日本経済の持続的発展や社会の安定を図るうえで「少子化対策」は重要な課題の1つです。これまで日本では継続的に少子化の傾向が続いており、年代別の人口構成もいびつになってきています。この傾向が今後も改善されない場合、日本経済の活力や社会保障制度の維持が困難になることが想定されます。この少子化対策は日本経済にとって重要課題であると考え、PwC Japanグループは現代日本人の結婚観や家族観の変化を捉えるため「結婚観・家族観に関するアンケート」を実施しました(インターネット調査、2020年4月10日~11日)。本稿では、その調査結果の概要について紹介し、9項目の政策を提言します。
前編(前号掲載)では提言1から3まで紹介しました。後編では、主として既婚世帯を対象として、子どもを持ちたい/より多く持ちたいと考える人を増やすための6つの方策を提言します。
本調査の主要な結果は以下からご覧いただけます※1。https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/marriage-and-family-views2020-01.html
前編は、以下からご覧いただけます。
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/202109/34-09.html
子育てに自信がない人は理想とする子どもの人数が少ない傾向が見られます(図表1)。
家族形成ステージ別に詳細に傾向を見てみると、未婚者や子どものいない既婚者では、子どもがきちんと成長していくことに対する不安が強い傾向がありました。子どものいる既婚者ではこの不安を感じる割合が下がることから、実際に子どもを持つステージに至っていない人ほど「子どもを育てることは大変だ」というイメージを強く持っていることがうかがわれます(図表2)。
こうした結果から、子育てに対する不安感を払拭することで、子育てを前向きに捉えることができる人を増やすことができると考えられます。
アンケート調査で、「子どもを持つことの〈よくない点〉について、どのようなイメージをお持ちですか」という設問に対する回答のトップ3は、上から順に「子育て・教育にかかる経済的な負担が大きい」49.3%、「子どもがきちんと成長するか不安」41.1%、「自分の自由になる時間が少なくなる」36.2%と続いています(図表3)。
この結果を見ると、経済的支援に関する施策を充実させる(「提言5」参照)だけでは不十分で、子どもを持つ前の人たちにも、自由になる時間がなくなるわけではないことや、自由時間が減ったことを補うような子育ての楽しみがあることなどを知り、子育てに対して希望や自信が持てるようなポジティブな情報発信を増やすことが不可欠と考えられます。
しかし、啓発ポスターやパンフレットの作成、啓発イベントやワークショップの開催等、これまでの行政による広報活動では、情報発信のターゲットである若年層に十分に情報が届かない恐れがあります。若い世代がごく自然に情報に触れる機会をつくるため、SNS等の若い世代が好んで利用するメディアを活用し、インフルエンサーマーケティングのようなアプローチや、双方向で気軽に対話できるような仕掛けを取り入れる等、効果的な新しい手法を取り入れることも重要になってきます。
「理想の子どもの人数」に関する分析結果では、経済的なゆとりがない層では理想とする子どもの人数が低くなる傾向があることがわかりました(図表4)。
「どのような支援があれば、あなたは(現在の子どもに加えてもうひとり)子どもが欲しいと思いますか」という設問に対する回答では、「子どもの教育費に対する助成」「育児手当、児童手当等子育てに対する公的助成」「妊娠・出産に伴う医療費等の助成」「子育てのための住居費用の助成」「育児休業中の所得補填の充実」とトップ5項目すべてが経済的支援に関するもので、第6位の「勤務先の産休・育児休業制度」を上回っています(図表5)。これらの中で、「育児手当、児童手当等の子育てに対する公的助成」(31.5%)、「妊娠・出産に伴う医療費等の助成」(30.8%)は3割を超える人が利用していますが、それ以外は利用したことのある割合は1割程度に留まっています(図表6)。医療費や教育費等の特定費目の助成は、基礎自治体が独自に行っている場合が多く、住んでいる地域によって給付対象の要件や金額が異なっています。健康保険や雇用保険などから、出産休暇・育児休暇中の給与の一定割合が補填されていますが、若い世代ではこのことを十分に知らない場合もあることから、出産費用に関する不安を軽減できるよう、積極的にアピールしていくことが必要と考えられます。
こうしたことを解決するためには、これまでも導入が検討されてきた「N分N乗方式」のような所得税において子育て世帯の負担を軽減する方策(前編「提言2」参照)のほか、所得が少ない場合にマイナス課税の形で実質給付を行う「児童税額控除」や産休・育休期間中の所得保障の仕組みの創設検討など、より積極的に収入を支える方策についても導入検討が必要と考えられます。
また、出産等の一時的な費用については、給与が低い若い世代ほど負担が重くなるため、こうした費用が出産時期を遅らせたり、出産そのものを見合わせたりする要因とならないよう、全額給付とする、ないしは、若年ほど手厚くなる仕組みとする等の工夫が必要と考えます。
一方、経済的なゆとりがある層では、理想の子どもの人数が多い層と少ない層に二極化する傾向が見られています(前掲図表4)。これは、経済的なゆとりがある層では、妻が一定水準以上の所得を得る職に就いており、経済的にはゆとりがあっても、その分時間的なゆとりに乏しい場合が多く、そのことが影響していると考えられます。こうした場合に対する方策は、提言8・9において詳述します。
前述した「子育て・教育にかかる経済的負担」は、回答者の性別や家族形成ステージによらず高い割合の人が感じています(図表7)。また、「どのような支援があれば、あなたは(現在の子どもに加えてもうひとり)子どもが欲しいと思いますか」という問いで最も多かった回答も「子どもの教育費に対する助成」でした(前掲図表5)。これは、保育園・幼稚園や義務教育にかかる費用のほか、親が期待する教育水準が高まり、現在の義務教育における公教育の水準を上回っていることから、塾や習いごと、私立学校への入学等の付加的な教育サービスを求める親が増え、それとともに必要な子育て費用・教育費が高まっていることが指摘できます。こうした子ども一人を育てることにかかる子育て費用・教育費の高額化が多く子どもを持つことへの障壁になっている可能性があります。保育園・幼稚園の費用に関しては、本実態調査(アンケート)後、2020年4月より無償化が図られており、こうした取り組みが広く知られるよう働きかけの促進が必要と考えられます。
また、高校での教育について、生活上必須なシビルミニマムとなっている実態も無視できません。高校中退等が貧困の入口となりやすいことも指摘されており、家庭の経済力の影響を受けず、誰もが高校を卒業できるような仕組みが必要です。そのため、2010年以降、「高等学校等就学支援金制度」が導入され、一定以下の所得の世帯の場合支援金が受けられるようになり、高校通学にかかる教育費用の負担軽減が図られています。こうした制度の活用促進を図りつつ、ニーズに応じて適宜見直しを図りながら、誰もが必要な教育を受けやすい環境をつくることが求められます。
「どのような支援があれば、あなたは(現在の子どもに加えてもうひとり)子どもが欲しいと思いますか」という質問では、経済面では、教育費や妊娠・出産に伴う医療費に次いで「子育てのための住居費用」が上位に挙げられました(前掲図表5)。
住まいの形態別に「理想の子どもの人数」と「実際子どもの人数」のギャップをみると、持ち家の場合にギャップが小さく、民間の賃貸住宅の場合にギャップが大きいという傾向が見られました(図表8)。これは、持ち家に居住する世帯は年収が高く、経済的にゆとりがある世帯が多いことも影響していると考えられますが、世帯年収とこのギャップには特定の傾向が見られないことから、単純に収入(経済力)の問題ではなく、持ち家のように長期的に安定して居住できる住まいを確保できている場合のほうが将来の生活に対する見通しが立てやすくなることが、子どもを持ちやすくしていると解釈できます。
わが国では、長らく持ち家促進政策が採られており、経済対策も兼ねて住宅ローン減税等の持ち家優遇策が採られてきました。近年では、良質な住宅ストックの形成を目的とした「長期優良住宅」や環境負荷軽減を目的とした太陽光発電システムを搭載した場合の追加優遇等、政策誘導的な付加的減税策も施行されています。少子化対策目的で子ども部屋の数を多く確保した住宅の提供や、子どもの人数が多い世帯や年齢の若い子育て世帯が借主となる場合の住宅ローン等に優遇策を設けるといった政策も考えられます。
また、大都市圏を中心に公的賃貸住宅等で「子育て支援住宅」の確保・整備を進めている自治体もあります。数年以内の持ち家購入を条件とし、持ち家購入のための経済的な支援も兼ねた子育て世帯向け居住支援政策を拡充するのも有効と考えられます。
アンケート調査の女性の回答において、正社員・正規職員で就労している人や退職することなく働き続けている層で「理想の子どもの人数」が少ない傾向が見られます(図表9)。
また、妻のライフコース別に理想の子どもの人数と実際の子どもの人数のギャップを調べてみたところ、「退職することなく働き続けている」場合にギャップが大きく、「出産を機に退職し再就職した」場合にギャップが小さい傾向が見られました(図表10)。
このように、経済的な安定が結婚や出産に対する意欲に影響することが確認される一方で、現状では女性(妻)の働き方が子どもの出生数に対してはマイナスの影響をもたらしている実態も明らかになりました。これは、正社員・正規職員の中でも「バリキャリ」と呼ばれるような働き方をする場合に、出産・育児休暇をとることがキャリア形成上不利になり、何度も取得することをためらうことが影響していると推察されます。
政策的には、これまでも、出産・子育てと仕事の「両立支援」という目的で、保育所・こども園等の整備拡充や、主に女性(妻)を対象に、子育てしながら働き続けやすくするための制度・仕組みが作られ、徐々に充実が図られてきました。しかし、今回の分析結果をみる限り、これらの政策ではまだ「不十分」と考えざるを得ません。
人口減少とともに労働力不足を補う観点からも、ダイバーシティ化の観点からも、女性が働くことが普遍化する社会環境の中で、女性が働き続けることが出産・子育てにマイナスとなる状態の改善・解決は必要不可欠な重要な課題です。保育所の拡充や出産・育児休暇制度の充実・取得しやすい環境づくりなどとともに、就業形態の多様化、就業中の家事・育児等の代替手段の整備という観点から新たな両立支援の仕組みを導入する必要があると思われます。例えば、育児「休暇」の長期化でキャリア断絶を深くする形ではなく、急速に進むリモートワーク・在宅ワーク促進の潮流を活かし、早期に復帰し、在宅で子どもをみながら働くことができる仕組みと環境の充実を図ることや、在宅ワーク時間中でもベビーシッターを呼んで一定時間育児を交代してもらえるような仕組みを併用できるようにするなど、複数の支援を組み合わせやすくする工夫も必要と考えられます。
夫婦の役割分担の考え方と「理想の子どもの人数」との関係を見てみると、夫婦がおおむね同等に家事や育児を負担した場合に「理想の子どもの人数」が増える傾向にあります(図表11)。
その一方で、現実には、総じて男性よりも女性のほうが結婚や子どもを持つことに対する負担感が高いことが示されています。また、家族形成ステージによらず、女性における家事・育児の負担や、親戚付き合いを「よくない」と感じる割合が高い傾向が見られています。こうした負担感や不安が、子どもを持ちたい/より多く持ちたいと思うことへの障壁になっている可能性が考えられます。
さらに、夫側の育児休暇取得率が低い、取得した場合でもその期間が短い(図表12)ことからも、家事・育児等の“家庭内労働”時間の確保のあり方に問題があると考えられます。
こうしたことを考えると、前述の、女性を対象とする「出産・子育てと仕事の両立支援の充実」の政策とともに、一緒に家庭を支えるべき男性(夫)を対象とする「出産・子育てと仕事の両立支援の充実」も必要です。異なるのは、男性(夫)向けの政策では、女性とは逆向きに、家事・育児に参加する時間を確保しやすくすることが求められている点です。それにより、女性の家事・育児負担を軽くし、子どもを持ちたい/より多く持ちたいと思う人を増やすことにつながると考えられます。
具体的には、男性(夫)の育児休暇取得や子育て中の時短制度等の活用を強力に推進する施策が必要です。数日から1週間強程度の育児休暇では、子どもとふれあうためのリフレッシュ休暇的な効果しか発揮できず、その受益者は男性本人(夫)に限られます。男性(夫)が育児・家事両面で“家庭内労働”の担い手としてしっかり機能できるようにするためには、最低でも1か月以上の長期の休暇取得が必要と考えられます。特に、出産直後の時期から父親が子育てに参加する機会を充実させることにより、父親の自覚や自身も子育ての担い手であるとの意識の醸成に役立つと考えられます。
また、育児休暇以外の期間でも保育園お迎え等のための就労時間短縮制度、子どもの急な病気などの際の臨時で休める「子どもの看護休暇(早退)制度」等の充実も重要です。さらには、実際にこうした男性による制度利用が進むよう後押しする制度(取得率が低い企業への子育て支援課税等)の導入も検討が重要と考えられます。
以上、子どもを持ちたい/より多く持ちたいと思う人を増やすための6つの提言を行いました。前編(前号掲載)・後編あわせて、日本の少子化を止めるために必要な9つの提言を示しています。日本の少子化対策について検討する上での一助となれば幸いです。
※1 ジェンダー意識や家族のあり方の多様性を踏まえた設問としていますが、一部については社会的な性役割区別に対する意識を問うためにジェンダーロールに関する固定概念を前提とした設問としています。
メールアドレス:jp_pa_shoshikoreika-team@pwc.com
宮城 隆之 PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 パートナー
黒滝 新太郎 PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 シニアマネージャー
東海林 崇 PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 シニアマネージャー
安田 純子 PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 シニアマネージャー
平尾 明子 PwCアドバイザリー合同会社 フォレンジック ディレクター
有澤 卓 PwCコンサルティング合同会社 TMT事業部 マネージャー
井口 条蒔 PwCコンサルティング合同会社 製造業・自動車事業部 シニアアソシエイト
※法人名・役職などは掲載当時のものです。