企業のデジタル投資やイノベーションを後押しする税制として試験研究に係る法人税額の特別控除の制度(以下、「研究開発税制」)があります※1。1967年(昭和42年)に創設された制度ですが、近年の企業のデジタル化や技術開発の状況にあわせ改正が行われてきており、2017年度(平成29年度)および2021年度(令和3年度)の税制改正においても対象となる試験研究費の範囲が拡大されるなど、企業にとってより利用しやすい制度となっています。
2017年の改正において、それまで主に製品に係る研究開発を対象とする制度でしたが、AIやビッグデータを利用したサービス提供などの技術革新に対応するため、新たに一定のサービスの開発も研究開発税制の対象に加えられました。
さらに2021年の改正では、クラウドサービスの発達に伴いソフトウェアの開発や利用方法が変化したことへの対応や大学や国の研究機関との共同研究開発いわゆるオープンイノベーションへの利用を容易にするための運用面での明確化などが行われました。
研究開発税制は、基本的に企業が支出した研究開発費の一定割合(以下、「控除率」)の額を、法人税額から一定の割合(以下、「控除上限」)までを上限として、控除を認めるという制度です。
大きくは、①一般型(旧・総額型)、②中小企業技術基盤強化税制、③オープンイノベーション型の3つに分かれており、それぞれの制度において控除率と控除割合が異なっています。
①一般型においては、控除率は2%から最大で14%、控除上限は最大で法人税額の40%までとなっており、②中小企業技術基盤強化税制においては、控除率が12%から最大17%までとなっています。①一般型と②中小企業技術基盤強化税制は、企業の資本金の額等によりどちらか一方の制度が適用されることとなります。
これらの制度とは別枠で③オープンイノベーション型も利用できます。③オープンイノベーション型は、国立大学や国の研究機関と企業との共同研究開発に適用されます。企業が支出したあるいは負担した共同研究開発費用について共同研究の相手先の区分に応じて20%から最大30%までの高い控除率により税額控除が認められます。ただし、法人税額の10%までが限度とされています。
上記のように企業の研究開発投資を後押しする研究開発税制ですが、企業のビジネスモデルの変化やクラウドサービスなどのデジタルサービスの発展に対応するために2021年度税制改正において制度の大幅な拡充が行われています。
従来の法令上では、必ずしも明らかではありませんでしたが、国税庁によるQ&Aの書きぶりから、研究開発税制の対象となる試験研究費は、製品やサービスの開発に限られ、自社内で利用するソフトウェアの開発などの自社の業務の改善に係る研究開発費用は研究開発税制の対象外であると解されていました。国税庁が公開している「Q&A研究開発減税・設備投資減税について(法人税)(平成15年10月)」のQ8から抜粋します※2。
ところで、この試験研究は、工学的・自然科学的な基礎研究、応用研究及び開発・工業化等を意味するもので、必ずしも新製品や新技術に限らず、現に生産中の製品の製造や既存の技術の改良等のための試験研究であっても対象となります。逆に、「製品の製造」又は「技術の改良、考案若しくは発明」に当たらない人文・社会科学関係の研究は対象とはなりません。
したがって、例えば、次のような費用は含まれませんので、ご注意ください。
イ 事務能率・経営組織の改善に係る費用
ロ 販売技術・方法の改良や販路の開拓に係る費用
ハ 単なる製品のデザイン考案に係る費用
ニ 既存製品に対する特定の表示の許可申請のために行うデータ集積等の臨床実験費用
2021年度改正を受けて、本制度の対象となる「試験研究」の意義について新たに租税措置法関係通達において明確化され、自社内で利用する技術等の研究開発であっても工学または自然科学に関する試験研究に該当する場合、研究開発税制の対象となることが明確化されました。
この改正により、顧客へ販売する製品やサービスに係る研究開発に限らず、図表1に挙げているような自社で利用するソフトウェア等の開発に係る研究開発も研究開発税制の対象となると考えられています。
従来、税務上、資産の取得価額に含めるべき研究開発費用は、研究開発税制の対象外とされていました。しかし、2021年度税制改正により、固定資産、繰延資産、棚卸資産の取得価額に含められる研究開発費についても、会計上、損金経理を行っていれば、研究開発税制の対象とされることとなりました。例えば、製品の製造に使用されるクリーンルームの開発・製造費用のように、税務上、固定資産の取得価額に含められる金額などが考えられます。
かつてソフトウェアは、CD-ROMなどのメディアで販売されるのが一般的でしたが、近年のクラウドサービスの発達により、エンドユーザーはメディアを購入してソフトウェアを利用するのではなく、クラウド上で利用することが主流となってきています。
顧客に販売するために製作するソフトウェアの開発費は、従来から研究開発税制の対象となっていましたが、クラウドサービスに利用するソフトウェアのように顧客に直接販売せず、顧客へのサービス提供のために自社内で使用するソフトウェアの開発費は、研究開発税制の対象とはなっていませんでした。2021年度税制改正においては、クラウドサービスの進化に対応しつつ、クラウドサービスを利用する企業のデジタル化を促進するため、クラウドサービスで利用するためのソフトウェアの開発費を研究開発税制の対象に加えました。
国立大学や国の研究機関と企業との共同研究開発に適用されるオープンイノベーション型の研究開発税制の適用には、試験研究費の内容について大学等による確認と税理士等の第三者による監査が必要とされていました。この監査手続きの内容が必ずしも明確ではなかったため、必要以上の監査手続きが行われ制度の利用を阻害する要因となっていました。そこで、2021年度税制改正を受けて経済産業省のガイドライン※3によって監査手続きについての明確化が行われる見込みです。
前述のとおり、研究開発税制の対象となる試験研究の範囲が大幅に拡充されています。そのため、これまで税額控除の対象となっていなかった研究開発の費用が新たに本制度の対象となることとなります。研究開発税制を最大限に活用し税額控除を通じて研究開発資金を確保するために、自社内の研究開発活動を洗い出し、研究開発税制の対象となる試験研究費を漏れなく集計する必要があります。
また、税務上の資産に計上される試験研究費も新たに本制度の対象とされていますが、その前提として会計上、研究開発費として処理されるか、あるいは注記により研究開発費に含まれることを明確化することが求められています。そのため、少しでも本制度の対象となる試験研究費を増やすために会計処理についても確認が必要となります。
研究開発税制は、税額控除により税コストを下げるものですので、税務上、欠損により税額が生じないことが見込まれる場合、本制度の検討を行うのはメリットがないと考えられるかもしれません。しかし、将来的に業績が回復し、税額控除の適用が可能となった時点で検討を開始してもその年度の申告までに検討が間に合わないことも考えられます。そのため、現時点では、税額控除の利用が見込まれない場合でも、研究開発活動を見直し、適切に試験研究費を集計できる仕組みをつくっておくことが望まれます。
※1 研究開発税制について、経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/tax/about_tax.html
※2 研究開発減税(研究開発促進税制)について、国税庁
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/hojin/kenkyu-qa2003/02.htm
※3 詳細については、「特別試験研究費税額控除制度ガイドライン(令和3年度版)」(2021年8月6日現在未公開)を参照。
https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/tax/tax_guideline.html
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