改訂コーポレートガバナンス・コード(2021)の背景と概要

はじめに

2015年に初めてわが国に導入されたコーポレートガバナンス・コードは、今般2回目の改訂が行われ、2021年6月11日に東京証券取引所から改訂コーポレートガバナンス・コード(2021)(以下、「改訂コード」という)が公表、施行されました※1。本稿では改訂コードの背景と概要について解説します。

1 コード改訂の背景

わが国政府の成長戦略としてのインベストメントチェーン改革は、機関投資家に向けた行動原則である「スチュワードシップ・コード」および、上場企業に向けた規範・行動原則である「コーポレートガバナンス・コード」の両コードを車の両輪として、すなわち企業と投資家との建設的な対話を促進することを通じて日本経済の好循環を実現しようというものでした。2014年にスチュワードシップ・コードが、2015年にコーポレートガバナンス・コードが策定されてから、これまでそれぞれ3年ごとに改訂が行われています。また、コーポレートガバナンス・コードの1回目の改訂時(2018年6月)には、同時に金融庁から「投資家と企業の対話ガイドライン」※2(以下、「対話ガイドライン」という)が発出されています。この対話ガイドラインは、コンプライ・オア・エクスプレインによる企業と投資家との実効的な対話を促進するため、対話に際して重点的に議論されるべき論点を取りまとめたものであり、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの附属文書という位置付けとなっています。今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂と同時に、対話ガイドラインも改訂されました(図表1)。

図表1 コーポレートガバナンス・コード改訂(2021年)の背景

今回のコード改訂の背景としては、以下の2つが挙げられます。

①新型コロナウイルス感染症拡大の状況とサステナビリティ対応の要請

コロナ禍の状況は、多くの企業の取締役会がDXや働き方の変革、With/Afterコロナにおける企業戦略の検討などの課題に向き合う機会となりました。また、近年世界的な課題となってきたESG/SDGsやサステナビリティ・気候変動対応などの課題と相まって、企業のPurpose(存在意義)自体の再確認が求められています。

②東京証券取引所の市場区分改革との関連

2022年4月に予定されている東京証券取引所の新市場区分は、既存の市場がスタンダード市場、プライム市場、グロース市場の3つの区分に再編されることになります。今回のコード改訂に際しては、プライム市場上場会社に求められる「より高いガバナンス水準」の具体的な指針について議論がなされました。

2 コード改訂の概要

今回のコード改訂では、5つの補充原則(2-4①、3-1③、4-2②、4-8③、5-2①)の新設を含む、18項目の改訂(軽微な字句修正を除く)が行われました。その結果、諸原則の数は従来の78から83に増加しました。これらのコード改訂は図表2に挙げている4つの主要論点に整理されます。

図表2 コーポレートガバナンス・コード改訂の主要論点

今回の改訂には、プライム市場上場会社に求める「より高いガバナンス水準」の指針に係る6つの諸原則の追加・加筆が含まれています(図表3)。

図表3 プライム市場上場会社を対象とする諸原則

3 コード改訂の主要論点

1. 取締役会の機能発揮

(1)【プライム市場】独立社外取締役3分の1以上の選任(原則4-8)

改訂コードでは、プライム市場上場会社について一段と高いレベルの取締役会構成の独立性を求めるものとして、「独立社外取締役を少なくとも3分の1以上、必要と考える場合には過半数」という内容が示されました。わが国の上場企業の取締役会に占める独立社外取締役の比率は、2021年8月2日に東京証券取引所から公表された「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」※3によると、東証一部上場企業のうち3分の1以上の独立社外取締役を選任する企業が72.8%、JPX日経400企業に限ると87.0%となっており、「3分の1以上の独立社外取締役」という取締役構成はすでに多くの企業で達成されています。一方で、過半数の独立社外取締役を選任する企業は、東証一部上場企業では7.7%、JPX日経400企業でも12.0%にとどまります。

(2)スキル・マトリックスの開示、他社での経営経験者の独立社外取締役への選任(補充原則4-11①)

改訂コードでは、自社の経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定し、取締役会の多様性やバランスを考え、スキル・マトリックスを公表すること、また、他社での経営経験のある独立社外取締役を含めるべき、という原則が示されました。2019年度にPwCあらた有限責任監査法人が経済産業省の委託を受けて実施した企業向けアンケートでは、86%がスキル・マトリックスを作成していないと回答しており、これから検討を始める必要のある企業も多いと思われます。スキル・マトリックスは諸外国では以前から推奨されています。東京証券取引所が2019年11月に公表した「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」※4でもスキル・マトリックスの開示例が紹介されており、参考になります。

(3)【プライム市場】委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等の開示(補充原則4-10①)

今回のコード改訂では、指名・報酬委員会に期待される役割をさらに明確にする趣旨の変更が行われました。指名・報酬委員会の設置状況については、2021年8月2日に東京証券取引所から公表された「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」によると、指名委員会は東証一部上場企業では66.3%、JPX日経400企業では88.0%が設置しており、報酬委員会は東証一部上場企業では70.3%、JPX日経400企業では89.5%が設置している状況です。これらの委員会の設置はわが国の上場企業に定着してきているといえます。

指名委員会(任意)における社外取締役が過半数の企業は、東証一部上場企業では56.0%、JPX日経400企業では59.3%となっています。

改訂コードでは、プライム市場上場会社に対して、委員会構成の独立性に関する考え方や各委員会の権限役割等の開示を求めています。委員会の設置は浸透してきていますが、これらの委員会の実効性を確保することでさらなる機能向上が促されていると考えられます。

2. 企業の中核人材における多様性の確保(補充原則2-4①)

改訂コードでは、管理職における多様性の確保(女性・外国人・中途採用者の登用)についての考え方と測定可能な自主目標の設定、これらについての開示が求められています。また、多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況とあわせて公表することとされています。企業経営にとって多様性は経営戦略の要であり、イノベーションや価値創造の源泉として、特にコロナ後の企業変革を促進するためにも多様性の確保は特に重要です。女性・外国人・中途採用者が例示されていますが、多様性の観点は企業によってそれぞれの考え方があってしかるべきであり、それぞれの企業の事業戦略などとの関連から、考え方を定めた上で目標設定をすることが求められています。

3. サステナビリティを巡る課題への取組み(基本原則2の考え方、補充原則2-3①、補充原則4-2②、補充原則3-1③)

改訂コードでは、複数箇所にわたって、気候変動を含むサステナビリティの課題への取組みの重要性が強調されています。補充原則2-3①では、従来の「取締役会はサステナビリティの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討すべきである」という記述が、「検討を深めるべきである」と改訂されました。「深めるべき」という表現には、企業の取り組みをさらに促進してもらいたいという期待が表れていると思われます。

新設された補充原則3-1③は、サステナビリティを巡る課題に関して、上場企業に対してサステナビリティについての基本的な方針を策定し自社の取り組みを開示することを求めており、プライム市場上場会社に対しては、TCFDまたはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実させるべきという点が織り込まれました。TCFD提言とは、金融安定理事会(FSB)が設立した気候関連財務情報開示タスクフォースが2017年6月に公表したものです。TCFD提言は、企業に対し、気候関連のリスクおよび機会に関連付けて、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4つの要素の情報開示を推奨しています。国際的にはサステナビリティ関連の情報開示の統一的な枠組みの策定に向けた動きがあり、また、サステナビリティ関連の情報開示制度の検討も進められています。

4. その他個別の項目

(1)支配株主から独立している独立社外取締役3分の1以上(【プライム市場】過半数)の選任または独立した特別委員会の設置)(基本原則4の考え方、補充原則4-8③)

改訂コードでは、支配株主を有する上場会社は少なくとも3分の1の独立社外取締役の選任、プライム市場上場会社の場合は、過半数の独立社外取締役の選任または利益相反管理のための特別委員会を設置すべきという原則が新設されました。

(2)監査に対する信頼性の確保および内部統制・リスク管理(原則4-4、補充原則4-3④、補充原則4-13③)

改訂コードでは、原則4-4に「監査役」という言葉が追加され、監査役及び監査役会の役割・責務に監査役の選解任が追記されました。この点、すでに会社法では監査役の選任議案について監査役会の同意が必要と定めていますが、コードに明記することによって監査役の独立性を実効的に担保しようという意図がうかがえます。補充原則4-3④の改訂は、全社的リスク管理体制とグループ全体での適切な内部統制の構築と運用状況の監督が取締役会の役割であることを明記するものになっています。補充原則4-13③では、「内部監査部門が取締役会および監査役会に対しても適切に直接報告を行う仕組みを構築する等」とされ、3ラインモデルあるいはデュアルレポーティングの整備が、コードの改訂として明示的に記載されました。

(3)【プライム市場】議決権電子行使プラットフォームの利用・英文開示(補充原則1-2④、補充原則3-1②)

改訂コードでは、プライム市場上場会社において、議決権電子行使プラットフォームの利用と英文開示を求めることが記載されました。

(4)事業ポートフォリオに関する基本的な方針や見直しの状況の開示(補充原則5-2①)

改訂コードでは、取締役会で少なくとも年に1回は事業ポートフォリオに関する基本方針の見直しを行うとともに、事業ポートフォリオマネジメントの実施状況に関して経営陣に対する監督を行うべき、またその状況を開示すべきである、という旨が記載されました。

(5)社外取締役または監査役による株主との対話(面談)(補充原則5-1①)

改訂コードでは、株主との実際の対話(面談)の対応者について、監査役も加えられました。

4 対話ガイドラインの改訂

対話ガイドラインの改訂箇所の多くは、コード改訂のポイントと関連するものですが、それ以外に、今回のコード改訂では変更に至らなかったものの対話ガイドラインに反映され改訂された論点もあります。例えば、「取締役会議長とCEOとの分離と独立性」、「取締役会の実効性評価の対象として各取締役及び各委員会を含めること」、「筆頭独立社外取締役が株主との対話の窓口となること」の他、「KAM(監査上の主要な検討事項)検討プロセスでの監査人との協議」や、「有価証券報告書の総会前提出」などの論点が対話ガイドラインの改訂に織り込まれています。対話ガイドラインには、これらを含め合計20か所の加筆・新設が行われています(図表4)。

対話ガイドラインに織り込まれたこれらの論点については、企業と投資家との対話を通じて各企業の検討と取り組みが促進されることが期待されているものと考えられます。

図表4 投資家と企業の対話ガイドラインの改訂箇所

5 コードの適用対象

現在の市場区分におけるコードの適用対象は、東証一部および東証二部の上場企業については全原則、マザーズおよびJASDAQの上場企業については基本原則のみとなっています。これに対して、2022年4月4日に移行予定の新市場区分におけるコードの適用対象は、プライム市場の上場企業については全原則(プライム市場上場会社向けの原則へのコンプライ・オア・エクスプレイン含む)、スタンダード市場の上場企業については全原則(プライム市場上場会社向けの原則を除く)、グロース市場の上場企業については基本原則のみとなっています(図表5)。

現在、基本原則(5原則)のみ適用対象となっているマザーズおよびJASDAQの上場企業が、新市場区分におけるプライム市場またはスタンダード市場を選択する場合、対象範囲が大きく拡大することとなり、改訂後のコードに基づき、31の原則および47の補充原則への対応が追加的に必要になります。

図表5 コンプライ・オア・エクスプレインの対象範囲

6 コーポレート・ガバナンスに関する報告書における開示項目

コーポレート・ガバナンスに関する報告書(以下、「CG報告書」という)では、特定の事項を開示すべきとする原則がこれまで11項目ありましたが、今回のコードの改訂に伴い東京証券取引所の「コーポレート・ガバナンスに関する報告書記載要領」※5も変更されました。今回、3項目(補充原則2-4①、補充原則3-1③、補充原則4-10①)が新設され、開示すべき原則が全部で14項目となりました。また、補充原則4-11①が加筆されました(図表6)。これらは、CG報告書の「コードの各原則に基づく開示」の欄に直接記載する方法以外に、有価証券報告書、アニュアルレポートまたは自社のウェブサイト等において該当する内容を開示している場合は、その内容を参照すべき旨と閲覧方法(ウェブサイトのURL等)を記載することも許容されています。

図表6 コードにおいて特定の事項を開示すべきとする原則

上場会社は、遅くとも2021年12月30日までに、改訂後のコードに対応したCG報告書を提出することが求められています。ただし、プライム市場上場会社向けの各原則については、遅くとも2022年4月4日以降に開催される定時株主総会の終了後に提出することが求められています。企業は来期の定時株主総会までに複数回CG報告書を提出する可能性があるため、改訂後のコードに基づいて開示を行っているかわかるよう、対象となる各原則の冒頭にその旨を明示する必要があります。

コードはコンプライ・オア・エクスプレインを採用しており、エクスプレインすることが認められています。また、コンプライしていることが必ずしも合格点であるというわけではありません。投資家には、コンプライしていない会社に機械的に不合格点を与えるような評価をしないという姿勢が求められます。また、企業側は、置かれている現状や今後のガバナンスの在り方を十分に検討した上でエクスプレインすることが、投資家との建設的な対話に向けてむしろ望ましい場合もあることを十分に認識することが必要です。現状コンプライすることが難しいものの、コンプライできるよう今後対応準備を進める場合は、いつコンプライできる見込みか予定を開示することも有用な情報となります。

7 パブリック・コメントの概要

今回のコードの改訂にあたっては、コードの改訂案について、2021年4月7日から5月7日までの期間で意見募集(パブリック・コメント)が行われました。パブリック・コメントでは、国内外の103の個人及び団体から637の意見が寄せられました。これらの意見の大半は、改訂案の方向性に賛同するものでしたが、「コードの一部についてはコンプライ・オア・エクスプレインではなく義務化することが望ましい」あるいは「プライム市場上場会社に求めている項目についてはスタンダード市場上場会社等にも要求するべき」など、コードの改訂案をより強化すべきとする意見もありました。

個別の改訂箇所については、例えば、プライム市場上場会社において独立社外取締役を3分の1以上の選任を求める原則4-8について、「グローバルの水準に合わせて、取締役会における独立社外取締役は過半数とするべき」であるとのコメントが、海外だけでなく国内からも複数寄せられました。このコメントに対する東京証券取引所側の考え方としては、「フォローアップ会議では、プライム市場上場会社に対してより高い水準での独立社外取締役の選任を求めるべきではないかとの意見もあった一方、人数も重要であるが独立社外取締役の質の確保も重要であるといった趣旨の指摘がなされたことを踏まえ、例えば過半数の独立社外取締役を求めることとはしておりません」としています。

これは、わが国における独立社外取締役の人材プールが、質と量の両面において、諸外国と比べて整っていないという現状認識があり、過半数という水準をコードで示してしまうと、拙速な対応や形ばかりのコンプライを誘発する危惧があるということを考慮したものと考えられます。このような配慮から、今回のコード改訂においてプライム市場上場会社に求める水準として「少なくとも3分の1以上」という記載となったものと考えられますが、グローバルスタンダードに照らすと将来的には過半数を求める内容での改訂が行われることも想定されます。

その他にも、企業の中核人材における多様性の確保の考え方と測定可能な自主目標の設定を求める補充原則2-4①に関連して、「女性の管理職や役員への登用についてクオータ制を導入し、一律の水準の達成を求めるべき」との意見や「有価証券報告書の株主総会前の開示をコードでも求めるべき」などの意見もありました。パブリック・コメントには今後のわが国のコーポレートガバナンスの強化を考える上で示唆に富む意見が多く含まれています。


※1 改訂コーポレートガバナンス・コードの公表、日本取引所グループ、2021年6月11日
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html

※2 「投資家と企業の対話ガイドライン」(改訂版)の確定について、金融庁、2021年6月11日
https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210611-1.html

※3 「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」東京証券取引所、2021年8月2日
https://www.jpx.co.jp/listing/others/ind-executive/tvdivq0000001j9j-att/nlsgeu000005pofb.pdf

※4「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」東京証券取引所、2019年11月29日
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20191129-02.html

※5 「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領」(2021年6月改訂版)、東京証券取引所
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008j85-att/tvdivq000000uvc4.pdf


執筆者

小林 昭夫

PwCあらた有限責任監査法人
コーポレートガバナンス強化支援チーム リーダー
パートナー 小林 昭夫