企業のDXにおける現状と課題 ── 会計データの自動抽出を可能にするシステム「Extract」の導入事例を起点に考える

はじめに

日本企業において、老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システムのデジタル・トランス・フォーメーション(DX)を本格的に進めたとしても、データの利活用・連携が十分に実行できないため、その効果も限定的であるという問題が指摘されています。データの利活用を促進するためには、まずはデータの連携や標準化が重要になります。

監査業務におけるデータ自動連携と標準化を実現する取り組みの1つが、2020年7月より運用を開始した「Extract」です。これはPwCが開発した独自のツールで、被監査会社のERP(統合基幹業務システム)から会計データを自動抽出し、PwCのセキュアなデータプラットフォームにデータを連携することを可能とします。本稿では、Extractをはじめとするテクノロジーを活用することで監査がどのように変わっていくのかについて解説します。

文中における意見は、全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 Extractとは

Extractは、PwCが開発した、被監査会社のERPから会計データを自動で抽出するシステムです(図表1)。データは暗号化・圧縮され、PwCのセキュアなデータプラットフォームに連携されます。これまで手作業で実施されていたデータの取得を自動化し、データ提供プロセスを簡素化することで、被監査会社と監査人の双方の時間を削減します。連携されたデータは一定のフォーマットに変換され、データプラットフォームにデータを蓄積し、全ての監査業務で使用するPwCの電子監査調書システム「Aura」などと連携することにより、監査の効率化・高品質化を実現します。

図表1 Extractの特徴

Extract導入以前は、監査手続に必要なデータの提供依頼を監査チームから受け取った後、被監査会社が手動でデータをERPなどのシステムから抽出するという流れでした。抽出したデータをそのまま提供できる場合ばかりではなく、指定のフォーマットへの変換を依頼しなければならない場合もあり、被監査会社の担当者にとって大きな負担となっていました。

Extractは、データの抽出や標準フォーマットへの変換、監査チームへの送信といったプロセスを自動化することができます。既に導入済みの被監査会社では、Extractを用いて一部のプロセスの自動化を実現しています。

2 Extract導入による仕訳テストの自動化と適時モニタリング

仕訳テスト※1は、一定の期間内に計上された仕訳に対してまとめて行われるのが一般的です。被監査会社から年間の仕訳データを入手し、その仕訳データが漏れなく抽出されているかを確かめた上で検証を開始するため、事前準備に1週間程度かかることもあります。網羅的に仕訳データが抽出できていない場合や決算整理仕訳を追加で計上した場合など、何度も仕訳データの抽出、標準フォーマットへの変換、監査チームへの送信を繰り返すことがあり、これらは、期末監査の限られた期間において被監査会社・監査チームともに多大な負担を感じるプロセスです。

Extractを導入することで、被監査会社の担当者の手を煩わせることなく、監査手続を開始するまでに必要なプロセスを自動で行い、すぐに異常な仕訳の抽出や裏付け資料の閲覧といった本質的な業務に取り掛かれる環境を作り出すことができます。また、異常な仕訳に対して監査人が迅速に対応できるようになり、監査品質の向上が期待され、監査人の適時モニタリングによる業務の前倒しにもつながると考えられます。

3 企業のDXにおける現状と課題

被監査会社とともにExtract導入のための検討を進めていく中で、新たなテクノロジーの導入効果を得るにはいくつか課題があることが明らかになってきました。

(1)データの精度

まずはデータの精度の課題です。例えば、購買プロセスを分析する場合、仕入先のマスターデータと連携させて分析を実施しますが、支払い条件や仕入先区分などのマスターデータが適切に運用されておらず、分析に必要なデータを入手できないことがあります。実際に、企業によってはマスターデータを参考情報程度にしか利用していないケースがまだまだ散見されるため、今後改善すべき課題と言えます。

(2)データ形式

2つ目はデータ形式の課題です。詳細な分析を行うには取引単位でのデータが必要になりますが、会計システムへの登録が取引単位で行われていないケースがあります。例えば、購買システムと会計システムが別々に運用され、月次バッチ処理で合計仕訳が起票されるような場合、会計システム上のデータだけでは取引単位で分析することができません。取引単位の分析を行うとしたら会計システムと購買システムの双方のデータを抽出することが前提になりますが、抽出の仕組みが複雑化し、抽出したデータの信頼性を担保することが容易ではなくなります。

日系企業は販売管理システムや購買管理システムが会計システムとは分かれているケースも多く、これらを統合していくことも今後の課題となります。

(3)プロセスのデジタル化

最後はプロセスのデジタル化の課題です。データの抽出や分析にテクノロジーを活用する場合、システム内でデータとして記録が残っているプロセスしか扱えません。例えば、紙の書類に押印するといったシステム外での承認を行う場合、承認に関するデータ自体が存在せず部分的にしか分析できないため、分析から得られるインサイトも限定的になります。今後の課題として、あらゆる業務プロセスをシステム内で行いデータ化することが挙げられます。

これらの課題を解決するには、被監査会社のデジタル化を強力に推進する必要があります。監査業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、被監査会社と監査法人の二人三脚で進めることが重要になります。

4 テクノロジーの導入がもたらす監査法人の変化

現状、標準的な業務プロセスにおける会社内部のデータ同士の連携による分析を中心にテクノロジーの導入が進んでいます。被監査会社および監査法人双方のDXがさらに進展していくと、公開されている外部データとの連携や新たなテクノロジーにより監査業務の変革が一層進んでいくでしょう。

そして、被監査会社の競合他社の公表データと連携することで監査のリスク評価を行ったり、金融機関の入出金データと連携することで売上や仕入の取引テストを自動化したりすることも可能になるかもしれません。また、AIを活用した不正取引検知ツールの高度化によって不正の早期発見も期待できます。

DXに係る取り組みは企業によって温度差があるものの、デジタル化は今後ますます進展していくと想定されます。DXを推進する際は、個社だけで取り組むのではなく、競合他社との協調領域の形成やDX推進にあたり対等な立場で伴走できる企業とのパートナーシップの構築が重要になります。監査法人も企業とともにDXを推し進める存在となるために、時代の変化に柔軟に対応できるように自らを律していきたいと思います。


※1 仕訳テストとは、経営者による内部統制の無効化に関係したリスク対応手続の一環であり、監査人が財務諸表作成プロセスにおける重要な仕訳入力およびその修正について検証する手続を言います。


執筆者

尻引 善博

PwCあらた有限責任監査法人
コンプライアンス・テクニカル・ソリューションズTCC部長
パートナー 尻引 善博