DDフェーズおよびPMIフェーズにおけるサステナビリティ情報開示対応の留意点

  • 2024-12-19

はじめに

現在の日本企業を取り巻く事業環境では、サステナビリティは不可欠な経営課題となり、M&A戦略にも変化が見られます。ESG(環境・社会・ガバナンス)をテーマとする日本企業のM&Aは近年増加しており、M&Aの検討におけるESG視点の取り込み(将来のESGの機会およびリスクをどのように特定し評価するか)の重要性が高まっています。

また、投資家の目線からもESGへの注目度が高まり、企業のサステナビリティ情報開示に対する要請が増しています。IFRS財団ではグローバル・ベースラインとなるべくサステナビリティ情報開示基準が策定されており、各国や地域でも、気候変動などに関する情報開示基準の整備や義務化が進んでいます。日本上場企業のサステナビリティ情報開示も、今後の国内基準整備に伴い、開示内容が拡充されます。

開示が求められるサステナビリティ情報は、エネルギー使用量、取水量、排水量、廃棄物量、属性別の従業員数など多岐にわたり、その一次データを保有する部署が分散しています。情報収集範囲は、親会社単体のみならず連結グループやバリューチェーン全体にまで及びます。

開示されるサステナビリティ情報は、独立した第三者からの保証を得ることが求められます。欧州連合(EU)のCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)では、開示情報への保証義務を規定しており、日本で2024年度中に最終化される予定のサステナビリティ開示基準においても、早ければ2028年3月期から保証が求められる見通しです。

つまり、今後の基準整備により企業は「広範な一次データ保有者から信頼性のあるデータを効率的に収集・集計し、タイムリーな開示につなげること」が義務付けられ、多くの企業にとって大きなチャレンジとなります。

M&Aが行われた場合、その難易度はさらに高まります。投資対象会社(およびそのグループ会社とバリューチェーン)から信頼性のあるサステナビリティ情報を期限内に収集するには、DD(デューデリジェンス)フェーズからPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)フェーズまでにわたり、投資対象会社と買い手の間で綿密なコミュニケーションを行い、十分な相互理解のもとでデータ収集体制を構築する必要があります。

本稿では、M&Aが行われた場合に信頼性のあるサステナビリティ情報を効率的に収集・集計・開示するために検討すべき論点に焦点を当てて解説します。

なお、文中の意見は執筆者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 DDフェーズで検討される論点

(1)ESG DDの実施

M&Aにおいて、投資実行前に投資対象会社の価値やリスクを把握するためにDDが行われます。財務パフォーマンスだけでなく、ESGの観点からのDDも、中長期的な企業価値評価や統合後のサステナビリティ情報開示に重要です。一般的なM&Aの全体フローとESG DDのフローは図表1のようになります。ESG DDは財務、税務、ビジネス、法務等のDDと同じタイミングで実施されます。

ESG DDで識別された事項は、そのリスクの許容可能性や性質(定量化の可否)に応じて、ディール実行可否、価格、最終契約内容に反映されます。特にサステナビリティ情報開示の観点から検討すべき事項を次に述べます。

図表1:M&A取引におけるESG DDの位置付けとフロー

図表1 M&A取引におけるESG DDの位置付けとフロー

(2)買収会社の既存オペレーションの理解

統合後のサステナビリティ情報開示体制を構築するには、DDの段階で投資対象会社の既存オペレーションを十分に理解することが非常に重要です(図表2)。具体的には、ESGの観点からどのような情報が既存オペレーションで収集されているか、その情報の信頼性を担保するための内部統制が整備・運用されているかを把握する必要があります。

図表2:オペレーションの理解と検討フローの例示

図表2 オペレーションの理解と検討フローの例示

投資を実行する前に投資対象会社の既存オペレーションの詳細把握をDDのスコープに含めないケースは多く見られます。しかし、もし投資対象会社がサステナビリティ情報開示に必要なデータを既存オペレーションの中から取得していない場合、統合後に広範なデータ収集プロセスの設計や内部統制の組み込みが必要となり、PMIフェーズで膨大な労力がかかる可能性があります。

データの収集範囲は投資対象会社だけでなく、そのグループ会社やバリューチェーン(上流/下流)も含める必要があります。したがって、データ収集範囲が広範に及ぶ可能性を視野に入れ、DDの段階でサステナビリティ情報開示の観点から投資対象会社の既存オペレーションを理解し、統合後の影響を投資実行前に把握することが望ましいです。

2 PMIフェーズでの検討される論点

(1)PMI推進体制の構築/買収会社側のESG推進部署の組成

効果的なPMI推進には、短期集中の検討チームを立ち上げることが重要です。一般的には、最終責任者となる「ステアリングコミッティ」、全体的なプロジェクトマネジメントを担う「PMO(Project Management Office:プロジェクトマネジメントオフィス)」、個別テーマを集中的に検討する「ESG検討グループ」から成る体制が組成されます。

また、PMI推進体制とは別に、投資対象会社におけるESGの取り組みを主導する会議体や部署、およびその監督機関の設置も重要です。投資対象会社にESGの推進および事業戦略への統合に責任を持つ会議体や部署が存在しない場合、その新設と役割の定義が最初のステップとなります。既に会議体や部署が存在する場合は、内部のESG機能の取りまとめや親会社へのレポーティングの役割を担えるように体制や役割・責任を更新する必要があります。

ESG推進組織の立ち上げに際しては、十分な知識や経験を有するメンバーを配置するようにします。そのためには、投資対象会社のビジネス内容を十分に理解し、幅広い関係者と円滑に連携が取れるキーパーソンを選定するのが肝要です。

(2)プロセスの設計と内部統制の検討

投資対象会社の既存オペレーションでサステナビリティ情報開示に必要なデータが取得されていない場合、必要なデータを取得するためのプロセスを内部統制とともに設計する必要があります。

既存オペレーションでサステナビリティ情報開示に必要なデータが取得されている場合でも、情報の信頼性を確保するための内部統制の整備状況を検討する必要があります。

プロセス設計と内部統制の検討に際して、将来的に保証を受けるために必要なステップと各ステップで目指すべき状態を図表3に示しています。

図表3:プロセス設計と内部統制の検討ステップと目指すべき状態

図表3 プロセス設計と内部統制の検討ステップと目指すべき状態

外部監査人から保証を取得する場合、第一線部門の担当者や上席者によるチェックおよび承認手続きの実際の運用に加え、社内の第二線部門(管理部門)および第三線部門(内部監査部門)によるモニタリングが要求されます。また、サステナビリティ情報の収集プロセスごとに、プロセスの流れと内部統制をフローチャートやRCM(Risk Control Matrix:リスクコントロールマトリクス)として文書化することを検討する必要があります。

統合から最初に到来する法定のサステナビリティ情報開示までに遅滞なく保証を取得するには、PMIフェーズにおいて、まず投資対象会社におけるフローチャートやRCMの文書化の要否を検討し、文書化が必要な場合はその対象範囲と作成時期を明確化します。さらに、第二線、第三線によるモニタリング計画を遅滞なく立案することも重要です。文書化の粒度や内部統制の強度については、外部監査人と適宜コミュニケーションを取りながら設定していきます。

(3)ITを活用した情報基盤の高度化

広範な一次データ保有者から信頼性のあるデータを効率的に収集・集計し、タイムリーな開示につなげるには、ITを活用して情報基盤を段階的に高度化していきます。サステナビリティ情報収集のための情報基盤の段階的な高度化のステップを図表4に示しています。

図表4:ESG情報収集のための情報基盤の段階的な高度化の例示

図表4 ESG情報収集のための情報基盤の段階的な高度化の例示

もし、買い手(親会社)において、サステナビリティ情報開示のためのデータ収集がメールなどで行われ、収集したデータの集計が手作業で行われている場合(ステップ0)、まずは表計算ソフトなどのツールを利用して標準化したレポーティングパッケージとその運用マニュアルやガイドラインを親会社で作成し、投資対象会社に展開することで開示に必要なデータ収集を行う体制を構築するのが最初のステップ(ステップ1)となります。レポーティングパッケージが整備されていなければ、M&Aが行われた場合に投資対象会社から適切なタイミングで情報を収集し、期限までに開示することは非常に困難です。

このステップは、連結決算において子会社から財務情報を収集するプロセスと類似しています。しかし、財務情報とは異なり、データの種類や一次データ保有者が広範に及ぶため、レポーティングパッケージへのデータ入力の負担が財務情報に比べて大きくなります。また、財務情報であれば第三者による監査により情報の信頼性を確保できますが、サステナビリティ情報に対する第三者保証は現時点ではまだ一般的ではないため、レポーティングパッケージに入力されたサステナビリティ情報の信頼性をいかに確保するかが課題となります。これらの課題に対応するためには、段階的なシステム導入により、データ入力や集計の自動化で業務負担を徐々に軽減し、同時に情報の信頼性を高めることが重要です。

3 おわりに

広範な一次データ保有者から信頼性のあるデータを効率的に収集・集計し、タイムリーな開示につなげることは多くの企業にとって大きなチャレンジであり、M&Aの投資対象会社からデータを収集するのは特に難易度が高くなります。信頼性のあるサステナビリティ情報の収集体制を構築するのは、法定開示への対応だけでなく、グループ全体の中期経営計画の一環としてのESG戦略の立案に欠かせないステップです。また、信頼される開示を基礎としたステークホルダーとのコミュニケーションは、企業の持続的な企業価値向上の実現に欠かせません。

短い期間で複雑なサステナビリティ情報の収集体制を構築し、保証取得のために必要な内部統制を検討するには、サステナビリティ情報、保証、内部統制などの幅広い知見がプロジェクトメンバーに必要になります。さらに、広範に及ぶ社内外の関係者との円滑なコミュニケーションを行うためのソフトスキルや言語スキルも求められます。これらの知見やスキルを持つ社内の人的リソースを十分に確保し、必要に応じて外部アドバイザーの専門的知見を利用することがプロジェクト成功の鍵となると考えられます。


執筆者

PwC Japan 有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
パートナー 浅野 圭子

PwC Japan 有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 戸石 悠