企業サステナビリティ報告指令(CSRD)のドイツにおける対応

はじめに

近年の気候変動による異常気象は欧州でも顕著になりつつあります。ドイツでも今夏は雨量不足でライン川の水位低下を懸念する声が高まっています。次の数十年で社会を大きく変化させなければならないという機運が高まっており、サステナビリティ報告は今後さらに大きな役割を担うことになります。

そのような中、EUは欧州域内の企業に対する主権を維持するため、スタンダードを設定しようとしています。グローバルなテーマであるサステナビリティは、グローバルレベルでのスタンダードが必要であり、国際サステナビリティ評議会(ISSB)がその設定をしようとしています。EUは2050年までにカーボンニュートラルを達成することを目標にしており(欧州グリーンディール)、このために地域の事情に基づいたスタンダードが必要だと考えています。EUはスタンダードセッティングにおいて先頭を走っており、今後グローバルスタンダードを設定する際にも貢献できると考えているようです。

本稿では、EU主要国で、多くの日系企業が活動をしているドイツにおける企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive:CSRD)の最近の状況と、在ドイツ日系企業にとって重要だと思われる部分について簡単に紹介します。

なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。

1 ドイツ企業における非財務情報の開示

ドイツでは商法289条に、決算書の一構成単位であるマネジメントレポート(ドイツ語でLagebericht)の内容が規定されています。ドイツ語のLageberichtとはそのまま訳すと「状況報告書」となりますが、その言葉どおり、会社の財務、収益状況、機会およびリスクについてマネジメントの観点から分析をし、会社の現状のみでなく、将来の見通しについても状況を開示します。貸借対照表、損益計算書の財務情報を理解するための重要な情報を提供する書類という位置付けです。対象となるのは商法267条で規定されている中規模以上の会社で、以下の基準値の2つ以上を2年続けて満たす会社となります(図表1)。

図表1:中規模会社の要件(商法267条)

基準 基準値
総資産高 600万ユーロ超
売上高 1,200万ユーロ超
平均従業員数 50人超

中規模会社になると法定監査の義務も発生し、マネジメントレポートの対象となります。在ドイツ日系企業でも多くの会社がマネジメントレポートをすでに作成して、監査を受けています。

その中でも次の条件に当てはまる会社は、2021年12月15日以後開始した事業年度から非財務情報の開示が義務付けられました。

  • 商法267条の大規模会社
  • 上場会社
  • 年間平均従業員数が500人を超える会社

この3つの全てを満たす会社が対象になっており、次の5点が非財務情報の内容となります。

  • 環境
  • 従業員
  • 社会
  • 人権遵守
  • 汚職や贈収賄の撲滅

この5点について、財務諸表の利用者にとって有用だと思われる情報、例えば会社の状況に与える影響や会社の戦略等に影響を及ぼすものについて情報を開示します。そのようなコンセプトが存在しない場合は「存在しない」旨を開示します(comply or explain)。会社が直面するリスク、会社の活動に与える影響について分析を行い、マネジメントが経営上重視しているKPI(CO2排出量など)についての開示も必要です。

環境や人権などの開示ではサプライチェーンも欠かせない事項になるため、会社のコンセプトに合ったサプライヤー網の構築も重要な要素になってきています。

開示は、インターネット上の自社ホームページ、もしくはマネジメントレポート上で行うことになっています。前者の場合は期末日から4カ月以内に開示しますが、後者の場合は年次決算書の開示期限である期末日から1年以内に開示します。マネジメントレポートは、財務諸表の一部として、財務諸表の開示サイトである連邦ガゼット(Bundesanzeiger)に開示され、一般に閲覧することが可能です。マネジメントレポート内で開示をする場合、定型はなく、独自の項目を作るか、今までのマネジメントレポートの中のどこかに追加で記載してもかまいません。

なお、非財務情報報告は、監査役会のある会社は監査役会が内容についてチェックします。監査人の監査は、内容ではなく、期限までに情報が開示されているかどうかに限定されています。

上記の5点の非財務情報に加えて、ドイツではコーポレートガバナンスに関する開示も上場会社には義務付けられています。その中でも女性比率に関する開示は、在ドイツ日系企業のような非上場会社でも、従業員数が500名を超える場合は適用となります(有限会社法36条)。この規定自体は2015年に導入されましたが、期待する効果が得られなかったため、2020年12月31日以後開始する事業年度からは厳格な規定が適用されています。

該当する会社は、有限会社の取締役(Geschäftsführer)以下の各マネジメント層において女性比率の目標値を設定し、開示しなければなりません。目標が0%の場合、その理由について詳細に開示することを有限会社法は求めています。

開示はマネジメントレポートの中で行います。この規定に従わず、従業員の女性比率を開示しない場合は法律違反と見なされ、商法334条による罰金が科されるという非常に厳しいものとなっています。また、マネジメントレポート内の開示なので、監査人による監査の対象となりますが、監査人の監査は開示がなされているかどうかに限定されています。それでも、開示自体がない場合は限定意見の理由となります。

2 EU指令であるサステナビリティ報告指令(CSRD)の現在の状況と、ドイツにおける日系企業への影響

2021年4月に欧州委員会が公開したCSRD案につき、欧州議会、欧州理事会および欧州委員会の3者で交渉をしていましたが、2022年6月の暫定合意、同年11月のEU理事会による最終承認、同年12月EU官報掲載を経て、2023年1月5日に発効しました。

以下、CSRDの内容をまとめます。

1.報告内容の詳細

ドイツでは上場企業には非財務情報の開示はすでに義務化されています。非上場の会社でも、大規模会社に該当する場合はマネジメントレポート内で、簡易化されてはいるものの、非財務情報の開示はすでに始まっています。この新しい指令により、環境、社会、人権そしてガバナンスに関する報告義務が拡大、そして標準化されることとなります。

新しいCSRDではいわゆる「ダブルマテリアリティの原則」が明確化されました。開示すべき情報は、サステナビリティが企業の業績の推移や状況に与える影響のみでなく、企業が環境と社会に与える影響について理解するために必要な情報となっています。

報告内容は、EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group)の推奨に従うことで標準化を目指しています。EFRAGは2022年4月に欧州サステナビリティ報告基準草案(ESRS:European Sustainability Reporting Standards)の最初の草案を公開し、パブリックコメントを反映した上で、同年11月に最初の一組となる12の基準を欧州委員会に提出しました(今後さらに修正が入る可能性があり、最終的に2023年6月末までに採択される予定です)。

2.開示対象企業

CSRDによって対象企業の数が大きく増加します。大規模会社に該当する会社もしくはグループ会社の親会社は、上場非上場に関係なく対象となります。大規模会社は、EU指令により規定されていますが、ドイツでは商法267条、293条に規定されています(図表2)。

図表2:大規模会社の要件(商法267条)

基準 基準値
総資産高 2,000万ユーロ超
売上高 4,000万ユーロ超
平均従業員数 250人超

この3つの基準値のうち2つを2年継続して超えると、その超えた年度(2年目)から大規模会社に該当することとなります。EU域内で上場している会社は規模にかかわらず対象となりますが、小規模もしくは中規模会社(SME)の場合は初回適用が2年間猶予されます。

ドイツにある日系企業の場合、上記の基準値を超えている大規模会社は開示義務があります。該当する日系企業はかなりの数に上ると思われます。

今度の草案の新しい要素は、EU域外の会社も対象に入ったことです。EU域内の売上高が1億5,000万ユーロを2年継続して超え、そしてEU域内に売上高が4,000万ユーロを超える大規模会社もしくは上場会社の子会社または支店を持っている会社が対象に入ることになりました。ただし、肝心の「売上高」については、EUに所在する顧客からの売上高なのか、サービス提供の場所がEU内なのか詳細が分かっていません。今後、EUとの話し合いの中で明確にされていくものと思われます。

EU域外の究極の親会社(最終親会社)は連結財務諸表レベルで開示をしなければならず、その開示は前述のEFRAGが作成するESRSによるものとされています(図表3)。また、EU域内の子会社もしくは支店が開示、そして保証を受ける(Limited Review)責任を負います。

図表3にある内容の開示にあたり、EUでは経済活動の分類システムを発表しています。これがEUタクソノミー(Taxonomie)で、サステナブルな経済活動を定義し、それを促進させ、また各企業の比較を可能にするというのが目的です。現在では環境の目標に沿った経済活動が定義されており、「グリーンタクソノミー」と呼ばれています。まずは自社の経済活動に該当するものがあるかを検討することが必要です。そして、自社の環境目的に沿った経済活動が自社の売上高、投資、経費に占める割合を開示することが要求されています。

図表3:欧州サステナビリティレポーティング基準(ESRS)の内容

CSRDはEFRAGのESRSにより要件・標準的内容を規定します

3.適用時期

初回適用は、会社の規模によって図表4のように段階的に行われます。

4.開示方法および外部監査の義務

これまでは、マネジメントレポート内で開示するか、独自の報告を行うこととされていましたが、今後は、マネジメントレポートの中での開示のみが認められることになりました。

サステナビリティ報告は、このマネジメントレポートの中の一部となります。また、外部監査人が監査をすることが必要となりますが、保証のレベルとして、監査ではなくレビュー(limited assurance)でよいことになりました。財務諸表監査をしている監査人がこのレビューを行うことは可能です。

5.今後について

前述のとおり、ESRSは2023年6月末までに採択される予定であり、それまでに変更が入る可能性があります。また、連結ベースでの開示に適用されるESRSは2024年6月末までに別途採択される予定とされています。

3 ドイツにおけるEUタクソノミーに従った開示の現状

欧州委員会と欧州議会が2020年に公開したタクソノミー規則(グリーンタクソノミー)によって環境的に持続可能な経済活動の指標が具体化されました。2022年に入り、社会的に持続可能な経済活動の指標も公開され、昨今のエネルギー状況を考慮して天然ガスと原子力エネルギーもグリーンエネルギーが追加されるなど随時刷新されています。タクソノミー規則は2022年1月1日以降適用されるので、暦年事業年度の場合2021年度が初回適用となります。

PwCドイツでは、適用をしたドイツ企業の開示書類を調査しました。調査対象になったのは上場会社で、適用を開始した50社です。

これらの会社ではすでにCSRDによって、非財務情報の開示がマネジメントレポート内において求められているので、タクソノミー情報をマネジメントレポート内に統合している会社がほとんどでした。調査対象の会社の3分の1が自社のESG戦略と将来の投資可能性について言及しています。特にエネルギー、テクノロジー、自動車分野ではそれが顕著です。

50社のうち4社が、タクソノミー規則に準拠した詳細な、つまり質的および量的な情報を注記に開示していました。タクソノミー規則に従った詳細な情報開示は2022年度以降が義務となりますが、その前に先取りをして開示をした会社が4社ありました。初回適用の2021年度は質的な情報に加えて売上高、投資、経費の分野においてタクソノミー規則に合致するものにつき開示することになりますが、以下、調査の結果です。

売上高

  • 今期の売上高のうち62%がタクソノミー規制に合致するグリーンな売上高だった。
  • 調査対象業界のうち、平均値が79%で、一番高かったのが自動車業界の売上高だった。製薬業界と小売業界の売上高はタクソノミー気候目標の1と2(前述ESRSのE1ならびにE2)に含まれていないので、タクソノミー規則に合致する売上高には入らない。
  • タクソノミー規則に合致する売上高を開示していた31社のうち、10社が自発的に自社の経済活動を特定してタクソノミーに従って分類をしていた。このような自発的な開示をした会社の多くが、テクノロジー、製造、自動車業界の会社であった。

投資

  • タクソノミー規則に従った投資額を開示した会社は調査対象の80%で、その中の87%は自動車業界の会社だった。
  • その他の、タクソノミー規則に従った投資額を開示していない会社でも、規則に合致した投資の特定はしている。その場合、金額の開示はしていない。
  • 投資は、建物、デジタル化のためのソフトウェア、社用車などが多かった。
  • 分類b(タクソノミー規則遵守のための投資)については調査対象内では開示をした会社がなかった。

経費

  • 68%の会社がタクソノミー規則に合致した経費割合を開示している。そのうち製薬業界と小売業界を除いた会社のほとんど全てが、「タクソノミー規則に合致した経費が50%以上を占めた」と報告している。
  • 経費の分母はタクソノミー規則の定義に従い、次の直接経費となっている。研究開発費、建物の修繕費、短期の賃借契約にかかる費用、保守や修理費用やその他の直接経費(All other direct expenses)。
  • どの経費がこの直接経費に分類されるのかについては多くの会社にとって難しい問題であり、36%の会社しか直接経費を経費割合の分母に入れていない。その中の14社が直接経費としてカウントした経費について内容を開示している。特にテクノロジー業界の会社が直接経費を経費割合の分母に入れていた。

4 おわりに

ドイツにおいても、タクソノミー規則に従った開示はまだこれから、といった状況です。しかし、上記の調査からも分かるように、自動車業界、製造業界、テクノロジー業界といった、日系企業と競合する分野でも開示を先んじて行い、積極的にサステナビリティをアピールしていこうという傾向が見られます。在ドイツ日系企業も2025年からのCSRDの適用に向けてしっかりと準備し、サステナビリティを会社の戦略に入れ込むことが重要だと思われます。

※CSRD/ESRSの内容については2023年2月末にアップデートしました。


執筆者

PwC GmbH Wirtschaftsprüfungsgesellschaft
パートナー 藤村 伊津