日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2022年9月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめさまざまなステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、以下のトピックを紹介します。

日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン1」の策定

2022年9月13日に策定・公表された同ガイドラインは、日本で事業活動を行う全ての企業による人権尊重への具体的な取組に関して日本政府が発出するガイドラインであり、日本企業としてその内容等について十分に理解しておく必要があります。

I.  日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定

1.はじめに

  • ビジネスと人権をめぐる国と企業の取組が国内外で活発化する中、日本政府は、2020年10月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定・公表する等の取組を進めてきました。そのような状況下、人権尊重のためのガイドラインの策定等に関する産業界からの要望も踏まえ、2022年3月、経済産業省において「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」が立ち上げられました。同検討会での議論を経てガイドライン原案が取りまとめられ、本年8月8日から8月29日までに行われた意見募集2及び経済産業省における必要な修正を経た上で、9月13日に開催された「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」において、日本政府のガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)が決定されました。

  • 本稿では、まず本ガイドラインの意義と特徴について整理した上で、次いで、その内容について紹介します。

2.本ガイドラインの意義と特徴

本ガイドラインの意義・特徴は、下記のとおりです。

(1)日本政府発出のガイドラインであること

  • 企業における人権尊重3の取組を普及・促進すべく、日本政府が企業に対する周知・啓発活動の推進や情報の提供・助言等を通じて、人権の保護及び実現を図るという国家の義務を積極的に果たしていくことが宣言されています。特に、アジア諸国と共にサプライチェーンを整備してきた日本は、現地の状況を考慮しつつ、人権尊重の取組の普及・促進に向けてリーダーシップを発揮していくことが期待されているという認識が示されています(本ガイドライン1)。
  • 国連指導原則における、国家の人権保護義務・企業の人権尊重責任・救済へのアクセスという3本柱につき、国家と企業とが相互に補完しながらそれぞれの役割を果たすことが重要であるとされています(本ガイドライン1)。
  • 本ガイドラインは、企業に求められる人権尊重の取組について、日本で事業活動を行う企業の実態に即して、具体的かつわかりやすく解説し、企業の理解の深化を助け、その取組を促進することを目的として策定されています(本ガイドライン1.1)。
  • 本ガイドラインは、法的拘束力を有するものではないものの、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含む。また、国際的な事業を行っていない場合を含む。)を対象としており、自社・グループ会社のみならず、国内外のサプライチェーン4上の企業及びその他のビジネス上の関係先(自社の事業・製品・サービスと関連する他企業)を含めて人権尊重の取組を行う必要があるとしています(本ガイドライン1.3、付属Q&A No.1)。

(2)国際スタンダードに準拠したものであること

  • 本ガイドラインは、国連指導原則、OECD多国籍企業行動指針及びILO多国籍企業宣言をはじめとする国際スタンダードに準拠しており(本ガイドライン1)、国際スタンダードの今後の発展等に応じて見直されることが想定されています(本ガイドライン1.1)。
  • 企業においては、その人権尊重責任を果たすため、国際スタンダードに基づき、①人権方針の策定、②人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」といいます。)の実施及び③救済が求められています(本稿3にて後述)。
  • 各国の法令を遵守することは当然であるものの、法令遵守と人権尊重責任は必ずしも同一ではないとされており、特に各国の法令で国際的に認められた人権が適切に保護されない場合は、可能な限り、法令遵守に留まらず、国際的に認められた人権を最大限尊重する方法を追求する必要があるとされています(本ガイドライン2.1.2.1)。
  • 本ガイドラインにおける「負の影響」の範囲としては、国際スタンダードに基づき、企業が、自ら引き起こしたり(cause)、又は、直接・間接に助長したり(contribute)した負の影響に加えて、自社の事業・製品・サービスと直接関連する(directly linked)人権への負の影響についても、その対象とする必要があるとされています(本ガイドライン2.1.2.2)。

(3)企業が人権尊重責任を果たす意義を明確にしていること

  • 企業による人権尊重の取組は、企業活動における人権への負の影響の防止・軽減・救済が目的であり、その結果として、持続可能な経済・社会の実現に寄与するものとされています(本ガイドライン1.2)。
  • 欧米を中心に人権尊重への取組を企業に義務付ける国内法の導入や人権侵害に対する法規制の強化が進む中、人権尊重への取組によって、企業が直面する経営リスク5の抑制に繋がり、また、企業のブランドイメージの向上など企業価値の向上に繋がることが示されています(本ガイドライン1.2)。このように、人権尊重の取組は、経営リスク(例.人権侵害を理由とする製品・サービスの不買運動)の抑制に繋がるものの、その目的はあくまで人権への負の影響を防止・軽減することにあり、その負の影響に係る経営リスクの大小によって左右されるものではないこと、即ち、経営リスクの大小により負の影響に対する対応が決められるものではないことが明確に示されています(付属Q&A No.8)。

(4)人権尊重の取組の指針を明示していること

  • 人権尊重の取組に当たって重要な視点が以下のとおり示されています(本ガイドライン2.2)。
    • 経営陣によるコミットメントが極めて重要である
      企業トップを含む経営陣が、人権尊重の取組を実施していくことについて約束するとともに、積極的・主体的に継続して取り組むことが極めて重要である。
    • 潜在的な負の影響はいかなる企業にも存在する
      人権尊重の取組を行っても負の影響を全て解消することは困難であり、潜在的な負の影響の存在を前提に、いかにそれらを特定し、防止・軽減するか検討すること、また、その取組を説明していくことが重要である。
    • 人権尊重の取組にはステークホルダー6との対話が重要である
      ステークホルダーとの対話は、企業が、そのプロセスを通じて、負の影響の実態やその原因を理解し、負の影響への対処方法の改善を容易にするとともに、ステークホルダーとの信頼関係の構築を促進するものであり、人権尊重の取組全体にわたって実施することが重要である。
    • 優先順位を踏まえ順次対応していく姿勢が重要である
      人的・経済的リソースの制約等を踏まえると、全ての取組を直ちに行うことは困難であるため、企業は、より深刻度の高い人権への負の影響から優先して取り組むべきであるとして、リスクベースアプローチが採用されている。
    • 各企業は協力して人権尊重に取り組むことが重要である
      人権尊重責任は、企業に対して、自社・グループ会社だけでなく、サプライヤー等における負の影響についても対応することを求めるものであり、自社内で対応が完結するものではなく、各企業が協力して共に取り組むことによって初めて人権尊重責任を果たすことができる7

(5)実務での活用を意識したものであること

  • 本ガイドラインは、人権方針について、企業全体に人権方針を定着させ、人権方針を具体的に事業に組み込む事例(人権方針を社内に周知し、行動指針や調達指針等に人権方針の内容を反映することなど)を示しています(本ガイドライン3)(本稿3(2)にて後述)。
  • 本ガイドラインは、下記のとおり、人権DDの各ステップの実務について説明しています(本稿3(3)にて後述)。
    • 負の影響の特定・評価については、具体的な実務プロセス、当該プロセスにおける留意点及び負の影響への対応の優先順位付けの判断基準を示しています。
    • 負の影響の防止・軽減については、負の影響に対して検討すべき措置の種類のほか、取引停止、紛争等の影響を受ける地域からの「責任ある撤退」、構造的問題への対処といった最近企業が直面している課題について、その留意点とともに説明しています。
    • 取組の実効性の評価に関しては、実効性評価の方法・社内プロセスへの組み込み、その活用方法について説明しています。
    • 説明・情報開示に関しては、説明・開示する情報の内容及び方法について説明しています。
  • 本ガイドラインでは、各説明に具体的な事例を組み込んでいるほか、付属資料として、末尾に本ガイドラインのQ&A及び人権に関連する企業向けの海外法制の概要をまとめた資料「海外法制の概要8」も掲載されており、実務担当者の理解促進につながるようにすることが意識されています。
  • 今後、企業の実務担当者に対して、人権尊重の取組の内容をより具体的かつ実務的な形で示すための資料を、経済産業省が作成・公表することが示されています(本ガイドライン1.1)。

3.本ガイドラインの内容

(1)企業による人権尊重の取組の全体像(総論)

本ガイドラインは、対応する国連指導原則の参照条文を引用しながら、①人権方針の策定②人権DDの実施及び③自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済9が企業に求められる人権尊重の取組であると述べ(本ガイドライン2.1)、次いで各論について詳述しています。

本ガイドライン7ページから引用

(2)人権方針(各論)

  • 人権方針とは、人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)であり、企業は、下表の5つの要件を満たす人権方針を内外に表明すべきとしています(本ガイドライン3)。なお、人権方針という名称の単独の文書である必要はなく、実質的に要件を満たす文書でもよいが、人権方針に相当するものであることが対外的に明確な文書であることが望ましいとされています(本ガイドライン脚注41)。

企業のトップを含む経営陣で承認されていること

企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること

従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること

一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること

企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反映されていること

  • 人権方針の策定に当たっては、まず、自社が影響を与える可能性のある人権を把握する必要があるとされています。そうした検討に際しては、社内の各部門に加え、自社業界や調達する原料・調達国の事情等に精通したステークホルダー(例:労働組合・労働者代表、NGO、使用者団体、業界団体)との対話・協議を通じた、より実態を反映した人権方針の策定が期待されるとされています(本ガイドライン3.1)。
  • また、人権方針は、一旦策定・公表すれば十分というものではなく、企業内における定着や具体的な実践が求められており、そのためには、社内への周知、行動指針や調達指針等への人権方針の内容の反映、人権DDの結果等を踏まえた改定といった対応が有用であるとされています(本ガイドライン3.2)。

(3)人権DD

  • 人権DDとは、企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響の特定・防止・軽減、取組の実効性評価、対処についての説明・情報開示をしていくために実施する一連の行為であり(本ガイドライン2.1.2)、その留意事項が下記の通り示されています。
①負の影響の特定・評価
  • まず、リスクが重大な事業領域(人権への負の影響が生じる可能性が高く、リスクが重大であると考えられる事業領域)を特定することが求められ、その際に考慮する事項として、(i)セクターのリスク、(ii)製品・サービスのリスク、(iii)地域リスク及び(iv)企業固有のリスク10が掲げられています。
  • その上で、自社のビジネスの各工程において、誰がどのような人権について負の影響を受けるかを具体的に特定し、さらに、適切な対応方法を決定するために、負の影響と自社との関わりが下記のいずれに当たるかを評価します(本ガイドライン4.1.1)。
    • 自社が負の影響を引き起こしたか(cause)
    • 自社が負の影響を助長したか(contribute)
    • 負の影響が自社の事業・製品・サービスと直接関連しているか(directly linked)
  • 評価された負の影響の全てについて直ちに対処することが難しい場合には、対応の優先順位付けをします(本ガイドライン4.1.1)。
  • 負の影響の特定・評価に際しての留意事項として下記が掲げられています。
    • 定期的な評価に加えて、一定の場合には非定期の影響評価(例.新事業を行おうとする場合、事業における重要な決定・変更を行おうとする場合、事業環境の変化が発生し予見される場合)を実施すべきであること(本ガイドライン4.1.2.1)
    • 脆弱な立場にあり、深刻な負の影響を受けやすいステークホルダー(例.技能実習生等の外国人、女性、子ども、障害者、先住民族、民族的、種族的、宗教的又は言語少数者)については、特別な注意を払うこと(本ガイドライン4.1.2.2)
    • ステークホルダーとの対話、苦情処理メカニズムの利用、現地取引先の調査、書面調査等を通じて、負の影響の特定・評価の前提となる関連情報を収集すること(本ガイドライン4.1.2.3)
    • 武力紛争や犯罪集団による広範な暴力・深刻な危害等の影響を受ける地域においては、従業員等のステークホルダーが深刻な負の影響を受ける可能性が高いこと、通常どおり企業活動を行っても意図せず紛争等に加担してしまう可能性が高まること等を踏まえ、「強化された人権DD11」を実施すべきであること(本ガイドライン4.1.2.4)。強化された人権DDの一例としては、紛争等の影響を受ける地域の状況についての理解を深め、紛争等を助長する潜在的な要因等を特定することを通して、事業活動が人権への負の影響を与えないようにするだけでなく、当該地域における暴力を助長しないようにする取組が挙げられています。また、強化された人権DDを通じて、サプライヤー等の紛争等との関係の有無を理解することが極めて重要であるとされています(本ガイドライン脚注71)。
  • 負の影響への対応の優先順位付けを行うに当たっては、まず深刻度の高いものから対応することが求められ、深刻度は、人権の負の影響の(i)規模、(ii)範囲及び(iii)救済困難度の3つの基準を踏まえて判断されるものとされています。同等に深刻度の高い潜在的な負の影響が複数存在する場合には、まず蓋然性の高いものから対応することが合理的とされています(本ガイドライン4.1.3)。
②負の影響の防止・軽減
  • 特定・評価された負の影響の防止・軽減に関しては、下記のように、企業と当該影響の関わりに応じた対応が求められます。
自社が人権への負の影響を引き起こし (cause)又は助長している場合 (contribute)

負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止するとともに(例.有害物質を使用しないために製品設計を変更)、将来同様の負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を防止するとともに、事業上・契約上・法的理由により停止することが難しい場合は、停止に向けた工程表を作成し、段階的にその活動を停止することが期待されます(本ガイドライン4.2.1.1)

自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合 (directly linked)

負の影響を引き起こし又は助長している企業に対して影響力を行使するか、影響力がない場合には当該企業に対して影響力を確保・強化し、又は、支援を行うことにより、その負の影響を防止・軽減するように努めるべきであるとされています(本ガイドライン4.2.1.2)。

※なお、「助長」「直接関連」のいずれに該当するかの判断が困難な場合には、負の影響の防止・軽減の観点から、「助長」としてとらえることが望ましいとされています(付属Q&A No.13)。

  • 取引停止については、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性(例.取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる場合)を伴うとされています。したがって、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであり、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべき12であるとされています(本ガイドライン4.2.1.3)。

  • 事業活動を行う地域において国家等の統治者の関与の下で人権侵害が行われている場合には、その地域の拠点の事業活動が納税等を通じて国家等による人権侵害の資金源となる懸念が生じ得るものの、納税等と人権侵害との関連性の有無・強弱の判断は容易でないことから、直ちに人権侵害に関連したことにはならず、また、自社の事業停止・終了が求められるわけではないとされています。かかる状況下、強化された人権DDを実施し、関連性について慎重に判断することが企業に期待されています(本ガイドライン4.2.1.3)。

  • 自社の製品の生産過程等において国家等の関与の下で人権侵害が行われている疑義がある場合には、国家等の関与により関係者の協力が得られず、その実態を確認できない、あるいは、確認できたとしても国家等の介入があるゆえ企業の力では人権への負の影響を防止・軽減できない事態も想定され、かかる状況下では、取引停止を検討する必要があるとされています(本ガイドライン4.2.1.3)。

  • 紛争等の影響を受ける地域からの撤退については、新規参入等により撤退企業を代替する企業が登場せず、消費者が生活に必要な製品・サービスを入手できなくなることや、撤退企業から解雇された労働者の再就職が一層困難になることが考えられるため、強化された人権DDを実施の上、「責任ある撤退」について検討すべきとされています。また、紛争等が生じる可能性がある場合には、事前に撤退計画を検討しておくことが重要とされています(本ガイドライン4.2.2))。

  • 企業による制御可能な範囲を超える社会問題等により広範に見られる問題でありながら、企業の事業又はサプライチェーン内部における負の影響のリスクを増大させている構造的問題(例.児童労働のリスクを増大させる就学難・高い貧困率、マイノリティー集団に対する差別)については、企業はその解決に責任を負うものではないものの、個社での取組又は複数の業界での協働を通じた取組等によって、可能な限り、企業においても取組を進めることが期待されます(本ガイドライン4.2.3)。
③取組の実効性の評価
  • 企業においては、負の影響の特定・評価や防止・軽減の実効性について評価し、その結果に基づいて継続的な改善を進めることが求められます。かかる評価の方法については、自社従業員・サプライヤー等へのヒアリング・質問票、自社・サプライヤー等の工場等を含む現場への訪問、監査や第三者による調査等を通じて、自社又は企業内外のステークホルダーから情報を収集することが考えられ、また、かかる評価手続は、内部監査等の社内プロセスに組み込むこともできるとされています(本ガイドライン4.3)。

④説明・情報開示
  • 企業には、自身の人権への負の影響に取り組む上での人権DDに関する基本的な情報(特定した重大リスク領域、特定した負の影響・リスク、優先順位付けの基準、防止・軽減の対応、実効性評価)、負の影響への対処方法等について、説明・情報開示をすることが求められます(本ガイドライン4.4.1.1, 4.4.1.2)。

  • 説明・情報開示の方法としては、想定される受け手が入手しやすい方法、例えば、企業のホームページや各種の報告書(統合報告書、サステナビリティ報告書、CSR報告書、人権報告書等)での開示が考えられ、特に負の影響を受ける又は受けたステークホルダーへの情報提供についてはオンライン形式を含む面談等の実施が想定されています(本ガイドライン4.4.2)。なお、説明・情報開示の頻度としては、1年に1回以上が望ましいとされています(本ガイドライン4.4.2)。

(4)救済

救済に関しては、下記のように、企業と当該影響の関わりに応じ、負の影響を受けたステークホルダーの視点から適切な救済(例.謝罪、原状回復、金銭的又は非金銭的な補償のほか、再発防止プロセスの構築・表明、サプライヤー等に対する再発防止の要請)を行うことが求められます(本ガイドライン5)。

自社が人権への負の影響を引き起こし (cause)又は助長している場合 (contribute)

救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきとされています。

自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合 (directly linked)

負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきとされています。

  • また、企業においては、企業とそのステークホルダーに関わる苦情や紛争に取り組む一連の仕組みである苦情処理メカニズムを確立し、又は、業界団体等が設置する苦情処理メカニズムに参加することを通じて、人権尊重責任の重要な要素である救済を可能にすることが求められています。また、かかる苦情処理メカニズムは、国連指導原則に基づき、一定の要件(正当性、利用可能性、予測可能性、公平性、透明性、権利適合性、持続的な学習源、対話に基づくこと)を満たすことが必要とされています(本ガイドライン5.1)。苦情処理メカニズムの対象者は、自社の従業員等のみならず、自社によって負の影響を受け得るステークホルダーを対象とすべきとされています(付属Q&A No.14)。

  • 国家による救済の仕組み(裁判所による裁判、厚生労働省の個別労働紛争解決制度、OECD多国籍企業行動指針に基づいて外務省・厚生労働省・経済産業省が構成する連絡窓口(National Contact Point)、法務局における人権相談・調査救済手続、外国人技能実習機構における母国語相談等)も挙げられているものの(本ガイドライン5.2)、これらの仕組みが存在する場合であっても、企業としては苦情処理メカニズムを利用できるようにすることが求められます(付属Q&A No.15)。

4.終わりに

本ガイドラインは、企業の規模、業種等にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業に対して人権尊重への具体的な取組を示すものです。日本企業としては、各国の人権に関する法規制の最新動向も含めて国際的なスタンダードを理解した上で、自社・グループ会社・直接の取引先のみならず幅広くステークホルダーを巻き込みながら、人権方針、人権DD及び救済メカニズムを整備・実施する必要があります。また、これらの対応は一旦実施すれば十分というものでなく、既に対応済の企業においても、規制や事業環境に係る最新動向を踏まえて継続的に見直し、実践していくことが不可欠であり、また、一連の取組を社内プロセスに落とし込んでいくことが求められます。このように広範かつ継続的な人権尊重への取組が求められる日本企業にとって、本ガイドラインと、経済産業省が作成・公表する予定の具体的・実務的な資料は、最初に参照すべき道標であり、十分に理解し、実践していく必要があります。

1  https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html

2 意見募集の結果、原案に対して131の団体・事業者・個人から意見が提出され、それらの一部は、本ガイドラインに反映されています(https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-b.pdf)。

3 「人権」とは、国際的に認められた人権をいいます。国際的に認められた人権には、少なくとも、国際人権章典で表明されたもの及び「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則が含まれます(例.強制労働や児童労働に服さない自由、結社の自由、団体交渉権、雇用及び職業における差別を受けない自由、居住移転の自由、人種、障害の有無、宗教、社会的出身、ジェンダーによる差別を受けない自由)(本ガイドライン2.1.2.1)。

4  「サプライチェーン」とは、自社の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確保等に関係する「上流」と自社の製品・サービスの販売・消費等に関係する「下流」を意味するものとされています(本ガイドライン1.3)。

5 経営リスクの例として、人権侵害を理由とした製品・サービスの不買運動、投資先としての評価の降格、投資候補先からの除外・投資引き揚げの検討対象化が挙げられています。

6 「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)を指すものとされ、その例として、取引先、自社・グループ会社及び取引先従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等が挙げられています(本ガイドライン2.1.2.3)。

企業が、契約上の立場を利用して、取引先に対して一方的に過大な負担を負わせる形で人権尊重の取組を要求する場合には、下請法や独占禁止法に抵触する可能性がある点が指摘されています(本ガイドライン2.2.5、付属Q&A No.4)。

8 例えば、人権DDの実施等を一定の企業に義務付けるフランス、ドイツ等の法律、EUが2022年2月に公表したコーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令案、米国の1930年関税法第307条やウイグル強制労働防止法等の概要が記載されています。

9 「救済」とは、人権への負の影響から生じた損害を軽減・回復すること及びそのためのプロセスを指すものとされています(本ガイドライン2.1.3)。

10 各種のリスクを考慮するにあたっての参考資料として、OECDやILO等国際機関の主な資料が掲載されています。

11 いわゆるHeightened Human Rights Due Diligenceであり、その関連資料として、本ガイドライン脚注71においては、①人権及び多国籍企業並びにその他の企業の問題に関する作業部会のレポート "Business, human rights and conflict-affected regions: towards heightened action” ( https://www.ohchr.org/en/documents/thematic-reports/report-business-human-right-and-conflict-affected-regions-towards )と②国連開発計画の“Heightened Human Rights Due Diligence for Business in Conflict-Affected Contexts: A Guide” ( https://www.undp.org/publications/heightened-human-rights-due-diligence-business-conflict-affected-contexts-guide )が挙げられている。

12 例えば、負の影響の防止や軽減の試みが何度も失敗した場合等が挙げられています(本ガイドライン脚注77)。

主要メンバー

北村 導人

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

日比 慎

ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

小林 裕輔

ディレクター, PwC弁護士法人

蓮輪 真紀子

蓮輪 真紀子

PwC弁護士法人