PwCあらた基礎研究所だより 第5回 コーポレートガバナンスと監査 ── 英国における改革の最新動向

はじめに

本連載の第2回では、21世紀初頭までにさまざまなコーポレートガバナンスに関する仕組みが各国で作られてきたことについて取り上げました。このうち英国では近年、社会的な影響の大きな企業における会計不正事件が頻発し、それに対応する形で監査改革が進められています。コーポレートガバナンスと監査との関係で、改革の特徴を一言で示せば両者を一体として改革するホリスティック(包括的)アプローチが英国政府から提示されていることが挙げられます。

その後、英国における改革の動きは、どのように進行しているでしょうか。本稿では、2022年5月31日までの情報をもとに動向を振り返ってみましょう。

なお、本稿における意見にわたる部分については筆者の個人的な見解に基づくものであり、所属するPwCあらた有限責任監査法人の見解ではありません。

1 改革に至る経緯(2021年まで)

2010年代の英国では、建設業における代表的な企業として長い歴史を有し、パブリックセクターとの関係も密接であった名門大手建設会社に代表される、大規模企業における会計不正事件が次々と明らかになりました。これらの事件により、英国大企業におけるコーポレートガバナンス、(外部)監査に対する社会の信頼性に疑問が呈され、英国議会の主導により詳細なレビューが実施されました。

その結果は3つの主要なレビュー報告書として、2018年から2019年にかけて公表されました(図表1)。それらの成果を踏まえ、英国政府、ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business,Energy and Industrial Strategy:BEIS)が立法化に向けた準備に取り掛かりました。

図表1 2021年までの主な経過

しかし、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行や、英国のEU離脱(Brexit)とも時期が重なり、政府の作業は次第に遅延していくこととなりました。

最終的には、2021年3月に至りようやくホワイトペーパー「監査およびコーポレートガバナンスに対する信頼の回復:改革に向けた提言」(“Restoringtrust in audit and corporate governance: proposalson reforms”)が公表され、同年7月まで広くステークホルダーからのコメント聴取が行われました。コメントが締め切られた後は、多数の意見を踏まえて検討が行われ、政府による改革の実行のための立法化に向けた公開フィードバックが待たれることとなりました。

2 2022年に入ってからの改革に向けた動き

当初、2021年秋ごろに公表が予定されていたBEISによる公開フィードバックの文書について、省庁での調整は、遅くとも2021年内には完了していた模様ですが、担当大臣に挙げられ、政権内での大臣間の調整に多くの時間を要したとされています。

折しも政権内では、英国の感染症対策の一環で行動制限が発せられていたロックダウン期間中、ダウニングストリートにおいて繰り返しパーティーが開催されていた問題が明るみに出ました。これにより世論の激しい批判を浴びた政権にとって、支持率が急速に低下した時期とも重なりました。

英国議会は、新しい会期の始まりにあたり、いわゆる「女王演説」(Queen’s Speech)において、向こう1年間の政権における優先事項が明らかにしています。直前の地方選挙で大苦戦した現政権は、2022年5月10日の皇太子が代行した女王演説にて、2022/2023年の会期ではビジネス上の諸改革よりも、有権者により直接アピールする政策を優先させることを余儀なくされました。

具体的にはBEISは、英国の監査および企業報告制度を刷新し、法定監査市場における回復力と選択肢を増やし、世界をリードする投資先としての英国の評判を強化するための法案(draft Bill)を作成、公開することを表明しました。

ここで法案の表現がとられていることから、諸改革に向けた実際の立法化の時期が不明確となり、FRCの後継となる規制機関の発足のための立法化も当初予定されていた2023年よりも遅れる可能性が極めて高くなりました。

他方、法案であれ女王演説の付属文書で取り上げられたことを、政府による改革へのコミットメントが示されたと評価することもできます。

ここで特筆しておきたいことは、会計不正の責任を問われ、キングマン・レビューの直接の対象となったFRCの動きです。2019年よりCEOとしてFRCを率いているジョン・トンプソン氏のもと、後継の規制機関となる監査・報告・ガバナンス庁(Audit Reportingand Governance Authority:ARGA)の発足に向けて、急速な改革を進めています。

図表2は2022年に入ってからの動向を時系列にまとめたものですが、規制機関であるFRCがいかにスピード感をもって行動しているかが示されています。

図表2 2022年に入ってからの主な動向

FRCにおける改革の動きのうち、4月に公表された「3カ年計画」では、新たなARGAの設立に向けられた、FRCの進捗状況を示す「3カ年計画」を発表しました。ARGAに向けてさらなる一歩を示したものとして評価されています。

すなわち、本計画立案の前提として、4月時点で2023/24年をARGA発足初年度となると予測しています。これはこれまで想定されてきたARGAの発足年度にあわせたものであり、ARGAにて政府の法定資金(Statutory Funding)による資金調達が開始されるとすることを意味しています。

また、FRCからARGAへの移行に伴い、人員やコストの増加が右肩上がりにて見込まれています(図表3)。そのうえで、2025年以降における安定的な推移を目指すものとされています。

図表3 FRCの人員および支出額の予算

ところで、監査事務所ガバナンスコードが英国で最初に公表されたのは2010年1月に遡ります。当初はFRCの依頼を受けたイングランド・ウェールズ勅許会計士協会(Institute of Chartered Accountantsin England and Wales:ICAEW)がプロジェクトチームを形成して検討、コードはFRCと共同にて発出されています。

その後、コードに関するスコープに含まれる監査事務所における適用状況についてハイレベルのレビューが行われ、2016年にはFRCによる初めての改正が行われました。コードはこのときから、FRC単独にて発出されています。

2022年、監査改革の流れを受けた最大規模の監査事務所における業務分離の導入、および2016年コードについてFRCによる事務所の適用レビューにおける発見事項を考慮したうえで、再び改正が行われました。

ここで、本コードはあくまで事務所に対して全体として適用されるものであり、監査プラクティスのみに対して適用されるわけではありません。監査プラクティスが他から業務上分離されている場合であっても、引き続き事務所全体に対して適用されることとなります。

3 BEISによる公開フィードバック

2022年5月31日、BEISは、監査およびコーポレートガバナンスへの信頼の回復を目的とした改革に関する協議について、対応ステートメント(以下、ステートメント)を発表しました。これは、キングマン、CMA、およびブライドンのレビューから155の推奨事項のほぼ全てをカバーする98の質問からなります。BEISは、金融セクターの全て、またそれ以外のセクターから、合わせて600超のコメントを受け取りました。

ステートメントは、寄せられたコメントから得られたテーマを要約しています。また、BEISが女王演説で述べられたように一次法令を通じて、また、大臣が会社法に基づいて潜在的に有する既存の権限に基づく下位法令を通じて、さらに新たに定められ、また強化される規制等の方法も通じて前進させる提案の概要を示しています。これ以上は検討されない提案も示されています。

監査改革法案の一環として一次法令を通じ進められる提案は、上院と下院との合同委員会によって「立法前の調査」のステージに入ることが可能となります。委員会は、法案のメリットを証明し政府に報告し、さらなる協議を経ることとなります。その後、翌2023年の女王演説を経て本法が正式に議会に提出され、委員会段階での個別条項の検討を含め、通常の立法段階を経ることが予想されています。他の方法で導入される変更についてはより早まる可能性もありますが、議会を経る必要のある法律につき最も早い発効日は2024年と予想されています。

政府回答のポイントは、以下のようにまとめられます。

全体的なアプローチ

  • 英国の企業報告、ガバナンス、監査システム全体に及ぶ包括的な改革のパッケージである。
  • 改革に必要な時間はまだ確立されていないが、さらなる年数を要すると見込まれる。BEISは、測定可能であり管理可能な変革のペースを提供するのに必要な最低限のリードタイムを、慎重に検討することを強調している。
  • 実行にあたっては、一次および下位の法令や、英国コーポレート・ガバナンス・コード(以下、コード)などの既存の手段を含む、可能な限りさまざまなメカニズムを通して行われる。

主要な提案の内容

  • PIEの定義は、私企業、AIM(AlternativeInvestmentMarket)取引所上場企業、LLP、第三セクター組織にまで拡大され、従業員750人以上かつ売上750百万ポンド以上(750:750 threshold)に当てはまるものとされる。PIE制度は、複数の階層のPIEに適用される、異なる要求事項を備えた細分化された基準に移行する。
  • コードは取締役会に対し、内部統制システム(財務、業務、コンプライアンス)の有効性に関する明示的なステートメントと、取締役による評価の基礎を提供することを求めるよう改訂される。
  • 監査・保証ポリシー、レジリエンスステートメント、および不正の防止と摘発に関する取締役による開示について、立法化がなされる予定である。
  • ARGAが設立され、PIE企業の取締役に対しより大きな執行権限を持つようになる。
  • 「管理された共同監査」(Managed SharedAudit)が立法化を通じてFTSE350に導入され、その免除を決定する権限を有するARGAにより段階的に適用される。
  • 資本維持および配当の適法性をめぐり新たな開示が求められる。
  • 監査における入札および監査の質のモニタリングをめぐり、監査委員会の最小限の基準が導入される。
  • 最大規模の監査事務所における業務分離が正式化される。

4 おわりに──ホリスティックアプローチの行方

こうした動きは、監査、企業報告、およびコーポレートガバナンスの基準を改善するための法改正のパッケージの進展を表しています。コンサルテーションに対する政府の対応は、コーポレートガバナンスのエコシステム全体が改革に関与する役割を果たしていることを認め、資本市場の全体をカバーする一連の措置の概要を示しています。政府からの詳細な回答は想定より時間を要しましたが、ホリスティックアプローチの一歩前進を示しており、その重要性は過小評価するべきではないと考えられます。

政府によるコンサルテーションは、英国がコーポレートガバナンスを主導し、世界をリードする資本市場としての地位を維持する機会をもたらします。こうした野心的な目標を達成するには、提案がそれぞれにとって何を意味するのかをよく理解することが必要です。進行中の議論に積極的に参加する企業が増えるほど、今回の改革がビジネス環境を強化し、英国の報告と規制の枠組みに対する信頼を深める可能性が高まるとも言えます。

日本企業においては、PIE企業の定義を筆頭に、英国改革のもたらす影響は以前に想定していたよりも限定的となりました。しかし、国際動向を踏まえた企業報告、コーポレートガバナンス、監査の将来を見据え、英国における立法化の動きについて引き続き注視していくことが必要と考えられます。


主要参考文献

BEIS (2022) BEIS in the 2022 Queen's Speech
https://www.gov.uk/government/news/beis-in-the-2022-queens-speech

FRC (2022) Financial Reporting Council: 3-YearPlan 2022-25
https://www.frc.org.uk/news/april-2022-(1)/frc-publishes-3-year-plan-%E2%80%93-takes-furthersteps-toFRC (2022)

FRC Audit Firm Governance Code -April 2022
https://www.frc.org.uk/news/april-2022-(1)/new-audit-firm-governance-code-published

Prime Minister’ s Office (2022) Queen’ s Speech2022
https://www.gov.uk/government/speeches/queens-speech-2022

Prime Minister’ s Office (2022) Queen’ s Speech2022: background briefing notes
https://www.gov.uk/government/publications/queens-speech-2022-background-briefing-notes

PwC英国ウェブサイト BEIS Consultation: Reformingthe UK's corporate governance, audit andreporting regime
https://www.pwc.co.uk/services/audit/insights/restoring-trust-audit-corporate-governance.html

飯沼篤史・山口峰男「監査を巡る英国の状況と日本企業への影響②」経営財務3516号(税務研究会2021年)

英国における監査改革の動向については、参考文献のほかPwC's Viewに寄稿した以下の記事もあわせて参照いただければ幸いです。

山口峰男「英国における監査改革の動向から、企業情報開示のあり方に関する今後の議論の方向性を探る―ブライドン・レビュー」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/202005/brydon-review.html

山口峰男「PwCあらた基礎研究所だより 第2回 コーポレートガバナンスと監査──これらの切っても切れない関係」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/202201/36-07.html


執筆者

山口 峰男

PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所 所長
山口 峰男