グローバル・ミニマム課税と今後の税務部門の体制

  • 2023-11-01

はじめに

令和5年度(2023年度)の税制改正では、いわゆる「グローバル・ミニマム課税」が導入されました。この制度は、経済協力開発機構(OECD)がリードする形で、約140カ国の包摂的枠組みにより合意された課税ルールです。デジタル経済に対する課税上の対応として掲げられた2つの制度的な柱のうち、第2の柱がこのグローバル・ミニマム課税です(図表1)。日本の税制では、「国際最低課税額に対する法人税」として法人税法の一部※1として制定されています。具体的には、「年間総収入金額が7.5億ユーロ(約1,100億円)以上の多国籍企業を対象に、一定の適用除外を除く所得について各国ごとに最低税率15%以上の課税を確保する仕組み」と定義されます※2

図表1 第2の柱(グローバル・ミニマム課税)

このグローバル・ミニマム課税は、OECDが策定し、世界140もの国が合意したモデルルールに基づき各国が法制度化している、過去例のない国際的な課税制度の導入の試みです。各国では、所得合算ルール(Income Inclusion Rule:IIR)、軽課税所得ルール(Undertaxed Profits Rule:UTPR)、適格国内最低課税制度(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax:QDMTT)の3つのルールの導入が進められています。

このような課税ルールの内容や財務報告における開示の内容は本号の別の記事で紹介されていますが、こうした制度導入により、追加で生じる課税額よりもむしろその申告手続きでの負担が懸念されています。なぜなら、グローバル・ミニマム課税の申告のために、世界各地の子会社の税額計算や税効果計算のための詳細な情報を収集し、最終親会社がグループ全体の各国の実効税率や追加税額を、税務当局に報告する義務を負うことになるからです。

このような報告義務は、いわば税の世界の連結財務諸表、またはクロスボーダーの連結納税制度の導入と言ってもよいかもしれません。こうした税制の導入は、日系多国籍企業グループにとっては、社内で税務業務を行うことを前提にしてきた既存の税務チームが対応できる領域を越えたものになり、税務部門の業務についての再検討を余儀なくされると言えます。

本稿では、日系多国籍企業グループのこれまでの税務部門の変遷をたどりながら、グローバル・ミニマム課税の導入に伴い、日系多国籍企業グループの税務部門の運営に関わる新たな潮流を紹介します。なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwC税理士法人、PwCあらた有限責任監査法人または所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りいたします。

1 なぜ、これまで日系企業は税務業務を社内で行ってきたのか?

これまで長年にわたって日系企業は、税務業務を社内で行ってきました。その業務内容の大部分は国内税務業務、すなわち、法人税をはじめとする日本国内での各種申告手続きと税務調査対応が占めていました。こうした日本国内税務申告と税務調査を中心とした税務執行への対応では、税務当局のOB税理士の力を借りながら基本的に社内の人員で税務業務を実施できました。

しかしながら、企業活動のグローバル化に伴う移転価格税制の導入や2000年代以降の日系企業の製造拠点を中心とした海外進出の加速、さらにクロスボーダーM&Aが活発化するにつれて、徐々に海外事業比率の高まりとともに、海外での多額の更正事案をはじめ国際税務や海外税務の重要性が高まってきました。一方、税制は、会計制度に比べるとその国独自のルールとなっている要素が強く、現地の言語で規定されている各種法令や現地税務当局の執行に依拠しているため、日本人が自ら現地の税務実務を行うことには限界があります。

このような状況下で、OECDのBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトがグループ全体の移転価格文書の作成に関する制度を導入したことなどを契機に、日系多国籍企業においても国際税務チームを新たに置くなどして、一定の国際税務の実務が定着していきました(図表2)

こうした背景のもと、今回のグローバル・ミニマム課税の導入に伴い、さらなる税務報告義務が生じるため、現行の税務部門では対応できず人員の拡充が必要とされています。しかし、日本の労働市場では人手不足がかねてから言われており、企業全体での人員確保に苦労している状況にあります。

特に税務部門へ人手を割く余裕はなく、近年の税理士資格受験者数の減少や、国際税務経験者は一定規模の大手税理士法人出身者に限られるという二重、三重の要因により、国際税務の人員不足は深刻化しています。また、こうした問題の背景には、国際税務人材は、その専門性が高く、育成にも時間がかかるため定期的なジョブローテーションの人事慣行と相容れないという点があることについても留意すべきです。

図表2 「従来」と「2010年代以降の状況」の比較

2 人件費の抑制をはじめとするコスト削減とアウトソーシングへの抵抗感

グローバル・ミニマム課税に代表されるような国際税務の領域は高度に専門化された領域です。このため、欧米の多国籍企業は、大手会計事務所出身者を中心に数十人規模の税務部門を抱えていることも珍しくありません。こうした国際税務人材は、グループ全体で導入しているERPシステムなどのITインフラを活用しつつ、外部専門家と協力しながらテクノロジーを駆使して必要なデータを収集し、グローバル・ミニマム課税の税務報告を実行できるよう準備を進めており、グローバル・ミニマム課税に対応するため一定のIT投資をOECDでも前提として制度設計しています。

今では日本のデジタル化への対応の後れは政治経済的な問題として認知されていますが※3、その要因の1つとして、過去、業務の高度化・高付加価値化の実現のためのデジタル投資をはじめとした設備投資をせずに※4、派遣従業員の活用※5などを中心に人手に頼ったオペレーションを維持し、コスト削減を重視してきたことが挙げられます。この結果、一定の雇用創出・維持は果たせたものの、生産性の向上を犠牲にしたことは否めません。特に、一定の人員を抱えながらコスト効率とコスト削減を重視したオペレーションモデルを採用した結果、アウトソーシングはコストの高さや社内でのノウハウ蓄積ができないという理由から避けられる傾向が強まったと考えられます※6。これは同時に、従業員の投入時間の機会コストを度外視し、投入コスト単位あたりの付加価値の向上に注力しなかったとも言えます。

日系多国籍企業の税務部門でも、程度の差はありますが上記のオペレーションモデルの特徴がいくらか見て取れます。しかしながら、グローバル・ミニマム課税に代表する課税ルールの複雑化、高度化する税務業務に適合する人材の慢性的な不足、有効なデジタル化を行ってこなかったことなどの結果として、こうしたオペレーションモデルは終止符が打たれようとしています。

3 内製化の限界と外部専門家との共同運営体制への移行

このような背景のもと、日系多国籍企業グループを含む多くの企業から税務専門家の派遣や出向に関する相談を受ける機会が増えています。昨今の出向や派遣の要望などをヒアリングしていると、単純に税制に精通した人員の補充というものではなく、税務業務のオペレーションの構築、税務人員の育成、テクノロジーの活用、税務情報の開示の検討、海外子会社や海外プロジェクト管理などその内容は多岐にわたっています。こうした動きはこのグローバル・ミニマム課税の導入を契機に加速しているようです。

しかし、これまでの日系多国籍企業においては内製化を前提にしたオペレーションモデルを採用してきた歴史があるため、グローバル・ミニマム課税のような税務部門に大きな負荷をかける制度が導入されると、人員補充が間に合いません。今後の日系多国籍企業の税務部門は、外部専門家との共同運営体制に移行すると考えられます。

なお、欧米の多国籍企業では、BEPSを契機に税務部門によるタックスプランニングの余地が大幅に狭められることから、税務部門の貢献への期待値が下がり、結果として税務部門全体そのものを外部へ移管する動きがありました。しかしながら、日系企業においてはそもそも最低限の人員で、大量のコンプライアンス関連業務を実施している状況にあり、すでに効率的なオペレーションが達成されていると推察されます。外資系企業に見られるこうした税務部門全体の外部移管は、コアとなる人材が突然退職するなどの不測の事態がない限り、日系企業ではそもそも費用対効果の観点から合理的と判断されないと考えられます。

ここで「共同運営体制」とは、社内の税務担当者と外部の専門家が各テーマやタスクに関して1つのチームを形成し、役割分担に応じて業務目標を達成することです(図表3)。こうした体制は、従来のような特定の質問(例えば、ある支出が寄附金に該当するか)を顧客企業から受け、外部専門家はその質問に対して主に課税関係や税法解釈に関する見解を述べる、といったモデルとは本質的に異なります。すなわち、クライアントと専門家は、まず、業務目標を共有し(例えば、グローバル・ミニマム課税の申告に必要なデータ収集のためのオペレーションの構築)、その業務目標を達成するために、各員の役割に基づいて業務目標の達成のために貢献するというモデルです。こうしたモデルで参画する外部専門家は個々人の能力に加え、自身が所属する組織に蓄積したノウハウや各種専門家(例えば、海外メンバーファームの現地専門家やグループ企業に在籍するテクノロジーの専門家)のネットワークも駆使した貢献が期待されることになります。

こうした共同運営体制が今後、日系多国籍企業で広がっていくと考えられる理由が3つあります。

図表3 共同運営体制

1. 企業内のノウハウ蓄積が容易

共同運営体制では、アウトソーシングと比べて、外部専門家の業務の透明性が高く、自社内の従業員との協同が前提となるため、そのノウハウを企業内に蓄積することが容易です。したがって、典型的なアウトソーシングへの批判である高コストとはなる一方、社内ノウハウが蓄積しないというデメリットを半減することができます。

2. 人材の確保と育成の負担軽減

人材採用や育成にはじまり、ジョブローテーションや退職による欠員への補充といった人材の確保や育成への対応の負担を、税理士法人のような外部専門家のファームに実質的に転嫁することが可能です。税理士法人といった外部専門家を擁するファームでは、税務人員に特化した人材確保とOJTを含む育成を行っており、一般事業会社と比較してその費用対効果は当然効率的となります。

3. 実行可能で現実的な解決策

税務部門の世代交代も進んでおり、以前のような長時間残業を前提にした人材育成モデルは事実上、不可能になっています。グローバル・ミニマム課税をはじめ、税制のグローバル化や複雑化、海外人材の活用の必要性(人事のグローバル化)、オペレーションのデジタル化など社内にノウハウがない課題へも取り組まなければならないため、外部専門家と共同体制を敷くことが最も実行可能性が高く、費用対効果で見ても有効な解決策と考えられます。

こうした共同運営体制のもとでは、社内人材の役割を再検討する契機となるとともに、グローバル・ミニマム課税とあわせて外国子会社合算税制や国別報告書などの国際税務のオペレーションをどのように外部専門家と連携していくかが重要な検討点になります。

現在、PwCはHarvey社とグローバルアライアンスを締結しています※7。こうしたアライアンスを受けHarvey社が提供する税法を含むリーガル分野における生成AI技術について、PwCの税務サービスでの活用およびクライアント企業での活用を支援する準備を進めています(図表4)。こうした生成AIの税務部門での活用は、今後の重要なテーマになるものと考えています。

私たちプロフェッショナル・サービス・ファームにおいては、日系多国籍企業がグローバル・ミニマム課税に見られる新たなコンプライアンス要求を満たしながらグローバルな事業展開ができるよう、日本における高度な税務人材を育成していくことがその重要な役割であり、専門家としての社会的な責任であると考えます。

図表4 グローバル・ミニマム課税プロジェクトイメージ

※1 法人税法第82条、第82条の2をはじめ国際最低課税額に対する法人税に関して規定されています。

※2 財務省「令和5年度税制改正(国際課税)」
https://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei23_pdf/zeisei23_05.pdf

※3 日本企業のデジタル化への後れを改善すべく導入されたDX投資促進税制の利用も低迷な状況にあります。

※4 OECDによると、設備投資の結果である資本ストック増加は2000年からの20年間で1割程度と他の先進国に大きく見劣りします。

※5 人材派遣は2000年代後半から、製造派遣の解禁などを機にその市場規模が急速に拡大しました。出所:一般社団法人 日本人材派遣協会「派遣会社数と市場規模」
https://www.jassa.or.jp/know/data/

※6 税務部門に対する適切なKPIが設定されていないことにより、適用可能な税額控除制度の利用による税メリットがアウトソーシングをした場合のコストを上回る場合でも、事務負担を理由に適用を見送るケースも散見されます。

※7 PwC「PwC announces strategic alliance with Harvey, positioning PwC’s Legal Busi ness Solutions at the forefront of legal generative AI」2023年3月15日
https://www.pwc.com/gx/en/news-room/press-releases/2023/pwc-announces-stra tegic-alliance-with-harvey-positioning-pwcs-legal-business-solutions-at-the-forefro nt-of-legal-generative-ai.html


執筆者

PwC税理士法人
デジタル経済課税対応チーム
リードパートナー 白土 晴久