2019年1月31日に、内閣府令第3号「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(以下、改正開示府令)が公布され、2020年3月31日以後終了する事業年度に係る有価証券報告書の記載事項が改正されました。
このうち、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(以下、MD&A)」における記載項目の改正は、一般的に「記述情報の充実」と称することが可能であり、本稿のタイトルに示したように、「投資家の視点から期待される企業情報開示」を今まで以上に強く意識することが求められると、筆者は考えています。
そこで本稿では、改正開示府令の概略をレビューしつつ、金融庁が公表した「記述情報の開示に関する原則」(2019年3月19日)や、「記述情報の開示の好事例集」(2019年12月20日)を題材に、「投資家の視点から期待される企業情報開示」を考えたいと思います。
なお、本稿における意見に関する部分は、筆者独自の見解であり、筆者の所属する法人や組織を代表する見解ではないことを申し添えます。
今回の改正では、「経営方針・経営戦略等を定めている場合には」という文言が削除され、有価証券報告書を提出する企業は、当然に、経営方針・経営戦略等を定めているもの、と整理されました。
そして、「記載に当たっては、連結会社の経営環境についての経営者の認識の説明を含め、記載した事業の内容と関連付けて記載すること」を求めています。経営環境の例示として、「企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等」が示されており、自社の状況のみならず、同業他社やサプライチェーンの動きを意識した記載が求められるものと考えられます。
さらに「対処すべき事業上及び財務上の課題」については、「優先的に」の文言が付加されました。企業にとって、当該課題はさまざまに存在するでしょうが、その中で、企業経営者が優先順位を付して具体的に記載することが求められます。
今回の改正では、財政状態、経営成績およびキャッシュ・フロー(以下、経営成績等)の状況に重要な影響を与えるさまざまな文言を、「経営者が連結会社の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク」と総括した上で、「当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載する」と表現されました。これまでの「一括して具体的に、分かりやすく、かつ、簡潔に」との文言に比べて、主要なリスクについて記載すべき内容をより詳細に明確化したものと考えられます。
さらに、提出会社が将来にわたって事業活動を継続するとの前提に重要な疑義を生じさせるような事象または状況その他提出会社の経営に重要な影響を及ぼす事象(以下、「重要事象等」。)の記載に関しては、「分析・検討内容及び当該重要事象等を解消し、又は改善するための対応策を具体的に、かつ、分かりやすく記載すること」という文言が付加されました。解消や改善に向けた対応策の記載が留意点となりましょう。
MD&Aとは、Management Discussion and Analysisの略称です。今回の改正では、次の2点の付加に注目しています。
1点目は、「キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資金の流動性に係る情報の記載に当たっては、資金調達の方法及び状況並びに資金の主要な使途を含む資金需要の動向についての経営者の認識を含めて記載するなど、具体的に、かつ、分かりやすく記載すること」という表現です。資金の使途について、経営者の認識を明確にし、明確な投資意思や株主還元に関するスタンスを表明することが求められると考えられます。
2点目は、「連結財務諸表作成に当たって用いた会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定のうち、重要なものについて、当該見積もり及び当該仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じる影響など、「第5経理の状況」に記載した会計方針を補足する情報を記載すること」という表現です。見積もりや見積もりに用いた仮定については、財務諸表の注記やこのMD&Aにおいて、十分な説明が求められると考えられます。
これまで見てきた改正開示府令における改正項目の底流に、「記述情報の開示に関する原則」が存在します。そこで、2.では、当該原則のエッセンスを、筆者なりの視点で整理してみます。
まずは総論です。
「I.総論」の冒頭では、「1.企業情報の開示における記述情報の役割」が述べられています。ここでのポイントは、「記述情報は、財務情報を補完し、投資家による適切な投資判断を可能とする」「記述情報が開示されることにより、投資家と企業との建設的な対話が促進され、企業の経営の質を高めることができる」といった文言でしょう。
続いて、「2.記述情報の開示に共通する事項」として、「取締役会や経営会議の議論の適切な反映」「重要な情報の開示」「セグメントごとの情報の開示」「分かりやすい開示」が掲げられています。取締役会のガバナンスが十分に効き、経営者が責任をもって議論した内容が、重要なものから、セグメント情報と連携して、分かりやすく開示されることが、記述情報開示の基本姿勢と考えられます。
続いて各論です。
「II.各論」では、改正開示府令の注目点として既に掲げた「1.経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」、「事業等のリスク」、「MD&A」の3点につき、「考え方」と「望ましい開示に向けた取組み」が掲げられています。ここで、筆者が注目するポイントを指摘してみましょう。
「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」では、
などが挙げられます。
「事業等のリスク」では、
などが挙げられます。
「MD&A」では、
などが挙げられます。
これらのポイントは、これまでも、企業経営者が財務諸表を作成する上で検討してきた項目と思われますが、今回の開示規制の改正を踏まえて、より積極的に、その内容を開示する姿勢が求められることでしょう。
「記述情報の開示の好事例集」に掲載されている開示情報については、各企業の創意工夫が見られています。企業経営者や情報開示に携わる実務家の皆さまにあっては、ご所属企業の実情に合わせて、適宜、参照されることをお勧めします。
本稿では、筆者なりの財務諸表利用者としての経験を踏まえた投資家の視点で、開示情報作成に向けた留意点を整理してみます。
まず、「記述情報の開示の好事例集」には、具体的な掲載事例として、有価証券報告書と任意の開示書類(統合報告書等)がある点に留意しましょう。そもそも、有価証券報告書と統合報告書とでは、その公表時期が異なることが一般的です。企業経営者の方々は、有価証券報告書の公表の後、その内容をベースに、事後的に、あるいは事前に準備した情報を織り交ぜて、統合報告書の作成に至るケースが一般的でしょう。
こうした時間軸の差を、さまざまな公表物を踏まえて整理すると、以下のような流れが想定されます。
前期の決算期末日後、およそ4週間から6週間で、決算短信と投資家向け決算説明会資料が公表されます。決算短信において、主要財務諸表やセグメント情報の数値が公表されるとともに、多くの企業で、今期業績予想が公表されます。さらに、ほぼ同時に公表される決算説明会資料(スライド資料)において、利益増減分析(前々期との比較・計画値との比較など)、為替や原油価格などの変動に関する利益感応度分析、場合によっては、中期経営計画の考え方や新たなKPI指標の公表が行われます。
一般的に、株式投資家に対する前期の実績情報と今期の会社業績予想情報の伝達は、この段階で、ほぼ終了します。情報伝達直後から、企業経営者と投資家との間の対話も積極的に展開されます。
その後、前期の決算期末日後、およそ5~6カ月後までの間に、事業報告等、有価証券報告書、統合報告書の順に公表が進んでいくわけです。ここでは、決算短信や決算説明会資料では十分に伝達しきれなかった、財務諸表の詳細な注記、役員の報酬等、監査の状況、経営者の中長期的なメッセージ、ESG情報などが付加されていきます。その形式も、テキスト情報のみならず、写真・図表情報などさまざまです。
さらに、内部統制報告書、コーポレート・ガバナンス報告書、人権や環境に関する各種報告書が、適宜、公表されていきます。投資家は、企業から、どのタイミングでどの報告書が公表されるのかを把握しつつ、公表の都度、当該企業との対話を重ねていきます。
こうした各種報告書のコンテンツを、可能な限り統合できれば、企業にとっても投資家にとっても、情報の伝達やフィードバックが効率的に行われることは言うまでもありません。そのための制度改正の作業や企業・投資家双方の対応は、今後とも積極的に進められていくことでしょう。
報告書の作成に当たって、準拠が要求される会社法・金融商品取引法、会計基準・開示規制などは、こうしたコンテンツの統合を意識して、連携を取る動きが見られています。今後も、連携が加速するものと思われます。
一方で、IIRCフレームワーク、GRIスタンダード、SASBサステナビリティ基準、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)最終報告などは、さまざまな立場から公表されています。企業は、どの公表物に準拠して各種報告書を作成するかから、開示することが求められましょう。
こうした環境下で、さまざまな報告書を効率良く開示するには、年間を通して、経営執行陣は財務・経理系職員、法務系職員、コンプライアンス系職員、生産・販売・開発・サービス提供の職員などと密に連携することが重要です。経営陣と取締役会等とのコミュニケーションも、もちろん重要となります。
その上で、本稿のタイトルとした投資家の視点から期待される情報開示という意味では、以下の諸点が留意されるべきでしょう。
例えば、将来情報に関しては、企業の独自性を投資家に伝達する手段としてこれを明確に示した上で、一定時期が経過した後、フィードバックを行う作業が求められます。具体的には、経営執行陣が中長期ビジョンを綿密に策定した上で、取締役会等での議論を重ねて、これを公表し、その後は、そこに至る道標を投資家との対話を通じて確認する作業となります。
また、リスク情報については、重要性を踏まえて事前に認識・公表するとともに、環境変化や事象の発生に応じて、迅速に修正・公表していくことが必要となります。
情報開示のタイミングや形式についても、今後、さまざまな工夫が必要となりましょう。
これまで一般的に、決算期末日を起点に、一連の報告書が公表されてきました。投資家を含む利害関係者に対する公表のタイミングと内容が一律であることは、フェア・ディスクロージャーの観点から、引き続き、大切な条件です。
さらに、環境変化や有事の際の適時開示情報への対応も重要な作業です。適時開示情報の有用性は、ひとまず、その迅速性にあります。しかし、その後のフォローアップ情報を開示することを通じて、徐々に事実の詳細や影響度合いなどの精度を高めていく作業も必要となります。
情報伝達手段の側面では、紙媒体から電子媒体への移行が、今後も進展するでしょう。電子媒体中心の開示実務が進んでいくことが予想されます。さらに近年、投資家向け財務データを、表計算ソフトを用いたデータベースで提供する事例もあります。一言で電子媒体といっても、データを提供する形式は、ますます多様化し、利便性の高いものへと移行することが予想されます。
これまで、投資家の視点から期待される情報開示のキーワードを、筆者なりの視点で捉えてきました。最後に、総括として、次の4点を指摘しておきましょう。
主任研究員, PwCあらた有限責任監査法人 PwCあらた基礎研究所