米国主要政策トレンド2021

これまで一貫して「穏健派」であったバイデン大統領が、政権における「変革」を約束しています。企業は政策転換にどのように備えることができるでしょうか。

その長い政治家キャリアにおいて「穏健派」、「歩み寄り」の姿勢を示してきたジョー・バイデン大統領が、抜本的な変革ビジョンを提示しています。目下直面している医療・経済危機対策として1.9兆ドルの財政出動を議会で通過させるために、予算調整(budget reconciliation)措置を進めています*1。同時に、米国の景気回復は、構造的改革――特に人種間の平等および、2050年までの温室効果ガス排出ネットゼロ経済への移行-と絡めて進めていくべき、という姿勢を明確にしています。

現在、企業は、追加経済対策以外にもどのような規制や法改正が実施される可能性が高いか、評価を行っています。 

実業界は、制度尊重主義者であるバイデン大統領が、変革をもたらし得るアジェンダの舵取りをしていることを知っています。例えば、政府は変革達成に向けて、既存の政策的枠組みや企業の自主的情報開示の流れを活用する、という見方が出ていることもその兆候と言えるでしょう。また、証券取引委員会(SEC)が環境・社会・ガバナンス(ESG)報告に関するガイダンスをこれまで以上に発行すると予想されていることにも注意が必要です。

バイデン政権は大統領令に次々と署名し、早くも多くの政策目標に弾みをつけています。また、複数のルートでアジェンダを展開することも予想されています。

議会での調整措置により、いくつかのバイデン増税案の可決への道が開けるでしょう*2歳入委員会を含む下院委員会による、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)救済対策進展に向けた迅速な行動からも、これまでのところ調整プロセスが想定通り進んでいることが分かります。バイデン大統領は、COVID-19緊急救済策(「米国救済計画(American Rescue Plan)」)と景気回復計画(「米国復興計画(Build Back Better Recovery Plan)」)という2本柱からなる1.9兆ドル規模の経済対策パッケージ案を掲げています。予算調整措置を用いた増税案の議会通過には、民主党下院議員のほぼ全員および民主党上院議員50名の支持を得る必要があること、また厳しい予算調整関連ルールの遵守が求められることから、増税案の対象範囲は限定的となるでしょう。これらの政治的な考慮事項を踏まえて、PwC米国の Tax Policy チームは、バイデン政権は以下の法案成立に注力すると予想しています

  • 法人税率の引き上げ
  • 海外事業への増税
  • 個人税率を最大39.6%まで再引き上げ

連邦政府機関は、バイデン大統領の公平性と、気候に関するアジェンダの実施を支持しています。ホワイトハウス国内政策会議と行政管理予算局は、全ての連邦政府機関における取り組みを調整する役割を担っています。各機関は、公平性とインクルージョンの妨げとなる制度的障壁に対する評価を実施し、長い間十分なサービスを受けてこなかったコミュニティにより多くの資源を向ける方法を策定していくでしょう。各機関は、既存のプログラムの執行を強化し、気候変動関連リスクに関する企業の情報開示の義務化など、新しい規制を発行することで、環境目標を推進するものと予想されます。

また、議会の活動により、インフラ支出法案や企業の取締役会におけるダイバーシティ促進に向けた措置など、超党派の目標が進展する可能性もあります。

バイデン政権がその優先事項を実施するために規制や法令を活用していく中での、ビジネスの主要分野に関わる政策の見通しと、そうした政策変化への対応策について、以下に紹介します。


優先政策事項

ESG関連

気候変動問題に対する最初のアクションからうかがえる「政府一丸」の姿勢

COVID-19感染拡大に伴い、企業は従業員や顧客の幸福により注力するようになり、「ステークホルダー資本主義」への移行が加速しています。新政権の政策もこうした方向を後押しするものになるでしょう。SECは2010年に発行した気候変動に関する情報開示のガイダンスを改訂する計画を発表しています。すなわち、公開企業の気候変動に関する情報開示の標準化が進む可能性が高いことを示しています。これは、SECが2020年秋に発表したレギュレーションS-Kの改定に向けた広範なプロジェクトの一環である、人的資本に関する新開示要求への原則主義的アプローチのガイダンスに続くものです。 

バイデン大統領は内務省に対して、公有地や海域での化石燃料事業への融資を全て見直すと共に、国家情報長官をはじめとする全ての連邦政府機関に対し、気候変動が安全保障に与える影響を評価するよう要請しました。企業は、気候変動リスクを自社の意思決定に組み込むよう、より強く求められる可能性があります。これは、テキサス州で発生した寒波による大規模停電などからも分かる通り、重要インフラを支える企業にとって特に重要です。その他、サイバーセキュリティやデータプライバシーも管理すべき重大なESGリスクとして挙げられるでしょう。

大統領がSEC委員長に指名したベテラン規制当局者ゲイリー・ゲンスラー氏とジャネット・イエレン財務長官は、気候変動と社会的公正における国内優先課題に関する規則と執行に注力すると予想されます。また、サティアム・カーンナ氏は、SEC上級政策アドバイザーとして、気候変動リスクやその他のESGの動向に関するSECの取り組みの調整を図ります。これと並行して、米国はグローバルの気候変動対策にも再び乗り出します。その第一歩として、ジョン・ケリー氏を気候変動担当特使に任命し、11月開催の気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に出席させる予定です。また、元環境保護庁(EPA)長官のジーナ・マッカーシー氏は、初の国家気候変動顧問として、バイデン政権の国内戦略を調整していく上で極めて重要な役割を果たすものと予想されます。

主要リスク

低炭素経済への移行リスクに対する準備不足:企業は、気候変動の物理的リスク(例:海面上昇による操業やビジネスへの影響、ハリケーンや山火事のような異常気象)については考慮すべきリスクとして理解し始めています。しかし、低炭素経済への移行に伴うリスク、すなわち移行リスクについては、多くの企業にとってそれほどなじみがあるものではありません。移行リスク要因として考慮すべき事項は、政策や規制(GHG排出量への課税など)、低炭素技術の進展(新技術への投資対効果<ROI>や陳腐化したモデルの減損)、市場(原材料費の上昇)、社会的選好の変化(ステークホルダーからの圧力)など、数多く存在します。多くの業界にとって、移行リスクは物理的リスクと同程度、あるいはそれ以上に重要です。

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)や気候リスク関連の情報開示に関する標準化不足と大部分の企業による情報開示の投機適格水準未達:2019年には、S&P500インデックス対象企業のうち90%がサステナビリティ報告書を発行しており、2011年の約20%から増加しています。米国ではこうした情報開示を管理する強制的な基準が存在しませんでした。一方で企業は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や国際ビジネス評議会(International Business Council)/世界経済フォーラムなど、情報開示に関する世界的な要請の高まりに直面しており、またすでに複数の報告基準や枠組み(例:サステナビリティ会計基準審議会<SASB>やグローバル・レポーティング・イニシアティブ<GRI>)も存在します。SECがより標準化された開示に向けて動くことが予想される中、企業は、自社のD&Iや気候リスク情報のうちどれだけの情報が規制報告エコシステムの本流から外れるか、検討する必要があります。投資家からの圧力と規制が収束していく中で、企業は、定性的・定量的情報の両方を投資適格レベルで捉え、報告できるようにする必要があります。そのために、財務情報開示の場合と同様、非財務指標についても報告・管理インフラを設ける必要があります。

測定可能な事柄に関する管理の必要性:これら全ての根底にある大きなテーマは「アカウンタビリティ」です。投資家、規制当局、その他のステークホルダーは、これらの情報を利用してスコアを記録し、投資を行い、あるいは政策を決定するため、企業にさらなる透明性の向上と開示を求めています。PwCは、ステークホルダーが企業に変化を推進してほしいと考えていることを理解しています。彼らが求めているのは、ダイバーシティの向上と積極的なインクルージョンへの取り組みであり、それが業績の向上と経済発展につながることを望んでいるのです。テクノロジーを駆使したソリューションを用いることで、企業はダイバーシティに関するデータを追跡・測定し、新たな知見を得てインクルージョンカルチャーを強化し、ビジネスの発展を加速させることができます。今後、企業は、取締役会レベルの戦略設定に ESG を組み込むこと――すなわち、ステークホルダーが企業の戦略的目標の進捗状況を評価するのに役立つ、より優れた定量指標を開示することを求められるようになっていくと考えられます。

90% S&P500インデックス対象企業のうち90%がサステナビリティ報告書を発行しています。

企業の対応策

気候変動に伴うリスクと機会を広い視野で捉える:気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みの中には、さまざまな移行方法におけるビジネスモデルのシナリオ分析およびストレステストが含まれます。こうした取り組みにおいては、物理的リスクと移行リスクの両方を考慮すべきであり、またリスク軽減戦略を策定する際は、新たな機会も組み込む必要があります。例えば、金融サービス業の場合、エネルギー移行に伴う変化または物理的リスクにさらされることによって資産価値が予想以上に低下するリスクを評価すべきですが、同時に、グリーン投資や気候変動への対応を支援する特別な新しい金融商品という機会も考慮しなければなりません。一方、エネルギー系企業は、二酸化炭素回収・貯留や再生可能電力・熱システムの開発計画策定にあたり、カーボンプライシングやその他低炭素関連投資のインセンティブの影響を考慮する必要がありますが、同時に、新たな資産の建設地を慎重に選択する必要があります。エネルギー移行計画は、サプライチェーンの効率化、製品・サービスの多様化、事業買収・売却の機会を業界全体にもたらします。

ESGデータからより多くの有意義な知見を得る:現行の財務情報報告と同様のESG報告に関する共通枠組みが確立する時期はまだ不透明ですが、企業は直ちに、透明性が高く投資適格水準にあると見なされるような報告を行うことができるよう動き出すべきです。その一環として、企業の長期的な価値創出に不可欠なセクターおよび企業固有の指標に焦点を当てることも必要です。このプロセスは、将来的な要求を見据えて、投資適格かつデジタルフレンドリーなデータに対応可能なものにしておかなければなりません。さらに、信頼構築につながる方法で効率的にストーリーを伝えるのに役立つシステム、プロセス、内部統制を整備しておく必要があります。報告される情報からより多くの有意義な知見を積極的に見出すための人材のアップスキリングも重要です。業界をリードする企業は、ESGは単にリスクや報告義務に関わるものではなく、機会を生み出すものでもあることを知っています。

自社のD&Iストーリーを伝える:たとえ自社の現状分析結果に不満足な点があっても、それを理由に、透明性強化に向けて歩み出すことをためらってはいけません。改善を加速するために自分たちが行っている活動をクローズアップして、そのストーリーをステークホルダーに伝えましょう。自分たちの現在の姿と将来ありたい姿を示した上で、何が障壁となっているかを評価します。D&Iとは単なる「人事の問題」ではなく「会社の利益や株主価値に影響をもたらす戦略的問題」という考え方に変えていきましょう。持続可能な変化に向けた戦略は、採用アプローチ、社員の経験(people experience)、キャリアパス、組織リーダーシップにも影響をもたらすことができます。企業の取締役会におけるダイバーシティ確保の議論は、民主党が多数派を占める議会とバイデン政権の両方の支持を受け、特別立法政策に含まれる可能性があります。


サイバーとプライバシー

サイバー攻撃に対する一丸となった決意が、バイデン大統領の2021年の政策アジェンダを後押し

サイバーセキュリティは、バイデン政権においてすでに最優先課題の一つとなっています。アンガス・ヤング上院議員とマイク・ギャラガー下院議員は、次のように記しています。「実際のところ、サイバー空間における皆さんのセキュリティは危険な状態にさらされています。給与明細、医療情報、電気代など、皆さんの生活は、そうした情報を保存、処理、分析するデジタルデバイスのネットワークに依存するようになっています。こうしたネットワークは、すでに侵害されているとは言わないまでも、脆弱なものなのです」。

バイデン大統領が新ポストとしてサイバーセキュリティ担当顧問を任命したことは、同氏がこの問題をいかに重視しているか示すものでしょう。アン・ノイバーガー氏は、国家安全保障会議におけるサイバーセキュリティ担当の国家安全保障副顧問として、全ての連邦政府機関や部署にわたるサイバー戦略を調整するという高位の役割を担っています。2月17日の初回ブリーフィングでは、最近のサイバースパイ活動に関する調査について、最新の情報を提供しました。


政策展望

国家の関与が疑われる脅威アクター(nation-state actors)に対して、連邦政府がより協調した行動に出ることが予想されます。司法省がWannaCryNotPetyaといったランサムウェアを使用した大規模サイバー攻撃に関与したハッカーを起訴したのは、相手側にそうした行為のリスクと代償を知らしめる取り組みの一例です。 

サイバーセキュリティ・インフラストラクチャー・セキュリティー庁(CISA)新長官は、ノイバーガー副顧問と協力して、重要インフラ設備や、連邦政府のコンピューターネットワークのハッカーからの保護を通じて、文民連邦ネットワーク保護に注力しています。 

国防権限法(NDAA)に基づき、2021年度より大統領府内に国家サイバー長官(national cyber director)が新設される予定です。上院で承認されれば、同長官は約75名のサイバー専門家スタッフを率いることになります。 

こうした連邦政府の調整をさらに強化するのが、2020年9月にクリストファー・レイFBI長官が発表したFBI戦略です。この戦略の中心となるのは、法執行および諜報活動の主導組織であり、また連邦政府内の各連携機関、海外および民間部門の連携相手にとって不可欠なパートナーでもあるFBIです。 

最近の世界的なサイバースパイ活動に一丸となって対応するため、FBI、CISA、国家情報長官室(ODNI)は、サイバー統合調整グループ(UCG)を結成しました。バイデン大統領の下、連邦政府は引き続き「責任の一元化」アプローチを継続し、抑止アプローチの見直しを図っていくと予想されます。

また、官民パートナーシップの進展が予想されます。サイバーセキュリティは、いわば究極の「チームスポーツ」です。サイバー脅威に効果的かつ迅速に対応するためには、悪意ある行為の標的にされる可能性がある組織と、そうした攻撃を食い止めるサポート力を持つ組織が、真のパートナーシップを構築することが必要です。こうした官民パートナーシップの構築がバイデン政権下で優先事項となる可能性は高いでしょう。 

こうした連携の一例として、システミックリスク分析&レジリエンスセンター(ARC)があります。2020年10 月に設立された非営利団体で、米国の金融・エネルギー部門への脅威を防ぐことを目的としています。もう一つの例として、米国諜報機関およびセキュリティクリアランスを受けた民間防衛企業コミュニティが結集した国家サイバーセキュリティ連合(NDCA)が挙げられます。NDCAは、サイバー犯罪の脅威からの金融・小売業の保護をする国家サイバー犯罪対策教育連合(NCFTA)と似た非営利団体です。

サイバースペース・ソラリウム委員会の報告書によれば、国家と企業の「レジリエンス」とは、攻撃を受けても生き延び、逆境でも重要な機能を維持し、仮に中断されてもそうした機能を復旧できる能力、と定義されています。レジリエンスは、情報共有、インシデント対応の共同演習、是正措置を通じた教育と学びから生まれるものです。当初1年間のプロジェクトの予定だった同委員会は、2021年度に再承認されました。

レジリエンスは、 情報共有、インシデント対応の共同演習、是正措置を通じた教育と学びから生まれるものです。

企業の対応策

官民連携の強化に向けて、企業はどのような準備をすべきでしょうか。

経営幹部層は、政府がサイバーセキュリティ対策に本腰を入れていることを受け、それを自社の対策に活用すべきです。

  • リスクベースのアプローチを用いて、よりよい官民連携に向けた優先取組事項を設定します。自分の組織がどのような重要インフラに頼っているか、固定観念に捕らわれず考えてみましょう。例えば、ソーシャルメディアは、経済や国家の安全保障、民主主義的制度、生活様式などに影響をもたらす重要インフラです。 
  • サイバー攻撃から身を守るために、政府に何を求めるのかを明確化します。政府渉外専門家には、自社が直面している主なサイバー問題に関して、常に最新の情報を共有しておきましょう。企業のサイバーポリシーアナリストは、政府やNISTのような標準策定機関と上手く連携していく必要があります。
  • 業界団体その他民間部門グループに、リスクベースのアプローチを用いてサイバー問題に関する優先取り組み事項を設定するよう働きかけます。セキュリティおよびレジリエンス目標に照らしてパートナーシップの進捗状況を測定するなど、連邦政府に成果重視のスタンスを取るよう促します。 
  • 虚偽情報対応戦略を策定します。ディープフェイクなど巧妙な手法を駆使して企業を攻撃する動きが見られ始めています。

貿易関連
(関税、輸出入規制、サプライチェーンの安全保障、米国貿易関係)

バイデン政権が貿易政策を練り始める中、「バイ・アメリカン」が基調に

政策展望

バイデン大統領のこれまでの大統領令で、強硬な貿易体制からの転換につながるものは特にありません。バイデン政権は自らの貿易対策チームを編成し、連邦政府調達における「バイ・アメリカン」要件の拡大など国内の競争力を支援する活動を優先させており、当局も貿易関係のリセットに向けたアプローチが鈍化していることを示唆しています。

バイデン大統領の米国復興計画、法人税案、多国間連携強化へのコミットメントによって、今後の米国貿易政策はどのようなかたちになるでしょうか。企業はさまざまな結果に直面しています。経営幹部が異なる政策同士の相互依存性を特定できるようになればなるほど、ビジネスに与える全体的影響についての理解はより確かなものになります。グローバルな貿易と税制に関する検討課題は急増しています。上院、下院共に民主党はぎりぎりで過半数を占めているという状況もあり、また特にバイデン政権が米国の雇用創出に焦点を当てていることから、貿易・税制問題には迅速に対応していく必要があります。議員定数100の上院議会で両党派が50名ずつ、という状況では、調達、サプライチェーンおよび国内外の事業に影響をもたらす可能性がある事項に対して、上院議員の誰もが法案可決/否決のキーパーソンとなる可能性があります。 

バイデン政権は、すでに変貌を遂げた貿易環境の下で政策を構築していくわけですが、引き続き多くの制約の下で活動を進めることになるでしょう。大統領選から数カ月が過ぎ、世界の貿易活動は、アジア、特に中国の回復にけん引されて、急降下から脱し始めています。さらに、いくつかの大型地域貿易協定も始動しています。例えば、地域包括的経済連携(RCEP)は、ASEAN 経済と中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド間の貿易関係強化を目的としています。EUと中国の包括的投資協定は、EU・中国間のより広範な自由貿易の機会につながるものです。EUはまた、2020年末に、EU離脱後の英国との貿易協定について合意に達しました。 

一方で、世界貿易機関(WTO)は事実上、脇に追いやられており、上訴制度の運営方法や人員数をめぐり長期間続いている問題の解決策を模索している状態です。WTOという貿易監視機関の(事実上の)不在が、近年の地域間貿易・国家貿易拡大の重要な一因となっています。バイデン政権が WTO 制度の再活性化をどの程度求めていくかは、貿易ルールの脱中央集権化傾向が今後も続くかどうかの重要な指標になるでしょう。

経済協力開発機構(OECD)がデジタル経済への課税策を引き続き模索しており、「関税」と「租税」の問題は重なり合っている点が極めて重要です。トランプ前政権は貿易調査を行い、デジタル課税は米国企業に不公平であると結論付けました。バイデン大統領のチームによる同課題への対応策はいまだはっきりしておらず、これが貿易分野における一層の不透明性につながっています。特にOECD/G20の包摂的枠組みにおける提案が、現在検討中のかたちで実施された場合、今後さらにコンプライアンス関連のリソースが必要になるでしょう。

企業の対応策

サプライチェーンの脆弱性があらためて精査されており、レジリエンス構築へ注力が必要

バイデン大統領は、対中貿易政策の調整に向けて、主要同盟国と対立するのではなく協力を求める可能性が高いでしょう。その結果、トランプ前政権下の大規模な貿易措置および報復的かつ一方的な行為――例えば、中国からの約2,500億ドル相当、1,200億ドル相当の輸入品に対する、それぞれ25%、7.5%の関税措置は当面継続すると予想されます。バイデン大統領は、米国の医薬品、重要鉱物、半導体、大容量電池のサプライチェーンに脆弱性はないか、連邦政府機関に見直しを求める一方で、中国企業数十社に対する技術移転や輸出規制についても見直しを行っています。 

パンデミックと関税引き上げの応酬により、中国から米国への陸揚げコストにおける潜在リスクや、特定の製品・部品の可用性におけるリスクが露呈しました。これにより、企業は供給拠点や生産拠点を中国から他国に移すことを迫られています。中国への依存度を減らすことに対する超党派の関心は、特に医療関連やテクノロジー関連のサプライチェーンに対して高まっています。バイデン大統領は、他国と比べて米国に産業上の優位性をもたらし得る国内主要分野およびテクノロジーに向けた投資を実施する可能性があります。

特恵に向けたモデル化、貿易関連の法執行強化への準備

議会では米英貿易協定を支持する声があり、テクニカルレベルでの交渉は今後も継続する可能性はあるものの、バイデン政権は、日本、韓国、EU加盟国など主要同盟国との貿易関係の再構築に注力すると予想されます。こうした取り組みの背景にあるのが、近年の地域貿易協定(RTA)の急増です。WTOによると、現在、300以上のRTAが発効中です。貿易協定といっても、その範囲や目的という点で大きなばらつきがあります。企業がそうした協定を詳細に調査すると、多くの場合、製造業者や輸入業者がサプライチェーンのシナリオをモデル化する上で適した特恵がすでに存在していることに気付くでしょう。

米国政府が越境貿易に対する監督を強化し、法執行措置を拡大しているため、輸入業者は引き続きデューデリジェンスを実施していく必要があります。「バイ・アメリカン」法は、公的資金で購入する製品の部品調達地や組み立て地について、より厳しい基準を求めています。また、2020年に議会に提出された強制労働の使用に対する法案は、立法府による越境貿易への監督強化を反映したものと言えます。

こうした結果、「米国製品」「米国サービス」要件の構成要素、部品が「最終製品」へと変わる場所、従業員の労働環境などに関する監督が強化されています。これにより、企業はバックオフィス業務の一部の米国内への移管を、より真剣に検討するようになるかもしれません。また、貿易コンプライアンス監査は、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)のような新たな貿易協定の締結後に強化される傾向があります。バイデン大統領が米国通商代表に指名したキャサリン・タイ氏は、USMCA交渉の中心人物でした。タイ氏は、代表としての最優先事項について、「輸入品の低価格を確保すること、そして、貿易協定が国内雇用の強化を保証することで『労働者中心の貿易政策』を実現することである」と述べています。

※本コンテンツは、PwC米国が2021年3月に発表した「Top Policy Trends 2021」を抜粋し、翻訳した要約版です。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

*1:2021年3月6日に上院で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う1.9兆ドル(約200兆円)規模の修正済み追加経済対策法案が可決、バイデン大統領の署名を経て、3月11日に成立しました。

*2:最新のCOVID-19救済パッケージにバイデン大統領が署名したことで、いくつかの新しい税制改正が成立しました。このパッケージには、従業員雇用継続税額控除の延長と拡大、経済的損害災害ローン(EIDL)の免除、2020年のFamilies First Coronavirus Response Actで創設された有給休暇と育児介護休業法(FMLA)休暇の税控除の延長と拡大など、いくつかの税制上の救済措置が含まれています。また、多くの企業は、法案で認められた赤字資金調達額上限を下回るために制定された2つの法人税の変更、米国企業が全世界のグループ関連企業間で支払利息を配分するための選択の廃止と、公開企業の報酬控除限度額の拡大の影響を評価したいと考えています。