何から始める? 統合報告の作り方・使い方 第6回 統合報告の作り方② ~統合ダッシュボード/報告の統合~

2022-10-22

※本稿は、「旬刊経理情報」2022年7月20日号(No.1650)に寄稿した記事を転載したものです。
※発行元である株式会社中央経済社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。

この記事のエッセンス

  • 統合報告のロードマップの5つのステージのうち、ステージ4は統合ダッシュボードの構築、ステージ5は投資家とのよりよい対話のための報告の統合である。
  • 各ステージにおける必要な考え方と考えるべき問い、問いに答えるための進め方と達成すべき目標を理解する必要がある。

はじめに

第4回の統合報告の始め方では、統合報告のロードマップ、統合報告に必要な3つの基本的要素(重要性分析、価値創造、インパクト評価)、統合報告への5つのステージ(ステージ1:ステークホルダーとの関係構築、ステージ2:ステークホルダーへの価値提案、ステージ3:内部プロセスと戦略の整合性を図る、ステージ4:統合ダッシュボードの構築、ステージ5:投資家とのよりよい対話のための報告の統合)の全体像を説明した。

また、第5回の統合報告の作り方①では、統合報告への5つのステージのうち、ステージ1~3の考え方と進め方を紹介した。

  • ステージ1:自社を取り巻く外部環境を把握し、その外部環境に対してステークホルダーが自社にどのような期待をしているか、対話を通じて課題を特定する。
  • ステージ2:特定した課題を解決するためにどのような戦略を立て、主要なステークホルダーへ価値を提供するかを検討する。
  • ステージ3:策定した戦略そして価値提供をどのようなKPIでマネジメントを行っていくかについて論じる。

さらに、各ステージを進めていくうえで統合報告作成の主管部門だけで検討を行うのではなく、価値創造に必要な各部門そしてマネジメント層を積極的に巻き込み、そして議論を重ねていくことが最も重要であることを強調した。

本稿では統合報告への5つのステージの締めくくりとなる、ステージ4とステージ5について解説していく。

統合報告作成にあたり踏むべきステップ(ステージ4、5)

統合報告作成にあたり、ステージ1から3に続いて、踏むべきステップであるステージ4および5は次のとおりである。

ステージ4:統合ダッシュボードを構築する

(1)考え方と重要な問い

① 考え方

多くの企業でさまざまな部門が企業内部において、経営層に対する報告や情報提供のために、報告書やダッシュボードを作成している。しかし、それぞれ提供された情報を全体として把握できるような統合的な情報になっていることは非常に稀であろう。

さらに、多くの場合において、提供される情報は、インプットとアウトプットに関する指標(たとえば、財務情報におけるコストと収益など、何を使い、どのような成果を上げたか)にとどまっており、アウトカム(アウトプットにより生み出される変化・便益・効果)やインパクト(アウトカムを通じて中長期的にもたらされる社会経済的な変化)といった、ステークホルダーにどのような価値(ネガティブなものも含む)を与えたかに関する経営情報が提供されることも限られている。

統合ダッシュボードは、提供する情報の範囲をバリューチェーン全体に押し広げ、さまざまな情報源から集めた情報を統合するものである。外部のステークホルダーとの対話や自社のパーパスやビジョンを反映し、自社の戦略が主要なステークホルダーにどのようにインパクトを与え、ステークホルダーに価値を提供しているかを明らかにするツールである。

② ステークホルダーとの関係構築を図る問い

ステークホルダーとの関係構築を図る問いには、次のものがある。

  • 戦略がどのようにステークホルダーに価値を提供しているかについて、社内の意思疎通は図れているか。
  • 経営に関する情報が取締役会やマネジメント層などの意思決定者のための包括的な判断材料であることを確認できるか。
  • 包括的な経営情報に基づいた意思決定を行っているか。
  • 意思決定の材料となる正確なデータを持っているか。
  • アウトカムやインパクトの評価はどのように行われているか。
  • アウトカムやインパクトの評価のしくみはダッシュボードに組み込まれているか。

(2)進め方

統合ダッシュボード作成は次の4つのステップに従って進める。

① ステップ1:入手可能な情報の評価・分析

すでに社内にある情報源やダッシュボードを把握するとともに、統合ダッシュボードの目的、対象となる範囲を定め、関連するメンバーでダッシュボードの機能や要件について議論する。企業の価値創造プロセスのあらゆる要素に関連する入手可能な情報を評価し、統合ダッシュボードのフォーマットに加える。

② ステップ2:結合性マトリックスの作成

結合性マトリックスは、価値創造プロセスの始点から終点までを描き出し、異なる要素がどのように結びついているかを示すものである。結合性マトリックスによって、異なる情報源やシステムから集められた関連するデータを1つにまとめ、組織内の要素のさまざまな関係性や相互依存関係をより正確に把握できるようにする。マネジメント層は動的な情報を入手でき、ステークホルダーにとって最も重要な論点に関する過去の実績や将来の見通しを把握できるようになる。

図表は、結合性マトリックスの例であり、検討すべき構成要素を示している。第4回「統合報告の始め方」で取り上げた、統合報告のロードマップを構成する3つの基本的要素(重要性分析、価値創造、インパクト評価)が結合性マトリックス作成の基盤となることがわかるだろう。

  • 重要性分析
    結合性マトリックスの作成は、ステークホルダーとの対話と重要性分析から始まる。対話を通じて特定された重要な課題がリスクに対するアプローチや戦略にどのように反映されているか、さらには自社のインパクトにステークホルダーのニーズが反映されているか否かを知るための手がかりを与える。
  • 価値創造
    結合性マトリックスは、価値創造プロセスを正確に映し出す。これにより、どのようにステークホルダーにとっての価値を創造しているかをより明確に把握できる。
  • インパクト評価
    結合性マトリックスは、財務要因と潜在的財務要因を結びつけ、異なる部門間の橋渡しをする経営情報を提示する。これにより、ステークホルダーのためのプラスの価値創造を評価し、最終的にこれを測定することができるようになる。
図1 結合性マトリックスの例(出所:PwC)

結合性マトリックスの作成では、前記の基本的要素の検討に加え、価値創造プロセスの各要素間の相関関係を定め(データ分析等も活用し、潜在的な関連性の有無についても検討する)、必要な情報と入手可能な情報とのギャップを把握し、ギャップを解消するための方法についても検討する。

③ ステップ3:統合ダッシュボードの作成

統合ダッシュボードの見た目と使用感を定めるとともに、情報ソースからの情報収集・保存・編集方法(データロジスティックス)を決定し、統合ダッシュボードを作成する。

④ ステップ4:会社の内外に向けた報告の整備

会社の内外に向けた報告の整備は次のものが挙げられる。

  • 統合ダッシュボードの使用マニュアルを作成するとともに、社内外の報告のためのプロセス・マニュアルを整理する。
  • 統合ダッシュボードを取締役会や経営会議の基礎資料として利用する。
  • 結合性マトリックスを社外向けの報告として活用する。
  • 継続的に見直しを行い、改善に取り組む。

統合ダッシュボードを構築するに際しては、プロジェクトチームを組成して構築を進めることが多いと思われるが、その際には、組織内のさまざまな部門から、ステークホルダーとの対話、リスク、戦略、業績評価、価値創造要因、レポーティングなどに関する専門知識を有するメンバーをチームに加えることがポイントである。また、プロジェクトの初めの時点で、統合ダッシュボードを構築する目的、対象範囲、組織内に浸透させる方法、ユーザーなどを決めておくことも重要となる。対象範囲を検討する際には、データの入手可能性、価値創造プロセスへの理解の成熟度なども影響する。

(3)本ステージでの達成目標

ステージ4を終えると、価値創造プロセスに関連づけられた一連の統合された経営情報が整備され、次に例示されるような、自社のインパクトをより効果的に管理でき、社外向けの報告への改善がみられるはずである。

  • 取締役会やマネジメント層が、ステークホルダーのための価値創造についての理解を深めることができる。
  • 統合ダッシュボードにより、部門間の縦割りが解消し、各部門がどのように企業の利益に貢献しているかが明らかになる。
  • 統合ダッシュボードにより、ステークホルダーにとって実態のある価値を盛り込んだ包括的な1つの報告書にまとめられることで、社内向けと社外向けの報告の整合性が図られ、報告プロセスの効率性が高まる。
  • 結合性マトリックスを使うことにより、投資家やステークホルダーに理解しやすい方法で価値創造プロセスを説明できるようになり、よりよい関係構築に役立つ。
  • 結合性マトリックスを社外向けの報告の骨格とすることができ、レポーティングの改善効果につながる。

統合ダッシュボードの構築プロジェクトは、継続的な改善を通じて、より洗練されるものであり、1年で完結するものではないこと、また、1年で完璧を目指すものではないことも認識していただきたい。

ステージ5:投資家とのよりよい対話のために報告を統合する

(1)考え方と重要な問い

① 考え方

これまでに示した4つのステージを進めることによって、社外向け報告を根本的に改善し、投資家とのよりよい対話を実現することができる。また、4つのステージを完全にやり遂げられなかったとしても、社外向けの報告をさらに改善するための準備と捉えることもできるだろう。ステージ5では、これまでの活動やアウトプットを結集して統合報告書を作成する方法に焦点を当てる。

② テークホルダーとの関係構築を図る問い

ステークホルダーとの関係構築を図る問いとしては、次のものが挙げられる。

  • 現行の報告プロセスにおいて、部門横断的な運営委員会は組成されているか。
  • 取締役会は運営委員会に対して、明確なビジョンやどのようなストーリーを語るかを伝えているか。
  • 特定の個人を執筆責任者として任命しているか。
  • 白紙の状態から、対象範囲や報告の境界を決定したか。
  • ストーリー展開の軸として結合性マトリックスを活用しているか。
  • 投資家との対話のなかで統合報告書の利用をいかに向上させるかについて、明確なコミュニケーション計画を持っているか。

(2)進め方

統合報告書の作成は次のステップに従って進める。

① ステップ1:公表用の情報の収集には、既存の報告プロセスとガバナンスを活用する

統合報告は、これまでと異なる報告プロセスを必要とせず、既存の報告プロセスがより効果的なものとなり得る。情報の収集に関しては次のような点にも留意する。

(ⅰ)部門横断的な運営委員会

報告プロセスに関するガバナンスの枠組みにおいて、統合報告書に含めるべきビジョンは、必ず単一の運営委員会から報告書作成のプロジェクトチームに対して提示する。運営委員会は、報告書作成過程の節目節目で目標が達成されているかを評価する役割も担う。運営委員会は、たとえば、戦略、人材、内部監査、渉外、IR、レポーティングを担当する各部門の代表者を含めるなど、部門横断的なメンバー構成とする。

(ⅱ)コンプライアンスメンタリティの回避

統合報告書の作成がコンプライアンス活動になってしまうと、組織に具体的かつ持続可能な効果を十分にもたらさない。したがって、運営委員会は、取締役会に代わって、ロードマップの各ステージの基盤となっている3つの基本的要素を毎年点検し続けなければならない。

(ⅲ)他社との比較可能性

自社の報告書に含まれる情報が、他社の報告書に含まれる情報と比較可能かどうかを定期的に点検する。統合報告書を作成するようになると、一般的な傾向として、企業特有の情報が増える。これは歓迎すべきことではあるが、情報の利用者のために、他社との比較可能性にも配慮することも必要である。

(ⅳ)結果を報告する責任

企業内で、各重要事項についてデータの収集と質に責任を持つ個人を指名する。プロジェクトチームにこの責任を負わせると、負担が大きくなりすぎるためである。

(ⅴ)データの質と信頼性

報告書に対する保証を求める場合は、レポーティングプロセスそのものと、報告内容(報告書の構成、範囲、領域)の両方の観点から、保証提供者と議論する。それにより、必要な保証に応じた検証計画が立てられ、統合報告書というレポーティングのしくみと保証報告書との間に、対立が起きないようにすることができる。

② ステップ2:1人の執筆責任者を指名する

統合報告書の執筆には、これまでのアニュアルレポートとは異なる新たなマインドセットが必要になるため、執筆責任者を指名することが有用である。執筆責任者は、どうすれば結合性マトリックスを価値創造プロセスに関する明確で力強いストーリーに転換することができるのかについて、プロセス全体を通じて、運営委員会から適時に定期的なフィードバックを受ける必要があるだろう。

③ ステップ3:報告書の内容は白紙の状態から考える

統合報告書を作成する際は、新しいアプローチで臨む。過年度の報告書の構成を踏襲すべきと考えてはならない。統合報告書のコンテンツを検討する際は、ベストプラクティスに着想を求めるべきである。報告書の目次は、結合性マトリックスのストーリー展開に沿ったものにすべきだが、たとえば、次のようなものも考えられる。

A 環境:ステークホルダーとの対話

B 機会とリスク

C 戦略と資源配分:インプット

D ビジネスモデル:価値創造と事業活動

E パフォーマンス:アウトプットとアウトカム

F ガバナンス

G 将来の見通し

④ ステップ4:報告書執筆におけるストーリー展開の軸として結合性マトリックスを活用する

統合報告は、ステークホルダーとの対話からインパクトのレポーティングまでの関係性を示すものである。しかしながら、「統合報告書」と称されるもののなかには、ステークホルダーとの対話、戦略とリスク、ステークホルダーに対する価値提案およびインパクトのつながりや関係性が示されていないものも多い。結合性マトリックスの左から右に進む形でストーリー展開することにより、パフォーマンスとインパクトとステークホルダーとの対話で特定した重要課題との関連性を示すことができるだろう。

⑤ ステップ5:統合報告書の対象範囲と報告の境界を定める

統合報告書の作成にあたっては、報告対象とする範囲と境界、ストーリーと内容の区別をつける必要がある。

  • 範囲と境界は、レポーティングのガイドラインを遵守するためだけでなく、常に適切かつ簡潔な報告書を作成するためにも、必要な概念である。
  • 範囲と境界は最初の段階で定め、そのうえで、運営委員会がこれを監視し、関連性の低い内容が入り込まないようにするべきである。各部門には、それぞれ報告書に盛り込みたい内容があり、「範囲ずれ」のリスクがあるためである。
  • 範囲と境界は重要事項を参照して定める。関連性の比較的低い内容は、補足資料としての記載やウェブサイトへの掲載も検討する。
  • 統合報告書の場合、報告対象とする範囲と境界は財務報告書よりも広く、法律上の所有構造の外にあるバリューチェーンが含まれる場合も多い点に留意する。
⑥ ステップ6:統合報告プロセスの評価

統合報告は継続的な改善のプロセスである。したがって、統合報告プロセスの評価・振り返りを次のように実施するべきである。

  • 節目節目で運営委員会による評価を実施し、それまでに得られた教訓を把握し、目指していたことが実現できたか否か判断し、将来の目標に影響を及ぼすものかどうか議論する。
  • 評価の一環として、ステークホルダーが報告書をどう受け止めたか、統合報告のストーリーは理解され、よい対話に資するものとなったかについて、フィードバックを求める。
  • 評価を、統合報告の導入によってもたらされた効果を把握する機会として活用する。評価結果を取締役会と共有し、取締役会は、統合報告と統合された経営情報によってその組織に関する理解がどの程度深まったかについても検討すべきである。
  • 統合ダッシュボードの改善のためのITの利用・開発の可能性も評価の対象とする。経営情報を、その基盤となる管理システムやプロセスとともに統合ダッシュボードのインターフェースに組み込むといった目標を定める。
⑦ ステップ7:統合報告のあり方を改善するための3カ年プロジェクト計画を立てる

統合報告は継続的な改善プロセスであり、時間と資源が必要である。したがって、目標の優先順位を定め、これを3カ年にわたって実施するプロジェクト計画を策定する。

(3)本ステージでの達成目標

統合報告への5つのステージのすべてを進めることによって、組織内の関係性を改善する継続的なプロセスが始まったことになる。このプロセスを通じて、一貫性のある経営情報に基づいた投資家とのよりよい対話につながる、真に統合された報告に近づくことができる。ステージ5を終えることによって、レポーティングにおいて次のような改善効果が期待できるだろう。

  • 投資家やその他のステークホルダーとの対話における統合報告書の価値が高まる。
  • 統合報告書が企業報告を継続的かつ抜本的に向上させ、社内向け報告と社外向け報告の整合性を確保するための強固な基盤となる。

おわりに

第4回から第6回にかけて、PwCが提案する統合報告のロードマップに沿って、統合報告の作り方について具体的に解説した。

繰り返しになるが、統合報告を価値あるものにするためには、統合報告書という成果物を出すことで満足するのではなく、統合報告によって企業が「誰に向けて何を発信していくか」を考え、ステークホルダーとの対話を通じたフィードバックを得て、企業価値プロセスの改善につなげるという取組みが必要になる。

企業の皆様が、統合報告の取組みを始める際、もしくは進める際に、本連載が参考になれば幸いである。

執筆者

手塚 大輔

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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