えてはならない。統合報告書のコンテンツを検討する際は、ベストプラクティスに着想を求めるべきである。報告書の目次は、結合性マトリックスのストーリー展開に沿ったものにすべきだが、たとえば、次のようなものも考えられる。
A 環境:ステークホルダーとの対話 B 機会とリスク C 戦略と資源配分:インプット D ビジネスモデル:価値創造と事業活動 E パフォーマンス:アウトプットとアウトカム F ガバナンス G 将来の見通し |
統合報告は、ステークホルダーとの対話からインパクトのレポーティングまでの関係性を示すものである。しかしながら、「統合報告書」と称されるもののなかには、ステークホルダーとの対話、戦略とリスク、ステークホルダーに対する価値提案およびインパクトのつながりや関係性が示されていないものも多い。結合性マトリックスの左から右に進む形でストーリー展開することにより、パフォーマンスとインパクトとステークホルダーとの対話で特定した重要課題との関連性を示すことができるだろう。
統合報告書の作成にあたっては、報告対象とする範囲と境界、ストーリーと内容の区別をつける必要がある。
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統合報告は継続的な改善のプロセスである。したがって、統合報告プロセスの評価・振り返りを次のように実施するべきである。
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統合報告は継続的な改善プロセスであり、時間と資源が必要である。したがって、目標の優先順位を定め、これを3カ年にわたって実施するプロジェクト計画を策定する。
統合報告への5つのステージのすべてを進めることによって、組織内の関係性を改善する継続的なプロセスが始まったことになる。このプロセスを通じて、一貫性のある経営情報に基づいた投資家とのよりよい対話につながる、真に統合された報告に近づくことができる。ステージ5を終えることによって、レポーティングにおいて次のような改善効果が期待できるだろう。
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第4回から第6回にかけて、PwCが提案する統合報告のロードマップに沿って、統合報告の作り方について具体的に解説した。
繰り返しになるが、統合報告を価値あるものにするためには、統合報告書という成果物を出すことで満足するのではなく、統合報告によって企業が「誰に向けて何を発信していくか」を考え、ステークホルダーとの対話を通じたフィードバックを得て、企業価値プロセスの改善につなげるという取組みが必要になる。
企業の皆様が、統合報告の取組みを始める際、もしくは進める際に、本連載が参考になれば幸いである。
企業報告全体の信頼性向上が期待されており、財務報告とも整合する非財務報告の保証基準の開発・利用と継続的な進化が期待されます。また、 非財務情報の発信増加に伴い、信頼性を高めるためにデジタルなどを活用した内部統制の整備・運用の強化が求められます。
統合報告に限らず、企業が伝える情報の種類・量は拡大しています。「開示」のみならず「対話」を進化させるうえで、デジタルトランスフォーメーション(DX)は大いに役立ちます。
2022年に入り、政府や省庁から様々な報告書等が数多く公表されています。これらの中から、統合報告を行うに当たって参考に資する内容について、「経営の8要素」に則して解説します。
統合報告を作成するための具体的な手順とスケジュールについて、統合思考が進んでいる会社が行っているポイントを交えて解説します。
統合報告の作成にあたって必要な3つの基本的要素と、5つのステージのうち、1~3(ステークホルダーとの関係構築、戦略の刷新、内部プロセスと戦略おの整合性)について詳細を解説します。
統合報告のスタートは、企業における様々な情報発信の主体が、企業内において開示・対話を始め、どのようにデータを整理するかを考えることにあります。
グローバルな視点で統合報告・情報開示に取り組むヒントとして、海外における当局の動向や表彰制度を紹介します。
「よい開示」に向けて参考となる金融庁の好事例集や国内の各種表彰制度を紹介し、開示の読み手との対話をすることの有用性について解説します。
統合報告の意義や最新動向を考察し、統合報告を展開する際のポイントと、参考となる情報開示発信物を紹介します。