ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法と日本企業への影響

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2021年10月)

SDGsやESGに関する取り組みが世界的に広がっています。PwC弁護士法人は、企業および社会が抱えるESGに関する重要な課題を解決し、その持続的な成長・発展を支えるサステナビリティ経営の実現をサポートする法律事務所です。当法人は、さまざまなESG/サステナビリティに関する課題に対して、PwC Japanグループや 世界100カ国に約3,700名の弁護士を擁するグローバルネットワークと密接に連携しながら、特に法的な観点から戦略的な助言を提供するとともに、その実行や事後対応をサポートします。

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、以下のトピックを紹介します。

ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス(人権デュー・ディリジェンス)法と日本企業への影響

ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法と日本企業への影響

近時、企業及びそのステークホルダーの「人権」に対する関心や意識が高まっています。2011年の国連人権理事会で採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます。)の公表及び経済協力開発機構(OECD)の「OECD多国籍企業行動指針」の改訂により、企業における人権尊重の責任が明示的に求められたことを皮切りに、企業活動が人権に与える影響に焦点が当てられています。欧米各国では、英国現代奴隷法等をはじめとするハード・ローが制定され(さらに、EUでは、人権・環境デュー・ディリジェンス指令案が検討されています)、OECDの「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」やEUを中心としたソフト・ローの公表等も相次いでなされています。日本においても、2020年10月、「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)が策定され、企業における人権デュー・ディリジェンスの遂行を含む人権関連対応に対する意識の向上が求められています。

このような流れの中、ドイツにおいて、2021年6月に「サプライチェーンにおける企業のデュー・ディリジェンス義務に関する法律(Act on Corporate Due Diligence Obligations in Supply Chains)」(以下「ドイツDD法」といいます。)1が連邦議会で可決されました。同法は、日本企業及びそのサプライチェーンにも影響を与えるものと考えられるため、その概要について解説します2

1. 概要

ドイツDD法は、企業のサプライチェーンにおける人権侵害及び環境関連侵害を未然に防止することを目的として、企業のデュー・ディリジェンス義務を定める法律です(同法は、2023年1月に施行される予定です)。同法は、6つのディビジョンに分かれており、①一般条項(適用範囲及び定義)、②デュー・ディリジェンスの義務、③法的手続、④当局によるモニタリングとエンフォースメント(執行)、⑤公共調達、⑥罰則に関する規定が定められています。

なお、同法における「サプライチェーン」とは、企業のすべてのサービス及び製品を意味し、原材料の調達から最終顧客への供給まで、製品の生産やサービスの提供に必要なドイツ国内外のすべての工程が含まれます。また、企業が自ら行う事業領域で行う活動のみならず、直接及び間接のサプライヤーのすべての活動も含まれます(§2(5)-(8))。

2. 適用範囲

ドイツDD法は、以下の企業に適用されます(§1)。

  • ドイツに、その本店、主たる事務所又は管理本部があり、かつドイツに少なくとも3,000人の従業員(海外に赴任している者を含みます)3を通常雇用している全ての企業
  • ドイツに支店(ドイツ商法13d条)を有し、ドイツで通常3,000人以上の従業員を雇用している企業
  • なお、2024年1月1日以降は上記の3,000人の基準はいずれも1,000人に引き下げられます。

したがって、日本企業においても、ドイツに3,000人(2024年以降は1,000人)以上の従業員を有する子会社を有する場合は当該子会社に対して、日本企業のドイツ支店で3,000人(2024年以降は1,000人)以上の従業員を雇用している場合は当該日本企業に対して、同法は適用されることとなります。また、日本企業やその子会社自体に同法が適用されない場合においても、サプライチェーン上のドイツ企業に同法が適用され、当該ドイツ企業から人権デュー・ディリジェンスの実施やリスク管理等の措置について日本企業等が協力を求められることが考えられます(場合によっては当該協力を取引の条件とされることも考えられます)。

3. デュー・ディリジェンス義務の範囲及び対象-「人権リスク」及び「環境関連リスク」

ドイツDD法は、企業が、自らの事業活動やサプライチェーンにおいて、「人権リスク」及び「環境関連リスク」が生じることを防止又は最小化すること、あるいは、既に発生している人権侵害や環境関連の義務違反を停止させることを目的としています。同法で対象とされる「人権リスク」及び「環境関連リスク」は定義されており、その概要は以下のとおりです。

(1) 人権リスク

ドイツDD法における人権は、同法附属書の1号から11号所定の人権に関する条約4に基づくものであるとされており、基本的には、指導原則(原則12)に沿うものです。その上で、「人権リスク」とは、事実関係に基づき、以下の禁止事項(主要なものを列挙しています)のいずれかに対する違反が差し迫っている十分な蓋然性がある状態をいうと定義されています(§2(2))。

  • 児童労働
  • 強制労働
  • 奴隷制、奴隷制に類似した慣行、農奴制、その他の形態の支配や抑圧
  • 労働安全衛生上の義務違反等
  • 結社の自由の禁止
  • 雇用における不平等取扱い等
  • 適切な生活賃金(最低賃金)の不支給
  • 有害な土壌汚染、水質汚染、大気汚染、騒音の発生又は過剰な水の消費
  • 土地、森林、水の取得、開発等に関する不法な取得(立退き)
  • 企業のプロジェクト保護のための民間や公的な警備隊の雇用及び使用による非人道的行為等

(2) 環境関連リスク

「環境関連リスク」とは、事実関係に基づいて、§2(3)所定の禁止事項のいずれかに違反する可能性が十分にある状態のことをいうものと定義されています。§2(3)では、健康被害と環境破壊を防止する目的を有する以下の条約の特定の事項が挙げられています。

  • 水銀に関する水俣条約
  • 持続性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)
  • 有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約

上記のとおり、ドイツDD法は、①人権リスク及び環境関連リスクの双方について、それらの防止又は最小化及び義務違反の停止等を目的としていること、②人権リスクの中には、環境汚染等が引き起こす人権リスク(食品の保存・生産のための自然基盤の侵害、安全で清潔な飲料水へのアクセスの侵害、健康被害(§2(2)9a)-d))等)についても法文で明記していることなど、これまでの他国での法制よりも広い範囲のリスクに関してデュー・ディリジェンス義務を対象企業に課すものであるため、適用対象企業及び関連企業(適用対象企業と直接・間接の取引関係にある企業を含みます)においては、同法の具体的適用や影響等を考慮した慎重な準備等を進める必要があります。

4. デュー・ディリジェンス義務~企業がとるべき行動

ドイツDD法では、企業は、前記の人権リスク及び環境関連リスクの防止又は最小化及び義務違反の停止等を目的として、そのサプライチェーンにおいて、人権及び環境関連のデュー・ディリジェンスを実施する義務が課せられています。デュー・ディリジェンス義務は具体的には以下のとおり定められています。

このデュー・ディリジェンス義務を遂行する際には、企業の事業活動の性質と範囲、人権リスク又は環境関連リスク又はそれらの義務違反に直接責任を負う当事者に対する企業の影響力、予想される違反の重大性、可逆性及び発生可能性、並びに因果関係等を踏まえて、具体的方法を決定することとなります(§3(2))。

1 リスク管理態勢の構築(§4(1)(2)(4))

 
  • 企業は、適切かつ効果的なリスク管理態勢を構築しなければなりません。
  • ここでいう「効果的」とは、企業が、そのサプライチェーンにおける人権リスクや環境関連リスクを認識し、その発生の予防や最小化を図るとともに、仮にそのリスクや違反の発生若しくは助長又はそれらが生じる可能性が発生した場合には、その違反の防止、停止又は最小化を可能とする措置のことです。

2 企業内の責任者の指定(§4(3))

 
  • リスク管理態勢を効果的に運用するためには、企業内で人権担当者を任命するなどして、リスク管理のモニタリングに対する責任の所在を明確にする必要があります。
  • 企業の経営層は、当該責任者から、少なくとも年1回、定期的に報告を受ける必要があります。

3 定期的なリスク分析の実施(§5)

 
  • 企業は、自社の事業領域や直接のサプライヤーに関して、人権リスク及び環境関連リスクを特定しなければなりません。
  • 特定された人権リスク及び環境関連のリスクは、適切に重み付け及び優先順位付けがなされた(§3(2))上で分析・評価が行われ、その分析結果は取締役会などに報告される必要があります。
  • 当該分析は年に1度だけでなく、必要に応じて臨時に実施される必要があります。

4 ポリシーステートメントの公表(§6(2))

 
  • 企業は、人権戦略に関する方針声明を公表しなければなりません。
  • その中には、①ドイツDD法上の義務履行のための措置の説明、②リスク分析に基づいて特定された人権リスク及び環境関連リスク、③従業員やサプライヤー等に関する人権関連及び環境関連の期待を含める必要があります。

5 自社の事業領域及び直接のサプライヤーに対する予防措置(§6(1)(3)(4))

 
  • 企業は、自社の事業領域及び直接のサプライヤーに対して適切な予防措置を講じなければなりません。
  • 自社の事業領域に対しては、ポリシーステートメント所定の人権戦略の実施、リスク防止又は最小化のための調達戦略及び購買慣行の策定及び実施、関連するトレーニングの提供並びにリスク管理措置を実施するものとされています。
  • 直接のサプライヤーに対しては、サプライヤー選択の際の人権及び環境関連の期待の考慮、サプライヤーによる人権及び環境関連の契約上の保証、継続的なトレーニングの実施、人権戦略の遵守を確認するための契約上の管理メカニズムの実施等の措置を講ずるものとされています。

6 救済措置(§7(1)-(3))

 
  • 人権侵害や環境上の義務違反が既に発生している場合又は差し迫っていることを発見した場合には、遅滞なく、当該侵害及び違反の防止、終了、最小化のための適切な措置を講じる必要があります。
  • 直接のサプライヤーによる義務違反の場合には、その違反が予測可能な将来に終了することが見込まれない場合には、企業はその違反を不当に遅延させることなく終了させ、又は最小化させるためのプラン(タイムテーブルを含む)を作成し、実施しなければなりません。その際には、①違反の終結及び最小化のための計画の共同策定及び実施、②リスク最小化のための取引関係の一時停止などの措置を考慮する必要があります。なお、取引関係の終了による措置を採る場合には、一定の考慮事項があります。

7 苦情処理手続(グリーバンス・メカニズム)の構築(§8)

 
  • 企業は、適切な内部苦情処理手続が実施されることを保証しなければなりません。
  • この手続により、企業の事業領域又は直接のサプライヤーの経済活動により影響を受ける当事者その他関係者に、その経済活動により生じた人権リスク及び環境関連リスク、並びに人権又は環境関連の義務違反を報告する機会が与えられなければなりません。

8 間接的なサプライヤーのリスクに関する注意義務(§9)

 
  • 企業は、上記の苦情処理手続において、間接的なサプライヤーの経済活動に起因する人権リスク及び環境関連リスク並びに人権関連又は環境関連の義務違反についても、報告をすることが可能となるような措置を講じなければなりません。
  • その上で、間接的なサプライヤーによる人権関連又は環境関連の義務違反の可能性を示唆する実際の兆候がある場合には、遅滞なく、必要に応じて、リスク分析、責任者による措置、防止・最小化・停止のための方針策定及び実施並びにポリシーステートメントの更新等を行わなければなりません。

9 文書化及び報告(§10(1)(2))

 
  • 企業は、デュー・ディリジェンス義務の履行に関する年次報告書を作成し、会計年度終了後4か月以内に連邦経済輸出管理局(The Federal Office for Economic Affairs and Export Control)に提出する(§12)とともに、企業のウェブサイトで7年間にわたり公開する必要があります。

ドイツDD法では、上記のとおり、デュー・ディリジェンス義務として、企業が人権リスク及び環境関連リスクの防止、最小化及び停止等を目的として講ずべき措置等が詳細に定められています。

特に、適用対象企業のみならず、当該企業の直接のサプライヤーについても適切な予防措置を講じ、義務違反等の場合の救済措置まで適切に対応することが求められています。さらには、間接的なサプライヤーの経済活動についても、苦情処理手続(グリーバンス・メカニズム)の窓口を開放し、義務違反の可能性を示唆する実際の兆候がある場合には、リスク分析を行い、人権関連又は環境関連の義務違反を防止・停止・最小化するための方針策定及び実施等の措置を講じることが求められています。

そのため、日本企業が適用対象企業である場合は勿論のこと、直接又は間接の取引先であるドイツ企業が適用対象企業である場合には、当該ドイツ企業からドイツDD法上の義務を遵守するための然るべき措置を求められることがあることに十分に留意しなければなりません。

5. 違反時の罰則等

ドイツDD法上の義務履行は、人権リスク及び環境関連リスクの防止・最小化・停止等を保証するものではないため、適用対象企業により合理的な予防措置が講じられている限り、人権関連又は環境上の義務違反が生じたとしても、ドイツDD法の違反が生じるものではありません。

しかしながら、ドイツDD法上の義務を遵守しない企業については、金銭的なペナルティが課されることがあります。具体的には、違反事項によるものの、原則として、法人の場合、最大800万ユーロの行政上の罰金が課せられます(§24(2)(1))。さらに、平均年間売上高が4億ユーロを超える法人又は団体に、以下に列挙する違反(§7(救済措置)の違反)がある場合には、行政上の罰金の額は過去3会計年度の全世界の平均売上高の2%に達する可能性があります(§24(3))。

  • §7(1)(企業の事業領域又は直接のサプライヤーにおける義務違反又は違反が差し迫っていることを発見した場合の措置(上記デュー・ディリジェンス義務6の1点目))に反して、改善措置を取らない又は適切な期間内にそのような措置が取られていない場合
  • §7(2)(直接のサプライヤーによる義務違反が予測可能な将来に終了することが見込まれない場合の措置(上記デュー・ディリジェンス義務6の2点目))について、プラン(タイムテーブルを含む)の作成、実行(適切な期間内での実行)が行われていない場合

上記行政罰が課された場合には、違反の重大性等により、3年以内の入札参加を禁止される可能性があります(§22)。

なお、ドイツDD法の違反に対する民事責任に関する定めは同法には規定されていません(§3(3))。これは、そのような民事責任は、ドイツ不法行為法上の一般条項に準拠することを意味するものと考えられます(但し、準拠法については事案毎に異なります)。

6. おわりに

上記のとおり、2023年1月から施行されるドイツDD法は、ドイツに子会社や支店を有する日本企業のみならず、ドイツ企業などの適用対象企業と直接・間接の取引関係(サプライチェーン)にある日本企業にも大きく影響を及ぼすものであるため、日本企業としても同法で求められるデュー・ディリジェンス義務の内容を理解し、同法の施行に向けての準備をしていく必要があります。

特に、今後、ドイツ企業やそのサプライチェーン上の企業との取引契約に関して、ドイツ企業等の人権方針や調達方針等への合意や遵守の徹底、それらを徹底するための適切なトレーニングの実施、遵守状況の調査協力等に関する契約条項を定めることが求められる可能性(そのような定めが受けられない場合は取引継続が困難となる可能性)がありますので、それらの企業と取引関係にある(又は新規に取引関係に入る)日本企業としては予め日本企業内における人権関連の体制を整備しておく必要があるものと考えられます。

さらに、日本企業としては、このような諸外国のハード・ローの制定を待たずとも、自社及び自社のサプライチェーンやバリューチェーン上の人権課題に向き合い、人権尊重の義務を果たしていくことが、自社のサステナブル(持続可能)な経営に不可欠であることを認識しながら、能動的・積極的に、適切な人権方針の策定によるコミットメントや人権デュー・ディリジェンスの実施等の対応を推進していくことが重要であると考えられます。

1 本稿では、同法のLieferkettensorgfaltspflichtengesetz(LkSG)(Article 1)のセクション(§)を引用しています。

2 ドイツDD法の内容については、PricewaterhouseCoopers Legal AG Rechtsanwaltsgesellschaft の Mario Lindner氏から関連情報及び助言を受領し、検討したものです。

3 なお、ドイツ有限会社法15条所定の結合企業の場合は、従業員数をカウントする際に、グループに属するすべての企業の従業員のうちドイツ国内で雇用されている者を考慮しなければならないものとされています(§1(3))。

4 強制労働に関するILO条約29号及び同号の議定書、結社の自由及び団結権の保護に関するILO条約87号、団結権及び団体交渉権の原則の適用に関するILO条約98号、同一価値の労働に対する男女労働者の同一報酬に関するILO条約100号、強制労働の廃止に関するILO条約105号、雇用及び職業における差別に関するILO条約111号、雇用の最低年齢に関するILO条約138号、児童労働の禁止及び即時措置に関するILO条約182号、市民的及び政治的権利に関する国際規約、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約。

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北村 導人

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パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

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ディレクター, PwC弁護士法人

山田 裕貴

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ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

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