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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめさまざまなステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、以下のトピックを紹介します。
日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン1」の策定
2022年9月13日に策定・公表された同ガイドラインは、日本で事業活動を行う全ての企業による人権尊重への具体的な取組に関して日本政府が発出するガイドラインであり、日本企業としてその内容等について十分に理解しておく必要があります。
ビジネスと人権をめぐる国と企業の取組が国内外で活発化する中、日本政府は、2020年10月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定・公表する等の取組を進めてきました。そのような状況下、人権尊重のためのガイドラインの策定等に関する産業界からの要望も踏まえ、2022年3月、経済産業省において「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」が立ち上げられました。同検討会での議論を経てガイドライン原案が取りまとめられ、本年8月8日から8月29日までに行われた意見募集2及び経済産業省における必要な修正を経た上で、9月13日に開催された「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」において、日本政府のガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)が決定されました。
本稿では、まず本ガイドラインの意義と特徴について整理した上で、次いで、その内容について紹介します。
本ガイドラインの意義・特徴は、下記のとおりです。
本ガイドラインは、対応する国連指導原則の参照条文を引用しながら、①人権方針の策定、②人権DDの実施及び③自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済9が企業に求められる人権尊重の取組であると述べ(本ガイドライン2.1)、次いで各論について詳述しています。
本ガイドライン7ページから引用
① | 企業のトップを含む経営陣で承認されていること |
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② | 企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること |
③ | 従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること |
④ | 一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること |
⑤ | 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反映されていること |
自社が人権への負の影響を引き起こし (cause)又は助長している場合 (contribute) | 負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止するとともに(例.有害物質を使用しないために製品設計を変更)、将来同様の負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を防止するとともに、事業上・契約上・法的理由により停止することが難しい場合は、停止に向けた工程表を作成し、段階的にその活動を停止することが期待されます(本ガイドライン4.2.1.1) |
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自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合 (directly linked) | 負の影響を引き起こし又は助長している企業に対して影響力を行使するか、影響力がない場合には当該企業に対して影響力を確保・強化し、又は、支援を行うことにより、その負の影響を防止・軽減するように努めるべきであるとされています(本ガイドライン4.2.1.2)。 |
※なお、「助長」「直接関連」のいずれに該当するかの判断が困難な場合には、負の影響の防止・軽減の観点から、「助長」としてとらえることが望ましいとされています(付属Q&A No.13)。
取引停止については、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性(例.取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる場合)を伴うとされています。したがって、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであり、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべき12であるとされています(本ガイドライン4.2.1.3)。
事業活動を行う地域において国家等の統治者の関与の下で人権侵害が行われている場合には、その地域の拠点の事業活動が納税等を通じて国家等による人権侵害の資金源となる懸念が生じ得るものの、納税等と人権侵害との関連性の有無・強弱の判断は容易でないことから、直ちに人権侵害に関連したことにはならず、また、自社の事業停止・終了が求められるわけではないとされています。かかる状況下、強化された人権DDを実施し、関連性について慎重に判断することが企業に期待されています(本ガイドライン4.2.1.3)。
自社の製品の生産過程等において国家等の関与の下で人権侵害が行われている疑義がある場合には、国家等の関与により関係者の協力が得られず、その実態を確認できない、あるいは、確認できたとしても国家等の介入があるゆえ企業の力では人権への負の影響を防止・軽減できない事態も想定され、かかる状況下では、取引停止を検討する必要があるとされています(本ガイドライン4.2.1.3)。
紛争等の影響を受ける地域からの撤退については、新規参入等により撤退企業を代替する企業が登場せず、消費者が生活に必要な製品・サービスを入手できなくなることや、撤退企業から解雇された労働者の再就職が一層困難になることが考えられるため、強化された人権DDを実施の上、「責任ある撤退」について検討すべきとされています。また、紛争等が生じる可能性がある場合には、事前に撤退計画を検討しておくことが重要とされています(本ガイドライン4.2.2))。
企業においては、負の影響の特定・評価や防止・軽減の実効性について評価し、その結果に基づいて継続的な改善を進めることが求められます。かかる評価の方法については、自社従業員・サプライヤー等へのヒアリング・質問票、自社・サプライヤー等の工場等を含む現場への訪問、監査や第三者による調査等を通じて、自社又は企業内外のステークホルダーから情報を収集することが考えられ、また、かかる評価手続は、内部監査等の社内プロセスに組み込むこともできるとされています(本ガイドライン4.3)。
企業には、自身の人権への負の影響に取り組む上での人権DDに関する基本的な情報(特定した重大リスク領域、特定した負の影響・リスク、優先順位付けの基準、防止・軽減の対応、実効性評価)、負の影響への対処方法等について、説明・情報開示をすることが求められます(本ガイドライン4.4.1.1, 4.4.1.2)。
救済に関しては、下記のように、企業と当該影響の関わりに応じ、負の影響を受けたステークホルダーの視点から適切な救済(例.謝罪、原状回復、金銭的又は非金銭的な補償のほか、再発防止プロセスの構築・表明、サプライヤー等に対する再発防止の要請)を行うことが求められます(本ガイドライン5)。
自社が人権への負の影響を引き起こし (cause)又は助長している場合 (contribute) | 救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきとされています。 |
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自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合 (directly linked) | 負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきとされています。 |
また、企業においては、企業とそのステークホルダーに関わる苦情や紛争に取り組む一連の仕組みである苦情処理メカニズムを確立し、又は、業界団体等が設置する苦情処理メカニズムに参加することを通じて、人権尊重責任の重要な要素である救済を可能にすることが求められています。また、かかる苦情処理メカニズムは、国連指導原則に基づき、一定の要件(正当性、利用可能性、予測可能性、公平性、透明性、権利適合性、持続的な学習源、対話に基づくこと)を満たすことが必要とされています(本ガイドライン5.1)。苦情処理メカニズムの対象者は、自社の従業員等のみならず、自社によって負の影響を受け得るステークホルダーを対象とすべきとされています(付属Q&A No.14)。
本ガイドラインは、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業に対して人権尊重への具体的な取組を示すものです。日本企業としては、各国の人権に関する法規制の最新動向も含めて国際的なスタンダードを理解した上で、自社・グループ会社・直接の取引先のみならず幅広くステークホルダーを巻き込みながら、人権方針、人権DD及び救済メカニズムを整備・実施する必要があります。また、これらの対応は一旦実施すれば十分というものでなく、既に対応済の企業においても、規制や事業環境に係る最新動向を踏まえて継続的に見直し、実践していくことが不可欠であり、また、一連の取組を社内プロセスに落とし込んでいくことが求められます。このように広範かつ継続的な人権尊重への取組が求められる日本企業にとって、本ガイドラインと、経済産業省が作成・公表する予定の具体的・実務的な資料は、最初に参照すべき道標であり、十分に理解し、実践していく必要があります。
1 https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html
2 意見募集の結果、原案に対して131の団体・事業者・個人から意見が提出され、それらの一部は、本ガイドラインに反映されています(https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-b.pdf)。
3 「人権」とは、国際的に認められた人権をいいます。国際的に認められた人権には、少なくとも、国際人権章典で表明されたもの及び「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則が含まれます(例.強制労働や児童労働に服さない自由、結社の自由、団体交渉権、雇用及び職業における差別を受けない自由、居住移転の自由、人種、障害の有無、宗教、社会的出身、ジェンダーによる差別を受けない自由)(本ガイドライン2.1.2.1)。
4 「サプライチェーン」とは、自社の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確保等に関係する「上流」と自社の製品・サービスの販売・消費等に関係する「下流」を意味するものとされています(本ガイドライン1.3)。
5 経営リスクの例として、人権侵害を理由とした製品・サービスの不買運動、投資先としての評価の降格、投資候補先からの除外・投資引き揚げの検討対象化が挙げられています。
6 「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)を指すものとされ、その例として、取引先、自社・グループ会社及び取引先従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等が挙げられています(本ガイドライン2.1.2.3)。
7 企業が、契約上の立場を利用して、取引先に対して一方的に過大な負担を負わせる形で人権尊重の取組を要求する場合には、下請法や独占禁止法に抵触する可能性がある点が指摘されています(本ガイドライン2.2.5、付属Q&A No.4)。
8 例えば、人権DDの実施等を一定の企業に義務付けるフランス、ドイツ等の法律、EUが2022年2月に公表したコーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令案、米国の1930年関税法第307条やウイグル強制労働防止法等の概要が記載されています。
9 「救済」とは、人権への負の影響から生じた損害を軽減・回復すること及びそのためのプロセスを指すものとされています(本ガイドライン2.1.3)。
10 各種のリスクを考慮するにあたっての参考資料として、OECDやILO等国際機関の主な資料が掲載されています。
11 いわゆるHeightened Human Rights Due Diligenceであり、その関連資料として、本ガイドライン脚注71においては、①人権及び多国籍企業並びにその他の企業の問題に関する作業部会のレポート "Business, human rights and conflict-affected regions: towards heightened action” ( https://www.ohchr.org/en/documents/thematic-reports/report-business-human-right-and-conflict-affected-regions-towards )と②国連開発計画の“Heightened Human Rights Due Diligence for Business in Conflict-Affected Contexts: A Guide” ( https://www.undp.org/publications/heightened-human-rights-due-diligence-business-conflict-affected-contexts-guide )が挙げられている。
12 例えば、負の影響の防止や軽減の試みが何度も失敗した場合等が挙げられています(本ガイドライン脚注77)。