2021年3月期から監査報告書上に「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)」の記載が強制適用になります。
IAASB(International Auditing and Assurance Standards Board:国際監査・保証基準審議会)は、監査報告書関連の基準であるISA(International Standard on Auditing:国際監査基準)700“Forming an Opinion and Reporting on Financial Statements” を改訂し、加えてISA701“Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’ s Report” を公表しました。2016年12月15日終了事業年度から、監査報告書にKAMが記載されることになりました。
我が国においては、2017年9月に企業会計審議会総会が開催され、監査部会においてKAMについての議論が始まり、2018年7月に「監査基準の改訂について」が公表されました。監査基準に対応して、2019年2月に日本公認会計士協会(以下、「JICPA」)が関連する監査基準委員会報告書(以下、「監基報」)等の新設および改訂を行いました。KAMについては、新しい報告書(監基報701)が作成されました。2021年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用されますが、早期適用が可能であり2020年3月31日以後終了する事業年度に係る監査(2019年12月31日終了事業年度の会社が1社含まれます。)において48社が早期適用をしました。
監基報におけるKAMの定義は、「当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項をいう。監査上の主要な検討事項は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択される」(以下、「監基報701第7項)」)となっています。つまり、すべき手続としては監査報告書にKAMを記載しなくても今までも実施してきたことです。
本誌前号(第29号、2020年11月)の連載「監査報告書の透明化」において、KAMの記載をより有意義にするために、もう一度最初から大枠を勉強してみる、と申し上げました。このため、今回は筆者も一から大枠を勉強してみるというのをやってみようと思います。本稿は「復習」モードになりますが、特集の他の筆者が論考2「KAMに対する財務諸表利用者の期待」、論考3「KAMと関連する会計基準・開示制度」、論考4「今後のKAMの定着と改善に向けて――英国での導入時の状況を踏まえて」を記載しています。これらは将来を見据えたものとなっていますので、あわせて読んでいただければ幸いです。
また、本稿における意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
ヨーロッパでは、2007年後半から2009年にかけて、金融不況が起こり、リーマン・ブラザースが倒産し、こうした金融機関に対して、適正意見を表明してきた監査人に対する批判が出てきました。監査人の役割とは何か、監査事務所の独立性は担保されているのか、定型文言の監査報告書すなわち日付と宛先以外は適正意見なら同一となる報告書は、利用者の情報ニーズを満たしていないのではないか、という点をめぐって多くの議論がなされました。
IAASBは2014年12月に「監査品質の枠組み」を公表し、欧州議会およびEU理事会は監査法人のローテーションを2016年6月から開始しました。
加えてIAASBは、監査報告書関連の基準であるISA 700“Forming an Opinion and Reporting on Financial Statements”を改訂し、加えてISA 701 “Communicating Key Audit Matters in the Independent Auditor’s Report”を公表することにより、2016年12月15日終了事業年度から監査報告書にKAMの記載を要求することとなりました。海外のKAMの導入時の状況については、論考4「今後のKAMの定着と改善に向けて」に詳しいので、お読みください。
日本においては、2017年9月から企業会計審議会から監査基準の改正に対しての検討を始め、冒頭に記載したように、KAMは、2021年3月期からが強制適用となります。
KAMの定義は、上述したように「当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項をいう。監査上の主要な検討事項は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択される。」(監基報701第7項)です。図表1を見てください。
監査においては、会社で起こるさまざまな事項を考慮していくわけですが、KAMを決めるにあたり、以下に挙げている、監基報701第8項における項目等を考慮することが求められています。
KAMを記載するのは監査報告書上ですから、監査の最後に行う作業のように思えますが、実際には、監査計画の段階で虚偽表示リスクの識別と評価をするところから始めることになります。監査報告書に記載されるKAMは、期末で発生した事象に関連したものであるならともかく、会社の通年のビジネスから発生する内容であれば、それは監査計画時に分析され評価され、監査役等とコミュニケーションをしていなければいけないはずです。そして、期中で必要な手続を実施しているはずです。監査の具体的な手続は変更されていませんが、KAMを外に向かって公開することになります。もしかしたら、KAMは記載して、実施した監査手続も記載はされているが、実質がないという場合があるかもしれません。
監基報701は、2021年3月期から強制適用となりますが、その他の監基報は2020年3月期から適用となりました。図表2を見てください。
改訂された監査報告書では、監査意見が最初に置かれています。書くべき内容が増えて、KAMを記載しなくても長くなっています。監査報告書の改訂は、2020年3月期から適用されており、2021年3月期についてその勉強は卒業でしょう、と思われる方がほとんどだと思います。しかしながら、KAMを記載するにあたり、注意すべきことがあります。これは、監査人も会社の方も両方の方が留意すべきことです。
監査報告書の文言(KAMを含む)については、監査報告書発行日までに監査人と会社とは議論をして、最終版まで討議し、文言を固めています。監査人は監査報告書を事務所で印刷して署名捺印をして会社に渡します。EDINETに有価証券報告書本文と監査報告書は会社が提出します。そこで、公表の前に事務担当者の方と綿密に打ち合わせます。KAMの記載については特に注意が必要です。
KAMの内容については、第三者は公表されるまでわかりません。それこそKAMがいくつかすら第三者にはわかりません。例えば、最終的にKAMを3つに決めて、監査人の監査報告書原本には3つが記載されているのにEDINET上の監査報告書にはKAMが4つや、KAMが2つということがあるかもしれません。数はあっていても内容が相違したり、文章が違っていたりする場合があるかもしれません。第三者には、監査人と会社で同意している真実のKAMかどうかを判別することは不可能でしょう。もし間違っていたら、訂正しなければならないと思いますが、場合によってはその訂正についての説明が困難を極めることになるかもしれません。
JICPAからは平成26年審理通達第2号「EDINETで提出する監査報告書及び財務諸表等に関する監査上の留意点」において、「EDINETで提出する監査報告書については、監査報告書の原本との同一性が確保されていることを確かめるために、監査人は、監査報告書の原本の記載事項と監査報告書に記載された事項を電子データ化してEDINETで提出されたものとが同一であることを確かめることが適当である」としています。しかしながら、これは監査の終了後(公表の後)に行われるため、間違いを速やかに見つけることはできても、KAMについては手遅れということになってしまいます。
今までも原本の監査報告書とEDINETの監査報告書が相違することはありましたが、その数は多くありません。例えば、後発事象等を書くのは全部の会社ではなく、特別なことですから、監査人と会社で確認し合い、何度も確かめているはずです。ですが、KAMは基本的に全社の監査報告書に記載するもので、一つ一つのKAMは長文になります。間違いが起こっても不思議ではありません。KAMの内容について、監査役等と協議することが求められています。監基報上の要件は満たしていても実務上の対応を誤ると大変なことが起きます。
KAMは、基本的には財務諸表の注記事項を参照することが求められているため(監基報701第12条)、財務諸表の開示が非常に重要になります。KAMの導入のためだけに開示情報がより多く求められているわけではありませんが、詳細な開示が求められる時代となっています。これについては論考3「KAMと関連する会計基準・開示制度との関係」に詳しいので、そちらをご覧ください。
図表3を見てください。2021年3月期のKAMの検討についてのスケジュールはどうでしょうか?いきなりKAMを作成するのは難しいので、2020年3月期でトライアルをしてみようと思った会社は多くあったでしょう。しかしながら、新型コロナウィルス感染症の拡大により、来年のことを練習することが難しかった場合もあったかと思います。
KAMは早期適用事例を見ていただけるとわかりますが、開示と監査の二人三脚のようなものですから、期末日後から始めるのは遅すぎます。監査人が文章を作るのも難しいことになりますが、会社の開示を拡張する必要があるかもしれませんし、もしかしたら期中の監査手続が足りないということがあるかもしれません。本稿が皆さんの目に触れるのは2021年1月ですが、もしまだ詳細なKAMに関する計画を立てていないなら、また、試しで作ったことがないならとにかく始めてください。
KAMは欧米(米国ではCAM〔Critical Audit Matter〕)ではリーマンショックの後の2010年くらいから監査報告書上での取扱いの検討が始まりました。我が国においては、2017年から検討され、2021年3月期の強制適用までの期間が長く、資料(各国の対応、わが国の政府機関の対応、JICPAの対応、各所から出される資料等)は多数になります。内容もどんどん変わっていくため、適用に向けて何を参照すればよいのか迷うと思います。まずは、JICPAのHPの「監査報告に関する動向~監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)~」※1を見てください。次のような構成になっています。
(1)我が国における現在の動向
(2)諸外国における動向
このように必要な資料を探しやすい構成になっています。これらのページをめくるだけで、内容を読まなくても(怒られますが)全体の流れがわかります。題目だけでA4で9ページあります。A4サイズの10センチファイル両面印刷で3冊以上になります。すべてこれから読むのは厳しいと思いますので、「これからもう一度勉強、しかも短時間で」という方には、以下をお勧めします。
上記(1)②の中の「a.公表物」に含まれるJICPAの公表物から選びます。
まずはKAMの基準を読みましょう。
日本公認会計士協会会長による会員向けの声明ですが、監査人だけでKAMの適用はできません。会社の方も財務諸表を作成するという観点からのご協力を求めたいと思います。
監基報701の適用についてのQ&Aです。60ページの長文となりますので、「Ⅰはじめに」の「2.背景」は、過去から今までの流れがキッチリまとまっており、監基報701を読む前にこちらを読んでいただくとスムーズな理解に役立ちます。
KAMの適用を実践的に進めるために目で見て確かめられるレターが以下の3通出ています。
早期適用の事例分析レポートが公表されています。本文は資料も含めて100ページ以上になりますので、まとめのPDFをまず読んでください。また論考2「KAMに対する財務諸表利用者の期待」には早期適用を踏まえた上での財務諸表利用者の目線が書かれています。
上記は公表順に並べていますが、もう一度勉強してみようという方は、「監基報701のQ&Aのはじめにの部分」➡「監基報701本文」➡「会長声明」➡「レター3通」➡「早期適用の事例分析レポート」の順に読んでいくとよいと思います。
その後、本号の論考2、3、4を読んでいただきたいと思います。
*1 https://jicpa.or.jp/news/information/2016/20160805ide.html
*2 https://jicpa.or.jp/specialized_field/20190227aei.html
*3 https://jicpa.or.jp/specialized_field/20190712ejc.html
*4 https://jicpa.or.jp/specialized_field/20200522cth.html
*5 https://jicpa.or.jp/news/information/0-24-0-0-20200123.pdf
*6 https://jicpa.or.jp/news/information/0-24-0-0-20200207.pdf
*7 https://jicpa.or.jp/news/information/0-24-0-0-20200219.pdf
上記に目の前に迫ってきたKAMの強制適用への対応を書いてみました。その上で、以下について考えていただくのがよいでしょう。本誌前号(第29号)で早期適用事例分析レポートのご報告のときにも述べましたが、以下の事項が本当に大切です。
早期適用事例でもKAMの内容はさまざまです。2021年3月期においては3000社程度の会社がKAMの記載に挑戦します。KAMを書くのは監査人ですが、その作成過程には、会社の方々も深くコミットしていくことになります。早期適用をした会社のKAMを参考にしたいと思うのは自然なことです。しかしながらKAMの内容が一緒でもそのまま前例に倣うことは前述した「KAMを画一的な記載にしない」というコンセプトと異なることになります。会社は会社ごとにまったく違うということを意識していただきたいと思います。監査計画のときに重要な事項については監査人から報告があるはずですから、会社の方も試しに書いてみてください。実際に書いてみると「監査上の主要な検討事項」ですから1行しか書かないということはあり得ないので、困難を感じることになります。
今までも実施してきたことではありますが、KAMを書くことは会社のすべて(ビジネスもリスクも全部)をもう一度考える機会になると思います。
最後に、既述の会長声明「「監査上の主要な検討事項」の適用に向けて」では、以下のものを留意すべき事項として挙げています。
会長声明は会員に向けたものではありますが、有価証券報告書を提出する会社、監査役等の方々にも心に留めておいていただきたいと思いますし、財務諸表利用者もKAMを通して上記を確かめていくことになると思います。KAMの記載により監査報告書の透明化を進め、会社による開示の充実を図ることは、日本経済の将来に貢献すると信じます。
PwCあらた有限責任監査法人
メソドロジー&テクノロジー部
パートナー/公認会計士 廣川 朝海