2020年に入り、2030年まで文字通りあと10年を残すのみとなりました。
年次の経済財政報告「今、Society5.0の経済へ」が公表されたのが2018年でしたので、あれから2年。SDGs(Sustainable Development Goals:以下、「SDGs」。)が国連で採択されたのが2015年秋でしたので、それから5年。今年は5Gサービスも開始され、文字通りSociety5.0が世界的に加速するとともに、1月に開催された世界経済フォーラム(ダボス会議)でも議論されたとおり、地球規模でのサステナビリティの確保が「いまここにある危機」になっています。デジタルとサステナビリティの2つの大きな課題が私たちの目の前にあります。私たちは、この課題にどのように向き合い、克服し、これをチャンスに変えていけばよいのでしょうか。また、企業経営者は、課題克服の道のりや、自社の持続的な価値創造をどのように開示し、対話をしていけばよいのでしょうか。
本稿では、地球規模で同時多発的かつ加速度的に進行している「ガバナンス・イノベーション」と「デジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」。)」そして、「SDGs」にフォーカスして、その実務的な取り組みのポイントを考察します。
なお、本稿の意見にわたる部分は筆者たちの私見であり、PwCあらた有限責任監査法人または所属部門の正式見解でないことをあらかじめお断りします。
まず初めに、2020年代の10年間でどのような変化が加速していくのかについて、俯瞰したいと思います。デジタル技術が急速に進化する中で、社会の在り方そのものが大きく変わろうとしています。大胆に表現すれば、産業革命以降の資本市場、特に戦後の日本経済においては、従来は、政府があらゆる情報を把握・管理し、社会全体のことを考えた上で競争ルールを設定し、民間の大企業がそれに従う、というゲームルールで産業構造が成り立ってきました。しかし、デジタルの世界とアナログの世界が同時に変化していくSociety5.0のいま、その産業構造や社会の参加者の役割分担、ゲームルールが大きく変わろうとしています。
IoT(Internet of Things)、人工知能(Artificial Intelligence:以下、「AI」。)などデジタル技術やビッグデータの利活用が社会の在り方や、その参加者の役割に急速な変化を促す中で、私たちは「イノベーションの促進」と「社会的価値の実現」とをいかに両立し続けることができるのでしょうか。こうした課題意識の下、Society5.0にふさわしい「新たなガバナンスモデルとは何か」について、経済産業省では「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」を設置して検討を重ね、2019年12月末に、その議論の要旨が「GOVERNANCE INNOVATION:Society5.0の時代における法とアーキテクチャのリ・デザイン」報告書(案)として公表されました※1。
この報告書では、国家観の変化やその参加者の役割の変化について、図表1のように整理しています。
具体的には、政府、企業、コミュニティ・個人という3つの代表的な社会の参加者を設定した上で、その役割期待が次のように変化すると分析しています。
政府:ルールの設計者からインセンティブの設計者へ
企業:被規制者からルールの共同設計・施行者へ
コミュニティ・個人:消極的受益者から積極的評価者へ
デジタル技術を活用したイノベーションを促進しつつ、社会的価値を同時に実現していくためには、企業が新しく生み出したまっさらでイノベーティブなビジネスモデルについて、その利用者が安心してその新しいサービスや商品を利用することができるように、きちんと企業が説明と対話を行うことが今まで以上に重要です。Society5.0では、新しいサービスや商品について、利用者や他のステークホルダーが不安に思うことがあれば、いかに早くそれを傾聴し、対話を続けながら、高速でPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回すことができるかどうかが、成否を分けることになります。換言すれば、自社のサービスや商品、ひいてはそれを生み出し維持・拡大していく経営の姿勢やカルチャーについて、ステークホルダーが不安に思うことは何かをいち早く察知した上で、どこが信頼できないのか、どこにトラストが足りていないのか、を見極め、積極的かつ迅速にそのトラストを補強することが重要になります。
既存のルールにのっとるないしは、そうでなければ説明をするという、いわゆる、コンプライ・オア・エクスプレインの姿勢だけでは、新しいイノベーションをいち早く世に問い定着させることは必ずしもできないかもしれません。新しいイノベーションが既存のルールでもはや対応できないのであれば、積極的に新しいルールや標準・原則等の策定に参加し世の中に提言・提起していくことも含めて説明していくという、いわば、コンプライ・アンド・エクスプレインの姿勢が、これからの開示と対話の基礎になると考えられます。
こうした変化を先取りしていくためには、企業内の人的ネットワークはもとより、企業の境界や業界の垣根を越えた人的ネットワーク、同志のつながりが非常に大きな役割を果たします。自社が満を持して世に送り出した新しいサービス・商品の、どこに信頼が足りないのか?を指摘してくれる同志、さらには、その信頼の足りないところを補うことに力を貸してくれる同志も、ともに大切です。その意味で、組織・企業における「個人とコミュニティ」の役割を、再度見直し活用していくことが重要になります。その意味で、経営者としては、知的資本としての「Know How」を大切にすることも大切ですが、それと同時に、自社メンバーの「Know Who」という人的資本、社会関係資本を再発見・発掘していくことが有意義です。ここで、Know Whoには、「誰を知っているか?」という意味だけでなく、「誰に知られているか?」という意味も含まれており、副業の在り方を含めて、いわゆる「働き方改革」の真の意味と成果とがまさに競争優位の源泉の1つとして位置付けられる時代になってきたと考えられます。総じて、社会の他のステークホルダーとの関係において、企業の境界線を越えて顧客や取引先、そこに集う個人やコミュニティとともに、一緒に価値を協創していくことが成功のカギの1つを握るようになります。
ガバナンス・イノベーションを後押しし、Society5.0の中の主要プレーヤーであり続ける上で、自社のDXを加速することは不可欠ですが、日本の企業経営者が直面する課題が、いわゆる「2025年の崖」です。この言葉は、2018年9月に経済産業省「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」を発表して以来、さまざまな局面で語られているためここでその詳細は触れませんが、昨年には、その処方箋の道しるべとなる「DX推進指標」も策定・公表されています。
一般的に何らかの「指標」が公開されると、できるだけ高い点数を稼ぎたくなるのが人情ではありますが、ことDXに関して言えば、そのような「見た目の点数の良さ」(形式)だけでは必ずしも十分ではありません。
目下、DX指標の定着と併せて、デジタルガバナンス・コードの検討や、DX格付の検討も進んでいますが、ポイントになるのは、そのDXの成功を成し遂げる経営者の本気度です。DXはロングジャーニーではありますが、最初の1歩を確実に動きださないと、笛吹けど踊らずでは何も変わりません。DXの成功がもたらす戦略やストーリー、それを実現する人材や組織文化の確からしさ、そしてその全体に目鼻を利かすガバナンスこそが、社内外のステークホルダーが知りたいエッセンスです。
ロボティック・プロセス・オートメーション(Robotic Process Automation:以下、「RPA」。)の活用は、多くの企業において普及・定着しつつあり、導入したRPAをどうガバナンスし、維持・進化させていくかが課題になりつつあります。また、こうした中で、単純業務をロボットに置き換えるだけでなく、より複雑かつ非定型な処理を対象としたAIの活用も活性化してきています。今まで人間がやっていた作業をいかにAIに置き換えていくか、の次に見ている世界は、AIと人間のダイバーシティ&インクルージョンの実現です。
RPAやAIの活用で、多くの職業や仕事が消えゆく一方で、今までにはなかった新しい仕事も次々と生まれています。人々が今持っているスキルと、デジタルな世界で仕事をするために必要なスキルには大きなギャップがあります。これを、教育、国・地域・自治体の行政、ビジネスなどさまざまな領域の意思決定者が協力し合いつつ、いかに埋めていくか、ということからAIと人間のダイバーシティ&インクルージョンの旅路は始まります。また、そのようなデジタル・スキルアップを、誰がリードし、どのような手順でいかに迅速に新しいビジネスモデルやソリューションにつなげていこうとしているのか、戦略やロードマップも大切です※2。
そもそも、後継者選定において、DXはどのように位置付けられているのか。また、取締役会において、DXの素養に長けたメンバーがどのような活躍をしているのか。さらには取締役などの研修等においてDXはどのように位置付けられ討議の基盤が涵養されているのか。デジタル・ネイティブに近い若者や、ミレニアル世代のポテンシャルを発揮できる組織文化の醸成やリーダーシップの発揮はなされているのか。DXの進捗をどのように把握し、モニタリングし、高速でPDCAサイクルを回しているのか・・・等々、多くのステークホルダーが、DXという単語・形式だけでなく、その変化の道のりと成果の進捗具合に注目しています。
こうした点を踏まえつつ、有価証券報告書の記述情報開示※3やコーポレート・ガバナンス報告書の一環として、また、自主開示としての統合報告書やWeb開示等において、いかに自社のDXジャーニーについて手触り感のあるストーリーをもって、内外のステークホルダーに継続的にアップデートし続けていけるかが、今後の持続的な価値協創に資する開示と対話の実務上の要諦の一つになると考えられます。
デジタル技術の劇的な進展と普及は、同時に、電力消費量の猛烈な増加を意味します。人口が増加する中で、この電力消費を人類は継続することができるのでしょうか。2025年には、ITに関して崖がやってくるといわれるのと同時に、わが国の大阪では、SDGsを実現する未来都市・生活を体現した大阪・関西万博も開催されます。SDGsの開示やバッチが多く目にされるようになった今、SDGsをどのように企業開示と対話に活かしていくことができるのか、本節では考察したいと思います。
PwCでは昨年、7つの産業セクター、31カ国の1,141社のサステナビリティ・レポートを分析しました。また、併せて、世界各国のビジネスリーダーにインタビューを実施し、SDGsについて考えを分析しました※4。
結論から整理すると、調査対象企業においては、17の目標の重要性について一般的に認識され開示されていますが、具体的な行動を取るべきか、あるいは取っているかどうかについて、まだ十分には開示されていません。すなわち、キャッチーなアイコンとしてSDGsのロゴやマークは使用されていますが、実際として、努力と投資が最も必要とされる場所に必ずしも向けられていないかもしれないことを、示唆しています。
調査における主な発見事項のエッセンスは次のとおりです(図表2参照)。
上記の調査結果から見えてくるのは、世界的流行のファッション、ないしは、一過性のキャンペーンとしての形式的なSDGsはおおむね終わったということです。また、世界(地球全体・人類全体)にとって実利のある、また、企業にとって手触り感のある持続的な価値創造手段としてのSDGsへ転化するためには、まさにいま、これまでとは違う何かを具体的になすべきである、ということです。
調査結果からは、企業経営者が、自分たちに関連があると信じているSDGsの目標に優先順位をつけ始めていことは理解できます。しかしながら、それが地球や社会にどのような影響を及ぼしているのかについて、情報を得た上で判断・行動できているのか、という点では、心もとないところがあります。
好意的に見れば、より多くのCEOがSDGsに取り組んでいることは分かります。しかし、現実を冷徹に見つめると、事業戦略、主要なSDGs目標の識別、およびそれらの目標に対する効果的な実績の測定に重点が置かれていません。これらのことは、ほとんどのCEOが、必ずしもSDGsを喫緊の経営課題として位置付けているわけではない、ということを示唆しているものと考えられるのです。
このポイントは、上述のDXの議論や実務上の取り組みのポイントとも共通していると考えられます。自社にとっての存在意義や使命は、SDGsの取り組みとどのように関わっているのか。どのSDGsに注目するか(または全てのSDGsに一律に向き合うのか)は、企業にとってのマテリアリティとどのように関連すると考えて選定・決定されているのか。具体的な取り組みのロードマップやその進捗のモニタリングをどのように行っているのか。時々刻々変わりゆく社会の他のステークホルダーとの協創をどのように成功させようとして、自社の活動をチューニング、バージョンアップしようとしているのか。自己満足で終わらないように社会にとってのインパクトを見定めているか、ひいては、自社の経営資源配分の自己批判・自己検証の道具としてSDGsを使用し、取締役会で議論できているのか・・・等々、多くのステークホルダーが、SDGsという単語・形式だけでなく、その変化の道のりと成果の進捗具合に注目しています。
日常の実務に目を転じれば、従業員一人一人のSDGsへの理解と行動はどうなっているか、CSR調達の実践を含め、サプライチェーンの企業・組織とのコラボレーションはうまくいっているか、さらにはSDGsの実現に向けた顧客との価値協創体制は十二分に機能しているか、など、個々の企業のビジネスモデルに応じてさまざまな「実態」の開示の方法がありそうです。
近年は、高校生・大学生等の就職活動においても、企業におけるSDGsへの取り組みが、よりいっそう注目されるようになりつつあるといわれています。また、高齢化社会の進行を背景として、気候変動問題が、10代の若者にとっての喫緊の課題となるだけでなく、ブーマーにとっても乗り切れない問題、となりつつあります。SDGsが焦点を定める2030年まであと10年。政府はもとより、企業、コミュニティや個人の、アクションそのものが、今問われています。
近年は、企業情報の開示と対話におけるAIの活用が急速に進んでいます。企業が一方的に大本営発表をすればそのとおりに世の中に伝わる時代は終わり、いまや個々人が発信するSNS(Social Network Service)の情報や、各種の非財務格付機関が提供する情報、さらには、元従業員や就社しなかった応募者のコメント、顧客のアンケート結果やサービス・商品への勝手格付け等が、企業価値評価のインプットにされています(図表3参照)。
こうした時代において大切なことは、自社のコミュニケーションメディア・媒体における発信メッセージの一貫性・整合性を大切にして「伝える」(=開示する)ことに加えて、自社のメッセージがどのように「伝わっているか」(=対話する)をたしかめることです。一方的に発信しまくるのではなく、誰に、どのように届いているのか(届いていないのか)について今まで以上にアンテナを高く張っておくことが大切です。
特に誰がコミュニケーション相手であるのか?という視点も非常に重要です。最近では、AIがネットを駆け巡り、さまざまな公式・非公式の企業情報を「調査」した上で、格付けをしたり、一定のスコアリングをしたりしています。また、それらのAIの中は、時として入手した情報を元に、自動的にレポートを作成したりするものもあります。ここでは、読み手は「人間」だけではなく、「AI」であるため、いかに分かりやすく、かつ、検索されやすい状態で開示できているか?という視点もまた、大切な対話の基礎になってきます。
こうしたトレンドを勘案すると、実務の中で意識すべきは、読者が人間+AIの双方であること、また、自社の情報の伝わり方(誤解のされ方)をいち早く察知し、必要なアクションを取る上でも、人間+AIのコンビネーションが強い武器の一つになる、ということです。開示資料の作成の段階で、ぜひこうしたコミュニケーション相手・ツールを意識して、継続的な対話を前提とした開示ができると、より有意義な価値協創が可能になると考えられます。
2020年代の最初の年、ということで本稿では10年=Decade単位で挑戦したい、大きなテーマについて考察を重ねてきました。いずれも、短期的に見れば変化は少しずつしか起きていないのかもしれませんが、変化の波は確実に、そして大きな不可逆なものとしてやって来ています。企業開示の世界においては、一般的に比較可能性が重視されるため、その意味において、「形式」は重要であり、開示の継続性と整合性・一貫性は不可欠な要素です。
一方で、この大きな波を確実に受け止め、不確実性(リスク)を的確にマネージし、チャンスに転換していくためには、「実態」を適切に注視し、ストーリーをもって語り続け、必要に応じて開示のみならず対話・説明を行うこともまた、非常に重要です。個性を反映したストーリーは時として、他社との機械的な比較には不自由かもしれませんが、個社ごとの時系列の中で継続性があり筋が通っていれば、ステークホルダーの心を揺さぶり続けることができると思います。自社の企業理念・存在意義を念頭に、社会・地球そのものの持続可能性への貢献を、デジタル、フィジカル両面から考え、取り組み、開示と対話を進化させ続ける企業が増えることを祈念しつつ、私たち自身も皆さまと一緒にその流れに少しでも貢献できるよう汗をかきたいと思います。
パートナー, PwCあらた有限責任監査法人
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