欧州委員会による強制労働により生産された製品の取扱禁止に関する規則案

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2022年10月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめさまざまなステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、以下のトピックを紹介します。

欧州委員会による強制労働により生産された製品のEU域内での取扱いの禁止に関する規則案の公表

1.はじめに

欧州委員会は、2022年9月14日、強制労働により生産された製品のEU域内での取扱いの禁止に関する規則案(Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on prohibiting products made with forced labour on the Union market1)(以下「本規則案」といいます。)を公表しました。

本規則案に基づく規則が制定された場合には、EU域内を対象として事業活動を行う日本企業は、規則の適用対象となる事業者として、当局から一定の報告が求められたり、調査・命令等の対象となり得たりするものです。また、直接EU域内を対象として事業活動を行わない日本企業にとっても、EU域内に流通が想定される製品やその原材料・部品(本規則案は、後述のとおり、その製造地や事業の分野等を問わず、広く適用され得ます。)に関して、サプライチェーン管理の在り方やサプライチェーンの再構築につき検討の契機となり得る可能性のある規制案であるといえます。具体的なアクションとしては、例えば、サプライチェーンに関するポリシーの策定・見直し、違反を防止するためのデュー・ディリジェンスの実施、当局からの求めに応じた情報提供のための体制の整備等が想定されるところです。本規則案は、日本企業としてもその内容を理解し、及び今後の動向を注視する必要性が高いものであると考えられます。

2.本規則案の内容

(1)事業者に対する強制労働により生産された製品に係る取扱いの禁止

本規則案で禁止の対象とされる行為は、以下のとおり規定されています(本規則案3条)。

事業者(economic operators)は、強制労働により生産された製品(products that are made with forced labour)を、EU市場において上市し若しくは利用可能(place or make available on the Union market products)とし、又は輸出してはならない。

上記の①禁止の対象となる主体、②物及び③行為について、それぞれの内容は以下のとおりです。

① 禁止の対象となる主体

上記禁止の対象となる主体は、「事業者(economic operator)」であり、具体的には、EU市場に製品を上市し若しくは利用可能とし、又は輸出する自然人、法人又は組織をいうとされています(本規則案2条(h))。
上記の禁止の対象となる「事業者」については、売上や従業員数等の規模の要件は設けられておらず、あらゆる「事業者」がその禁止の対象とされています。

② 禁止の対象となる物

上記禁止の対象となる物は、強制労働により生産された製品(products that are made with forced labour)とされています。
まず、「強制労働(forced labour)」とは、国際労働機関(International Labour Organization, ILO)の1930年の強制労働条約(第29号)2条に規定される強制的又は義務的労働2を指し、児童の強制労働を含むとされています(本規則案2条(a))。
その上で、強制労働により生産された製品(products that are made with forced labour)とは、当該製品の採取、収穫、生産又は製造のいずれかの段階(サプライチェーンのいずれかの段階における当該製品に関する作業若しくは加工を含む)において、強制労働が全部又は一部利用された製品をいうとされています(本規則案2条(g))。
本規則案においては、禁止の対象となる製品について、その種類や生産等が行われた国による限定はされていません。その趣旨については、強制労働により生産された製品の販売等をEU域内において効果的に禁止するべく、特定の国、企業や産業分野を対象とするのではなく、その出自にかかわらず規制を課すものであると説明されています3。ハイリスクの分野への対応については、別途、本規則案で規定されているデータベース(本規則案11条)の活用等により行われることになると考えられます。

③ 禁止の対象となる行為

事業者は、強制労働により生産された製品をEU市場に上市し若しくは利用可能とし、又は輸出することが禁止されます。すなわち、以下の3つの行為が禁止されます。

  • EU市場に上市すること(placing on the market)―EU市場において最初に製品を利用可能とすることと定義されています(本規則案2条(e))。
  • EU市場で利用可能にすること(making available on the market)―概要、商業活動の過程で、ある製品を、EU市場において流通し、消費し又は使用するために製品を供給することをいうとされています。これに該当するか否かにおいては、無償であるか有償であるかを問わないものとされています。また、オンラインでの販売その他の方法による隔地者での販売の場合にはEU域内の顧客に対してオファーが行われた場合(the offer for sale is targeted at users in the Union)には、EU市場で利用可能にしたものとみなされます(本規則案2条(d))。
  • 輸出すること(export)

(2)当局による調査・決定等の権限

上記(1)の禁止の実行に当たって、当局に調査及び一定の決定等を行う権限が与えられます。その権限の主要なものとしては、予備的な調査を行う権限(本規則案4条)、調査を行う権限(本規則案5条)及び違反が認定された場合に一定の決定を行う権限(本規則案6条)が挙げられます。なお、ここでいう当局(competent authority)は、各EU加盟国が指定するものとされてます(本規則案12条)。

① 当局による予備的な調査(preliminary phase of investigation)及び調査(investigation)

当局は、上記(1)の禁止行為への違反(すなわち、本規則案3条への違反)について、リスク・ベース・アプローチに基づき、違反に関する情報提供、強制労働に関する一定のリスク指標やデータ・ベースなどの情報を基に評価を行うこととされています(本規則案4条1項)。当局は、事業者に対する「調査」(investigation)を開始するに先立ち、事業者に対して、強制労働に関するリスクの特定、防止及び軽減等に際しての対応の状況等(強制労働に関するデュー・ディリジェンスの状況)を報告させるものとされています(同条3項)。事業者から提供を受けた情報を基に、当局は、予備的な調査の結果として、禁止行為への違反の実質的な懸念(substantiated concern of violation)があるかを判断します(本規則案4条5項)。ここでいう違反の実施的な懸念とは、製品が強制労働によって生産された可能性が相当程度あると当局が疑うに足りる、客観的且つ検証可能な情報に基づく十分な根拠と定義されています(本規則案2条(n))。
かかる予備的な調査の結果、違反の実質的な懸念があるとされた場合には、当局は、事業者に対する調査を実施し、必要な資料等の提供を求めることとされています。
事業者としては、このような予備的な調査及び調査における当局からの情報提供の要求に対応できる体制を整えることが求められるものと考えられます。

② 当局による決定

上記①の調査の結果、禁止行為への違反が当局により認定された場合、当局は、遅滞なく、以下の事項を含む決定を行い(本規則案6条4項)、事業者が、当該決定に違反する場合には、これを遵守させるようにしなければならないとされています(同条5項)。

(a) 対象となる製品のEU市場に上市すること及び利用可能とすること、並びに輸出することの禁止
(b) 調査の対象とされた事業者に対して、上市され、又は利用可能とされた製品をEU市場から回収することの命令(但し、EU市場のエンド・ユーザーが保有するに至った製品の回収については、本規則案の対象ではないとされています。本規則案1条2項)
(c) 調査の対象とされた事業者に対して、各製品を、EU法と整合する法令に従って廃棄することについての命令

かかる決定に違反した場合の罰則については、各EU加盟国が定めるものとされています(本規則案30条1項)。

また、EU市場から輸出され、又はEU市場に輸入される製品との関係では、当局による上記の決定が各加盟国の税関当局に通知され(本規則案15条)、税関当局は、通知された決定の対象となる製品を認識した場合には、差止めの措置をとるものとされています(本規則案17条)

3.今後のスケジュール

本規則案は、今後、欧州議会及び欧州委員会で議論され、承認のプロセスに進むことになります。これらの承認を経た後、Official Journal of the European Union での公告により発効した後、24か月を経て適用が開始されることになります(本規則案31条)。

また、欧州委員会は、本規則案の発効後、18か月以内に、強制労働に関するデュー・ディリジェンスに係るガイダンス4、強制労働に関するリスク指標に関する情報、本規則案の実施に関する公開情報のリスト等に関するガイドラインを公表するものとされており、今後の対応に当たっては、これらの動向についても注視が必要です。

1 https://single-market-economy.ec.europa.eu/document/785da6ff-abe3-43f7-a693-1185c96e930e_en

2 当該条約において、「強制労働」とは、ある者が、処罰の脅威の下に強要され、且つ、その者が自ら任意に申し出たものでない一切の労務をいうと定義された上で、一定の労務が除外されています。

3 本規則案前文(16)、欧州委員会「Questions and Answers: Prohibition of products made by forced labour in the Union Market」(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_22_5416)。

なお、当該ガイダンスは、2021年7月に欧州委員会及び欧州対外行動局から公表された「EU事業者が事業とサプライチェーンにおける強制労働のリスクに対処するためのデュー・ディリジェンスに関するガイダンス」(https://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2021/july/tradoc_159709.pdf)を基礎として策定されるべきものであるとされています(本規則案前文(33))。

主要メンバー

北村 導人

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

日比 慎

ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

小林 裕輔

ディレクター, PwC弁護士法人

蓮輪 真紀子

蓮輪 真紀子

PwC弁護士法人