デジタル経済課税 ―BEPS包摂的枠組における大枠合意

はじめに

高度デジタル化の進展により、企業は各国・地域に物理的拠点がなくても国際的経済活動を機動的かつ大量に行うことが可能となります。それに伴い、これらの活動から生じる収益に対する課税関係は従来の考えでは捉えきれず、多国籍企業の利得を各国・地域間で再配分することとなり得る新たな制度の構築が求められてきました。ただ、それは、各国・地域の税収への影響を伴う政策的課題となり得るものであり、経済状況の異なる各国・地域は、制度の在り方いかんによって利害関係が大きく異なる可能性があります。また、新たな課税ルールの構築によって、各地で二重課税の問題が生じる可能性もありますので、何よりも、グローバルでの各国・地域間合意が求められています。

なお、本稿は、『PwC's View』第25号*1に掲載した「デジタル経済課税について―二つの柱に係る公開協議文書とOECD/G20の包摂的枠組での大枠合意」の続編です。


1. 経緯

OECD/G20 BEPS(税源浸食利益移転)包摂的枠組は、BEPS行動1最終報告書(2015年)においてデジタル経済課税に係る結論を2020年までに得ることとされていたのを受けて、この困難な課題についてこれまで精力的に検討を続け、2019年10月にはネクサス(課税根拠としての当該国・地域との結び付き)および利得配分に係る第1の柱に係る公開協議文書、また同年11月にはグローバル税源浸食への対応としてのミニマム税に係る第2の柱に係る公開協議文書をそれぞれ公表しました。

また、2020年1月31日には、今や約140カ国・地域の集まりとなった包摂的枠組の会合開催(1月29・30日)を受けて、“経済のデジタル化から生じる税務上の諸課題への対処に係る二つの柱についてのOECD/G20 BEPS包摂的枠組の声明”と題する大枠合意の内容についての声明文ならびに付属文書が公表されました。付属文書には、“第1の柱に係る統合的アプローチの構造の概要”ならびに“第2の柱に係る進捗状況覚書”という文書が含まれています。

2. 経済のデジタル化から生じる税務上の諸課題への対処に係る二つの柱についてのOECD/G20 BEPS包摂的枠組の声明*2

この声明文では、まずコンセンサスベース解決策に係る合意を2020年末までに得ることに包摂的枠組の参加国・地域がコミットすることが確認されました。また、重要な政策的差異を解決すべきであることにも留意することとされ、米国財務長官からOECDグリア事務総長宛ての書簡(2019年12月3日付)で、第1の柱(利得配分およびネクサス)をセーフハーバー(納税者の選択)として実施するとの提案がなされていることについても留意するとされています。ただ、多くの包摂的枠組参加国・地域がこのセーフハーバーの考えに対する懸念を表明していることへの言及とともに、本件の解決がコンセンサス合意を得るのに極めて重要であることにも留意がなされています。この他にも、参加国・地域間で意見の大きく異なる諸課題があることも認識され、また、いくつかの国・地域でデジタルサービス税(DST)の採用が続いていることに対する懸念も表明されたとしています。

第2の柱(ミニマム税)については、技術的設計についての大きな進捗があったことを歓迎しつつ、更なる作業が必要であることにも留意されています。

本年末までにコンセンサスベース解決策を得るために重要なステップとされるのが、次回7月初めの包摂的枠組会合です。ここでは、政策的合意の基礎となる解決策の主要側面に係る合意の形成が予定されています。

*2 “Statement by the OECD/G20 Inclusive Framework on BEPS on the Two-Pillar Approach to Address the Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy”(2020年1月31日)

3. 付属資料1:第1の柱に係る統合的アプローチの構造の概要*3

この文書には、2020年年央までに合意予定のコンセンサスベース解決策の交渉に係る基礎として使用される第1の柱に係る構造の概要が記されています。具体的には、定式アプローチを用いて市場国・地域に配分される残余利益の割合である利益A、一定の基本的販売・マーケティング機能に係る独立企業原則(ALP)に基づく固定対価である利益B、利益Bにおける基本的機能を超える機能に係る追加的利得をカバーする利益Cについて、実務面への影響を踏まえた検討がなされています。

新たな課税権(利益A)

対象範囲

新たな課税権の付与となる利益Aは、物理的プレゼンスの有無に関わらず、持続的かつ多大の(in a sustained and significant manner)事業が行われる状況に対処するものとされ、その対象は大別して二つの類型の事業とされています。

一つの類型は、大規模およびグローバルな顧客・ユーザーベースに自動化かつ標準化されたデジタルサービス (automated and standardized digital services)を提供する事業に関するものです。これらの事業は、一般的に、強力な顧客/ユーザーネットワーク効果の利用から便益を得、ユーザーおよび顧客との相互作用(interaction)からかなりの価値を生み出します。この“自動化されたデジタルサービス”に含まれるビジネスモデルには、オンライン・サーチエンジン、ソーシャルメディア・プラットフォーム、オンライン仲介プラットフォーム(オンラインマーケットプレイスを含む)、デジタル・コンテンツ・ストリーミング、オンラインゲーム、クラウド・コンピューティング・サービス、オンライン広告サービス、があります。法務・会計・建築・エンジニアリング・コンサルティング等の専門的サービスのような、顧客オンラインでサービスが提供されるものの、人の介在・判断の程度が大きいようなビジネスとの区別については、さらなる作業が求められます。

もう一つの類型は、直接的・間接的な消費者への商品やサービスの販売から収益を生じるその他のビジネス(すなわち、消費者向ビジネス(consumer facing businesses)に関係します。これには、旧来型ビジネスも含まれますが、これら事業でも、個人顧客とのいっそうの持続的関係の構築等、顧客ベースとのより大きな相互作用や関与について、デジタル技術がますます利用されています。この“消費者向ビジネス”は、通常、消費者(個人的な利用のためにモノ(items)を購入する個人)に販売されるような商品やサービスの販売から収益を生じるビジネスを対象とします。若干の組み立て・包装等の決まりきった作業を行う第三者の再販売業者または仲介者を通じて間接的に消費者製品を販売するビジネスも対象となります。消費者に販売される最終製品に組み込まれる中間製品・部品を販売するビジネスは対象外となるとみられますが、中間製品・部品がブランド品で、消費者が個人的利用のために通常購入するものは対象になる可能性があります。フランチャイズモデル等のビジネスも対象となります。消費者向ビジネスの定義には、パーソナルコンピュータ製品(ソフトウェア、ホームアプライアンス、携帯電話等)、衣類・洗面用品・化粧品・ぜいたく品等、商標付飲食料品、レストラン・ホテル分野を含む使用許諾取極等のフランチャイズモデル、自動車、等が含まれます。

なお、天然資源や一次産品(コモディティ)、農林業産品、ほとんどの金融サービス分野(保険業を含む)は、この制度の対象外とすべきと考えられています。また、国際運輸船舶・航空機の運用によって取得する利得についてもこの対象に含めるべきではないと考えられます。

閾値

コンプライアンスおよび執行上の負担への対応から、いくつかの閾値が設けられます。一定の総収益(例えば、総収益が7億5千万ユーロ超)、対象となる事業に係る総収益、新たな課税権の下で配分される総利得に係る一定のデミニマス額等、が考えられています。

ネクサス

対象となる多国籍企業に係る新たなネクサスルールは、市場国・地域との“重要かつ持続的な関与”の指標に基づいて創出されます。このルールは、独立したルールとして取り入れられ、対象となる自動化・デジタル化されたビジネスについては、収益閾値は、そのままネクサスを生じる(すなわち課税権を生じる)ためのテストとなります。その他の対象活動(有形商品の販売等)については、多国籍企業が、市場との持続的な相互作用なく、市場国・地域に消費者商品を販売しているだけであれば、当該国・地域での重要かつ持続的な関与には達せず、新たなネクサスを生じないとみられます。

また、今後の作業では、市場国・地域での収益の源泉となるルールとして、一定のデジタル取引をカバーするソースルールを策定することがとりわけ重要で、例えば、オンライン広告サービスからの収益はユーザーの所在地での源泉(すなわち課税地)とし、その他の対象デジタルサービスからの収益は消費地での源泉とする、などがあります。製品が仲介者に販売される場合の収益の源泉地を特定することも求められます。

課税ベース

利益Aの計算は、連結グループ財務諸表に基づきますが、異なる会計基準で作成された財務諸表を連結することから、とりわけ時間的差異に係る調整が求められます。また、異なる利益指標が使われている中では、税前利益(profit before tax:PBT)が、最も好ましい利益Aの計算方法であるとされています。なお、これらのルールは損失にも適用され、損失の繰越ルールも適用されます。

多国籍企業グループにおける対象外収益が多大である場合、利益Aの配分に係る対象ビジネスのセグメントだけを捉えるためにセグメント別計算が求められます。また、異なる国・地域の間でも利益率が大きく変わる場合には、国・地域別および/またはビジネスライン別セグメンテーションが求められる可能性があります。

配分

利益Aは、一定の利益率を超える残余利益について定式(ネクサスを生じさせる類型に係る販売額)に基づいて関係国・地域に配分されます。この場合、対象となる事業活動間での異なるデジタル度に係るウエイト付け(デジタル度要素(“digital differentiation”)も考えられます。また、今後の交渉では、大小市場経済の利害関係も考慮した利益率レベル、また、異なるビジネスに応じた異なる市場配分割合、についても検討されます。

二重課税の除去および各利益間の相互作用

利益Aの計算は多国籍企業グループ(またはビジネスライン)全体に適用されますので、現行の二重課税除去のメカニズムを利益Aから生じる二重課税除去に適用するのは簡単ではなく、対応的調整アプローチを全ての事案に使用することは、可能ではありません。

既存の税額控除方式または免除方式によって引き続き効果的に二重課税除去ができそうですが、どこの国・地域が二重課税除去の責務を負うかを決定しなければなりません。

利益A、B、Cの間の相互作用について、利益AとCの間には二重計上の可能性があり、関係国・地域におけるマーケティング無形資産、ALPでの比較可能性分析、等の検討が必要となります。更に、グループ内の特定企業に移転価格調整があった場合の利益AとCの相互作用等も今後の検討課題です。

一定の基本的な販売・マーケティング活動に係る固定利益(利益B)

利益Bは、再販売のために関連者から製品を購入し、基本的なマーケティング・販売活動(“baseline marketing and distribution activities”)と定義される活動を行う販売業者に係る報酬の標準化を狙いとするもので、ALPに基づく固定対価について、適切な利益水準指標の検討がなされます。ただ、異なる機能レベルおよび産業・地域間での取り扱いの差別化についての検討作業が求められます。

なお、利益Bと利益Cとは、基本的活動(baselines activities)の明確な定義によって区別され、基本的販売活動の定義には、一般には、ルーティンレベルの機能・無形資産の不保持・無リスクないし限定的リスクを伴う販売取り極めが含まれるとみられます。

税の安定性:紛争予防・解決

税の安定性は、統合的アプローチの必須要素であり、第1の柱の基本的部分です。

この新たなアプローチにおける利益Aを巡る二国間の紛争は、多数の国・地域の課税に影響し得るため、多国間相互協議が求められますが、それへの対応としては、まず、明確で、執行可能で、拘束力ある、早期の紛争予防プロセスが求められます。例えば、代表者パネル(representative panels)の設置による革新的アプローチを開発することが合意されています。また、このような紛争予防措置で対応され得ない事案には、適切な義務的拘束力ある紛争解決措置が開発されますが、これにはコンセンサスが求められます。

利益Bに係る紛争についても、新たな紛争解決の適用範囲についての合意が重要ですが、義務的拘束力ある仲裁には、国内法上の障害のある国・地域があり、別途の検討が必要となる可能性があります。

実施および執行

この新たなアプローチの実施には、新たな多国間条約が考えられています。また、新たな課税権の実施および市場国・地域への追加的利得の配分には、新たな紛争予防・解決ルールの受け入れも条件となります。

新たな課税権には、コンプライアンスおよび実施に係る新たな多くの要件が伴いますので、段階的に要件を導入すること、移行ルールによる当初期間はコンプライアンス要件に簡易なアプローチを採用することが適当な可能性もあります。

なお、コンセンサスベース解決策には、包摂的枠組参加国・地域が、DST等の一国主義的措置を撤回し、今後も採らないことにコミットすることが含まれるとみられます。

また、上記の声明で言及されているセーフハーバー提案を踏まえて、第1の柱の実施に係る代替的アプローチが検討され、グローバルセーフハーバー制度の重要な設計上の選択肢についての検討のための作業計画が設定されます。

付属資料A:第1の柱の諸問題に係るコンセンサスベース解決策策定のためのワークプログラム*4

第1の柱で解決すべき技術的・政策的諸問題としては、利益Aについての対象範囲、ネクサスルールと条約事項、課税ベース、収入源泉等、また、利益A・B・Cの相互作用および二重計算リスクの可能性、利益Bの特性、利益Aおよび利益B・Cそれぞれに係る紛争予防・解決、等が挙げられます。

この修正ワークプログラムでは、本年7月までに第1の柱のコンセンサスベース解決策に係る主要な政策的特性についての合意を得るとともに、2020年末までに技術的詳細を踏まえた最終報告書を作成することとし、そのための作業を継続することとしています。

付属資料B:利益Aで影響を受ける多国籍企業グループ*5

利益Aの対象となる企業は、次の諸テストを順に適用することで判定されます。すなわち、(1)売上高テスト(一定ユーロ売上高超)⇒(2)活動テスト(自動化されたデジタルサービスおよび消費者向け活動)⇒(3)対象収入額のデミニマステスト(対象活動が一定ユーロ収入額超)⇒(4)ビジネスライン利益率テスト(利益率が一定パーセント超のビジネスライン収入額)⇒(5)合計残余利益のデミニマステスト(一定ユーロ額超の合計みなし残余利益)⇒(6)各市場国・地域のネクサステスト(一定の地元収入額等を満たす市場国・地域)の各テストです。


*3 “Annex 1. Outline of the Architecture of a Unified Approach on Pillar One”

*4 “Annex A. Programme of Work to Develop a Consensus-Based Solution to Pillar One Issues”

*5 “Annex B. MNE Groups Impacted by Amount A”


4. 付属資料2:第2の柱に係る進捗状況覚書*6

経済のデジタル化・グローバル化に伴うBEPS行為が依然として存在することへの対応として採られている第2の柱(GloBE提案)についても、具体的な制度設計の選択肢に係る4つのルールについての検討が続けられています。

所得がミニマム実効税率未満の課税となっている場合に、(1)株主側での比例割合での課税を求める所得合算ルール(income inclusion rule)、(2)PE帰属利得等について居住地国での免除方式から税額控除方式への移行を行うスイッチオーバールール(switch-over rule)、(3)その支払いに係る控除否認・源泉ベース課税をする軽(過少)課税支払ルール(undertaxed payments rule)、(4)条約上の恩典を与えないとする租税条約の特典否認ルール(課税対象ルール:subject to tax rule)について検討が続けられています。なお、ミニマム税率(固定税率)については未だ具体案は提示されていませんが、会計上の一時差異や永久差異への対応、低税率と高税率の混合(ブレンディング)の問題についての技術的検討が継続してなされています。

また、国際的責務(無差別取り扱い等)との間での調和・適合性、閾値(国・地域別報告で使用されている7億5千万ユーロ等)、適用除外についての検討も継続しています。


*6 “Annex 2. Progress Note on Pillar Two”

5. 経済分析・影響調査*7

2020年2月13日に、OECDは第1・第2の柱に係る経済分析・影響調査の概要を公表しました。調査は、200超の国・地域、2万7千超の多国籍企業グループをカバーしており、財務諸表、国・地域別報告、外国直接投資等の諸データを結合して分析されたものです。高・中・低所得国・地域グループ別(世界銀行(世銀)による分類)および投資ハブ国(外国対内投資がGDPの150%超)についての分析結果であり、各国・地域別の分析結果は公表されていません。

この調査によると、一定の仮定の下で、第1・第2の柱を合わせたところでの影響は、グローバルでの法人税収が4%の増加、毎年1千億米ドルの増加とみられており、一般的に、第2の柱の歳入への影響が第1の柱より大きくなっています。また、低所得国は比較的第1の柱からの税収が大きく、高所得国は比較的第2の柱からの税収増が大きくなっています。第1の柱によって市場国に利得の再配分が行われ、ほとんどの国・地域にとってはこれによる税収増は小さいですが、一方で投資ハブ国はある程度の税収減になるとみられます。また、この新たなルールは、高利益率および低実効税率の企業をターゲットとしていますので、ほとんどの国・地域にとって、全体的な投資への直接的影響は小さく、投資地決定に係る法人税の影響は軽減されるとみられます。


*7 “Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy-Update on the Economic Analysis & Impact Assessment, Webcast”(2020年2月13日)

6. まとめ

BEPS包摂的枠組は、デジタル経済の進展という時代の変化に即した税制を予定通り2020年中に確立すべく、精力的に検討を続けており、今次包摂的枠組会合でその大枠合意がなされましたが、この問題の重要性・困難性に加えて、利害関係の複雑な多数の参加国・地域を含む幅広いコンセンサスを形成するには、未だ多くの課題が残されています。とりわけ新たなセーフハーバー・アプローチ等に係る主要な政策的合意の基礎をなす解決策の検討については、これからどのように進展するのか、技術的諸課題の検討の動向あるいは数カ国における独自のデジタルサービス税導入の動き等とともに、大いに注目されるところです。

この検討結果による新たな制度がグローバルの枠組で合意されることになれば、それは今後における移転価格税制をはじめとする各国・地域での利益配分ルールの在り方、さらには今後の国際課税ルールの基本的な在り方にも大きな影響を及ぼすことになるとみられます。

執筆者

高野 公人

パートナー, PwC税理士法人

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岡田 至康

顧問, PwC税理士法人

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