サステナビリティ情報開示の動向

はじめに

2015年9月に、年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資を推進する国際的なイニシアティブである国連責任投資原則(UNPRI)に署名したことを発表しました。日本国内におけるESG投資も急速に伸展しており、その投資判断の礎となる企業のサステナビリティ情報開示の重要性がますます高まっています。

企業における非財務情報開示の歴史は比較的古く、1990年代前半に一部の大企業が環境報告書の発行を始めたことに端を発します。財務情報開示とは異なり、非財務情報は企業による自主的な開示として発展をしてきました。しかし、近年、この企業の非財務情報開示に対して、その開示情報を規定するようなスタンダード、フレームワークなどが誕生し、企業情報開示のランドスケープが大きく進展しつつあります。そこで、本稿では改めて企業のサステナビリティ/非財務/ESG情報開示とは何かを再検討し、それを規定する新たな流れについて簡単に紹介します。なお、本稿では非財務情報、サステナビリティ情報、ESG情報は全て同義として使用しています。

なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人または所属部門の正式見解でないことをあらかじめお断りします。

1 ESG情報開示の重要性

環境省の「環境にやさしい企業行動調査」によると、国内の上場企業および従業員500人以上の非上場企業の半数以上がサステナビリティ報告書、統合報告書などで年次のESG情報開示を実施しています。では、なぜ企業はESG情報を開示するのでしょうか。

2011年に発表されたロバート・エクルスらの論文※1によれば、1990年代から環境や社会側面での方針を掲げ、実際に取り組みを進めてきた企業(原文では高サステナビリティ企業と定義されている)は、そうでない企業(低サステナビリティ企業)に比べ、2011年時点で株価に1.5倍程度の差が出ているという結果を示しています。

ここで用語の定義を確認しておきます。企業が環境や社会問題に取り組むことに対して、2000年頃からCSR(企業の社会的責任)という言葉がよく使われてきました。CSRとは事業所における環境保全や労働安全衛生、社会貢献活動など社会や環境に配慮した活動などとして捉えられてきました。一方で、欧州を中心としたグローバル企業がESG領域を示す言葉として使っている「コーポレートサステナビリティ(Corporate Sustainability)」は、それよりも広い概念です。コーポレートサステナビリティとは、中長期的な社会の変化(メガトレンド)を踏まえて、戦略を立案し、行動をとり、パフォーマンスを測り、結果を発信し、フィードバックを踏まえ、改善や革新を行うことです。図表1はCSRからコーポレートサステナビリティへどのように変遷してきたかを示しています。このコーポレートサステナビリティの実践には、通常の意思決定より長期的思考が求められるとともに、多様なステークホルダーからのインプットを考慮し、それを生かすことが期待されています。そして、そのような戦略や取り組みをステークホルダーに伝え、企業が長期的に価値を生み出す能力を持つと示すことがサステナビリティ情報開示の意味であり、昨今の統合報告の流れにもつながっています。つまり、サステナビリティ情報開示とは、企業が長期的な視点で直面する機会やリスクに対する自社の対応を示すものです。よって事業内容や産業ごとに課題は異なることから、サステナビリティ情報として扱われる領域は非常に多岐にわたります。

図表1 CSRからコーポレートサステナビリティへ

2 サステナビリティ情報開示と開示基準の変遷

企業にとってますます重要性が増しているサステナビリティ情報開示ですが、具体的にどのような情報が開示されているのでしょうか。国内企業がサステナビリティ情報開示のフレームワークとして最も活用しているものは、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)のGRIスタンダードであり、多くの日本企業がGRIスタンダードに則ってサステナビリティ情報を開示しています。GRIは1997年にコフィ・アナン元国連事務総長によって提唱されたイニシアティブで、オランダに拠点を置く国際NGOです。GRIが策定するGRIスタンダードは、マルチステークホルダーを対象としたサステナビリティ開示基準であり、環境側面、社会側面、経済側面のさまざまな課題が網羅されています。それらの網羅的な開示項目の中から、企業は自社の中長期的な成長や発展に関連するものを検討し、開示することが期待されています。このマテリアリティの原則は、現在サステナビリティ情報開示における基本的な考え方となっています。1997年の策定以降、しばらくの間は、企業はこのGRIスタンダードに基づいて、地域社会や一般消費者などのマルチステークホルダーに向けて開示することが一般的になっていました。

ところが2010年以降、ESG投資に対する関心の高まりを受けて、国際統合報告評議会(IIRC)やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が設立され、マルチステークホルダーではなく、投資家を対象としたESG情報開示のフレームワークが現れます。IIRCは、統合思考(組織内のさまざまな事業単位および機能単位と、組織が利用し影響を与える資本との関係について、組織が能動的に考えること)に基づき、組織が長期にわたってどのように価値を創造するかを説明するための枠組みである統合報告フレームワークを2013年に発表します。また、SASBは、企業が投資家にとって最も重要なサステナビリティ課題を特定、管理、報告することを支援するため、77の産業別に、それぞれの産業における財務的に重要なサステナビリティ開示指標を、SASBスタンダードとして2018年に発表しました。このように、サステナビリティ情報の開示は、マルチステークホルダー向けの開示としてだけでなく、投資家向けの開示としても重要性を増してきています。

これらのスタンダード、フレームワークはいずれも強制力のない任意の基準ではありますが、PwCが2021年10月に日本を代表する日経225銘柄の225社を対象に実施した調査によると、75%の日本企業がGRIスタンダードを、68%の企業が統合報告フレームワーク(通称<IR>フレームワーク)を、そして24%の企業がSASBスタンダードを参照し、情報開示を実践していることが明らかになっています(図表2)。これらの基準は、企業がどのようなサステナビリティ情報を開示するかを検討するにあたり、現在、非常に重要な役割を果たしています。

図表2 日本企業が活用しているサステナビリティ開示基準

近年では、これらの自主的なスタンダードに加え、非財務情報開示の義務化の動きもあります。欧州では、欧州委員会により企業の非財務情報開示の義務化に関する会計指令の改正(EU指令 2014/95/EU)が2014年12月に発行され、2016年12月以降、EU加盟国は指令に基づく各国法規制を施行しています。この指令はさらに改訂され、2021年4月には企業のサステナビリティ報告に関する指令(CorporateSustainability Reporting Directive)が提案されています。この提案のもとで、現在欧州委員会ではEUのサステナビリティレポーティング基準の策定が進められています。

2021年11月には、国際会計基準を策定するIFRS財団から国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立が発表されました。このISSBの設立に端を発し、先述のIIRCとSASBが合併し、価値報告財団(Value Reporting Foundation:VRF)に統一されること、さらにVRFが2022年6月末にIFRS財団に統合されることも発表されました。2022年末までにはISSBよりサステナビリティ一般および気候変動に関する開示基準が公表される予定になっています。今後ISSBから発表される基準においては、そこにサステナビリティの専門知見を提供するIIRCとSASBのフレームワークやスタンダードの考え方が、引き続き重要な役割を果たすものと考えられます。

3 ESG格付け

英国のシンクタンクSustainAbility社が2020年に発表した調査レポートによると、投資家はESG投資における企業評価において、企業から開示される統合報告やサステナビリティレポートと同様に、ESG格付けを重要な情報源としていることが明らかになっており、前述の開示基準と並び、企業のESG情報開示の在り方に大きな影響を与えています。現在、世界には数多くのESG格付けがありますが、SustainAbility社が実施している調査「Rate the Raters」の最新の調査結果によると、グローバルな専門家によって品質が高いと評価されているESG格付けとして、S&P GlobalCorporate Sustainability Assessment(CSA)、CDP、SustainalyticsESG Risk Ratings、MSCI ESG Ratingsなどが挙げられています。またPwCが毎年実施している調査によると、企業がこれらのESG格付けに取り組む目的は、本来の目的である株主や投資家に対するパフォーマンスの提示だけでなく、「サステナビリティマネジメントを推進するための目標値の設定や他社比較のため」および「最新のサステナビリティのテーマやトレンドを把握するため」であるとされています(図表3)。つまり、ESG格付けや情報開示は単にステークホルダーのためだけのものでなく、企業のマネジメントのツールとしても非常に重要な役割を果たしています。

図表3 企業にとってのESG格付けの価値

4 おわりに

本稿では企業のサステナビリティ情報開示とは何か、そしてそれを規定するスタンダード・フレームワークの動向について概説しました。

図表4のとおり、1990年代~2000年代後半は、企業がマルチステークホルダー向けに「環境・CSR情報」を中心として積極的に情報開示を行っていましたが、投資家がそれをもとに意思決定を行うことはありませんでした。この時代、非財務情報の開示基準は存在したものの、財務からは完全に独立しており、非財務情報開示は「資本市場に向けたもの」とは言い難かった側面があります。とは言え、基準が存在していたことから、基準策定機関もアクティブになっています。

図表4 ESG情報開示における主要プレーヤーとその変化

2010年代になると統合報告フレームワークが登場し、非財務情報開示は投資家向けの側面が強くなり、投資家がアクティブになっています。ESG投資が急速に進展する中、投資判断の際に非財務情報が重要視されるようになり、投資家が主要プレイヤーとして台頭してきたのです。ただ、開示基準は依然として非財務単独であり、基準を策定する機関が財務・非財務それぞれ乱立する一方、規制当局や証券取引所の関与はありませんでした。

そして2020年代に入り、IFRS財団のISSB設立によって財務・非財務情報が融合されようとしており、まさに今「非財務情報開示に関わる全てのプレイヤーがアクティブとなった状況」が実現しました。ここから真の意味で、財務・非財務が統合された情報開示が行われ、それをステークホルダーが意思決定に活用していく、という流れになっていきます。

今後はサステナビリティ情報を通して、企業が長期的な視点で成長・発展を志向しているかを示すことがますます求められると考えられます。それは言い換えると「コーポレートサステナビリティ」の実践、つまり「中長期的な社会の変化(メガトレンド)を踏まえて、戦略を立案し、行動をとり、パフォーマンスを測り、結果を発信し、フィードバックを踏まえ、改善や革新を行うこと」ではないかと思います。


※1 Robert Eccles, Ioannis Ioannou, George Serafeim (2011). The Impact of a CorporateCulture of Sustainability on Corporate Behavior and Performance. Workingpaper (Harvard Business School, Division of Research), 12–035: 1-56.


執筆者

田原 英俊

PwCあらた有限責任監査法人
サステナビリティ・アドバイザリー部リーダー/ESG戦略室リーダー
パートナー 田原 英俊