AI・テクノロジーで変わる会計/監査/人財 ── 情報の出し手・受け手に求められる「情報を捉える視点」とは

はじめに

デジタル化の進展により、デジタル化された情報が瞬時にオンライン上で流通・共有され、容易に複製されるようになりました。情報伝達コストの低減により利便性が高まる一方で、フェイクやデマといった誤った情報も瞬時に拡散され、社会的な混乱を招く事態も実際に発生しています。情報の出し手・受け手ともに、情報の真偽を見極めた上で情報を発信または活用するといったリテラシーの向上が求められています。

2022年2月5日、「AI・テクノロジーで変わる会計/監査/人材」をテーマに、会計学を学ぶ大学生・大学院生に向けた特別セミナーをオンラインで開催し、全国から113名の学生に参加いただきました。本セミナーでは、①会計を学ぶことの有用性、②監査を学ぶことの重要性、③これからの時代に求められるスキルの3点について、会計監査の経験と監査業務変革の取り組みを踏まえて講演を行いました。本稿は、当日の講演の要点をまとめた上で、これからの時代における情報との付き合い方について考察します。

文中における意見は、全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 「情報を捉える視点」を養うという観点で会計・監査を学ぶ意義がある

「将来的にAIに代替されると言われている会計を、これから学ぶ意義はあるのでしょうか」。このような質問を、会計学を学ぶ大学生・大学院生から受けることがあります。会計士を目指す受験生の中には、AIを会計監査で当たり前に活用するようになったときの会計士のあり方について不安を抱いている人も少なくありません。会計仕訳の起票ひとつとっても、従来は取引明細の取得から仕訳の起票までヒトが行っていましたが、会計システムと連携した銀行口座やクレジットカードの取引情報を一括で取得し仕訳を自動起票できるようになるなど、テクノロジーの利活用が進んでいます。テクノロジーで自動化可能な領域においては、ますますヒトが介在する余地が少なくなっていき、ヒトが担う役割の大部分が、テクノロジーが処理した結果を評価し判断することに集約されていくでしょう。このような時代だからこそ、「情報を捉える視点」を養うという観点で、会計・監査を学ぶ意義があると考えています。

① 会計を学ぶことの有用性

企業の実態を貨幣を単位として表現するのが、会計です。企業が行う全ての活動は最終的にお金の移動を発生させ、会計のルールに従い財務情報として表現されます。裏を返せば、会計の知識があれば、財務情報からどのような取引が行われたのかを推測することや、企業の財政状態、経営成績、キャッシュ・フローの状況を把握することができます。数値化された情報は比較や分析が容易であり、会計の知識と組み合わせることで、状況に応じた適切な意思決定を行うことが可能になります。このような特性がある会計は、社会人にとって大切な要素として、英語やITと並んで「社会人の三種の神器」に挙げられます(図表1)。

図表1 社会人の三種の神器 ・ 会計と監査の関係

② 監査を学ぶことの重要性

財務情報から実態を把握し、意思決定に役立てることができるのが会計の知識だとすれば、その意思決定に使う情報そのものが信頼し得るものなのか判断するときに役立つのが監査の知見です。監査は、情報の信頼性(トラスト)を高めるものと言えます。

監査が情報の信頼性(トラスト)を高めるとはどういうことか、ディスクロージャー制度を例に考えます。ディスクロージャー制度の主たる当事者として、情報を利用して企業に資金を提供する投資家、情報を開示して資金を調達する経営者、および両者の間に介在し、保証業務を通じて情報の信頼性を高める監査人の3者が挙げられます(図表2)。

図表2 ディスクロージャー制度

投資家が企業に資金を提供する際、企業の将来を予測する上で企業の現状に関する情報が必要になるものの、その情報を入手する機会について、投資家と経営者の間には大きな格差があるのが一般的です。投資家と経営者の間にある情報の非対称性を緩和し、証券の円滑な発行や流通を実現するため、企業が資金をどのように投資し、実際にどれだけの成果を上げているのかについて情報開示を促すことが、ディスクロージャー制度の存在意義となります。

経営者により開示される情報は、原則として現在までに生じている事実であることが求められています。そして、経営者は、投資家をはじめとするステークホルダーに対し、自社の状況について正しく情報を説明する責任(アカウンタビリティ)を負っています。しかし、経営者には自己または自社の利益を図る上で事実を歪めた情報を開示する誘因があり、自ら作った情報の正しさを自ら証明することはできません。そこで、経営者は、独立した第三者である監査人に証明(保証業務)を依頼します。

財務情報・非財務情報に関わらず、仮に経営者が開示する情報に誤りがあった場合、そしてその誤りが意図的なもの(不正)であった場合、虚偽の表示がもたらす負の影響は誤った情報を開示した企業にとどまらず、市場そのものに対する投資家からの信認を著しく低下させることになります。だからこそ、市場の仕組みとして保証業務が組み込まれており、独立した第三者である監査人が経営者が適切に開示しているかを確かめ、「適正」か「不適正」を意見として表明します。

監査人は情報の信頼性をどのように確保しているのか、リスク・アプローチの考え方を踏まえて紹介します。

監査は、リスク・アプローチを採用し、全ての項目に対してまんべんなく監査を行うのではなく、経済環境、企業の特性などを勘案して、財務諸表の重要な虚偽表示につながるリスクのある項目に対して重点的に監査資源を投入し、効果的・効率的に実施します。これは企業が財務情報を作るときとは逆の視点で情報を見ることを意味しています(図表3)。

図表3 リスクアプローチ

提供された情報がどのように作り上げられたものなのか遡っていき、必要に応じて裏付けとなる情報を確認した上で、信頼し得る情報なのかを判断するという視点は、情報があふれかえる現代において「情報を捉える視点」としてより一層重要になると考えています。

2 これからの時代に求められるスキル

日本政府はサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって開かれる社会「Society 5.0」※1の実現を目指すとしており、今後ますますテクノロジーの活用を前提とした世の中になっていくと思われます。しかし、AIの技術がどんなに進歩したとしても、全てがテクノロジーに取って代わられるわけではありません。

テクノロジーと比べたときのヒトの優位性は、入力データの広さと思考力・洞察力の柔軟性です。テクノロジーは、整形されたデータを決まった方法により高速で処理することには長けていますが、日々生成されるデータにはばらつきがあり、テクノロジーで一律に処理できない場合が頻繁に発生しています。また、処理方法は過去の知見から作られますが、前提となる経済環境が大幅に変化したときなど、従来の処理方法を踏襲できなくなることがあります。さらに、処理した結果が世の中の常識に照らして適切かどうかをテクノロジー自身が判断することは容易ではないと言われています。データのばらつきや状況の変化に臨機応変に対応でき、世の中の常識という曖昧なものを捉え成果物や新たなルールに反映できるという点が、ヒトの強みであると考えています。

時間や資金も含め有限な資源を最大限活かしていくためにも、テクノロジーが得意な領域はテクノロジーに任せ、ヒトはそれ以外の領域に注力していくという発想をもつことで、ヒトとテクノロジーが協創する社会が実現されていくと考えます(図表4)。

図表4 これからの時代に求められるスキル(1/2)

これからの時代は、テクノロジーを使いこなせるようになるために「物事をさまざまな視点から深掘りし、実態を適切に把握できる力」が求められるようになります。このスキルの根底にあるのが「情報を捉える視点」です(図表5)。情報を活用するに際して、どのような視点で情報を捉えているのか、その視点で捉えるだけで十分なのか、まずは一度立ち止まり考えてみることが重要になります。

図表5 これからの時代に求められるスキル(2/2)

例えば「今年は業績がいい」という情報を聞き、その情報の信頼性(トラスト)を何も確認せず鵜呑みにしたとしたら、それはその情報しか捉えていないことになります。これを「点の視点」と表現することにします。業績がいいとはどのような状況を言うのかを連想し、当期の売上高や純利益などを確認した上で「今年は業績がいい」と判断したとすれば、視点に広がりができ「線の視点」に変わります。良し悪しは何かと比較して把握できるものであり、前期の財務情報と比較し、増減幅や増減要因まで確認したとすれば、それは「面の視点」と言えます。さらに、当該企業を取り巻く経済環境はどのようなものか、同業他社と比較してどうか、業界慣行の有無など、その他の要素も勘案して情報を立体的に捉えたとしたら、「今年は業績がいい」という情報が示す実態をより鮮明に捉えることができるようになります。この「立体的な視点」をもつことで、情報をどのように捉え、評価し、判断したかを相手から納得を得られるよう自分なりに説明ができるようになると考えています。

3 おわりに

情報の受け手が「点の視点」「線の視点」「面の視点」「立体的な視点」のいずれで情報を捉えるかにより、情報から見えてくる実態が異なってきます。ときにはごく一部が切り取られ、実態とはかけ離れた情報が拡散されることにより社会的な混乱を招くこともあります。情報の受け手にとって重要なのは、自分が扱う情報の真偽を「立体的な視点」をもって確かめた上で活用することです。また、情報の出し手は、情報の受け手が容易に実態を把握できるよう、作成した情報が実態を反映したものになっているか、発信する情報に誤解される要素はないかなどを意識することで、情報の出し手である企業自身の信頼性(トラスト)を高めていくことにつながると考えます。


※1 内閣府「Society 5.0」
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/


執筆者

玉井 暁子

PwCあらた有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
マネージャー 玉井 暁子