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2024-04-04
※この「経理財務部門のためのサステナビリティ情報開示最前線 ~CSRDの本場欧州ドイツから 第2回 ESRSの概要と対応ロードマップ」は、『週刊経営財務』3641号(2024年2月12日)に掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、PwC Japan有限責任監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
※一部の図表に関しては週刊「経営財務」にて掲載したものを当法人にて編集しています。
昨今、CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)への対応がEU域内に拠点を置く企業の急務になっている。CSRDは適用範囲が広く、EU域内の現地法人(EU事業者)のみならず、EU域外の事業者も「第三国事業者」としてサステナビリティ情報を開示する必要がある。そのため、日本企業にとっては、EU域内の子会社だけでなく、日本の親会社もCSRDへの対応が必要である。また、CSRDはサステナビリティ情報の開示指令であるため、サステナビリティ部門が対応の中心となることが考えられるが、経理財務部門の関与も必要である。これは、開示するサステナビリティ情報は監査の対象となるため、サステナビリティに関する全社統制や各業務処理統制の構築、監査対応のためのエビデンス準備、保証付与者である監査法人等との事前の協議が必要であることから、内部統制や監査対応の経験および知見を持つ経理財務部門の関与が重要であるためである。
前回(No.3637)はCSRDの目的や適用企業、3つの報告方法、ダブルマテリアリティの概念、第三者保証の内容といったCSRDの主な特徴を解説した。今回はCSRDに基づいてサステナビリティ報告を行う際に準拠するべき基準であるESRS(European Sustainability Reporting Standards:欧州サステナビリティ報告基準)に焦点を当ててその概要を解説する。
なお、本文中の意見に関する部分は、筆者の私見である。
【これまでの主な掲載内容と掲載予定】
第1回 |
No.3637 2024年4月15日 |
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第2回 |
ESRSの概要(特にGHG排出量・人的資本)と対応ロードマップ |
No.3641 2024年2月12日 |
第3回 |
No.3646 2024年3月18日 |
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第4回 |
No.3676 2024年10月28日 |
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第5回 |
サステナビリティ開示の準備状況、導入フェーズ(ガバナンス体制の構築・内部統制の整備等)での実施事項 |
2024年12月掲載予定 |
「サステナビリティ報告は、今後、財務報告と対等な立場に置かれることになる。CSRDは、技術革新と投資機会を基盤とした持続可能な経済システムへの移行を促進する。」
これは、EC(European Commission:欧州委員会)金融サービス・金融安定・資本市場担当委員のメイリード・マクギネス氏の発言である。
今日の日本の財務報告においては、会社法や金融商品取引法で、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うべきであると定められており、「一般に公正妥当な企業会計の慣行」は企業会計審議会が公表した企業会計原則や企業会計基準委員会(ASBJ)が公表している各種の会計基準やその適用指針等(以下、会計基準等)である。そのため、各企業は会計基準等に従い、各企業の取引慣行を踏まえて、企業固有の会計処理基準や具体的なガイダンスを作成し、それに準拠して会計処理および財務報告を行っているだろう。
一方、サステナビリティ報告においては、上述したメイリード・マクギネス氏の発言の通り、ECはサステナビリティ報告を財務報告と対等な立場に持ち上げることを目標としている。財務報告における基準は会計基準等であるが、サステナビリティ報告における基準に相当するものがESRSである。ESRSは、EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)によって第1弾として「セクターにとらわれない基準」が開発され、2023年7月にECによって採択された。さらに、EFRAGは約40のセクター別基準および第三国(EU域外)事業者向け基準も開発をしている。当初は、2024年6月の採択を目指していたが、企業のサステナビリティ報告への準備に対する負担を軽減するため、セクター別基準の採択期限を2026年6月に延長し、第三国事業者向け基準の採択期限も同じく2026年6月に延長した。CSRDの適用企業に該当する場合、日本の親会社は第三国事業者向け基準(またはその同等基準)に従って2028年の連結サステナビリティ情報を2029年に報告を行う必要があるが、CSRDが要求しているサステナビリティ関連情報の幅の広さや、第三国事業者向け基準の草案が利用可能になる時期の不確実性を考慮すると、現在のESRS(「セクターにとらわれない基準」)を参照して評価を始めることが良いだろう。
採択されたESRSは全てのサステナビリティ事項に適用される2つの横断的基準に加えて、環境、社会、ガバナンスに関する幅広い事項を取り扱う10のトピック別基準で構成されている。これは、IFRSが開発したサステナビリティ基準(IFRS第S1号および第S2号)やSECが開発した気候関連開示規則の要求事項をはるかに超えるトピックがカバーされている。企業はCSRDに対応する重要なステップとして、ESRSの構造を理解し、詳細を調べ、要求事項と現在の自社との間の潜在的なギャップを検討することが必要である。また、各企業が作成している会計処理基準やそのガイダンスのサステナビリティ版の開発に着手することも、一貫した透明性のあるサステナビリティ報告を行っていくために重要であると筆者は考える。
ESRSは図1の通り、2つの一般的基準と10のトピック別の基準で構成されており、そのフレームワークはTCFD(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)のそれに基づいている。また、ESRS全体は、284ページ、開示要件数は86、データポイント数は1,200、テンプレート数は25である(図2参照)。
ESRS | 開示要件数 | ページ数 | データポイント数 | テンプレート数 |
1 | - | 37 | - | - |
2 | 16 | 31 | 153 | 1 |
E1 | 9 | 39 | 233 | 12 |
E2 | 6 | 11 | 71 | 0 |
E3 | 5 | 11 | 51 | 0 |
E4 | 6 | 20 | 123 | 5 |
E5 | 6 | 12 | 87 | 0 |
S1 | 17 | 38 | 205 | 5 |
S2 | 5 | 15 | 75 | 0 |
S3 | 5 | 15 | 74 | 0 |
S4 | 5 | 14 | 73 | 0 |
G1 | 6 | 8 | 55 | 2 |
附属書 | - | 33 | - | - |
合計 | 86 | 286 | 1,200 | 25 |
ESRS1「全般的原則」およびESRS2「一般的な開示事項」の要求事項はセクターを問わず全てのトピック別基準に適用される。ESRS1「全般的原則」では、バリューチェーン報告、時間軸、ダブルマテリアリティなど、サステナビリティ報告の基礎となる重要な概念を定義している。ESRS2「一般的な開示事項」には、ガバナンス、戦略、インパクト・リスク・機会マネジメント、指標と目標の4つの柱(Pillars)に関する開示が含まれており、この4つの柱の追加要求事項は各トピック別の基準に含まれている。
また、各トピック別の基準に含まれているサブトピックおよびサブ・サブトピックは図3の通りであり、そのカバー範囲は広大である。全てのトピックはダブルマテリアリティ評価の対象となっている。つまり、企業は各トピックが重要であるかをダブルマテリアリティの方法に基づき評価する必要がある。なお、ESRS E1「気候変動」が重要でないと結論付けた場合には、将来的に気候変動が重要であると結論付ける可能性のある状況の将来予測分析を含む、関連するダブルマテリアリティ評価の結論について詳細な開示を行わなければならない。さらに、EUの他の法規制(ESRS2「一般的な開示事項」の付録Bに記載)に由来する情報を省略する場合には、その情報が「重要でない」ことを明示する必要がある。また、企業の機密情報、知的財産、ノウハウ等(以下、「機密情報等」)に関しては、当該機密情報等に商業的価値がある、機密を保持するために合理的な措置を講じている等の条件のもと、開示をしないことができる。この場合、機密情報等を開示しないことによって、開示情報の全体的な合理性が損なわれないようにする必要があることに留意することが重要である。
なお、これらの判断過程および結果は、第三者保証の過程で監査法人等から説明を求められることが考えられる。企業は、論理的で一貫性のある判断過程を文書化してそのエビデンスを準備しておくことが必要である。
ECは、各企業がCSRDおよびESRSの要求事項に基づいて準備と報告を行うには、多くの企業努力が必要であると認識している。そのため、CSRDおよびESRSには多くの経過措置と任意規定が盛り込まれている。例えば、従業員数が750名以下の企業は、報告初年度のスコープ3のGHG排出量の開示について、一定の事項を開示することによって省略することができる。また、ESRS E4「生物多様性と生態系」、ESRS S2「バリューチェーンにおける労働者」、ESRS S3「影響を受けるコミュニティ」、ESRS S4「消費者および最終顧客」については、適用初年度から2年間は報告を省略することができる。また、それ以外にも、例えば以下のような移行措置や任意規定が設定されている。
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特定のバリューチェーン関連開示に関する「説明」ベースでの報告とは、上流および下流のバリューチェーンに関する必要な情報がすべて入手できない場合に、バリューチェーンに関する必要な情報を入手するために行った努力、必要な情報がすべて入手できなかった理由、今後必要な情報を入手するための計画を説明することである。
各企業はこれらの負担軽減措置を効果的に活用しながらサステナビリティ情報を開示することになる。ただし、開示したサステナビリティ情報は誰でも入手可能であり、かつ、同じ基準で作成されることから容易に同業他社との比較が可能である。開示しないと決定した結果、サステナビリティに関する取り組みや情報開示が後ろ向きであるとステークホルダーに認識され、企業価値低下や顧客からの取引縮小または停止の要因にならないように十分に注意することが必要である。
多くの日本企業では自社の統合報告書やサステナビリティレポートを通じてGHG排出量の開示を行っているであろう。また、2023年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書より、「従業員の状況」において「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」といった女性活躍推進法等に基づく人的資本指標の開示の拡充を行っている。そのため、日本企業に馴染みのある、GHG排出量および人的資本についてESRSではどのような情報の開示が求められているのか解説する。多くの企業では現在の開示内容よりも幅広い開示が求められるだろう。企業は早めに現在の開示事項とESRSで求められる開示内容とのギャップを把握して分析することが望ましいと考える。
GHG排出量に関する開示はESRS E1「気候変動」で規定されており、主な要求事項は以下の通りである。
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筆者が欧州で日系企業と議論していると、スコープ3のGHG排出量はどこまで開示する必要があるか悩んでいる企業が多い。ESRSでは全てのスコープ3のGHG排出量の開示を求めているのではなく、あくまで「重要な」カテゴリーのみである。この「重要な」カテゴリーとは企業にとって優先されるスコープ3の各カテゴリーが該当すると考えられる。なお、スコープ3のカテゴリーはGHGプロトコルで規定されているカテゴリー(図4参照)が参考になるだろう。企業が「重要性」や「優先順位」を見極めるためには、推定GHG排出量の大きさ等に基づいて重要なスコープ3カテゴリーを特定したうえで、例えば、財務的影響、各カテゴリーに対する企業の影響力、関連する移行リスクと機会、ステークホルダーの見解を元に優先されるカテゴリーを分析して決定していくことが良いだろう。
上流または下流 |
スコープ3カテゴリー |
上流 |
1. 購入した物品およびサービス 2. 資本財 3. 燃料・エネルギー関連活動(スコープ1または2に含まれていないもの) 4. 上流の輸送と流通 5. 業務上発生する廃棄物 6. 出張 7. 従業員の通勤 8. 上流のリース資産 |
下流 |
9. 下流の輸送と流通 10. 販売した製品の加工 11. 販売した製品の使用 12. 販売した製品の使用後処理 13. 下流のリース資産 14. フランチャイズ 15. 投資 |
人的資本に関する開示は主にESRS S1「自社の従業員」およびESRS S2「バリューチェーンにおける労働者」で規定されているが、ここでは日本企業の関心が高いと考えられるESRS S1「自社の従業員」で規定されている内容を解説する。ESRS S1「自社の従業員」で開示が求められている主な定量的指標は以下の通りである。
一般
労働条件
平等な待遇と機会
その他の労働関連の権利
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上述の通り、かなり膨大な内容かつ詳細なデータを収集して分析したうえで開示する必要がある。現時点において、日本企業がこのような粒度で全てのデータを収集するためにはかなりの苦労が予想される。各企業は早めにITプラットフォームの導入の検討を含む、収集システムおよびプロセスの構築を議論することが必要であると考える。
CSRD対応の準備にあたり、最も重要な事項は、CSRDに基づくサステナビリティ情報の開示を単なるコンプライアンス対応であると考えサステナビリティ部門や経理財務部門だけに任せっきりにしないことであると筆者は考える。経営者が十分に関与し、部門横断的なタスクフォースを結成して、企業が一丸となって対応することが望ましい。これは例えば、開示するトピックや指標と目標は会社として検討および判断を行うことが望ましいこと、ガバナンスやリスク管理の構築のためリスク管理部門の経験および知見が必要であること、バリューチェーンの把握に購買部門や販売部門の理解が必要であること、CSRDおよび各国内法の法的解釈に法務部門の関与が必要であること、戦略的な開示を行うためIR部門の関与が必要であること等、多くの部門の経験および知見の結集が必要になるためである。このためには、まずは自らがCSRD/ESRSの趣旨や内容を把握して、十分に理解することが初めの一歩であると筆者は考える。そうすれば、自ずと自社でどのような部門が関与する必要があるかが理解できる。
どの企業もCSRD対応は初めての経験となるため、多くの企業は外部アドバイザーの支援を得ながらCSRDへの対応を進めていることであろう。CSRDに対応するには多くの要求事項があり、それに対応するための方法は多種多様である。図5に、CSRDに対応するための一例を掲載する。
対応に当たって最も重要であることは、フェーズ1をなるべく早めに終わらせることである。フェーズ1では、初めにCSRDに基づくサステナビリティ情報の報告対象となる適用企業の判定および報告方法の決定を行う。そして、企業が開示するべきトピックを決定(マテリアリティ評価)し、自社の現状とのギャップを分析する。ギャップがある部分を中心としてフェーズ2でサステナビリティ情報の開示に向けた準備をしていくことになるが、フェーズ1を終えなければフェーズ2でどれだけの工数が必要になるのか分からない。筆者が欧州で議論していると、フェーズ1の開始までに1年近く、また、フェーズ1の実施に半年以上かかっているケースが見受けられる。これは、関係者への根回し、対応人員の確保、予算取り、CSRDやESRSの理解のためであるケースが多い。また、CSRD対応の準備は日本にある本社および各欧州子会社が関与することになるグローバルプロジェクトであるため、普段の親子会社間および子会社間のコミュニケーションカルチャーの成熟度もCSRD対応に必要な工数を決定付ける重要なポイントである。開示までの期限が迫っていることを考えると、全体感を素早く理解し、まずはフェーズ1を完了させたうえで、自社の課題を早めに把握することが必要であると考える。
フェーズ1が終わると導入フェーズであるフェーズ2に移行する。まずは、フェーズ1の結果を元に実施計画を策定する。これは、各タスクを実行するために関与するべき部署を特定し、関与メンバーの責任と役割を定義したうえで必要な人的リソースを見積もる。そのうえで、実施する各タスクの所要時間を整理し、社内意思決定のタイミング等の内部マイルストンを決定することである。この実行計画を策定することによって、初めてCSRD対応が完了するまでに必要なタイムラインが明らかになる。企業によってはフェーズ1の開始前にCSRD対応が完了するまでのタイムラインを見積もろうとしているケースが見受けられるが、フェーズ2での実施内容は各企業のサステナビリティ情報に関する現在の成熟度によって大きく異なる。そのため、フェーズ1を終えなければ、正確なタイムラインの策定は困難である。導入フェーズでは、サステナビリティ報告に関するガバナンスを構築し、サステナビリティ戦略と全社戦略を統合してサステナビリティ情報に関する開示ストーリーを組み立てる。また、一貫した透明性のあるサステナビリティ情報を効果的・効率的に収集・報告するための、プロセスや内部統制の構築、ITプラットフォーム導入の検討も重要なタスクである。
フェーズ3はCSRDに準拠したサステナビリティ報告書を作成するフェーズである。実際にサステナビリティ報告書を作成して監査法人等による保証を受けるタスクであるが、本番前にドライランを行うことが望ましい。ドライランとは開示1年前の情報(例えば、2025年からCSRDが適用されるEU事業者の場合、2024年の情報)を元に企業が開示するための情報をスムーズに収集できるか確認すること、実際にサステナビリティ報告書を作成すること、1年前の情報で作成したサステナビリティ報告書やその作成プロセスについて保証を依頼することになる監査法人等に事前チェックをしてもらうことが含まれる。どの企業もCSRDへの対応は初めての経験である。適用初年度である2025年のサステナビリティ情報で初めて報告書を作成した場合、想定していなかった問題が発生して、その対応に膨大な工数が発生するリスクがあるが、このようなドライランを行うことで、問題点を事前に発見および対策することができ、開示期限までに余裕をもった対応を行うことができるだろう。
今回はESRSの概要およびGHG排出量や人的資本の開示項目、対応までの実務的なロードマップを解説した。次回は、欧州ドイツでのサステナビリティ開示・保証の状況や日系企業の対応状況について説明する。