第7回 15周年を迎えたPwCあらた基礎研究所

はじめに

──基礎研究所によるアカデミア(学界)への発信と対話

変化の大きな時代においては、慣例にとらわれることなく、自分の目と心で経済活動や事象を理解し、あるべき適切な会計処理とは何かを考え、また、監査・保証のあり方を考える力を備えることが求められます。

PwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)は、外部の学識経験者や、専門資格を有するとともに実務経験のある常勤の研究員を擁する常設機関として「PwCあらた基礎研究所」※1を設置し、将来の監査業務に影響をもたらすと思われる経済・社会の基礎的な流れに関して独自の研究活動を行っています。PwCあらた基礎研究所は、PwCあらたが設立された2006年の翌2007年7月に設置され、活動を継続、今般2022年をもって15周年を迎えました。

設立母体であるPwCあらたは、「厳正かつ公正な高品質の監査およびビジネスアドバイザリーサービスを実施し、経済の健全な発展に寄与する」というミッションを掲げて設立されました。これは、高度な専門サービスを提供するだけでなく、企業経営や資本市場の発展に積極的に貢献することが重要という趣旨であり、それを探求するために常設機関たる基礎研究所が創設された経緯にあります。

設立当時の名称は「あらた基礎研究所」でしたが、設立母体であるPwCあらたの名称変更に伴い、2015年7 月より「PwCあらた基礎研究所」(英語名称:PricewaterhouseCoopers Aarata Institute)と改称されました(以下、研究所)。本稿では、この15年を振り返りつつ、設立時の経緯から、研究成果、そして現在の活動までをご紹介したいと思います。

なお、本稿における意見や見通しにわたる部分については筆者個人のものであり、所属するPwCあらたの見解ではありません。

1 監査法人が基礎研究所を設けたことの意義

研究所では、現在のPwCあらたの日常業務および会計基準・監査基準等の設定プロセスの枠内では取り扱われない先端的なテーマについて中長期的視点に立った理論的かつ実務的な調査研究を行い、その成果に基づいて市場に対して提言を行っていくという方針のもと、活動を開始しました。具体的には「次世代の会計および監査」、「企業の事業継続性」、「企業情報に対する計量的アプローチの適用」の3点を主要研究テーマとして取り上げました。

設立直後のPwCあらたは、3つの行動原則、すなわちIntegrity(誠実)、Intelligence(知性)、Innovation(革新)を掲げて活動していました。研究所ではこの行動原則に沿い、とりわけIntelligenceを追求して、PwCあらたの日常業務や会計基準・監査基準の設定プロセスの枠内では取り扱われない先端的なテーマに関して、中長期的な視点に立った理論的かつ実務的な調査研究を行い、その成果に基づいて市場に提言を行っていきたいと考えていました。

こうした活動は、対内的には、ともすると会計監査の業務に集中するあまり、大きな経済社会の流れを見失いがちとなり、自らの責務を狭く考えがちとなるのを未然に防止するのに役立つことに加え、対外的には、発足したばかりの新しい監査法人の知名度向上や行動原則に賛同する層を形成するという意味合いがありました。

実際の研究活動にあたっては、PwC グローバルネットワークのいわゆるThought Leadership(注:特定の業界やビジネスの世界で最先端を走り、リーダーシップをとっていく企業や個人の意)からも多くの知見を得てきました。その意味では、日々の業務遂行の中ともすれば通り過ぎてしまいかねないPwCのThought Leadershipを、PwCのメンバーファームとしていったんしっかりと受け止める役割も担っていたと言えます。

研究テーマについては、監査業務のベースとなる会計・監査理論、クライアントである企業の課題、デジタル化の進行を反映するかたちで選択しました。

「次世代の会計および監査」研究会では、当時監査の見直しが社会的にも大きな課題となる中、むしろ会計に関してそれが経済社会の発展とともに会計理論も変化しているという立場に立って国際会計基準に関するテーマや、リーマンショック後は統合報告の動き等を研究しました。その後、監査およびトラストサービスにもテーマを広げることとなり、監査の質や規制との関係、歴史などについても幅広く研究を進めてきました。

「企業の事業継続性」研究会では、ゴーイングコンサーンである企業が想定外の事態に対していかに事業継続させるべきかを検討するだけでなく市場がそのリスク対策をいかに評価しているかについても研究を重ね、リスクおよびリスク対策開示の効果のインセンティブ構造を明らかにしてきました。当初から感染症を地震・洪水等と並んで企業が備えるべきテーマとして掲げ、レジリエンスの重要さを説いてきました。

「企業情報に対する計量化アプローチ」研究会では、デジタル化に関して、コンピューターの性能向上に伴って発達してきた言語解析技術を使った企業の非財務情報の分析等を行いました。昨今の選挙等でマスコミは各党党首が使った言葉の頻度や他の言葉との距離感等を分析して政党間の相違を明らかにしていますが、その技術を15年前にまず地銀ディスクロージャーにおける経営者による挨拶に適用し、その特徴を明らかにしました。

これは、未来の会計や監査を語るにあたりテクノロジーとの関係を避けて通ることはできないため、「次世代の会計および監査」とも関連が深いテーマと言えます。こうしたことからその後、2016年11月には日本で最初にデータサイエンス学部を設置した滋賀大学との共同研究にも発展しました。

2 これまでの研究成果

研究所の研究成果は、まず、設立の当初においては学識経験者や研究員の論稿を編纂した、独自の論文集(『あらた基礎研論集』)が刊行され、内外に配布されました。「企業の事業継続性」の領域では、独自の研究成果を書籍としても上梓しました。その後、より幅広い読者層への浸透を図り、論集作成に替えて先述の「PwCあらた基礎研究所だより」の連載記事の掲載や、設立直後から会計・監査に関する専門雑誌等への寄稿にも取り組んでいます。

これらの他、PwCあらた主催または他団体との共催によるシンポジウムの企画、外部からの招聘講演、大学における講義にも積極的・継続的に関わり、会計・監査等に関する学会においても活動しています。

対外的な発信に加えて、研究会において得られた知見を対内的にパートナー・職員と迅速に共有しています。すなわち、任意研修を実施し、現行の実務の枠にとどまらない新しい問題意識や論点をテーマに、新たな実務に積極的に取り組むヒントを与える「ナレッジ」を目指しています。また、研究の前段階として外部で発表された専門的な知見向上に有益な情報は、社内SNSを活用して共有し、ナレッジマネジメントにも取り組んでいます。

こうしたプロフェッショナル一人一人に対する知的な働きかけを地道に行ってきたことは、最新の動向に対する個々の知見を高め、その能力向上を通じて監査の質にも貢献するものであり、例えば統合報告作成支援、企業の事業継続性、データサイエンス等の新しい領域のビジネスにもつながっています。さらに10年先を見据え、引き続き多角的かつ幅広い研究テーマに取り組んでいく予定です。

今般、かつて研究所の活動に積極的にご参加いただき、ご退任後もPwCあらたの外部から引き続きご支援いただいている元専門研究員の先生より、15周年にあたってご在任時の研究を振り返ってのコメントをいただきました。

元専門研究員の先生から(コメント要旨)

研究所での研究課題は、端的に言えば、経済社会の変化に対応して会計理論がどのように変容するかを理論、制度および実証の側面から究明しようとするものでした。物的生産型(プロダクト型)経済から、ファイナンス型経済を経て、知識創造型(ナレッジ型)経済への経済構造の変化を受けて、有形財を基軸としたビジネス・モデルから、経営者の能力や技術力・販売力等の無形財(知的資産)に焦点を置くビジネス・モデルへと企業経営のあり方も大きく変貌することになりました。このような社会科学の基本的認識基点に立って、企業会計はいかに変貌をとげ、また変貌しようとしているのかを主たる研究課題としました。

具体的には、認識レベルでの認識可能性の拡大、測定レベルでの「時価=公正価値」測定の適用可能性の拡大、また、開示・伝達レベルでは、非財務情報の発展が指摘されます。

また、会計のフレーム・オブ・レファレンス(準拠枠)としての国際会計基準に関して、概念フレームワークにおける意思決定有用性とステュワードシップとの2つの視点の統合化によるフレームワーク構築の背景を探り、概念フレームワークの基底をなす一般的仮説を明示しました。

さらにIFRSに基づき作成された財務諸表の監査に関して、「原則主義」と「細則主義」の監査人の判断形成について、わが国での実験研究の結果、赤字会社を対象とする状況のもとでは、非連結インセンティブの回答者は、日本基準(細則主義)の適用グループでは、IFRS(原則主義)の回答者の割合の約3倍台となりました(16.7%対4.9%)。つまり、原則主義の方が、経営者に有利な裁量的判断を採用しにくいとの1つのエビデンスを提供するものとなりました。

3 近時の活動

外部の学識経験者を専門研究員として招聘して行う研究会活動を通じた独創的な調査・分析・研究・育成を行うだけでなく、共同研究や協力・対話を通じた学識経験者の方々との交流や、専門領域での実務経験も豊富な常勤の主任研究員による学会での報告も行っています。

また、最新の研究動向やその背景にある調査・分析等に関する内部研修も継続的に実施し、さらに本稿を掲載している連載を開始しました。すなわち、タイムリーな情報発信と対話のためのPwCあらたの広報誌『PwC’ s View』の「PwCあらた基礎研究所だより」に、研究員による論稿として定期的に掲載しています。

最新の研究動向に関する報告や内部研修等のテーマの例

  • 英国の監査・ガバナンス改革
  • サステナビリティ情報の保証
  • インベストメントチェーンの進化
  • 人権会計と無形資産の情報開示

「PwCあらた基礎研究所だより」(本誌連載)のテーマ一覧

  • 第1回 アカデミズムに学ぶ──ステークホルダーとの対話を通じた自己検証と継続的改善(Vol.35、2022年11月)
  • 第2回 コーポレートガバナンスと監査──これらの切っても切れない関係(Vol.36、2022年1月)
  • 第3回 サステナビリティ情報の信頼性と保証──EER保証ガイダンスの視点(Vol.37、2022年3月)
  • 第4回 インベストメントチェーンの変化と進化──投資家・アナリストの方々との対話からの学び(Vol.38、2022年5月)
  • 第5回 コーポレートガバナンスと監査──英国における改革の最新動向(Vol.39、2022年7月)
  • 第6回 サステナビリティの測定と評価──環境会計を再考する(Vol.40、2022年10月)

なお、対外的な活動の一部については、PwCあらたのウェブサイトにおいて研究所の「活動報告」として継続的に掲載し、紹介しています(図表1)。

研究所の活動とウェブサイトとの連携については、こうした対外的な広報活動のみならず、PwCあらた内部においても積極的に取り組んでいます。社内イントラに情報を蓄積し、「知の広場」として常時参照が可能なものとしていくとともに、社内用SNSにおいて日々の新しい情報を発信しています。

なお、研究所の現在の体制ですが、SEO(Stakeholder Engagement Office)の一翼を担い、担当パートナー、所長(フルタイム、公認会計士)、主任研究員(フルタイム、証券アナリスト)、同(パートタイム、公認会計士)を中心に、複数の外部からの専門研究員(大学教員)をお迎えしています。2022年からは、10年後を見据えたSociety5.0におけるアジャイルガバナンスとトラストのあり方の探求を目的に、アジャイルガバナンスの領域を専門とする専門研究員(大学教員、弁護士)を招聘して「アジャイルガバナンスの実装とトラストのあり方に関する研究会」を設置、未来志向の先進的な研究にも取り組んでいます。

図表1:ウェブサイトにおける活動報告

図表1:ウェブサイトにおける 活動報告

4 おわりに ── 不確実な未来へ向かって

変化の大きな時代においては、その未来が不確実でもあります。組織におけるリサーチ機関の意味合いは、この変化が激しく、速く、しかも不確実な時代にあって、将来の方向性を示す羅針盤の役割を果たすことであろうと考えられます。研究テーマの選択や成果の使い道は、時代によって、またPwCあらたのポジショニングによっても変化していくべきことは当然のことと思われます。

地球温暖化、感染症、欧州における紛争に起因した地政学リスクの高まりや、それに伴うエネルギー危機等々、世の中の不確実性はさらに高まっています。こうした中、おそらく確実と言ってよいのはデジタル連載化がさらに一段と進むことであると思います。

そうした中で、今後のデジタル化の進展が、監査法人業務の対象でもある企業活動そのものや、その結果を示すとともに監査が付加価値をつけていく企業情報開示のあり方にいかなる影響を及ぼし、さらに資本市場における資源配分機能にいかなる影響を及ぼしていくかに関する深い知見が求められます。

その際、PwCグローバルネットワークの知見をも活かしながら各領域の専門家の方々と研究を続け、監査法人はもとより、企業や資本市場の羅針盤としての役割を果たしていくことが期待されます。

この点についても、先の元専門研究員より15周年に向けてコメントをいただきました。

元専門研究員の先生から(コメント要旨)

研究所への期待は、大きく2つの側面から提起されます。1つは、「守りの経営──監査プロフェッショナルとしてのセルフディフェンスへの期待」であり、もう1つは、「攻めの経営──ビジネスセンターとしての新たな叡智創造への期待」です。

前者は21世紀監査プロフェッショナルとして果たすべき役割・責務を推進することによってセルフディフェンス(自己防衛)を果たすことであり、後者は、監査プロフェッショナルとして構築してきた知識・経験に新たな「外部知識」を積極的に取り込むことによって、新たな知識・経験、つまり叡智を創出することです。

15年の知識・経験の蓄積を基盤として、広く人材の強化・拡充化が喫緊の課題をなしており、そのための経営陣の理解と姿勢がなにより重要になります。

ここで「守りの経営」とは、監査プロフェッショナルとして現下に直面している会計および監査上の課題に取り組み、プロフェッショナルとして自らを守るべきことへのステークホルダーからの期待に応えることです。例としては、非財務情報と財務情報の統合化の役立ちと改善、非財務情報に対する保証命題とノウハウの蓄積、IT、AI 時代に対応した監査技術の開発などが挙げられます。

これに対して「攻めの経営」とは、21世紀を生きる監査プロフェッショナルが自己の伝統的領域から新たな叡智の創造に向けて踏み出し、いかにしてビジネスセンターとしてのグローバル化時代の社会的使命を果たすかです。そのためには、外部知識を積極的に取り入れ、「既存の知識」を結合することによって、より高次元の社会的叡智を創出することです。具体的には、オープンイノベーションによって広く研究者、経営者、官公庁、他の専門団体などステークホルダーを結集させ、広く「知の創造」を図るとともに、グローバルでのインタラクションを通じて研究所から積極的に情報発信する体制作り・スタッフ陣の強化・拡充が求められています。

本稿では、研究所の15年間を振り返り、元専門研究員よりお寄せいただいたコメントを交えてご紹介させていただきました。今後とも引き続きこの活動を継続してまいりたいと思います。



執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所
所長 山口 峰男