なくならない不正と内部監査の挑戦

はじめに

不正防止のために、多くの企業でさまざまな取り組みが行われていますが、残念ながら不正はなくなることはありません。不正の類型もさまざまで、会計に関係するものから、データ偽装、品質不正など多岐にわたります。その手口も巧妙化し複雑化する中で、事業部門(第1線)と事業管理部門(第2線)における内部統制の適切な整備・運用は言うまでもなく重要になってきています。加えて、企業のガバナンスを適切に維持するには、第3線である内部監査部門がそれらの有効性を独立した立場から検証できるような組織体制の整備が急務であり、重要度も増してきています。

本稿では、日本公認会計士協会(経営研究調査会)が2021年7月29日付けで公表した経営研究調査会研究資料第8号「上場会社等における会計不正の動向(2021年版)※1」(以下「会計不正の動向に関する報告書」という)を読み解き、内部統制の実効性を担保するための役割を担う内部監査がどのような観点で業務を遂行することが重要になるのかについて解説します。

また、上場会社等が不正・不祥事に関して公表した調査報告書においては、内部監査によって不正の端緒を検出し、内部統制を是正するきっかけとなった記載もある一方で、内部監査の体制、実施方法などが不十分・不適切であったとの記載も多く見受けられます。内部監査部門に求められる不正・不祥事の再発防止に関する提言を分析することで、不正・不祥事の早期発見・未然防止の観点から、内部監査部門に必要となる体制・監査手法などについて考察します。

なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないこと、あらかじめご理解いただきたくお願いします。

1 会計不正の種類と発覚経緯

「会計不正の動向に関する報告書」では、会計不正の類型を主に「粉飾決算」と「資産の流用」に分類しています。同報告書では、日本の証券市場に上場している会社とその関係会社を前提にしているため、傾向としては質的・量的重要性から資産の流用よりも粉飾決算に関する事案が多くなる傾向があると考えられます。図表1(同報告書図表Ⅱ-5)は、2017年3月期から2021年3月期において、会計不正の発覚の事実を公表した上場会社等159社の会計不正のうち、不正の発覚経路が判明するものを分類したものです。

図表1: 会計不正の主要な業種内訳(単位:社数)

発覚経路は、子会社から親会社への事業報告の際に発覚するケース、決算作業プロセスにおいて発覚するケースなど、会社が整備・運用している内部統制によって会計不正が発覚するケースが多いと分析されています。

内部通報により発覚するケースについては、2017年3月期から2020年3月期の期間においては18.4%を占めていましたが、2021年3月期においては4.3%に大きく減少していました。一方、ACFE(Association of Certified Fraud Examiners、公認不正検査士協会)が毎年公表する“2020 Report to the Nations”(邦訳「2020年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」※2)によると、不正発覚のきっかけは、内部通報による発覚が43%で、次に内部監査による発覚が15%となっています。内部通報制度は日本でも近年一般的な仕組みとして、さまざまな企業に採用されてきていますが、ACFEの報告を考慮すると日本の上場会社はその運用について、改善の余地があると思われます。具体的には、内部通報制度自体に抵抗感がある、

内部通報制度が本来想定した用途で利用されていない、通報者が本当に保護されるのか不安などの課題をよく聞くことがあります。不適切な行動を取った当事者が処罰されずに通報者が不適切な取り扱いを受けるのは本末転倒であり、そのような企業文化を許すべきではなく、全従業員に対して継続して丁寧な説明が行われ、理解を促進させる必要があります。また、2022年6月までに施行される予定の改正公益通報者保護法によって各事業者へ求められる体制整備等ともつながる点も多く、今から着実に当該法令にも準拠できるような確認を進めることが必要と考えられます。

内部通報を受けた際の所管部署は、さまざまだと思われますが、内部監査部が実際の調査に関与することも少なくないと考えられます。通報者を保護しつつ、首謀者を特定するために必要な情報を収集する一方で、通報内容自体が事実と異なることも想定されることから、中立的な立場での丁寧な対応が重要になります。

2 共謀による内部統制の無効化

図表2(同報告書図表Ⅱ-6-3)では、会計不正の主体的関与者と共謀の状況がまとめられています。この図によると、日本の上場会社の不正では、役員および管理職が外部共謀または内部共謀により会計不正を実行するケースが多いことが読み取れます。また、一定程度の決裁権限を有する役員と管理職が関与することから、その影響額も非管理職が行うものよりも相対的に大きくなる傾向があります。

図表2: 会計不正の関与者と共謀の状況(単位:社数)

前述のACFEの“2020 Report to the Nations”によると、単独の不正実行者は統制の弱さにつけ込む一方、複数犯の共謀は上層部の意識の欠如と統制を軽視できる環境を悪用すると報告されています。

素晴らしい内部統制を整備・運用していたとしても、複数人による共謀、経営者による内部統制の無効化が生じてしまえば、内部統制は絵に描いた餅となり、当該不適切な処理の影響は相対的に大きくなります。

「わが社の常識は世の中の非常識」という言葉を聞くことがありますが、不正が生じた際に取り組むべき対応として、「企業風土の改革」があります。企業は経営者と従業員だけではなく、株主、取引先、金融機関や監督官庁などさまざまなステークホルダーとの接点を有しており、社会的な役割も担うことを考慮すると、世の中の非常識にならないような取り組みを浸透させることは非常に重要な取り組みと考えられます。

内部監査の視点からは、役員および管理職がどのようなプレッシャーを感じ、具体的にどのような手口で不正を行うことが想定されるのかを内部監査計画の段階で検討しておくことは重要と思われます。また、不正発覚の際に、あとで振り返ってみると、内部監査でもその端緒には気がついていながらも、決定的な証拠を入手できずもう一歩が詰め切れていないケースも見受けられます。内部監査時に徹底的に行うべき事案と判断した場合は、メールレビューの実施や取引先へのインタビューなど、調査手続の範囲を広げて実施すべきです。このような柔軟な対応を検討していくことが結果的には企業グループに与える影響を少なくする可能性があります。

3 不祥事発覚後の内部監査部門への期待

図表3は、2020年9 月から2021年8 月の1年間、上場会社等が適時開示制度等で不正・不祥事に関して公表した調査報告書における内部監査部門の再発防止策に関する記載を対象として分析した結果です※3
図表3: 調査報告書における内部監査部門の再発防止策

各社の調査報告書を分析した結果、最も多かったのは「リスクアプローチの徹底」でした。拠点選定においては、単純なローテーションではなく、財務分析結果、不正の発生可能性等から拠点選定を行うこと、また、監査手続の決定においては、監査対象先の内部統制、取引実態を把握し、不正リスクが高いと判断した領域、例えば、経費申請、協力業者の選定、在庫管理などについては、より強力な監査手続を行うことなどが提言されています。

関連するものとして、内部監査の頻度を向上させるべきとする提言も多くありました。これも深度あるリスクアプローチと同義であると考えられますが、リスクの高い監査エリアには監査のサイクルを何度も回すということが求められています。

2番目に多かったのは「人員の拡充」でした。これにはアウトソースの活用という提言も含まれています。監査対象となるグループ会社数に比して、内部監査部門の人員がまったく釣り合っていないという場合、自ずと監査対象とする拠点数が限られるため、内部監査の活動自体が限定的となり、不正・不祥事の抑止力となり得ません。内部監査の活動を社内に知らしめ、牽制効果を発揮するためにも適切な人員の確保は非常に重要です。

また、会社が直面する多岐にわたるリスクに対応するために、年齢や経歴に偏りのない多様な人員構成とすべきという提言もありました。

3番目に多かったのは「監査の独立性確保または権限の強化」です。監査の独立性確保には、自分が行った業務を自分で監査するような自己監査を避けるために内部監査組織と被監査組織を明確に分けるという提言と、2021年6月に公表された「改訂コーポレートガバナンス・コード」に追加された、社長のみをレポートラインとするのではなく、取締役会や監査役会に直接報告を行う仕組み(デュアルレポートライン)の構築を求める提言もありました。

4番目に多かったのは「監査の専門知識・監査技術の習得」と「社外役員・会計監査人との連携・情報共有」です。「監査の専門知識・監査技術の習得」では、会社およびグループ会社の監査に対する相応の監査経験・スキル不足の改善が求められています。なお、遠隔地の監査を有効に行うための前提となる証憑のデータ化の促進、データ分析の高度化など、リモート監査の強化も提言されています。

「社外役員・会計監査人との連携・情報共有」では、内部監査部門、監査役、会計監査人の連携のみならず、社外取締役との連携も提言されている事例がありました。

なお、ほとんどの調査報告書において内部監査部門への言及があることから、不正・不祥事への早期発見・未然防止に関する責任と期待は非常に大きいと考えられます。

4 内部監査の位置づけと今後の取り組み

不正が生じると、業績や予算達成を最優先する経営スタイルが批判されることがありますが、あらゆる企業は当然、業績目標を有しています。グローバルで前年比○○%の増収増益など、昨年度の売上高を超えるストレッチ目標を設定するのは珍しくありません。不正が発覚した際にこれらの経営方針が問題視されることがありますが、目標が行き過ぎていたか否かを、内部監査部門が内部監査を遂行する際に判断することは非常に困難です。

さらに、自分のレポートラインが社長などの執行側である場合には、よりトップの関与が想定される事案に対して内部監査の機能が有効に働かず、会社の自浄作用が機能しなくなると考えられます。

日本の企業では、内部監査部門が社長直属の組織として整備されることが比較的多いと思われますが、それでは独立した判断を十分に行える前提は整っているとは言い難いと思われます。先の提言でもデュアルレポートラインの確保が謳われていましたが、執行側から独立した立場で内部監査を行える体制整備を行うことは、ガバナンスを適切に機能させるために非常に重要な取り組みであると考えられます。

また、不正が生じると、第3線である内部監査部門に注目が集まることがありますが、一義的には第1線と第2線でいかにリスクを防止・発見できるのかを追及すべきと考えられます。その上で、内部監査部門でそれらの内部統制が適切に整備・運用されているのかを評価することが重要です。特に内部統制の無効化に関しては第1線と第2線では機能しないため、内部監査部門に対する期待値は上がると想定されます。ただ、不正を発見することは非常に困難ですから、内部通報制度などの取り組みがより浸透し、風通しの良い組織風土や不正を許さない企業文化をグループで作り上げていくことは非常に重要となります。どれか1つの方策だけでは不正の防止・発見には不十分であるため、あらゆる方面からの取り組みが今後も必要になってきます。内部監査部門は、自らが行う監査によって不正を発見することに取り組むだけではなく、不正を早期発見・未然防止する仕組みが会社内に適切に構築されているかについて常にアンテナを張り、必要がある場合は経営陣に提言をすることが期待されています。

さらに、テクノロジーも日々進化しており、それに伴う内部監査のアプローチや取り組み方なども変えていくことが、今以上に求められてきています。

内部監査部門は、不正のリスクだけを対象に内部監査を行っているわけではなく、経営課題にいかに対処していくべきかといった経営者目線にも配慮するなど、より幅広い領域についての挑戦が今まで以上に求められてきていると考えます。


※1例えば、国連では、国連責任投資原則(PRI)が公表され、その後、国連の機関投資家向けの投資行動フレームワーク(投資家が人権を尊重するべき理由およびその方法)、国連持続可能な保険原則(PSI)、国連責任銀行原則(PRB)等が策定されており、投資行動においても人権の尊重が強く求められています。

※2 例えば、2013年にバングラデシュで起きた商業ビル崩落事故では1000人以上の死者が出ましたが、そのほとんどは欧米や日本の衣料品メーカーが安価な労働力を求めて現地業者に製造委託した工場の労働者でした。この事故に関しては、NGO、NPO、消費者等からも批判の声があがり、同メーカーのブランドの棄損につながりました。その他サプライチェーン上の製造委託先での労働問題により同様の状況となる例が多くあります。

※3 世界人権宣言、経済的・社会的・文化的権利に関する国際規約及び市民的及び政治的権利に関する国際規約の3つの文書で構成されています。

※4 2021年5月、オランダ・ハーグ地方裁判所は、大手石油会社に対し、気候変動は地域住民の生存権を脅かし、人権侵害をもたらし得ると認定し、気候変動と人権問題の関係を明示した上で、指導原則を企業の注意義務の基準として採用し、CO2排出量の削減義務が存することを判示しました(なお、同年7月に控訴されています)。

※5 一般に、原料生産・調達から、製品・サービスが消費者に使用・廃棄されるまでの一 連のプロセスをいいます。

※6 一般に、企業の事業活動に関連する付加価値の創出から費消に至るすべての過程に おける一連の経済主体もしくは経済行動をいい、原料採掘、調達、生産、販売、輸送、 使用、廃棄等、事業活動に関連する一連の行為と主体が含まれます。

※7 ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法の概要については、PwC弁護士法人のESG/サスティナビリティ関連ニュースレター(2021年10月号)の記事「ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法(人権デューディリジェンス)と日本企業への影響」をご参照ください。
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20211029-1

 


執筆者

真木 靖人

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・内部監査サービス部
パートナー 真木 靖人

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・内部監査サービス部
シニアマネージャー 岡本 真一