株式報酬制度をグローバルで導入する際の税務論点

  • 2024-12-19

はじめに

日本企業の株式報酬制度はいまや一般的となり、制度の対象者を役員のみならず、従業員にも拡大する傾向が見られます。そして、日本の役員、従業員だけではなく、海外子会社の役員、従業員にも同じように株式を給付するケースが増えてきています。株式報酬は金銭で支給される給与と異なり、株式自体の価値が変動することもあり、役員、従業員の企業への貢献に対するインセンティブとしての効果が高くなることが期待される一方で、税務上の取り扱いは複雑になることがあります。とりわけ、クロスボーダーでのやり取りになると、海外子会社の役員、従業員の居住地国での課税関係を考慮することが求められます。さらに、海外勤務を経て、日本に帰任した役員、従業員に不利益が生じないような制度になっているか否かにも配慮する必要があります。本稿では、株式報酬の種類と課税関係を整理したうえで、株式報酬制度をグローバルで導入する場合の税務ポイントを解説します。

なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwC税理士法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 株式報酬の種類と日本における課税関係の整理

株式報酬にはいくつかの種類がありますが、ここでは一般的なものとして、ストックオプション、株式交付信託、譲渡制限付株式の課税についてどのような関係にあるのか整理します。

(1)ストックオプション

ストックオプションは、税制適格のものと非適格のものに大別されます。税制適格ストックオプションとは図表1に挙げている要件を充足するものをいい、行使時における課税が繰り延べられ、ストックオプションを行使することで取得する株式を譲渡する際に、譲渡収入とストックオプションに係る行使価格の差額について、譲渡益として課税することとされているものです。つまり、税制適格でなければ、ストックオプションの行使時に行使益(行使時における株式の時価と行使価格との差額)が給与所得として総合課税(最高税率56%)の対象となるところ、税制適格であれば、譲渡益部分が株式等に係る譲渡所得等として分離課税(適用税率20.315%)の対象となります(租税特別措置法第29条の2)。

図表1の3の権利行使価額がストックオプションに係る契約の締結時の時価以上でなければならないという要件について、上場企業であれば市場価額があるため特に疑問は生じませんが、非上場企業である場合にどのように株価を算定するべきかという論点があります。この点について、国税庁から「ストックオプションの対する課税(Q&A)」が公表されており、財産評価基本通達の例によって算定することもできると解説されています。図表1の1および図表1の6のただし書きに記載した要件緩和と合わせて、上場を目指すスタートアップ企業も、その役員、従業員に対するインセンティブとしてストックオプション制度を利用しやすくなってきています。

また、いわゆる「1円ストックオプション」(権利行使価額が1円であるストックオプション)は、図表1の3の要件を充足しないため、税制非適格となります。株式報酬制度として税制非適格ストックオプションを採用する場合、原則として、ストックオプションの権利行使時に権利行使をする役員、従業員に対して給与課税が生じることになるため、会社にとっては源泉徴収義務が生じることとなります(権利行使期間を退職後10日以内に設定するなど、退職所得として課税されるものもありますが、会社に源泉徴収義務が生じることには変わりありません)。源泉徴収義務が生じる場合、金銭により支給される給与と異なり、対象となる役員、従業員から会社に対して源泉徴収税額相当の金銭を払い込むことを要請するなど、納税資金の手当てが必要となることがあります。

図表1:税制適格ストックオプションの要件

番号 項目 説明
1 行使期間

ストックオプション(新株予約権)の行使は、当該ストックオプションに係る付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日までの間に行うこと。

ただし、付与決議の日において設立の日以後の期間が5年未満の非上場会社については、スタートアップ企業の事業化までの期間を考慮して、行使期間が5年延長されている(付与決議の日後15年を経過する日まで)。

2 年間の権利行使上限

権利行使価額の年間の合計額が1,200万円を超えないこと。ただし、下記の場合は上限が引き上げられている。

①付与決議の日において設立の日以後の期間が5年未満の場合:2,400万円
②付与決議の日において設立の日以後の期間が5年以上20年未満で、かつ、未上場または上場の日以後の期間が5年未満:3,600万円

3 権利行使価額 1株当たりの権利行使価額は、ストックオプションに係る契約を締結した株式会社の株式の当該締結のときにおける1株当たりの価額に相当する金額以上であること。
4 譲渡制限 譲渡をしてはならないとされていること。
5 付与決議 ストックオプションの行使に係る株式の交付が当該交付のために付与決議がされた会社法第238条第1項に定める事項に反しないで行われるものであること。
6 株式の保管委託

ストックオプションの行使によって取得する株式について、当該行使に係る株式会社と金融商品取引業者等との間であらかじめ締結される取り決めに従って、当該取得後直ちに、当該金融商品取引業者等の振替口座簿に記載もしくは記録を受け、またはその営業所等に保管の委託もしくは管理等信託がされること。

ただし、譲渡制限株式については、金融商品取引業者等への保管委託に代えて、株式会社による株式の管理が認められている。

7 国外転出時の通知 ストックオプションの行使の日までの間に国外転出をする場合には、当該国外転出をするときまでに当該ストックオプションに係る契約を締結した株式会社にその旨を通知すること。

(2)株式交付信託

株式交付信託とは、会社と信託銀行等の間で信託契約を締結し、役員、従業員に対して交付する予定の株式を信託で保有して、将来、役員または従業員が株式交付条件を満たしたときに、当該信託から当該信託の受益者となった役員または従業員に対して信託から株式を交付する仕組みです。

株式交付信託に係る信託は、税務上、一般に、受益者等課税信託として取り扱われ、信託内の財産はみなし受益者である会社(委託者)が直接保有するものとして取り扱われます(所得税法第13条第1項、法人税法第12条第1項)。したがって、株式交付信託からの株式の交付は、税務上、会社が対象となる役員または従業員に給与や退職金を現物支給する場合と同様に取り扱われることとなります。

株式交付信託では、会社において生じる源泉徴収義務に備えるため、交付する株式の一定割合を換価して給付する方法が採用されるケースがあります。例えば、交付する予定の株式100株のうち、50株相当は信託内で売却し、売却収入として得た金銭を支給、残りの50株は現物を交付するというイメージです。会社は支給した金銭のうちから源泉徴収税額を控除することができるため、税制非適格ストックオプションの場合と比較すると源泉徴収に係る事務負荷は軽減されると思われます。

(3)譲渡制限付株式

譲渡制限付株式とは、役員、従業員に対して株式を交付する際に、会社との契約等により一定期間内の譲渡を制限するものです。実際に株式の交付を受けることから、交付を受けた役員または従業員は株主となり、株主としての権利を有することとなる(配当を受領する権利がある)一方、株式を処分することができないため、当該譲渡制限が解除されるまでの期間における会社への貢献に対するインセンティブ効果が期待されるものです。

税務上は、特定譲渡制限付株式の要件(図表2)に該当すれば、株式の交付を受けた時点では課税は生じず、譲渡制限が解除された時に給与課税が生じることになります(所得税基本通達23~35共‐5の2、同23~35共‐5の3)。退職に基因して譲渡制限が解除される場合には、退職所得として課税されることになりますが、役員に対する制度としては退任時に譲渡制限を解除するタイプのものを多く見かけます。

図表2:特定譲渡制限付株式の要件

番号 説明
1 譲渡についての制限がされており、かつ、当該譲渡についての制限に係る期間(譲渡制限期間)が設けられていること。
2 個人からの役務の提供を受ける法人等が株式を無償で取得することとなる事由が定められていること。
3 役務の提供の対価として個人に生ずる債権の給付と引き換えに当該個人に交付されるものであること。または、実質的に当該役務の提供の対価と認められるものであること。

譲渡制限解除時には、会社に源泉徴収義務が生じることになります。税制非適格ストックオプションの場合と同様に、源泉徴収に伴う納税資金の手当てを考慮する必要があります。

2 海外子会社の役員、従業員を株式報酬制度の対象とする場合の税務ポイント

(1)居住地国および日本における課税制度のリサーチ

海外子会社の役員、従業員に対しても、日本の親会社が発行する株式を付与する場合、役員、従業員の居住地国でどのような課税関係が生じるのか、また、過去にストックオプションを付与したり譲渡制限付株式を交付したりした役員、従業員が海外に出向などして海外勤務となる場合にどのような課税が生じるのかなど、クロスボーダー特有の論点について検討する必要が生じます。

①居住地国および日本での個人に対する所得課税

日本に限らず、会社との雇用関係に基づくインセンティブ報酬を給与として課税する国は多くありますが、報酬制度の種類によって個人に対する課税の方法やタイミングが異なる場合があります。特に、ストックオプションや譲渡制限付株式の場合には、現地での課税関係に注意する必要があります。1で述べたように、日本ではストックオプションの場合は税制適格要件を充当すれば株式譲渡時まで課税されないのに対して、他国では権利付与や権利行使のタイミングで課税の対象となることが考えられます。また、譲渡制限付株式の場合、日本では譲渡制限が解除されるタイミングで所得を認識しますが、国によっては、譲渡制限付株式であっても交付時(つまり、譲渡制限解除前)に課税の対象となることが考えられます。株式交付信託の場合は、これ自体が日本の信託という特有の仕組みを利用したものであるため、他国での取り扱いを分析するにあたっては、現地の税務専門家に丁寧にその仕組みを説明する必要があります。

グローバル展開する場合、実務上はまず、どのような報酬制度を導入しようとするのか、いくつか候補となるプランを決めてから、それぞれのプランに対する課税関係の概要(課税のタイミング、適用される税率、納税方法など)を調査し、導入に際して障害がないかを確認します。税務上の観点に加えて、法律面での調査も必要となります。日本国外に居住する個人に対して日本企業の株式を保有させようとする場合、法規制により保有が困難である場合があり得るためです。法律面も含めて大きな障害がないことが確認できたら、具体的に想定する制度設計に基づいて、より詳細な調査を行うのが一般的な進め方です。株式報酬に関する規程のドラフトを、税務の観点からレビューすることも有用です。

また、日本の親会社の役員の立場で支給される報酬なのか、海外子会社での職務執行に対して支給される報酬なのかによっても課税関係が異なる可能性があり、報酬制度の枠組みと合わせて整理する必要があります。

②海外子会社の役員、従業員に係る報酬費用の取り扱い

株式報酬の場合、親会社の株式を交付することになるため、いったん親会社で当該株式報酬に係る費用を計上するのが一般的ですが、後日、海外子会社に対して請求するか否かを検討する必要があります。海外子会社での職務執行に対して支給する株式報酬である場合は、海外子会社がその費用を負担するのが合理的であると考えられますが、海外子会社が負担した費用について、海外子会社側で法人税の課税所得の計算上、損金として認められるか否かを確認する必要があります。

また、海外子会社の役員、従業員に対する株式報酬に係る費用であっても、日本の親会社が負担するケースも見受けられます。その場合、日本の親会社において、法人税法上、その負担する株式報酬費用を負担する妥当性が説明できるかどうかも損金算入可否に影響を与えるため、慎重に検討する必要があります。

(2)留意すべき論点

海外で勤務することとなった役員、従業員が、過去に日本で付与されたストックオプションを海外勤務期間中に行使することによって株式を取得することも考えられます。当該ストックオプションの行使益に対して課税権を持つのはどちらの国なのか(日本なのか居住地国なのか)を判定する必要があるほか、税制適格ストックオプションである場合には譲渡益に対する課税関係も整理する必要があります。

また、海外勤務期間中にも、日本で勤務していた期間と同様に、株式報酬を支給したいという場合もあるでしょう。海外勤務期間中に付与されたストックオプションを帰任後に行使したり、海外勤務期間中に交付された譲渡制限付株式について帰任後に譲渡制限が解除されたりすることも考えられます。想定外のタイミング、つまり、日本で課税が生じると想定しているよりも前倒しで居住地国で課税が生じることはないか、居住地国で課税されているにもかかわらず帰任後に日本で再度課税されることはないかなど、慎重にリサーチする必要があります。仮に両国で納税義務が生じる場合、二重課税を排除するための手続きが存在するのか、現実的にその手続きが有効に活用できるのか、活用が困難であるとすればどのような対応が考えられるのか、あらかじめ検討しておく必要があります。

3 おわりに

株式報酬制度をグローバルに展開するにあたっては、日本における個人所得税の取り扱いに加えて、海外税制を含めた幅広い調査、検討が必要となります。株式報酬は高いインセンティブ効果が期待されますが、権利付与から経済的便益が生じるまでの期間が長期にわたることが多く、課税当局から不当に課税を繰り延べしていると捉えられると厳しい税負担が課せられることもあり得ます。各国において独自のルールが定められていることが想定されるため、日本だけでなく、現地の税務専門家にもアドバイスを求める必要があります。


執筆者

PwC税理士法人
パートナー 西川 真由美