インダストリーインサイト(2) 自動車業界における産業変革と会計インパクトに対する考察

はじめに

PwCJapanグループにおけるインダストリー区分の1つである「産業機械・自動車(Industrial Manufacturing & Automotive/IM&A)」の範囲は広いですが、本稿では、その中でも大きな事業割合を占める自動車セクターを対象として論じます。

日本における自動車産業は、全製造業の生産高の約20%を占める「基幹産業」です。世界的な半導体不足により生産が不安定な中、「100年に一度の変革」と呼ばれる産業変革が進行していますが、この背景はさまざまです。本稿では、現在起こっていることをどのように解釈するか、そして今後どういったことが起こりうるのかについて解説します。なお、個人的な見解として取りまとめたことから、数ある意見の1つとしてご理解いただければと思います。

I 自動車業界における産業変革に対する考察

世界的な気候変動対策への関心の高まりが、ガソリン車といった内燃機関自動車から電気自動車へのシフトを加速させています。電気自動車は、化石燃料の燃焼を通じて二酸化炭素を排出する内燃機関自動車と比較すると、環境にやさしいとされています。この意見は、「車両使用時に二酸化炭素を排出しない」という意味では正しいといえるでしょう。他方、電気自動車は、主要構成部品であるバッテリーの製造過程や走行時に消費される電力の生成過程を含めたライフサイクル全体で考えた場合、より多くの二酸化炭素を排出するという意見もあります。これは例えば、火力発電によって電力を生成している場合、生成過程で二酸化炭素を排出することからその排出量も含めて考えると、電気自動車は、特にハイブリッド車と比較するとその優位性は劣るという意見です。

バッテリーにはいくつかのレアメタルが使われていて、レアメタルはその希少性により、サーキュラーエコノミー(循環経済)の観点から、リサイクルの仕組みの確立の必要性が指摘されています。なお欧州では、バッテリーの資源のリサイクル率や二酸化炭素排出量を開示する規則が施行される予定です。このように、バッテリーにはサステナビリティ上の課題が存在することから、今後の技術革新が期待されます。また、一部のレアメタルは産地によって人権問題と関係しているといわれていることにも留意する必要があります。

販売面に目を移すと、電気自動車の販売台数は、産業政策、充電施設の普及状況、消費者の志向などに依存することから、国により販売状況は大きく異なります。中国においては、圧倒的な低価格帯で販売台数を大きく伸ばしている自動車メーカーが登場している一方で、日本では、充電施設が十分でないことが消費者心理に影響を与え、他国に比べて電気自動車の販売台数は伸び悩んでいます。

電気自動車は、素材供給から販売後のアフターサービスまでを含んだバリューチェーン全体で享受できる利益が、内燃機関自動車よりも少ないといわれています。特に中価格帯や低価格帯といった普及価格帯のモデルは、熾烈な競争を繰り広げておりバリューチェーン全体で享受できる利益はさらに厳しくなることが予想されます。そのため、高価格帯のモデルを除いた、バリューチェーンの参加者は、素材供給からアフターサービスといった伝統的な自動車のバリューチェーン以外の領域を含め、いかに持続可能なビジネスモデルを構築するかが重要な経営課題となっています。

また、バリューチェーン全体で享受できる利益が減少することから、販売機能についても変革が求められます。ディーラー再編によるコスト削減に加え、オンライン販売やサブスクリプションといった販売手法の変化により、ディーラーがこれまで担ってきた機能の見直しも進んでいます。試乗車の予約、見積もりの取得といった、インターネットを介した顧客とのやり取りも行われていますが、ディーラーの実店舗に足を運び、営業担当者と会話しながら購入を決めるという日本の消費者の購買行動の変化を促し、一歩進んだ直接販売方式が浸透するかどうかは未知数といえます。

もう1つの注目すべきシフトは、自動車に占めるソフトウェアの価値が高まっていくことです。自動車に組み込まれるソフトウェアは、情報処理量や制御すべき機能の増加のため、その重要性がますます高まっています。自動車の機能はソフトウェアによって決定されるようになり、これまでのハードウェアありきでソフトウェアを開発してきた環境から劇的に変わってきています。こうしたソフトウェアへのシフトが進む中、ソフトウェア技術者の不足という課題に対処しつつ、従来とは異なる開発についての考え方(アジャイル型開発)の導入やプロセスの構築、スタートアップとの協業など、さまざまな取り組みが行われています。

また、自動車メーカー各社は車両OSの開発に取り組んでいることにも注目する必要があります。現在の個人のスマートフォン所有割合から判断すると、同様のビジネスモデルを念頭に多くの車両に車両OSが搭載され、普及が進むことが見込まれます。

太陽光や風力といったエネルギー電源のみならず、二酸化炭素を資源としたカーボンリサイクルにより、全てのエネルギーはカーボンニュートラルな生成過程を経て生み出されます。また、人口減少が急激に進む日本では、働き手の減少という社会課題を解決し、人々がそれぞれの幸福度を追求することを支援するために、産業、金融、医療、教育、行政などの機能(住民に対するサービス)は、あらゆる街のサービスが駆動するプラットフォームである「都市OS」のもとに制御され、スマート化します。スマートシティの機能の1つであるモビリティを担う全ての自動車には車両OSが搭載され、車両OSは都市OSとつながることによって、カーボンニュートラルなエネルギーによって駆動するスマートシティをさらに機能させるサステナブルなモビリティが実現しています。

多くの国々や企業のカーボンニュートラルに関するコミットメントが実行され、脱炭素社会が実現されているであろう2050年の未来を考えると、現在の不確実性がもたらす漠然とした未来に対する不安も希望に変わるでしょう。

さて、国際的な政治対立や紛争など、経済安全保障を脅かす地政学リスクは「短期化(時間をかけて顕在化してきたリスクが、兆候が認められてから顕在化するまでの時間が短くなること)」、そして「相互関連性の高まり(気候変動のようにさまざまなリスクと相互関連性を持つリスクが出現していること)」といったリスクの変容により、企業にこれまでにない、リスク管理上の対応が求められています。

これまで述べてきたような産業変革により、自動車のバリューチェーンの参加者は、電気自動車の普及によって収益の悪化が見込まれるため、新しい収益モデルの開発に取り組まなければなりません。こうした収益モデルの検討やソフトウェアの開発のため自社が持つ強みだけではなく、スタートアップを含む他者とのアライアンスが加速しています。特にソフトウェアの開発や収益化については、開発が従来のウォーターフォール型からアジャイル型に変わったり、OTA(OverTheAir:無線通信でデータを送受信すること)によって定期的ないしは不定期に車両をアップデートするようになったりすることから、内部統制面や会計処理面においても、これまでにない課題に取り組まなければなりません。さらには、ソフトウェアが自動車の機能を定義することが、部品のモジュール化により大規模化する傾向があったリコールの発生状況にどのような影響を与えるのかも注目されています。

また、電気自動車へのシフトが進むことで内燃機関自動車向けのビジネスが縮小することになります。こうした背景から、さらなるコスト削減を目指した業務の効率化、売却や撤退による事業ポートフォリオの最適化に取り組まなければなりません。特に事業の売却では、切り離すことを前提としたオペレーションや経理財務基盤を構築していないことから、特定の事業を自社から切り出す際のカーブアウトは大きなテーマです。また、事業の撤退については、地域社会にネガティブなメッセージを届けることになるため、手続き面の難解さ・煩雑さとは別に、労働者保護のみならず、NGOを含む各種ステークホルダーとの対話が重要性を増すと考えられます。

Ⅱ 財務会計と企業価値評価へのインパクト

これまで見てきたように自動車業界は、近年、大きな産業変革の渦中にあります。欧州におけるグリーンディール政策に端を発し、世界的な気候変動リスクへの対応の流れにおいて、自動車各社は、2030年、2050年に標準を合わせた野心的なカーボンニュートラル達成目標を掲げ、自動車業界のCO2排出量のうち、全体の8割以上を占める走行時CO2(スコープ3)削減に向けて、ZEV(Zero Emission Vehicle:走行時に排出ガスを出さない電気自動車や燃料電池車)/電動化の動きが加速しています。気候変動リスクをはじめとしたサステナビリティ関連のアジェンダは、規制対応のための引当金の追加計上や技術の陳腐化により、対応する固定資産の減損など財務会計(過去財務諸表)に重要なインパクトを与えます。加えて、将来のキャッシュフローや資本コスト(加重平均資本コスト)の変動を通じて企業価値評価(将来財務諸表)にも影響を与えることとなります。以下では、前述した自動車業界の産業変革の各アジェンダが財務会計と企業価値評価に与えるインパクトについて考察します(図表1)。

1 財務会計(過去財務諸表)に与える会計インパクト

①安全/環境規制対応の引当金、有形固定資産の減損、棚卸資産の評価

自動車業種の企業は、グローバルで生産・販売体制を敷いています。そのため、各国、地域における安全/環境規制の影響を受けることになります。例えば、CAFE規制※1を例にとると、欧州は、2020年より乗用車からの排出CO2について2021年の目標値を当初平均130g/kmから平均95g/kmに引き下げました。これにより、欧州で自動車を販売する自動車メーカーは、1g/km超えるごとに販売台数×95ユーロの罰金を当局に支払う必要があり、この厳しい燃費基準を技術的にクリアできないメーカーは、欧州における販売台数に応じて規制超過額に対するペナルティ発生額を合理的に見積り、引当金として計上する必要があります。また、各地域での規制強化に伴う収益性の悪化で、工場生産設備をはじめとした有形固定資産の減損、生産済みの棚卸資産の評価減の計上が求められます。

②カーブアウト

各地域におけるCAFE規制の強化により、自動車メーカーは、各国新車販売市場からのダイベストメント(事業撤退)を決定するかもしれません。自社単独で当該市場に進出している場合は、現地生産活動の段階的縮小、販売契約を締結している現地のディーラーへの補償金の支払い、現地子会社の清算処理の各フェーズに応じて、関連する費用や損失が生じます。一方で、自社単独ではなく、現地メーカーとのアライアンスによりJV(ジョイントベンチャー)を組成して事業展開している場合、JV後に生成された無形資産(技術や顧客情報など)をどのように切り分け、カーブアウトすべき資産、負債を適正に評価していくか、企業結合に関する会計基準に照らした複雑な会計上の検討が必要です。

③無形資産(ソフトウェア)の認識および測定

自動車業種におけるソフトウェア開発の重要性が増す中、SaaS(Software as a Service)など、クラウドを通じて不特定多数の自動車ユーザーに向けてサービス提供を行うソフトウェアの研究開発費および貸借対照表への資産計上が重要な会計上の論点となります。また、近年のクラウド関連のソフトウェア開発では、アジャイル開発のように機能単位の小さなサイクルで、計画から設計・開発・テストまでの工程を繰り返しながら開発を行うケースが多く、その場合、開発単位での収支を把握することが難しく、ソフトウェアの資産計上の判断が困難となります。

日本の会計基準では、「研究開発費等に係る会計基準及び研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」に準拠し、研究開発費は発生時費用処理、ソフトウェア製作費については制作目的別に区分し、「市場販売目的」ソフトウェアについては「製品マスターの製作費は研究開発を除き資産計上」、「自社利用目的」ソフトウェアについては「将来の収益獲得又は費用削減が確実」であれば、資産計上されます(研究開発費等の会計基準四)。

一方で、この「研究開発費等に係る会計基準及び研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」は、1998年公表、その後2008年に「企業結合に関する会計基準」の改正に伴い1回改正されたのみです。そのため、近年におけるSaaSなどの新しいビジネス形態の出現を前提としておらず、ソフトウェアのライセンス販売(市場販売目的のソフトウェアに該当)か、クラウドを通じてソフトウェアの機能を不特定多数の利用者に利用させるサービスかで、実態が大きく異ならないサービス提供に関わる製作費が異なる会計処理となる懸念があります。

この点、日本公認会計士協会が「ソフトウェア製作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料」(2022年2月24日)を公開草案として出しており、今後の基準改訂に向けた動きに留意が必要です。一方で、国際財務報告基準(IFRS)では、ソフトウェアの開発費に関して特に規定はないため、ISA第38号「無形資産」に基づき、研究開発費のうち、開発から生じた無形資産は、いわゆる資産化の6要件「①技術上の実行可能性、②使用又は売却するという企業の意図、③使用又は売却できる能力、④蓋然性の高い将来の経済的便益を創出する方法の立証、⑤適切な技術上、財務上及びその他の資源の利用可能性、⑥支出を信頼性をもって測定できる能力」が充足されたタイミングで資産計上されることとなります。とりわけ、「④蓋然性の高い将来の経済的便益を創出する方法の立証」は、将来の収益モデルや需要見通しなどの重要な仮定を含むことから、より客観的かつ合理的な根拠が必要です。

2 企業価値評価(将来財務諸表)に与える会計インパクト

自動車業界の産業変革の各アジェンダが企業価値評価にどのようにインパクトを与えるかについては、企業価値評価の代表的な算定技法であるDCF法が残存価値を含む将来キャッシュフローの割引現在価値で算定される点から、①将来キャッシュフロー(売上高/コスト)、②残存価値(資産/負債)、③資本コスト(加重平均資本コスト)へのインパクトに分解できます。

①将来キャッシュフロー(売上高/コスト)へのインパクト

今後、より厳しさを増す各国の安全/環境規制(CAFE規制や炭素税を含む)への遵守は、将来の当該地域における自社製品のマーケットシェア(売上高)/成長率に影響を与えます。また、規制に対応した新型モデルの技術開発やソフトウェア開発のため、継続した研修開発費の増加も見込まれます。製造資本である原材料のリサイクル率向上は、将来の調達コストを減少させると考えられます。一方で、レアメタルなどZEVのバッテリー生産に不可欠な材料に関するサプライヤー安定調達網の整備は、ロシアによるウクライナ侵攻などの地政学リスクにも左右されることとなり、リスク管理体制およびその適切な対応を怠った場合、将来の調達コストの増加につながると考えられます。

② 残存価値(資産/負債)へのインパクト

人的資本である工場労働者やソフトウェア技術者を安定的に確保できない場合は、将来におけるキャッシュアウトフローとしての人件費増加のみならず、残存価値(ターミナルバリュー)としての人的資本価値(会計上は識別可能資産とはみなされないため「のれん」の一部を構成)に影響を与えることとなります。また、ソフトウェア技術開発の成否は、無形資産価値に影響を与えます。

③ 資本コスト(加重平均資本コスト)へのインパクト

レアメタルなどZEVのバッテリー生産に不可欠な材料に関するサプライヤー安定調達網の欠如は、生産に必要な材料の調達ができないことにより将来の稼働停止リスクを増加(=資本コストの増加)させます。また、コバルトや3TGに代表される紛争鉱物※2に対する人権デュー・ディリジェンスを含むモニタリング、ガバナンス体制の欠如は、将来、ペナルティ支払いによるコスト増のみならず、企業レピュテーション悪化による資本コストの増加につながると考えられます。現地の安全/環境規制対応違反による度重なるリコールやペナルティ支払いの事実も、将来の収益ボラティリティや企業レピュテーション悪化により資本コストの増加につながるかもしれません。

Ⅲ データ基盤構築を含む企業の内部統制に与えるインパクト

自動車業界の産業変革は、全社統制におけるリスク評価/モニタリング体制を含め、既存の財務情報に関連する内部統制の整備・強化が必要です。また、今後、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)など気候変動リスクと機会の開示に代表される「非財務情報」に対応するためのデータ収集基盤構築の重要性が増すことになります。とりわけ、自動車業界におけるLCA※3への対応は、自動車が3万点を超える部品で構成され、その製造工程が数多くの原材料、生産設備、工順の組み合わせで構成され、かつグローバル規模で存在するという特徴を踏まえると、グローバルでのLCAデータ基盤とタイムリーかつ正確な情報開示のためのデータガバナンス体制の構築が企業にとっての課題となると考えられます。

Ⅳ 会計監査に与えるインパクト

会計監査の領域においては、刻々と変化する気候変動リスクや地政学リスクなど新たに出現するビジネスリスクから財務諸表への重要な虚偽表示リスクを識別し、適切に対処することが監査人に求められます。また今後、外部監査の対象となる非財務情報について、どのような監査手法により、開示される指標に対する合理的保証を得るのか、関連する監査基準の設定主体とも協議を進めていく必要があります。例えば、SASB※4(現ISSB)が設定している産業別開示トピックと会計メトリックス(自動車業種)の場合、開示された「地域別の売上高加重平均の車両燃費」のデータの正確性を保証するには、企業が実施する燃費測定試験への立会などの実証手続に加え、会社が構築するデータ収集基盤に関する内部統制の有効性に高度に依拠するための内部統制運用評価手続が必要です。


※1 企業別平均燃費基準、Corporate Average Fuel Efficiencyの略称。自動車の燃費規制で、車種別ではなくメーカー全体で出荷台数を加味した平均燃費(過重調和平均燃費)を算出し、規制をかける方式。

※2 アフリカ諸国などの紛争地域(コンゴ民主共和国および周辺9カ国)で採掘された鉱物資源。特に米国金融規制改革法(ドッド・フランク法)は、規制対象の鉱物資源を、すず、タンタル、タングステン、金(3TG)の4物質と定義している。その他、コバルトなどが該当。違法に採掘される鉱物資源を資金源とする武装勢力が人権侵害、環境破壊等を引き起こすことから紛争鉱物と呼ぶ。

※3 LCA(Life Cycle Assessment)とは、製品やサービスのライフサイクル全体(原料調達、製造、使用、破棄・リサイクル)におけるCO2排出量などの環境負荷を算出し、環境への影響を定量的に評価する手法。

※4 SASBはSustainability Accounting Standards Board(米国サステナビリティ会計基準審議会)の略称で、2022年8月1日付けでISSB(国際サステナビリティ基準審議会、IFRS財団が設立した)に統合された。


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
クライアント&インダストリー・リーダー
パートナー 山中 鋭一

PwCあらた有限責任監査法人
消費財・産業財・サービス アシュアランス部
ディレクター 佐々木 崇