企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」)は、2022年3月15日に、実務対応報告公開草案第63号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(以下、「本公開草案」)および「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」(以下、「本論点整理」。本公開草案とあわせて「本公開草案等」)を公表しました。
本公開草案は、金融商品取引業等に関する内閣府令(以下、「金商業等府令」)第1条第4項第17号に規定される「電子記録移転有価証券表示権利等」を発行または保有する場合の会計処理および開示に関する取扱いを明らかにすることを目的としています。また、本論点整理は、金融商品取引法上の電子記録移転権利または「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号。以下、「資金決済法」)における暗号資産に該当するICO(Initial Coin Offering:企業等がトークン〔電子的な記録・記号〕を発行して投資家から資金調達を行う行為の総称)トークンの発行および保有に係る取引に関する会計基準を整備していく一環として、関連する論点を示して、基準開発の時期および基準開発を行う場合に取り扱うべき会計上の論点について関係者からの意見を募集することを目的としています。
本稿では本公開草案等について、公表の背景およびそれぞれの提案の概要について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。
2019年に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様性に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第28号)により、金融商品取引法が改正され、収益分配を受ける権利が付与されたいわゆる投資性ICOについて金融商品取引法の規制対象であることを明確化し、各種規定の整備が行われました。具体的には、従前、流通する蓋然性が低いとされ、第二項有価証券として分類されてきた集団投資スキーム持分等※1について、ブロックチェーン等の電子情報処理組織を利用して移転できる財産的価値に表示される場合には株式等と同様に事実上流通し得ることを踏まえて「電子記録移転権利」と定義し、第一項有価証券に含めることで投資家への情報開示制度の拡充を図りました。また、投資性ICO以外のICOトークンについては、あわせて改正された資金決済法上の「暗号資産」に該当する場合は、引き続き資金決済法の規制対象に含まれることとされました(図表1)。
なお、ここでいう「暗号資産」は、金融商品取引法第2条第3項に規定する電子記録移転権利を表示するものを除く、以下のものとなります(資金決済法第2条第5項)。
一 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの 二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの |
こうした法整備の背景を踏まえ、2019年11月に公益財団法人財務会計基準機構内の基準諮問会議により、以下について検討を求める提言がなされました。
その後、2020年5月に改正された金商業等府令において、「電子記録移転権利」より広い概念である「電子記録移転有価証券表示権利等」(後述の2 1.参照)が定められたことを踏まえ、ASBJはこれらについての検討を重ね、今般、上記1.については範囲を広げて電子記録移転有価証券表示権利等を対象とする本公開草案、上記2.については本論点整理を公表しました。
本公開草案は、株式会社が電子記録移転有価証券表示権利等を発行または保有する場合の会計処理および開示を対象としています。
「電子記録移転有価証券表示権利等」は、金商業府令第1条第4項第17号に規定される権利をいい、金融商品取引法第2条第2項に規定される有価証券とみなされるもの(以下、「みなし有価証券」)のうち、電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値に表示される場合に該当するものをいいます。
(参考)金融商品取引法第2条第2項のみなし有価証券 (1)次の有価証券※2に表示されるべき権利(有価証券表示権利)のうち、当該権利を表示する当該有価証券が発行されていないもの
(2)次に掲げる権利※3
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出典:ASBJ「実務対応報告公開草案第63号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」の公表」の中の「【参考】みなし有価証券について」
なお、特別目的会社や投資事業組合などの株式会社以外の会社に準じる事業体等※5の電子記録移転有価証券表示権利等の発行および保有については、本公開草案ではなく、本論点整理で取り扱われています(後述の3参照)。
電子記録移転有価証券表示権利等は、その定義上、いわゆるブロックチェーン技術等を用いて取引される点を除けば、従前のみなし有価証券と権利の内容は同一であると考えられます。そのため、本公開草案では、電子記録移転有価証券表示権利等の発行および保有の会計処理について、基本的に従来のみなし有価証券を発行および保有する場合の会計処理と同様に取り扱うこととしています。
現状、有価証券を発行した場合、払込金額が負債となるか株主資本となるかについての明確な会計基準は存在しないため、有価証券の法的形式等を勘案して、実務では、対応されていると考えられます。そこで、本公開草案において、電子記録移転有価証券表示権利等を発行した場合の払込金額の区分について特段の定めを置かず、現行の実務を参考にすることが考えられるとしています。
また、電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額について、負債または株主資本の区分に応じて、図表2のとおり会計処理することとしています。
なお、本公開草案では、その範囲を株式会社の会計処理に限定したため、電子記録移転有価証券表示権利等と権利の内容が同一である金融商品取引法上のみなし有価証券に該当するものの、金融商品会計基準上の有価証券に該当しない電子記録移転有価証券表示権利等(一部の信託受益権。詳細は後述(3)参照)の発行の会計処理は取り扱われていません(図表3)。
金融商品取引法第2条第1項および第2項で定義される金融商品取引法上の有価証券については、金融商品会計基準および日本公認会計士協会会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「金融商品実務指針」。また、金融商品会計基準および金融商品実務指針を合わせて、以下、「金融商品会計基準等」)上、有価証券として取り扱われるものと取り扱われないものがあります(金融商品実務指針第8項、第58項)。
本公開草案では、図表4のとおり、電子記録移転有価証券表示権利等と権利の内容が同一であるみなし有価証券が金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合と該当しない場合に分けて会計処理を行うことを提案しています。
本公開草案の検討の過程では、電子記録移転有価証券表示権利等の売買契約に対して既存の金融商品実務指針における約定日基準の定め(金融商品実務指針第22項)を適用することも議論されました。しかしながら、電子記録移転有価証券表示権利等の売買に係る事例が限定的である現状を踏まえると、約定日および受渡日が明確ではない場合も生じ得ること、また、実務上、約定日から受渡日までの期間が市場の規則または慣行に従った通常の期間であるかどうかの判断が困難である可能性があることが指摘されました。
そのため、電子記録移転有価証券表示権利等の売買契約における、約定日に相当する時点、受渡日に相当する時点および約定日に相当する時点から受渡日に相当する時点までの期間について検討した結果、図表5のとおり、電子記録移転有価証券表示権利等の売買契約における発生および消滅の認識について、別途の定めを置くこととされました。
金融商品取引法上の有価証券であっても、金融商品会計基準等において有価証券として取り扱われないものに、信託受益権(金融商品取引法第2条第2項第1号および第2号に該当するものに限る)が該当します。この場合、金融商品実務指針および実務対応報告第23号「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(以下、「信託報告」)の定めに従って行うこととしています。
ただし、金融商品実務指針および信託報告の定めに基づき、結果的に有価証券とみなすものや有価証券に準じて取り扱うこととされているもの(例えば、信託受益権であっても、優先劣後等のように質的に分割されており、信託受益権の保有者が複数の場合〔金融商品実務指針第58項〕)についての発生の認識(信託設定時を除く)および消滅の認識は、上記①の「金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合」の定めに従って行うこととしています。
本公開草案では、電子記録移転有価証券表示権利等を発行または保有する場合の表示方法および注記事項は、みなし有価証券が電子記録移転有価証券表示権利等に該当しない場合に求められるものと同様とすることとされています。
本公開草案が最終化された場合には、電子記録移転有価証券表示権利等を保有する場合の発生および消滅の認識について、金融商品実務指針とは異なる定めとしていることから、適用にあたっては、一定の周知期間を設けることとして、2023年4月1日以後開始する事業年度の期首からの適用としています。
ただし、改正された金融商品取引法は2020年5月からすでに施行されていることを踏まえ、早期適用を認めることとしています(図表6)。
本論点整理は、資金決済法の暗号資産に該当するICOトークンの発行および保有に関する論点と、電子記録移転有価証券表示権利等の発行および保有に関する論点に分けて整理しています。後者は、先に説明した本公開草案では取り扱っていない一部の論点を取り扱っています。
ICOについて、明確な定義はありませんが、一般に、企業等がトークンと呼ばれるものを電子的に発行して、公衆から法定通貨や仮想通貨※9の調達を行う行為を総称するものとされており(「仮想通貨交換業等に関する研究会」報告書)、トークン購入者の視点から、前掲の図表1のとおり、ICOトークンの分類が示されています。
本論点整理では、「その他権利型」と「無権利型」の資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行および保有に関する論点を取り扱っています。また、「投資型」については、前述の本公開草案で取り扱っていない論点についてのみ、本論点整理に含めています。
本論点整理では、主要な論点(図表7)とその他の論点(図表8)に分けて、論点を整理しています。図表7と図表8では、それぞれの論点とASBJの予備的な分析の要旨について示しています。
本公開草案等について、コメント期限は2022年6月8日となっています。本公開草案は、寄せられた意見を踏まえてさらに検討が行われ、最終的に実務対応報告として公表されることになります。また、本論点整理については、寄せられた意見を踏まえて会計基準の整備に向けた検討が行われる予定です。
※1 金融商品取引法第2条第2項各号に規定される信託受益権、合名会社、合資会社および合同会社の社員権、民法上の任意組合契約に基づく権利、商法上の匿名組合契約に基づく権利、投資事業有限責任組合契約に基づく権利、有限責任組合契約に基づく権利等をいう。
※2 一部の有価証券のみ記載している。
※3 一部の権利のみ記載している。
※4 金融商品取引法第2条第2項第5号の要件を満たすものがみなし有価証券に含まれる。
※5 株式会社以外の信託、持分会社、民法上の任意組合、商法上の匿名組合、投資事業有限責任組合および有限責任事業組合を意味する。
※6 金融負債とは、支払手形、買掛金、借入金および社債等の金銭債務ならびにデリバティブ取引により生じる正味の債務等をいう。
※7 短期間かどうかは、わが国の上場株式における受渡しに係る通常の期間とおおむね同期間かそれより短い期間であるかどうかに基づいて判断することが考えられるとされている。
※8 民法上の組合、匿名組合、パートナーシップ、およびリミテッド・パートナーシップ等をいう。
※9 2019年の資金決済法の改正により、仮想通貨は暗号資産に呼称が変更されている。
PwCあらた有限責任監査法人
アカウンティングサポート部 ディレクター
井上 雅子