コーポレートサステナビリティ・デューディリジェンスに係る指令案

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2022年4月)

SDGsやESGに関する取り組みが世界的に広がっています。PwC弁護士法人は、企業および社会が抱えるESGに関する重要な課題を解決し、その持続的な成長・発展を支えるサステナビリティ経営の実現をサポートする法律事務所です。当法人は、さまざまなESG/サステナビリティに関する課題に対して、PwC Japanグループや世界90カ国に約3,600名の弁護士を擁するグローバルネットワークと密接に連携しながら、特に法的な観点から戦略的な助言を提供するとともに、その実行や事後対応をサポートします。

本ニュースレターでは、2022年2月23日に欧州委員会により公表されたコーポレートサステナビリティ・デューディリジェンスに係る指令案を紹介します。

1.はじめに

欧州委員会は、2022年2月23日、コーポレートサステナビリティ・デューディリジェンスに係る指令案1(以下「本指令案」といいます。)を公表しました2

EUにおいては、環境問題及び人権の尊重が重要な政策課題と捉えられています。本指令は、これらの課題ついて鍵となる役割を果たしている企業に対して、持続可能で責任のある行動を促し、これらの課題への対応を推進することを目的とするものです。かかる目的を達成するため、本指令案は、各加盟国を通じて、一定の規模を有する企業に対して、人権及び環境に関して、一定のデューディリジェンスの義務を課そうとするものです。なお、本指令案は、人権又は環境若しくは気候の保護に関するEU加盟国の法令による保護の水準を下げる根拠となるものではないとされています(本指令案1条2項)。

後述のとおり、本指令案では、EU加盟国外の法令に基づき設立された企業も適用の範囲となることが想定されています。また、直接、本指令案の対象として想定される企業でないとしても、本指令案の対象となる企業との取引にあたって、対応が求められる事項が生ずることも想定されます。このように、本指令案及びこれに基づく各国の法令が発効した際には、日本企業においても、具体的な対応が求められる可能性が高いものであり、注視が必要です。

2.本指令案の内容

(1)本指令案が対象とする事項

本指令案は、以下の事項についてのルールを示すものです(本指令案1条)。

①(i)企業自ら、(ii)子会社及び(iii)確立したビジネス関係3を有する企業に係るバリューチェーンによる活動から生じる、現実の又は潜在的な人権及び環境についての悪影響(負の影響)に関する企業の義務

②上記の義務への違反に係る企業の責任

上記のとおり本指令案によるルールの対象となる事項は、人権及び環境についての悪影響に関する企業の義務・責任です。本指令案では、人権についての悪影響(負の影響)(adverse human rights impact)及び環境についての悪影響(負の影響)(adverse environmental impact)それぞれの定義を置いています(本指令案3条(b)及び(c))。人権についての悪影響は、本指令案の別紙で掲げられた一定の権利(世界人権宣言、いわゆる社会権規約及び自由権規約等の別紙で掲げられた国際的な条約に取り込まれた権利)の侵害による人への悪影響と定義されています(同条(c)、Annex4Part I )。また、環境についての悪影響は、別紙に掲げられた国際的な環境に関する条約への違反から生じる環境への悪影響として定義されています(同条(b)、Annex Part II)。

(2)本指令案の対象となる企業

本指令案における義務の対象となる企業の範囲は、以下のとおりです(本指令案2条)。

①EU加盟国の法令に基づき設立された企業

EU加盟国の法令に基づき設立された企業のうち、概要、以下のいずれかの要件に該当する企業が本指令案の対象とされています(本指令案2条1項)。

グループ1 財務諸表が作成された直前の会計年度において、従業員が平均して500名を超え且つ、全世界の売上高が1億5000万ユーロを超える企業
グループ2

上記グループ1に該当しない企業のうち、財務諸表が作成された直前の会計年度において、従業員が平均して250名を超え、且つ、全世界の売上高が4000万ユーロを超える企業であって、概要、以下に掲げる一定のセクターによる売上がその50%以上を占める企業

繊維・皮革関連:一定の製品の製造及び卸売 

農業・林業・漁業・食品関連:農業、漁業、林業、一定の製品の製造及び卸売

鉱物資源関連:一定の鉱物資源の採取、製造及び卸売

② EU加盟国以外の法令に基づき設立された企業

EU加盟国以外の法令に基づき設立された企業のうち、概要、以下のいずれかの要件に該当する企業も、本指令案の対象とされています(本指令案2条2項)。

グループ1 最終会計年度の前の会計年度において、EU域内の売上高が1億5000万ユーロを超える企業
グループ2

最終会計年度の前の会計年度において、EU域内の売上高が4000万ユーロを超え、1億5000万ユーロ以下である企業であって、上記①グループ2の項目に掲げるセクターによる売上が全世界の売上高の50%以上を占める企業

なお、本②に該当する企業は、EU加盟国のいずれかにおいて設立され又は居住する、法人又は個人の代表者を選任することが求められることになります(本指令案16条1項)。

(3) 本指令案を通じて求められる企業の行動

本指令案の対象となる企業は、本指令案を実現すべくEU加盟国が今後制定する法令の下で、人権及び環境に係るデューディリジェンスとして、概要、以下の行動が求められることが想定されています(本指令案4条~11条)。EU加盟国は、これらの事項を加盟国内に所在する企業が順守するように法令を整備することとなります。

 

求められる行動の項目及びそれぞれの概要

本指令案の条項

(a)

デューディリジェンスを企業のポリシーの中に取り込むこと

  • 企業のポリシーの中に、以下の事項を含むデューディリジェンスに係るポリシーを取り込むことが求められます。また、かかるポリシーにつき、年次で見直すことが求められます。
    ‐ 長期的な観点を含む企業のデューディリジェンスに係るアプローチ
    - 企業の従業員や子会社が従うべきルール及び原則を示した行動規範
    - デューディリジェンスの実行するためのプロセス

5条

(b)

現実の又は潜在的な悪影響を特定すること

  • 企業は、自ら、子会社又は確立したビジネス関係を有する企業に係るバリューチェーンから生じる、現実の又は潜在的な人権及び環境についての悪影響を特定することが求められます。
  • 上記の例外として、上記(2)①及び②のそれぞれ「グループ2」の企業については、現実の又は潜在的な悪影響のうち、重大なもので、上記(2)①のグループ2の項目で列挙された特定のセクターに関するものの特定のみが求められます。

6条

(c)

潜在的な悪影響を防止し又は軽減すること、及び現実の悪影響を是正すること

  • 潜在的な悪影響の防止・軽減:企業は、上記(b)で特定された、又は特定されるべき人権又は環境についての悪影響を防止し、防止することが不可能若しくは直ちには不可能である場合には、これを軽減するための適切な措置をとることが求められます。取るべき措置の内容としては、例えば、以下のものが含まれます。
    - アクションプランの策定
    - 直接的な関係を有する取引先との契約の締結(モデル条項について公表する旨が言及されています。本指令案12条。)
    - 必要な投資の実施
    - 確立したビジネス関係を有する中小企業へのサポートの提供
    - 他の企業との協力
    上記のような方法で、潜在的な悪影響を十分に防止し、軽減することができない場合には、企業は、企業の行動指針やアクションプランを達成する観点から、間接的な関係を有する取引先と契約を締結するように務めることが考えられるとされています。また、契約の締結の方法による場合には、その履行状況の検証の方法についても併せて規定しなければならないとされています。
    更に、上記のような方法で、防止したり、十分に軽減することができない潜在的な悪影響が存在する場合には、(i)新たに取引先との関係を構築したり、関係を更新したりしてはならず、また、(ii)各加盟国の法令の許容する範囲で取引関係を一時停止したり、重大な悪影響である場合には取引関係を解消することが求められます。

 

7条

 

  • 現実の悪影響の是正:企業は、上記(b)で特定された、又は特定されるべき人権又は環境についての現実の悪影響について、これを是正するための適切な措置を採ることが求められます。採るべき措置の内容としては、上記「潜在的な悪影響の防止・軽減」の項目で概説したもののほか、悪影響を軽減する措置(損害の補償等)が含まれます。
8条

(d)

苦情に関する制度を策定し、これを維持すること

  • 企業は、人権及び環境についての悪影響に正当な関心を有する一定の者からの苦情の申し立てを可能とすることが求められます。苦情の申立てを行うことができる者としては、以下のものが挙げられています。
    - 当該悪影響を受け、又は受ける可能性があると合理的に信じる理由がある者
    - 対象となるバリューチェーンにおいて勤務する労働組合その他の労働者の代表
    - 対象となるバリューチェーンの分野に関して活動する市民団体

9条

(e)

モニタリング

  • 企業は、人権及び環境についての悪影響の特定、防止、軽減及び是正の有効性を測定する観点から、自ら、子会社及び確立したビジネス関係を有する企業に係るバリューチェーンの対応状況について、定期的にモニタリングをすることが求められます。

10条

(f)

デューディリジェンスの状況について公表すること

  • 一定の開示の対象とされていない企業は、ウェブサイト上で年次ベース(毎年4月30日までに、前暦年の事項を対象とします)で、本指令案の対象とする事項を公表することが求められます。

11条

(4)エンフォースメント

①当局による制裁

各加盟国は、各加盟国が定めた法令に違反した場合における制裁を定めるものとされています(本指令案20条1項)。なお、金銭的な制裁が課される場合には、企業の売上高をベースにすべきとされています(同条3項)。

②民事上の責任

各加盟国は、上記(3)(c)に記載した義務に違反した場合などに、企業が民事上の損賠賠償責任を負うべきことを確保するものとされています(本指令案22条1項)。他方で、企業が取引先との契約の締結等一定の対応を行っていた場合には、一定の範囲で義務を負わないことも規定されています(同条2項)。

(5)取締役の責任

EU加盟国の法令に基づき設立された企業の取締役においては、企業の利益を最大化する義務を果たすに当たって、そのサステナビリティに関する事項(人権、気候変動及び環境問題)に関する判断がもたらす結果を考慮することが求められています(本指令案25条)。

3.今後のスケジュール

本指令案は、今後、2022年5月23日までのフィードバック期間5を経て、欧州議会及びEU理事会に提案され、審議されることとなります。欧州議会及びEU理事会において採択され、発効した後、2年間の間に各EU加盟国において法制化されることとなります。上記2(2)①及び②のグループ1の企業に係る義務は本指令案の発効後2年後に、グループ2の企業に係る義務は4年後に適用が開始されることになります(以上につき、本指令案30条1項)。

1 Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 1019/1937

2 欧州委員会のウェブサイト(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1145)参照。

3 「確立した」ビジネス関係(established business relationship)とは、概要、直接又間接であるかを問わず、結びつきの強さや存続期間の観点から、継続し又は継続することが見込まれるビジネス関係(バリューチェーンにおける、無視できる又は付随的なものに過ぎないものは除かれる)をいうものとされています(本指令案3条(f))。ここでいう「ビジネス関係」(business relationship)とは、概要、企業が契約を締結し、若しくは保険・再保険を提供するものや、又は企業のためにその製品又はサービスに関連して事業を行うものをいうとされています(同条(e))。

4 ANNEX to the proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937 (https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/1_2_183888_annex_dir_susta_en.pdf)をいう。以下同じ。

5 https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/12548-Sustainable-corporate-governance_en

主要メンバー

北村 導人

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

日比 慎

ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

小林 裕輔

ディレクター, PwC弁護士法人

蓮輪 真紀子

蓮輪 真紀子

PwC弁護士法人