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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、EU企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の概要と日本企業への影響を紹介します。
企業は、そのビジネスモデルがいかにサステナビリティへ影響を与えるか、外部的なサステナビリティ要因(気候変動や人権問題)がいかに事業活動へ影響するかといった点について、報告することが求められています。このような報告は、投資家やステークホルダーがサステナビリティに関する問題について十分な情報を得た上で意思決定をするために重要となります。
企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下「CSRD」といいます。)は、2014年に導入されていた非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive、以下「NFRD」といいます。)に基づく既存の規制を強化するため、NFRDの内容を改正するものであり、環境権、社会権、人権、ガバナンス要因などのサステナビリティ関連事項に係る定期的な報告を義務付けるものです。既存の規制の下ではEU域内で約11,700社がサステナビリティ情報の収集及び報告をするものとされていたのに対し、CSRDの適用により、EU域内でおよそ50,000社が対象になるものと考えられています。
CSRDは、2022年11月、欧州議会及びEU理事会(閣僚理事会)の最終承認を経て、2023年1月5日から効力発生となっています。加盟国は、発効から18カ月以内に国内で法制化することを義務付けられます。
CSRDの適用対象となる企業は、NFRDの適用対象となる企業と比較すると、以下のとおりです。
NFRD | CSRD |
従業員500名以上の上場企業等 |
EU域内企業
|
EU域外企業
|
なお、親会社の連結マネジメントレポートに含まれる子会社は、報告義務を免除されます。
また、EU域外企業がCSRDの適用を受ける場合、サステナビリティ情報(グループレベル)の報告主体は、EU域内の子会社又は支店となります。但し、EU域外企業である親会社が、EUのサステナビリティ報告基準又はこれと同等の基準に従って、グループレベルでサステナビリティ情報を報告している場合、EU域内の子会社は報告義務を免除されます(CSRD Article 1 (4))。
CSRDによる報告ルールは、企業の規模等に応じて、段階的に適用されます(CSRD Article 5)。
企業の類型 |
適用時期 |
NFRD 対象企業 |
2024年1月1日以降に開始する会計年度から |
NFRD対象企業ではない大企業及び large groupの親会社 |
2025年1月1日以降に開始する会計年度から |
上場中小企業等(零細企業を除く) 中企業-以下のうち、2つ以上の要件を超えない企業 小企業-以下のうち、2つ以上の要件を超えない企業 零細企業-以下のうち、2つ以上の要件を超えない企業 |
2026年1月1日以降に開始する会計年度から (2028年1月1日より前に開始する会計年度については免除可能) |
EU域外企業 | 2028年1月1日以降に開始する会計年度から |
CSRDによれば、企業には、①企業活動が社会及び環境に与えるインパクト並びに②サステナビリティ関連事項が企業に与える影響の双方を考慮に入れた報告が求められます(いわゆるダブル・マテリアリティ)。
主な報告項目は、以下のとおりです2(CSRD Article 1(4))。
No. | 主な報告項目 |
1 |
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2 |
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3 |
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4 |
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5 |
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6 |
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7 |
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8 |
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上記の表に記載のとおり、企業はサステナビリティ事項に関連して実行するデュー・ディリジェンスのプロセス等を報告する必要があります。この点で、CSRDに基づく報告義務は、企業にデュー・ディリジェンスの義務を課し、バリューチェーンにおける環境及び人権に対する負の影響の特定及び是正を求める、EUのCorporate Sustainability Due Diligence Directive3を踏まえた運用がなされるものと考えられます。
また、CSRDに基づく報告については、以下のような留意点があります。
企業は、マネジメントレポート4に記載した情報を特定するために実施したプロセスを報告しなければならない。また、報告される情報については、短期・中期・長期的な展望を考慮に入れなければならない。
該当がある場合には、企業自身の事業運営及びそのバリューチェーン(商品及びサービス、ビジネス関係及びサプライチェーンを含む。)に関する情報を含まなければならない。
なお、CSRDでは、適用開始から3年の間に、企業が必要な情報を収集することが困難である場合、①バリューチェーンに関する必要情報を収集するためにした努力、②全ての必要情報を収集することができなかった理由及び③必要情報を収集するための今後の計画を説明しなければならないとされています(いわゆるcomply or explain)。
CSRDでは、報告される情報の信頼性を確保し、当該情報を受け取る側のニーズに応えるため、サステナビリティ報告には保証が必要であるとされています。
もっとも、現時点では、サステナビリティ報告(特に将来に向けた情報及び定性的な情報に関する報告)に係る保証について合意された基準が存在せず、保証の内容等について異なる理解や期待が生じるおそれがあることから、サステナビリティ情報に必要とされる保証のレベルは段階的に高めることが望ましいとされています。
まずは、対象事項が重大な虚偽表示であると結論付けるような問題は検出されなかったという消極的な形式により提供される「限定的保証」が求められることとなります。具体的には、①EUサステナビリティ報告基準への適合性及び②報告に係る情報を特定するために企業が実施したプロセスなどが保証意見に含まれます。2026年10月1日までに、監査人及び監査法人が実施すべき手続を示すため、限定的保証に係る基準についての委任法が採択される予定です。CSRDの適用開始後には、あらかじめ定められた基準に従って作成されたものと認めるという積極的な形式により提供される「合理的保証」への引上げも検討されることとなります。
監査人又は監査法人は、委任法により適用される監査基準に従って、サステナビリティ報告に係る監査の結果を提示しなければなりません(CSRD Article 3(18))。EU域外企業のサステナビリティ報告については、本国又はEU加盟国の法令に基づきサステナビリティ報告の保証意見を提供する権限を有する、1名以上の個人又は法人による監査意見を添付することが求められています(CSRD Article 1(14))。
NFRDでは、サステナビリティ情報について、マネジメントレポートでの報告を原則としつつ、別途の報告書を作成することなども認められていました。しかし、別途のレポートにより報告することは、財務情報とサステナビリティ情報の関連性を不明確にし、投資家をはじめとする情報利用者のアクセスを阻害するなどの問題点があります。
そこで、CSRDでは、マネジメントレポートの中で明確に識別できるセクションを設けることにより、サステナビリティ情報を報告しなければならず、マネジメントレポート以外の媒体による報告は認められないこととなりました(CSRD Article 1(4))。
また、マネジメントレポートは、電子的な報告形式により作成しなければならず、サステナビリティ報告についてはマークアップ(タグ付け)をする必要があります(CSRD Article 1(9))。マークアップされた情報は、今後創設される財務・サステナビリティ関連情報の公開プラットフォーム「European Single Access Point(ESAP)」に集約される予定です。
既存のNFRDに基づく報告規制は、不十分であり、かつ信頼性が低いと指摘されていました。そこで、CSRDは、環境及び人権などに対する企業のインパクトについて、より詳細な報告要件を導入しています。
CSRDは、サステナビリティ事項の報告に関する制度的な枠組みを定めるものであり、具体的な報告項目や内容については、欧州委員会の委託を受けた欧州財務報告諮問グループ(European Financial Reporting Advisory Group、以下「EFRAG」といいます。)が、欧州サステナビリティ報告基準(European Sustainability Reporting Standards、以下「ESRS」といいます。)を策定することとなっています。したがって、CSRDに基づく報告を行う企業は、CSRD及びESRSの双方を参照する必要がある点に留意が必要です。
EFRAGは、2022年11月15日、ESRSの最終案を承認しました。欧州委員会は、EU加盟国及び多くの欧州機関との協議の後、委任法としてESRSの最終版を採択する予定です。ESRSのパッケージに含まれている基準は、以下のとおりです。
(1)全般的な基準
・ESRS1(一般的要件)
・ESRS2(一般的開示)
(2)トピック別の基準
①環境
・ESRS E1(気候変動)
・ESRS E2(汚染)
・ESRS E3(水及び海洋資源)
・ESRS E4(生物多様性及び生態系)
・ESRS E5(資源利用及びサーキュラーエコノミー)
②社会
・ESRS S1(自社の従業員)
・ESRS S2(バリューチェーン上の労働者)
・ESRS S3(影響を受けるコミュニティ)
・ESRS S4(消費者及びエンドユーザー)
③ガバナンス
・ESRS G1(事業運営)
これらに加えて、今後、セクター別の基準も策定されるものとされており、最終的には2024年6月までに報告基準が確定する予定です(CSRD Article 1(8))。
また、CSRDによれば、サステナビリティ報告基準は、企業が報告すべき将来に向けた情報及び遡及的な情報、定性的な情報及び定量的な情報を特定しなければならないものとされています。ESRSの内容として定められる報告分野及び項目は、以下のとおりです。
報告分野 | 報告項目の主な内容 |
環境 |
(1)気候変動の緩和 (2)気候変動への適応 (3)水及び海洋資源 (4)資源利用及びサーキュラーエコノミー (5)汚染 (6)生物多様性及び生態系 |
社会及び人権 |
(1)全ての人に対する取扱い及び機会の均等(ジェンダー平等、同一労働同一賃金、研修及び能力開発、障がい者の雇用及びインクルージョン、職場における暴力及びハラスメントに対する対策、ダイバーシティを含む。) (2)労働条件(労働時間、適切な賃金、社会的対話、結社の自由、団体交渉、ワークライフバランス、健康及び安全を含む。) (3)人権、基本的自由、民主主義の原則及び基準の尊重 |
ガバナンス |
(1)サステナビリティ事項に関する企業の管理・経営・監督機関の役割及び構成 (2)サステナビリティ報告及び意思決定のプロセスに関する、企業の内部統制及びリスク管理システム (3)企業倫理及び企業文化(腐敗防止及び贈収賄防止、内部通報者の保護並びに動物福祉を含む。) (4)政治的影響力の行使(ロビー活動を含む。)に関する企業の活動及びコミットメント (5)企業の活動によって影響を受ける消費者、サプライヤー及びコミュニティとの関係についての管理及び質 |
なお、ESRSに係る委任法については、その適用開始から少なくとも3年に一度、EFRAGの技術的アドバイスを考慮した見直しが行われ、国際的なスタンダードの発展に鑑み、必要に応じて修正が行われるものとされています(CSRD Article 1 (8))。
まず、EU域内にグループ会社を持つ日本企業は、当該グループ会社がCSRDの適用対象となるかどうかを判断する必要があります。当該グループ会社がCSRDの適用対象に該当しない場合であっても、日本企業自体又はその他のグループ会社がEU域外企業の適用要件を満たすかどうか、さらに確認する必要があります。
サステナビリティに関する情報の特定及び収集も、適時に行っていく必要があります。CSRDに基づく報告義務のない企業であっても、バリューチェーンに関する報告に関連して、又は報告義務のあるEU企業の子会社として、情報の提供を求められる可能性があります。
その他、今後予定されるサステナビリティ報告に関する経営陣へのインプット、サステナビリティ報告の対応に向けた社内体制の整備なども必要となります。
今後は、EU各国での法制化及びESRSの策定等について、その動向を注視していく必要があります。
1 1つ以上のEU規制市場に上場している企業をいいます(以下同じ)。
2 一部の企業(中小企業など)における報告項目は、これらの一部に限定されることがあります。
3 Corporate Sustainability Due Diligence Directiveの概要については、「欧州委員会によるコーポレートサステナビリティ・デューディリジェンスに係る指令案の公表」(ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター:2022年4月発行)をご参照下さい。
4 マネジメントレポートは、Directive 2013/34/EUにより財務報告の重要な構成要素と位置付けられており、財務情報に限らず、環境及び社会の側面についての分析も要するものです。マネジメントレポートは年次財務諸表と併せて公表され、その作成及び公表については、企業の経営・管理・監督機関の構成員が共同して責任を有します。
※記事の詳細については、以下よりPDFをダウンロードしてご覧ください。