経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の公表等

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年5月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめさまざまなステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、ESGに関する近時の政府の取組みのうち、企業のみなさまに参考になると思われる以下のトピックを取り上げご紹介致します。

I. 経済産業省による「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の公表

II. ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議による「公共調達における人権配慮について」の決定

III. 公正取引委員会による「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」の策定

I. 経済産業省による「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の公表

1. 本実務参照資料の位置づけ

経済産業省は、2023年4月4日、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」1(以下「人権DDガイドライン」といいます。)を活用し、人権尊重のための取組みを進める企業が実務レベルで参照するための資料として、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(以下「本実務参照資料」といいます。)を公表しました2。人権DDガイドラインでは、経済産業省において、人権尊重の取組内容を具体的かつ実務的な形で示すための資料を作成することとされていました3が、かかる資料として、本実務参照資料が公表されたものです。

2. 本実務参照資料が対象とする人権尊重の取組みの範囲

本実務参照資料では、人権DDガイドラインで示された人権尊重の取組みの各ステップ(人権DDガイドライン6頁以下及び以下の図を参照)のうち、①人権方針の策定及び②人権デューディリジェンスの最初のステップである「人権への負の影響の特定・評価」について、検討すべきポイントや実施フローの例が示されています。

本実務参照資料が対象とする人権尊重の取組みの 範囲

*人権DDガイドライン7頁及び本実務参照資料2頁の図を参考に筆者らにて作成

3. 人権方針の策定

人権DDガイドラインでは、企業は、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を、人権方針を通じて企業の内外に向けて表明するべきであるとしています4。本実務参照資料では、①このような人権方針を策定するプロセスについて整理するとともに、②人権方針に記載することが考えられる項目の例を挙げています。

(1)人権方針策定のプロセス

本実務参照資料では、これから人権方針を策定する企業を念頭におき、人権方針策定のプロセスの例を以下のとおり示しています5

プロセス

ポイント

① 自社の現状把握

  • 社内各部門からの知見収集、ステークホルダーとの対話・協議等を通じた、自社が関与し得る人権侵害リスク3についての確認。

② 人権方針案作成

  • 上記も踏まえつつ、記載すべき項目を検討

③ 経営陣の承認

  • 企業のトップを含む経営陣(例:取締役会)の承認

④ 公開・周知等

  • 自社ホームページへの掲載など一般への公開
  • 従業員、取引先、関係者への周知

*本実務参照資料3頁の図を一部省略の上掲載

(2)人権方針に記載することが考えられる項目の例

本実務参照資料では、人権方針に記載することが考えられる項目の例として、概要、以下の事項を挙げています6

項目 概要

1. 位置づけ

自社にとってどのような文書であるかを明確化
経営理念・行動指針等との関係性・一貫性の担保

2. 適用範囲

グループへの適用関係

3. 期待の明示7

関係者に対する人権尊重への期待を明らかにすること

4. 国際的に認められた人権を尊重する旨のコミットメントの表明

国際人権章典で明示されたものや、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則の支持・尊重等の記載

5. 人権尊重責任と法令遵守の関係性

法令を遵守することは前提として、ある国の法令やその執行によって国際的に認められた人権が適切に保護されていない場合、国際的に認められた人権を可能な限り最大限尊重する方法を追求すること

6. 自社における重点課題

自社が影響を与える可能性のある人権を把握した上で、自社のサプライチェーン等において、より深刻な人権侵害が生じ得るステークホルダーやその人権を認識し、それらに特に焦点を当てた取り組みを行うことに関する記載

7. 人権尊重の取組を実践する方法

企業がどのように人権方針を実現していくか

本実務参照資料では、上記のような項目を挙げていますが、企業の経営理念や自社が関与し得る人権侵害のリスクの内容を踏まえて人権方針を定めるべきであることから、各社の人権方針の内容や記載ぶりは異なり得るものであることを改めて確認しています8

4. 人権DDにおける負の影響(人権侵害リスク)の特定・評価

人権DDガイドラインにおいては、企業の人権に与える具体的な負の影響の特定・評価プロセスについて、(a)リスクが重大な事業領域の特定、(b)負の影響の発生過程の特定、(c)負の影響と企業の関わりの評価及び(d)優先順位付けの各プロセスに整理されている9ところ、本実務参照資料では、各プロセスにつき参考となる情報が提供されています。

(1)リスクが重大な事業領域の特定

本実務参照資料では、まず、リスクが重大な事業領域を特定するに当たっての視点となる、(a)セクター(事業分野)のリスク、(b)製品・サービスのリスク、(c)地域リスク、(d)企業固有のリスクのうち、(a)、(b)及び(c)の視点について、それぞれ、関連する機関が作成した資料の仮訳や一般に挙げられている考慮要素をまとめた参考資料が添付されています10

(2)負の影響の発生過程の特定

上記(1)のプロセスに引き続き、特定したリスクが重大な事業領域を優先しつつ、人権侵害リスクを確認し、確認された人権侵害リスクについて、その状況や原因を確認することになります。その方法の例として、(a)社内資料に基づく確認・調査、(b)企業(サプライヤー等)に対する質問票による調査、(c)従業員に対するアンケート・ヒアリング、(d)現地訪問・調査、ステークホルダーとの対話という方法が挙げられた上で、それぞれ確認ポイントの例が示されています。

(3)負の影響と企業の関わりの評価及び優先順位付け

上記(2)で確認された人権侵害リスクが、自社とどのような関わりがあるかにつき、(a)自社が人権侵害リスクを引き起こしている(cause)か、(b)人権侵害リスクを助長している(contribute)か、(c)人権侵害リスクが自社の事業・製品・サービスと直接関連している(directly linked)かという関わりの評価をベースに、それぞれ求められる対応の考え方を紹介しています。

また、対応の優先順位付けについても、(a)人権侵害の深刻度を評価し、深刻度の高いものから対応すること、(b)深刻度が同等な場合には発生可能性が高いものから対処すること、(c)これらが同等なケースが複数存在する場合には、まず、自社及び直接契約関係にある取引先において自社が人権侵害リスクを引き起こし又は助長しているケースについて優先的に対応することも考えられることなど基本的な考え方11を確認しています。その上で、本実務参照資料は、上記(a)深刻度及び(b)発生可能性につき、深刻度を規模、範囲、是正不能性に類型化した上で、それぞれ、高度、中度、低度の判断基準の例を挙げています。

II. ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議による「公共調達における人権配慮について」の決定

政府は、2023年4月3日、ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議において、「公共調達における人権配慮について」を決定致しました12。具体的には、「政府の実施する調達においては、入札する企業における人権尊重の確保に努めることとする。」とされ、具体的には、「公共調達の入札説明書や契約書等において、「入札希望者/契約者は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』(令和4年9月13日ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定)を踏まえて人権尊重に取り組むよう努める。」旨の記載の導入を進める。」とされています。

これを受け、その後の入札関連書類では、実際に、上記の記載が行われている事例もある13ほか、例えば、内閣府のウェブサイト14においては、「内閣官房・内閣府の実施する調達においては、入札する企業に以下のガイドライン〔筆者注:人権DDガイドライン〕を踏まえた人権尊重の確保に努めることを誓約していただいております。」として、入札する企業に対して一定の誓約を求める旨が記載されています。

これは、法令による直接的な義務付けではありませんが、公共調達に関連する企業において、事実上、人権DDガイドラインに沿った取組みを義務付けるものであるとともに、関連するサプライヤー等を含め、人権DDガイドラインに沿った取組みがより広がる契機となるものと考えられます。

III. 公正取引委員会による「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」の策定

1. はじめに

公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)は、2023年3月31日、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(以下「グリーンガイドライン」といいます。)を公表しました15。グリーンガイドラインの策定に至るまでに、これに関連して公取委が実施した主な活動は下表のとおりです。

時期 活動の概要

2022年3月25日

公正取引委員会競争政策研究センター第20回国際シンポジウム「グリーン成長と競争政策」の開催16

2022年10-12月

「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関するガイドライン検討会」の開催17

2023年1月13日

グリーンガイドライン(原案)の公表及びこれに対する意見募集の開始18

2023年2月13日

グリーンガイドライン(原案)に対する意見の提出期限

2023年3月31日

グリーンガイドラインの策定

公取委は、2023年1月にグリーンガイドラインの原案を公表して意見募集(パブリックコメント)に付していたところ、これに応じて事業者・団体・個人から提出された意見の内容を踏まえて、原案に一部変更を加えたうえで成案を策定しました。

グリーンガイドラインの原案の内容については、既にESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年3月)において、ポイントを絞って紹介しました。そこで、本稿では、グリーンガイドラインに関して、原案からの修正点及び今後想定される公取委の動きについて紹介します。

2. 原案からの変更点

(1)変更点の概観

公取委が公表したグリーンガイドラインの原案と成案の対照表19によれば、内容に関する変更点は下表に記載の6点です。なお、下表の備考欄には、原案に対する意見の概要及びこれに対する公取委の考え方を取りまとめたものとして公取委が公表した資料20(以下「本意見及び考え方」といいます。)のうち、各変更点に関する意見の通し番号を掲載しています。

項目 変更点の概要 備考
はじめに-2 グリーンガイドラインの想定例があくまでも類型化・抽象化された例示であるという総論的な説明内容の補充(2-3頁) -
第1-1 想定例2「法令上の義務の遵守対応」の説明内容の補充(7頁※問題とならない行為) 意見2-7
第1-3(2)イ(ク) 想定例39「温室効果ガス削減に向けた取組のために必要なデータの収集・分析」の新設(30-31頁※問題とならない行為) 意見1-7、2-4・57・62・65・66
第2-1(3)ア 想定例45「温室効果ガス削減に係る一定の基準を満たした流通業者のみに対する商品の供給」の説明内容の補充(37-38頁※問題とならない行為) 意見3-3
第2-2(1)ア 想定例49「温室効果ガス削減に係る一定の基準を満たさない取引先事業者との取引の打切り」の説明内容の補充(40頁※問題とならない行為) 意見3-7
第2-2(1)イ 想定例52「競争者の排除を達成するための手段としての当該事業者との取引の打切り」の説明内容の補充(41-42頁※問題となる行為) 意見3-8

これらの変更点のうち、想定例39の新設を除く各点は、原案の記載内容に関する趣旨の明確化や補足にとどまります。そこで、次項では、かかる想定例39の具体的な内容について紹介します。

(2)新設された想定例39の内容

グリーンガイドライン第1「共同の取組」3「独占禁止法上問題とならないよう留意を要する行為」(2)「業務提携」イ「業務提携の類型別の主な考慮要素等」(ク)「データ共有」の項において、独占禁止法上問題とならない行為の想定例として、以下の例が追記されました(30-31頁)。

  1. 競争関係にある商品Aのメーカー3社が、温室効果ガス削減のため、新たな生産設備を共同で設置・運用することを検討している。なお、かかる検討には、商品Aの原材料のメーカー1社も参加する。
  2. かかる検討のためには、商品Aのメーカー3社それぞれの重要な競争手段に関する情報(供給能力や負担可能なコスト等)を上記の4社間で共有し、分析する必要がある。
  3. そこで、上記の4社は、以下の情報交換ルールを用意した。
    • 各社の営業部門の担当者を除外した「特別チーム」を組成する。
    • 「特別チーム」のみが上記重要な競争手段に関する情報を取り扱うこととし、同チームからチーム外への情報共有は原則禁止とする。
    • ただし、各社の意思決定のためにやむを得ない場合に、客観的な統計処理や匿名化などの加工を施した情報について、各社の管理部門のみに対して共有することは例外的に許容する。

この想定例39においては、競争関係にある事業者を含む複数の事業者間において、重要な競争手段に関する情報が互いに共有されることになる業務提携であっても、独占禁止法上問題とならないことが示されました。

本意見及び考え方において、事業者間での情報交換の手法に関する考え方の明確化を求める意見が多数掲載されており、想定例39は、これらの意見に応えるものとして新設されたものです(具体的な意見の通し番号については上記III.2.(1)の表に掲載のとおり。)。

3. 今後想定される公取委の動き

本意見及び考え方においては、上記III.2.(1)の表に掲載した意見のほかにも、グリーンガイドラインの内容について更なる具体化を求める意見が多数出されましたが、グリーンガイドラインに反映されるに至りませんでした。もっとも、グリーンガイドラインに反映されなかった意見の多くについて、公取委は、個別案件について懸念点等があれば積極的に相談することを推奨し、又は、相談事例の蓄積状況を踏まえてグリーンガイドラインの記載内容を補充することも今後検討するとしています。

グリーンガイドライン第5(67-69頁)では、グリーン社会の実現に向けた取組の適法性に関して公取委に事前相談するために利用可能な各制度の概要が記載されており、特に同3(69頁)において「グリーン事前相談窓口」を設置することが明記されています。公取委は、今後も引き続き、グリーン社会の実現に向けた取組に関する相談を積極的に受け付けるとともに、事例の公表21等を通じてさらに具体的な考え方を示していくと考えられます。

1 経済産業省のウェブサイト(https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html)参照。

2 経済産業省のウェブサイト(https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230404002/20230404002.html)参照。

3 人権DDガイドライン4頁。

4 人権DDガイドライン12頁。

5 本実務参照資料3頁。

6 本実務参照資料4頁以下。

7 なお、ここでいう期待の明示については、人権DDガイドラインにおいて満たす必要があるとされている人権方針の5つの要件のうちの一つとして挙げられています。具体的には、「従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること」が要件の一つとして定められています(人権DDガイドライン12‐13頁)。

8 本実務参照資料3頁。

9 人権DDガイドライン14-16頁。

10 本実務参照資料(別添1)。

11 人権DDガイドライン19頁以下参照。

12 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/business_jinken/dai7/siryou4.pdf

13 例えば、デジタル庁の入札説明書と契約書雛形
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e98a2d2e-f6da-4dce-a3c3-360a38616d8d/9a1a7367/20230410_procurement_format_02.pdf)においては、「その他」の項目の中において、人権尊重に取り組むように努めるものとする旨が記載されています。

14 https://www.cao.go.jp/chotatsu/

15 公取委のウェブサイト
(日本語版:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/mar/230331_green.html
英語版:https://www.jftc.go.jp/en/pressreleases/yearly-2023/March/230331.html)参照。

16 公取委のウェブサイト
https://www.jftc.go.jp/cprc/events/symposium/2021/220325sympo.html)参照。

17 公取委のウェブサイト
https://www.jftc.go.jp/soshiki/kyotsukoukai/kenkyukai/grenn/)参照。

18 公取委のウェブサイト
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/jan/230113_publiccomment.html)参照。

19 公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方 原案からの変更点・新旧対照表」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/mar/230331/bessi3.pdf)。

20 公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(案)に対する意見の概要及びそれに対する考え方」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/mar/220331/bessi4.pdf)。

21 公取委のウェブサイトにおいて、事前相談制度(グリーンガイドライン第5の1(1))に係る過去の回答一覧(https://www.jftc.go.jp/soudan/jizen/soudan/index.html)及び一般相談(同(2))に係る過去の回答のうち主要なものを取りまとめた相談事例集(https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/index.html)が公表されており、参考となります。

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山田 裕貴

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