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国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」という)や、OECDの「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」は法的拘束力のないものですが、近年、これらの内容を踏まえながら、欧米を中心にビジネスと人権に関するハードロー化が急速に進められています。このような外国での法制は、現地に子会社や支店を有する日本企業だけでなく、自社のバリューチェーンが現地に関連している日本企業にも適用される可能性があります。また、バリューチェーン上の企業から法令上の措置を求められる可能性もあります。そのため、日本企業においてもこのような法制化の動向を注視し、適切な対応を取る必要があります。また、人権を含めてさまざまなソフトローが公表されており、その内容は各国における法制化にも影響を与える可能性があるため、同様に注視しなければなりません。以下では、諸外国における主な法制について概説します。
2015年に現代の奴隷労働や人身取引に関する法的執行力の強化を目的とした「現代奴隷法」が施行されています。同法は、英国法人であるか否かにかかわらず、英国で事業の全部または一部を行っており、年間売上高が3,600万ポンド以上の企業に対して、奴隷および人身取引の根絶のために実施した対策について毎年声明を出すことを義務付けています(2021年3月からオンラインレジストリによる声明登録が開始されており、将来は義務化される方針)。なお、義務違反がある場合は強制執行命令や罰金などが課される可能性があります。英国内務省は2020年9月、サプライチェーンの透明性に関するパブリックコメントに対して、同法54条所定の6つの報告項目の開示義務化などを提案しており、今後の動向が注視されます。
2017年に「企業注意義務法」が制定されました。同法は、多国籍企業である親会社がその海外子会社およびサプライチェーンを通じて及ぼす人権・環境に対する負の影響を回避することを目的としています。具体的には、フランス国内の従業員数が2連結会計年度連続で5,000人以上、または全世界の全グループ従業員数が10,000人以上のフランス所在の企業に対し、自社とその子会社等およびサプライヤーなどの行為を対象として、人権・環境リスクを特定するための措置(例:リスクマッピング)や、人権侵害を軽減するための措置、その継続的な実施を監視するための措置などを記載した計画を公表し、実行することなどを義務付けています。義務違反によって第三者に損害を生じさせた場合には、当該第三者に対する民事責任が課せられます。
2021年6月に「サプライチェーン・デュー・ディリジェンス法」が連邦議会で可決され、2023年1月に施行されています1。同法は、ドイツを本拠とする企業または外国企業のドイツ国内の支店・子会社のうち、ドイツ国内において3,000人以上(2024年1月からは1,000人以上)の従業員を雇用している企業に対し、サプライチェーンにおける人権や環境関連のデュー・ディリジェンスなどの義務を課しています。具体的には、自社の事業領域およびサプライチェーン全体について、人権に関するリスク管理体制の確立、リスク分析や予防措置の実施、グリーバンスメカニズムの策定およびこれらの履行に関する報告書を公表することなどを義務付けています。なお、間接サプライヤーについては、人権侵害などが示唆される事実上の兆候がある場合においてデュー・ディリジェンスを実施し、適切な措置を講じる義務を負うこととなります。違反した場合は、行政罰(罰金)や公共調達の入札手続からの除外などが課せられます。
2019年10月に「児童労働デュー・ディリジェンス法」が制定されました(本稿執筆時は未施行)。同法は、オランダ国内市場に物・サービスを販売・提供する会社(外国法人を含む)を適用対象としています。対象企業は、児童労働を防止するために適切なレベルのデュー・ディリジェンスをサプライチェーン上で行い、その課題に対処するためのアクションプランを作成および実行する義務や、これらを当局に報告する義務を負います。なお、2022年3月に発足した新政権は、EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令案を基礎とした、より広範囲の人権課題を対象とするデュー・ディリジェンス義務を含む「国際的な企業の社会的責任法」(ICSR法)を策定する方針を示しており、今後の動向が注視されます。
2021年に「ノルウェー透明性法」が制定され、2022年7月から施行されています。同法は、ノルウェーに所在し、ノルウェー国内外で商品やサービスを販売・提供する大企業2、またはノルウェー国内で商品やサービスを販売・提供し、ノルウェー法の下で納税義務のある外国籍の大企業を対象としており、人権およびディーセントワークに関するデュー・ディリジェンスの実施や、その内容の開示を義務付けでいます。違反した場合には、罰金や差し止め請求などがなされる可能性があります。
EUでは、欧州委員会が、2022年2月23日、コーポレートサステナビリティ・デューディリジェンスに係る指令案(以下「本指令案」という)を公表しました3。本指令案は一定の売上高、従業員数などの要件を充足する企業4を対象としており、当該企業およびその子会社、当該企業とビジネス関係を有する企業に係るバリューチェーンにおける活動が人権および環境に及ぼす負の影響について、デュー・ディリジェンスの方針の策定および実行、軽減・是正措置の実施、モニタリング状況の公表、グリーバンスメカニズムの構築といった義務を課すものです。なお、ここでいう「負の影響」には、顕在化しているものだけでなく、潜在的なものも含まれます。
本指令案は、欧州議会およびEU理事会において審議・採択され、発効した後、2年以内に各EU加盟国において法制化されることとなります(現在、欧州議会(European Parliament)とEU理事会(Council of the EU)とで指令案の審議が進められており、前者は2023年4月25日付けで同議会の法務委員会(JURI)でJURI Reportを採択し、後者は2022年12月1日付けでGeneral Approachをまとめています。いずれも当初の指令案からの多数の修正事項を含んでいるため、今後の審議の動向に十分に留意する必要があります)。ドイツやフランスなど、既に人権などのデュー・ディリジェンスの法制化が進んでいる国においては、当該指令の内容によって法改正が必要となることが想定されます。また、EU域外企業である日本企業も一定の要件下においては規制対象となり得るため、動向を注視する必要があります。なお、EUにおいては2021年7月にEU企業の事業活動とサプライチェーンの管理に関連して、「強制労働に関与するリスクに対処するためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」が公表され、強制労働のリスク評価における留意点などが示されています。
「現代奴隷法」が2019年1月より施行され、オーストラリアの事業体またはオーストラリアにおいて事業を行っている事業体のうち、年間連結収益が1億オーストラリアドルを超えている企業に対して、自社の事業やそのサプライチェーンにおける現代奴隷のリスクや、その対応策などに関する報告を当局に対して行うことを義務付けています。
「サプライチェーン透明法」が2012年から施行され、同州で事業を行い、全世界で年間売上高が1億米ドルを超える小売業者または製造業者を対象として、サプライチェーンにおける奴隷労働や人身売買を根絶するための取組に関する情報を消費者に開示することなどが義務付けられています。
中国の新疆ウイグル自治区において強制労働によって製造された製品等の輸入を禁止する、ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act:UFLPA)が2021年に成立し、2022年6月21日に施行されました5。同法は、米国税関・国境警備局(Customs and Border Protection)に対し、新疆ウイグル自治区製品等については「強制労働」によって製造等されたものと推定し、関税法307条に基づいて米国への輸入を差し止め(拘留・排除・押収・没収)するように義務付けています。輸入者は、明確かつ説得力のある証拠(clear and convincing evidence)によって、新疆ウイグル自治区関連製品等が強制労働によらずに製造されたことなどを立証することが求められるため、サプライチェーンの透明性および追跡可能性を確保し、適切なデュー・ディリジェンスを実施することなどが必要とされます。
「ビジネスと人権」をめぐる国際的な潮流の中、日本政府は2020年10月に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定・公表しました。またその後、産業界からの要望も踏まえ、2022年9月に開催された「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」を経て、日本政府のガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(政府ガイドライン)を策定・公表しました6。
政府ガイドラインの主な特徴は以下のとおりです。まず同ガイドラインは、日本政府が人権の保護および実現を図るという国家の義務を積極的に果たしていくものとして、法的拘束力を有するものではないものの、企業の規模、業種などにかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業を対象として、自社・グループ会社のみならず、国内外のサプライチェーン上の企業およびその他のビジネス上の関係先を含めて人権尊重の取組を求めています。
次に、同ガイドラインは独自の基準を立てるものではなく、国連の指導原則、OECDの多国籍企業行動指針、ILOの多国籍企業宣言といった国際スタンダードに準拠しています。また、企業による人権尊重の取組は、企業活動における人権への負の影響の防止・軽減・救済が目的であり、その結果として、持続可能な経済・社会の実現に寄与するとして、企業が人権尊重責任を果たす意義を明確に示しています。
さらに同ガイドラインは、人権尊重の取組に当たって以下のとおり重要な視点を示しています。すなわち、人権尊重の取組に当たっては、「経営陣によるコミットメントが極めて重要である」「潜在的な負の影響はいかなる企業にも存在する」「人権尊重の取組にはステークホルダー との対話が重要である」「優先順位を踏まえ順次対応していく姿勢が重要である」「各企業は協力して人権尊重に取り組むことが重要である」と明示しています。
最後に、同ガイドラインは各説明に具体的な事例を組み込んでいるほか、付属資料として、末尾に同ガイドラインのQ&Aも掲載しており、実務担当者の理解促進につなげることを意識しています。この点、経済産業省は2023年4月、政府ガイドラインを活用し、人権尊重のための取組を進める企業が実務レベルで参照するための資料として、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を公表しました。同資料では、政府ガイドラインが示した人権尊重の取組の各ステップのうち「人権方針の策定」および、人権デュー・ディリジェンスの最初のステップである「人権への負の影響の特定・評価」について、検討すべきポイントや実施フローの例が示されています。
政府は2023年4月、「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」において、「公共調達における人権配慮について」と題する文書を決定し、公表しました。そこでは、以下のとおり記載されています。
【政府の実施する調達においては、入札する企業における人権尊重の確保に努めることとする。
具体的には、公共調達の入札説明書や契約書等において、入札希望者/契約者は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』(令和4年9月13日ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定)を踏まえて人権尊重に取り組むよう努める。」旨の記載の導入を進める。】
これを受け、その後の入札関連書類では、実際に上記のとおり記載されている事例もあります。例えば、内閣府のウェブサイト7においては、「内閣官房・内閣府の実施する調達においては、入札する企業に以下のガイドラインを踏まえた人権尊重の確保に努めることを誓約していただいております」とあり、一定の誓約を求める旨が記載されています。
上記は、法令による義務付けではありませんが、公共調達に関連する企業において、事実上、政府ガイドラインに沿った取組を義務付けるものです。同時に、これを通じて関連するサプライヤーなどを含め、政府ガイドラインに沿った取組がより広がる契機となるものと考えられます。なお海外においては、ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法において、違反時に公共調達の入札手続から除外されることが明記されています。
今後、日本国内においてこのような法制化が進められるか否かは別として、公共調達を通じたポジティブアクションによる人権尊重の取組の要請が高まることは不可避であり、公共調達に関係する企業においては、企業のサステナビリティの観点からも、人権尊重の取組は必須となるものと考えられます。
経営環境が目まぐるしく変化する中、企業は、その環境に適した、またはその環境を活かした企業の在り方を常に模索しなければならず、企業経営の持続可能性(サステナビリティ)を維持・発展させることは益々容易ではなくなってきています。このような環境下では、ただ経営環境の変化を追い続けるのみでは企業の対応にも限界が来ます。そのため、経営環境の変化にかかわらず、人、社会、他の企業などから「選ばれる」企業になるための軸を持つことが必要です。その軸となり得るのは、「人」、そして「社会」が、根源的に重要であると認識しているものであると考えられます。その中でも、「人」が生まれながらに有している「人権」を尊重することは、地球環境保護と同様に、「人」や「社会」が根源的に重要であると認識していることは異論のないところです。そのため、企業が人権尊重の取組を経営の重要な軸とすることは、「人」「社会」からの信頼を獲得し、揺らぎないサステナブル経営の実現に向けた最初の一歩となると考えられます。
人権尊重の取組は多くの日本企業において一種のリスクマネジメントとしてとらえられていますが、本連載が、そのような企業において、その取組を企業のサステナブル経営にポジティブに貢献するものとして理解し、積極的に取り組む契機になれば幸いです。
1 ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法の概要については、PwC弁護士法人発行のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2021年10月-ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法(人権デュー・ディリジェンス)と日本企業への影響)(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20211029-1.html)を参照。また、ドイツ連邦労働社会省のウェブサイト上のFrequently Asked Questions(https://www.csr-in-deutschland.de/EN/Business-Human-Rights/Supply-Chain-Act/FAQ/faq.html)が参考となります。
2 売上高7,000万NOK、BS合計3,500万NOK超、平均従業員数50名超のうち、2つ以上の条件を充足する企業。
3 本指令案の概要は、PwC弁護士法人発行のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2022年4月-欧州委員会によるコーポレートサステナビリティ・デューディリジェンスに係る指令案の公表)(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20220425-1.html)を参照。
4 本指令案では、対象企業は、EU域内企業については、財務諸表が作成された直前の会計年度において、従業員が平均して500名を超え、かつ全世界の売上高が1億5,000万ユーロを超える企業(グループ1)、またはグループ1に該当しない企業のうち、財務諸表が作成された直前の会計年度において、従業員が平均して250名を超え、かつ全世界の売上高が4,000万ユーロを超える企業であって、概要、一定のインパクトセクターによる売上がその50%以上を占める企業とされています。また、EU域外企業については、グループ1については、EU域内の売上高が1億5,000万ユーロを超える企業、またはEU域内の売上高が4,000万ユーロを超える企業であって、概要、一定のインパクトセクターによる売上がその50%以上を占める企業とされています。本文で触れた、欧州議会のJURI ReportやEU理事会のGeneral Approachでは、本指令案で提示された対象範囲をさらに拡大する方向での修正案が提示されているため、今後の審議の動向について十分に留意する必要があります。
5 ウイグル強制労働防止法の概要、米国強制労働執行タスクフォースが2022年6月17日付けで公表した「中国における強制労働によって採掘、生産または製造された物品等の米国への輸入を防止するための戦略」の概要、同戦略のガイダンスを補完することを目的として同法の執行プロセスや輸入者が同法を遵守する上で役立つ資料やツールなどを示した「輸入者向けの運用ガイダンス」の概要については、PwC弁護士法人発行のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2022年8月-米国ウイグル強制労働防止法の施行と実務上の対応)(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20220825-1.html)を参照。
6 政府ガイドラインの概要については、PwC弁護士法人発行のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2022年9月-日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定)(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20220926-1.html)を参照。