コーポレートガバナンス・コードへの対応が求められる上場企業を中心に、多くの企業においてサステナビリティやESGを経営戦略に取り込む動きが本格化しています。社会や投資家からはサステナビリティ/ESGに関する情報開示の期待も一段と強まってきており、企業は自社のサステナビリティ戦略、具体的な施策やその効果について開示を拡充するべく、着実に取り組みを進めています。こうした全社レベルの変革は、当然ながら経営上のリスクも伴います。本稿では、サステナビリティ/ESGとその開示の最近の動向について概観したうえで、内部監査部門がサステナビリティ/ESGに関するアシュアランス機能を発揮するにあたってのポイントについて考察します。
なお、文中の意見にかかる部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではありません。
サステナビリティ/ESGのもととなる考えは1990年代に登場しており、相応に長い歴史があります(図表1)。2015年9月に国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ(Sustainable Development Goals:SDGs)」が採択されて以降、多くの国において浸透が一段と加速しています。
図表1:サステナビリティ/ESGの用語説明
用語 | 説明 |
サステナビリティ | ESG要素を含む中長期的な持続可能性 |
Environmental | 自然環境に配慮すること。具体的には、気候変動、資源枯渇、廃棄、汚染、森林破壊などへの配慮が想定されている |
Social | 社会に与える影響を配慮すること。具体的には、職場での人権、サプライチェーンでの強制労働・児童労働等への配慮が想定されている |
Governance | 経営に関するさまざまな管理体制に配慮すること。具体的には、贈収賄・汚職、役員報酬、役員構成・多様性、ロビー活動・政治献金、税務戦略などが想定されている |
出所:筆者作成
日本においても、内閣、金融庁、経済産業省、環境省などで国家戦略、情報開示、産業政策、環境政策などさまざまな観点から、方針・ガイダンスの検討・策定が行われてきています。情報開示の観点では、2021年6月に東京証券取引所が公表した「改訂コーポレートガバナンス・コード」※1においてサステナビリティを巡る課題への取り組みに関する各種記載が求められ、中でも、プライム市場上場企業は「気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」とされました(図表2)。
図表2:TCFD提言に基づく推奨開示4項目
項目 | 概要 |
ガバナンス | どのような体制で検討し、それを企業経営に反映しているか |
戦略 | 短期・中期・長期にわたり、企業経営にどのような影響を与えるか。またそれについてどのような検討を行ったか |
リスク管理 | リスクについて、どのように特定、評価し、またそれを低減しようとしているか |
指標と目標 | リスクと機会の評価に関して、どのような指標を用いて目標への進捗度を評価しているか |
出所:TCFDコンソーシアムウェブサイト「TCFDとは」https://tcfd-consortium.jp/about
さらに、2022年6月に公表された金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告の
提言※2を踏まえ、早ければ2023年3月期の有価証券報告書において、気候変動対応、人的資本、多様性をはじめとするサステナビリティ関連の記載欄が新たに設けられることが見込まれています(図表3)。
図表3:金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告(サステナビリティ関連)の概要
領域 | 概要 |
サステナビリティ全般 |
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気候変動対応 |
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人的資本、多様性 |
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出所:筆者作成
ちなみに、同報告では人権の開示は求められていません。注記において、欧州を中心に人権デューディリジェンスの議論が進んでいることを踏まえ、人権の開示の重要性に関する指摘があった一方で、(人的資本等に比べて)より一層難しい課題であることから、今後考えていく必要があるとの指摘があったことが紹介されています。
こうした流れを受けて、上場企業は有価証券報告書におけるサステナビリティ関連の開示をすでに拡充し始めています(図表4)。有価証券報告書の「事業等のリスク」の欄においてTCFDや脱炭素、炭素税などのキーワードを記載している企業の割合は、この1~2年間で急速に増えています。人権および人的資本について記載している企業の割合も増加傾向にはありますが、人権が15%、人的資本は8%にとどまっています。今後、人権、人的資本についても対応の進展に合わせて企業の記載も増加していくことが予想されます。
出所:PwC「有価証券報告書から読み解くガバナンスとリスクマネジメントの動向2022」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/corporate-governance-trend2022.html
サステナビリティ/ESG情報の開示が充実していくのに伴い、財務報告と同様に、その品質や内部統制が論点となってきます。現段階では開示内容の比較可能性、それに伴う投資参考情報としての有用性などの観点から課題が指摘されていますが、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)、欧州の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、米国の証券取引委員会(SEC)開示規則などの取り組みもあって、近い将来に開示内容や基準の標準化を通じて投資参考情報としての有用性が向上していくことが期待されています。
そうした動向を踏まえると、企業はサステナビリティ/ESG情報の開示に際して、以下のような点を意識しておく必要があります。
上述のとおり、サステナビリティ/ESGにかかる情報開示に関しては、今後、開示内容や基準の標準化が行われていくことが期待されています。内部監査部門はそうした動向を踏まえながら、自社の開示内容についてアシュアランス(保証)機能を提供していくことが期待されます。
それと並行して、内部監査部門がアシュアランス機能を果たすべき観点として、ガバナンスや戦略におけるESG要素のインテグレーションが挙げられます。特に日本においては、ESGやその情報開示の議論が急速に盛り上がったこともあり、企業では取り急ぎ開示要請への対応からスタートしたという印象があります。しかし、コーポレートガバナンス・コードやTCFDにも明記されているとおり、本来の考え方は、まずESGに対するガバナンスや戦略があって、戦略に基づく施策やリスク管理が行われ、その実効性を管理するための指標や目標が設定される、という流れになります。投資家等に伝えるうえでも、そうした流れに沿った一貫性のある開示が重要になります。
以下では、2019年に世界経済フォーラムがPwCと共同で作成し公表した「取締役会における実効的な気候変動ガバナンスの設定:原則と質問(How to Set Up Effective Climate Governance on Corporate Boards: Guiding principles and questions)」※3で掲げている8つの原則と関連する質問を参考にしつつ、その記載について「気候変動」を「ESG」に読み替えるかたちで整理を試みたいと思います。
原則1 取締役会の説明責任(アカウンタビリティ) |
取締役会は、会社の長期的なスチュワードシップについて株主に対して最終的に説明責任を負う。したがって、取締役会は、ESGに関連するビジネス環境の潜在的な変化に対しての自社の長期的な回復力について説明責任を負うべきである。これを怠ると、取締役の義務違反となる可能性がある。 |
原則2 テーマに対応した指揮体制 |
取締役会は、ESG関連の脅威と機会の認識と理解に基づいて効果的に議論し、決定を下すために、取締役会メンバーの構成が知識、スキル、経験および背景に関して十分に多様であることを確認すべきである。 |
原則3 取締役会の構造 |
長期的なパフォーマンスと回復力に関するスチュワードとして、取締役会はESGに関する考慮事項を取締役会の構造と委員会に統合するための最も効果的な方法を決定すべきである。 |
原則4 重要なリスクと機会の評価 |
取締役会は、自社にとってのESG関連のリスクと機会の短期、中期、長期の重要性を、経営陣が継続的に評価する体制を確保すべきである。さらに、取締役会は、ESGに対する自社の行動や対応が、自社にとってのESG課題の重要性に比例していることを確認すべきである。 |
原則5 戦略面、組織面の統合 |
取締役会は、ESGに関して戦略的な投資計画と意思決定プロセスのための体系的な情報が提供され、組織全体のリスクと機会の管理に組み込まれていることを確認すべきである。 |
原則6 インセンティブ設計 |
取締役会は、会社の長期的な繁栄を促進するために、役員のインセンティブを調整すべきである。適切な場合には、ESG関連の目標と指標を経営陣のインセンティブスキームに含めることも考えられる。変動インセンティブを非執行取締役まで拡大することが一般的である市場では、同様のアプローチを検討することも考えられる。 |
原則7 報告と開示 |
取締役会は、ESG関連の重要なリスク、機会、および戦略的決定が、全ての利害関係者、特に投資家、および必要に応じて規制当局に対し、一貫性と透明性を持って開示されるようにすべきである。このような開示は、年次報告書や決算書などの財務書類で行う必要があり、財務報告と同じ開示ガバナンスに従うべきである。 |
原則8 意見交換 |
取締役会は、同業他社、政策立案者、投資家、その他の利害関係者との定期的な意見交換と対話を維持して、方法論の共有を強化し、最新のESG関連リスク、規制要件などに関する情報を常時アップデートすべきである。 |
上記「2 ガバナンス、戦略に関して内部監査に期待される役割」の観点からの内部監査は、取締役会をはじめとした経営に対する価値貢献につながるものであり、いわゆる「経営監査」と呼ばれるものに近い位置付けと言えます。ただし、今のところ、内部監査部門にそうした監査機能を備えている企業はあまり多くありません。
経営監査あるいは類似の監査を実施していない多くの企業において、当面の間、ESGに関する監査は従来のテーマ別監査に近いかたちで位置付けられるのかもしれません。以下では、ESG監査について従来のテーマ別監査との主な類似点と相違点を整理し、それを踏まえた今後の対応上の留意点に触れて、本稿のまとめとしたいと思います(図表5)。
出所:筆者作成
経営戦略にサステナビリティ/ESG要素を取り込むにあたって、経営陣の独りよがりになっても、また、羅列的でメリハリのないものになっても、適切な戦略効果を得ることは困難です。自社のステークホルダー(顧客、取引先、投資家、格付等評価機関、NGO、当局、自社役職員など)の自社に対する期待を的確に理解したうえで、戦略を策定し、実行・管理する必要があります。
サステナビリティ/ESGの各要素の戦略上の重要性は、自社の業種や事業内容、さらにはパーパスやビジョンによっても異なります。ガイダンスへの対応や他社ベンチマーキングもある程度は必要ですが、網羅性を意識したチェックボックス方式にこだわり過ぎず、自社なりの機会やリスクの観点から重要なところにメリハリをつけて、対応状況やその有効性を確認していくことが重要になると考えられます。
もちろん、今後、開示の要件が明確化されるにつれ、それへの準拠性を確保する必要はあります。そうした最低要件は遵守しつつも、自社なりの戦略や取り組みを実効的に組み上げ、外部に向けて分かりやすく説明していくという観点も重視したいところです。
ESGに関して、当面は本部主導でテーマ切り(気候変動、人権、人的資本など)の体制整備が進んでいくことが想定されます。コーポレート部門(経営企画、サステナビリティ推進、リスク管理など)は、事業部門に対してテーマごとに整備(計画の策定・実施・管理など)を求め、その状況を経営陣に報告することになると考えられます。
一方で、事業部門側から見ると、ESGテーマの機会やリスクは、それぞれの事業内容によって重要性が異なります。どの事業部門にどういう機会やリスクが存在するか、その大きさはどの程度か、適切に把握していないと、組織横断で見た重要な機会やリスクに漏れが生じたり、事業部門に過度な管理・報告負担を課してしまったり、といった問題が生じます。
したがって、ESGテーマ×事業のマトリクスで見て、組織内の機会やリスクを的確に識別・評価しておくことが重要になります(図表6)。これは、従来のERMフレームワークに基づく経営管理・リスク管理と特段異なるものではありませんが、今後新たに注目され得るもの(生物多様性など)も含めてESGテーマが広範にわたることが、対応を難しくしている点は意識しておくべきかもしれません。テーマに応じた専門家の知見を借りつつ、一方では、事業側の目線、すなわち、テーマ横断で見た機会やリスクに関する評価の整合性・一貫性の確保の観点は意識しておきたいところです。
出所:筆者作成
※1 日本取引所グループ「改訂コーポレートガバナンス・コードの公表」2021年6月11日
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html
※2 金融審議会「『ディスクロージャーワーキング・グループ報告』-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」2022年6月13日
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20220613/01.pdf
※3 World Economic Forum「How to Set Up Effective Climate Governance on Corporate Boards: Guiding principles and questions」January 2019
https://www3.weforum.org/docs/WEF_Creating_effective_climate_governance_on_corporate_boards.pdf
PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部
パートナー 村永 淳