本号発行時には、上場企業における2023年3月期決算の短信発表がほぼ終了しています。今後、投資家は、株主総会の招集通知や有価証券報告書で付加的に発信される情報に注目することでしょう。
特に、2023年1月31日に金融庁から公表された「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について※1によって、有価証券報告書に新たに求められる記載項目に、注目が集まりそうです。
筆者は、新たに求められる記載項目の中でも、以下の4つに注目しています。
①「第1 企業の概況【従業員の状況】」における「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」
「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」等の規定に基づいて公表している提出会社やその連結子会社のそれぞれの指標を、有価証券報告書にも記載するものです。
②「第2 事業の状況」に新設される「【サステナビリティに関する考え方及び取組】」における「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」
重要なサステナビリティ情報は、4つの構成要素に基づいて開示します。サステナビリティ情報には、例えば、環境、社会、従業員、人権の尊重、腐敗防止、贈収賄防止、ガバナンス、サイバーセキュリティ、データセキュリティなどに関する事項が含まれ得ると考えられ、国際的に確立した開示の枠組みである気候関連財務情報タスクフォース(TCFD)などに基づく開示が想定されます。
③「第4 提出会社の状況【コーポレート・ガバナンスの状況等】」の「コーポレート・ガバナンスの概要」における「取締役会、指名委員会及び報酬委員会等の活動状況」
提出会社の取締役会、指名委員会等設置会社における指名委員会および報酬委員会、企業統治に関し、提出会社が任意に設置する委員会その他これらに類するもの(経営会議やサステナビリティ委員会など)の活動状況として、開催頻度、具体的な検討内容、個々の取締役または委員の出席状況などを記載するものです。
④「第4 提出会社の状況【コーポレート・ガバナンスの状況等】」の「監査の状況」における「内部監査の実効性を確保するための取組(デュアルレポーティングの有無を含む)」
内部監査部門が、代表取締役のみならず、取締役会ならびに監査役および監査役会に対しても直接報告を行う仕組みの有無を含めて、内部監査の実効性を確保するための取り組みを記載するものです。
本稿では、このように企業報告における制度的な変革が活発に進む時代において、日頃、筆者が接する機会をいただいている投資家の方たちが、企業経営や企業報告に対してどのような意識を持っているかについて、PwCが実施した「グローバル投資家意識調査」を参照しながら紹介します。
なお本稿は、2023年3月10日現在の情報をもとに執筆しています。また、文中における意見は、全て筆者の私見であることを、あらかじめ申し添えます。
PwCはグローバルに連携して投資家の皆様への意見ヒアリングを継続的に実施しています。「グローバル投資家意識調査」は、企業経営や企業報告のあり方に関する資本市場参加者の声や期待・懸念などを取りまとめたものです。その最新の調査は2022年12月に「PwC’s Global Investor Survey 2022」として公表されています※2。この調査の日本語版はHTML版とPDF版がありますが、本稿では比較的コンパクトにまとめられているPDF版をもとに調査の結果を見ていきます※3。
今回の調査では、企業のサステナビリティ情報への取り組みに対する投資家の見解に焦点を当て、2022年9月から10月にかけて、日本を含む43の国・地域における227名の投資家の方々に対するアンケート調査、5の国・地域における13名の投資家の方々への詳細なインタビュー調査を行っています。
2021年の同調査において、すでに、ESGが投資判断の重要な要素になっていることは指摘されていました。その概要は、本誌第38号(2022年5月)の「PwCあらた基礎研究所だより」でも紹介しています。今回の調査では、サステナビリティに関する情報開示の実効性とリーダーのコミットメントがより強く意識されていると、筆者は感じます。
今回の調査結果においては、現段階では、投資家が企業価値評価を行うときの、サステナビリティ情報の重要性に対する認識が道半ばというのが筆者の第一印象です。
「企業がリスクと機会にどのように対処しているかを評価する際に、中程度、大いに、または最大限利用している情報源は何か」との設問に対する回答者の割合を見ると、「財務諸表および注記」が89%、「企業との対話」が81%、「記述情報による報告(サステナビリティ関連情報の開示を除く)」が80%と、比較的高い比率を占める一方で、「サステナビリティ関連情報の開示」が61%、「ESGレーティングやスコア」が49%と、比較的低い値でした。
その背景として重く受け止めるべきポイントは、ESGウォッシュに対する投資家の懸念です。「企業報告には、サステナビリティパフォーマンスに関して裏付けのない主張がどの程度含まれていると考えているか」との設問に対して、87%の回答者が、少なくともある程度のグリーンウォッシュへの懸念を感じています。日本を拠点とする投資家からは、「企業は自社を良く見せるために国連の持続可能な開発目標(SDGs)のアイコンを描いているのか、それとも真剣に取り組んでいるのか、私には分かりません」というコメントがありました。
「企業が直面する脅威として投資家が主に懸念している事項」について、短期(今後12カ月)と中長期(今後5年間)とに分けて聞いてみると、短期では、「インフレ」(67%)や「マクロ経済のボラティリティ」(62%)が比率的高い比率を占め、「サイバーリスク」(36%)や「気候変動」(22%)は比較的低い比率となっています。
もっとも、中長期では、「インフレ」(40%)や「マクロ経済のボラティリティ」(49%)の比率が、「サイバーリスク」(43%)や「気候変動」(37%)と拮抗しています。すなわち中長期では、サイバーリスクや気候変動も、経済的なファンダメンタルズと同程度に脅威と感じる意識が確認できます。今後、企業が投資家に対して、どのようなサステナビリティ情報を発信するかは、重要な課題と考えられます。
サステナビリティ情報の重要性認識が道半ばと感じるもう1つの側面は、投資家に企業が優先すべきアウトカムを5つまで問う設問への回答です。「革新的であること」(83%)、「高い収益性の追求」(69%)が高い比率にあり、その後、「データセキュリティとプライバシーの確保」(51%)、「効果的なコーポレートガバナンスの確立」(49%)、「温室効果ガス排出量の削減」(44%)と続きます。
投資家は企業に対して、革新性や収益性の追求を最優先に求めていることが確認できます。企業のサステナビリティ対応が、こうした革新性や収益性への追求を通じて企業価値の向上にどう結びつくかが今後の課題と考えられます。
今回の調査では、企業が実現すべきアウトカムの優先順位について、企業の取り組みとのギャップ分析も行っています。企業の取り組みについては、①それを実現すべく企業が効果的に事業活動をしているかどうか(図表1)、②それらについての企業報告が効果的かどうか(図表2)、③それらについての資本配分が効果的かどうか(図表3)の3つに分けて分析を行っています。それぞれのギャップについては、各図表で示しています。
企業の取り組みに関する3つの側面いずれをとっても、「革新的であること」「データセキュリティとプライバシーの確保」「信頼できるサプライチェーンの確保」については、45度線より下に位置しています。すなわち、これらの項目が優先されるべきアウトカムであると考える投資家の比率に対して、実際の企業の取り組みのレベルがそれほど効果的ではないと、投資家は考えていると整理できます。今後、これらの各項目への企業の取り組みに関する投資家とのコミュニケーションが、より一層、大切になってくるのではないかと感じます。
一方で、「従業員の健康・安全の確保」や「良好な労使関係の確保」などは、45度線より上に位置しています。これらの項目については、優先されるべきアウトカムであると考える投資家の比率に対して、企業の取り組みのレベルが高位にあると、投資家は考えているようです。
人的資本投資の活性化を企業の革新性や収益性の向上にどう結びつけるかは、日本のみならず、グローバルな企業の課題と考えることも可能でしょう。
このように、投資家が考える企業が優先すべきアウトカムと、企業の取り組みに対する投資家の評価との間には、ギャップがあることが今回の調査で明らかになりました。
投資家は、サステナビリティに関する企業報告の信頼性を高める方法として、保証を重視しているようです。英国を拠点としている投資家は、「サステナビリティ報告を保証するのであれば、その目的は財務諸表の監査と同じであるべきだと思います。そうであれば、報告された内容が合理的に正確かつ目的適合性があることについて読者が安心できます」とコメントしています。
調査結果を見ますと、まず保証水準について、「中程度、大きく、または非常に大きく信頼性が高まる要因は何か」についての回答の割合は、「独立性のある合理的な保証意見」が75%であるのに対して、「独立性のある限定的な保証意見」は54%に留まりました。投資家は、「限定的な保証意見」よりも「合理的な保証意見」を求める傾向が強いと考えることも可能と考えます。
一方で、保証実施者について、「中程度、大きく、または非常に大きく信頼性が高まる要因は何か」についての回答の割合は、「サステナビリティのコンサルタント、認証機関、または監査法人以外の専門サービス組織による外部認証または検証レポート」が69%に達しています。「独立性のある合理的な保証意見」75%よりわずかに低いものの、これと拮抗しているとみることも可能と考えます。今回の調査では、両者の間に顕著な差異が見られませんでしたが、今後、サステナビリティ情報に関する開示や保証が発展するにつれて、この傾向がどのように変化していくか、注目していきたいと思います。
もっとも、保証実施者が誰であるにせよ、投資家が保証に対して高い品質を期待していることを、調査結果は示しているように感じられます。具体的には、「保証実施者の重要な資質は何か」について、回答者の70%以上が、「必要な事項の知識を持つ専門家にアクセスする手段がある(アクセスできる)」「職業的懐疑心と、経営陣による見積もりと判断の合理性を評価する能力の活用における専門家である」「独立性と倫理規則が求められる規制に従っている」などの項目を挙げています。
サステナビリティ報告に対する保証の議論は、グローバルに展開されているところです。今後の制度の変革や、投資家の考え方などに、引き続き注目していきたいと思います。
以上、今回の調査の中から、筆者が注目したポイントをいくつか紹介しました。
本調査にご協力いただいた方々の職責は、アセットオーナー、アセットマネジャー、セルサイドアナリスト、格付機関アナリストなど、多岐にわたります。ご協力いただきました皆様に改めて厚く御礼申し上げます。PwCでは、今後も、資本市場の皆様の声を聞かせていただくため、「グローバル投資家意識調査」を継続していく予定です。
※1 金融庁「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」2023年1月31日
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/20230131.html
※2 https://www.pwc.com/gx/en/issues/esg/global-investor-survey-2022.html
※3 PwC「グローバル投資家意識調査2022」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/investor-survey.html
同PDFレポート
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2023/assets/pdf/investor-survey.pdf
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主任研究員 野村 嘉浩