日本の企業会計基準委員会(ASBJ)は、現行のリースの会計基準(企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」等)の財務報告上の問題点の改善を図るため、2023年5月に、リースの新基準の開発へ向けた公開草案たる企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等(以下、本公開草案)を公表しています※1。本稿ではこの新基準案の実務的な観点に焦点を当て、本号から数回にわたって解説していきます。
本公開草案によると、資産の使用を伴う契約がリースなのかサービスなのかによって会計処理が大きく異なります。特に借手においては、契約がリースである場合、その契約を貸借対照表(B/S)にオンバランスするのが原則になります。しかし、契約がサービスである場合、他の基準がオンバランスを要求していない限り、借手はその契約をオフバランス処理することになります。例えば、契約相手が所有する車両(資産)の使用により、自社の製品の輸送を行う契約を想定すると、車両(資産)のリースであると判断されればオンバランス処理が行われます。これに対し、製品の輸送というサービスであると判断されればオフバランス処理が行われます。このように、契約がリースなのかサービスなのかにより、借手における会計処理が大きく異なります。
本稿では、本公開草案におけるリースとサービスの区分の考え方と、この考え方を実務に適用する場合のポイントについて紹介します。なお、本文中の意見に関する部分は、著者の個人的見解であり、PwCあらた有限責任監査法人の見解ではないことを申し添えます。
現行のリース会計基準(リース取引に関する会計基準〔企業会計基準第13号〕等)では、借手のリースは、物件の所有に伴うリスクと経済価値のほとんど全てが借手に移転しているかどうかにより、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類されます。そして、それぞれの分類に応じた会計処理が行われます(図表1)。このうち、ファイナンス・リースについては、資産を購入したのと実質的に同様であると考え、借手の貸借対照表にリース資産とリース債務がオンバランスされます。一方、オペレーティング・リースは、資産の購入取引とは経済的実態が異なるとみて、借手の貸借対照表からはオフバランスとなっています。
このように、現行のリース会計基準では、ファイナンス・リースなのか、オペレーティング・リースなのかにより、借手の会計処理が大きく異なります。このため、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの区分は非常に重要なポイントとなっていました。また、現行のリース会計基準では、資産の使用を伴う契約がリースに該当するとしても、オペレーティング・リースとしてオフバランスであることもあります。新基準案を適用する場合と比較してみると、リースとサービスの区分の重要性は高くなかったとも考えられます。
一方、本公開草案では、現行のファイナンス・リースであっても、オペレーティング・リースであっても、借手に資産を使用する権利がある点では同じであることに着目しています。そのため借手については、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの分類がなくなります(図表1)。借手は、原則として、全てのリース取引について、資産を使用する権利である使用権資産を資産計上し、リース料の支払義務であるリース負債を負債計上することになります。このように本公開草案では、契約がリースなのかサービスなのかによって借手における会計処理が大きく異なるため、リースとサービスの区分が重要となります。
貸手の会計処理については、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの分類を含め、現行のリース会計基準の取り扱いを、次の①および②に挙げている点を除き、本公開草案でも原則として維持しています。その理由としては、国際財務報告基準(IFRS)第16号「リース」および米国財務会計基準審議会(FASB)のTopic 842「リース」のどちらにおいても貸手の会計処理に関して抜本的な改正が行われていない点を考慮したためです。
①企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」との整合性を図る点
②リースの定義およびリースの識別
このため、借手の場合と比較すると、資産の使用を伴う契約がリースかサービスかという判断が、貸手の会計処理に与える影響は、相対的に小さいと考えられます。ただし、後述するリースとサービスが混在している契約の取り扱いなど、貸手にも新基準案の適用により一定の影響があることに留意が必要です。
本公開草案では、リースの定義を明確にしている(次の(2)で説明します)一方で、サービスについては定義していません。リース契約では、特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたって対価と交換に貸手から借手たる顧客へ移転します。しかし、サービス契約の場合は、顧客は契約期間にわたり特定の資産の使用を支配する権利を有していません。そのため、サービス契約はリースの定義を満たしておらず、サービス契約に対して本公開草案により想定されているリース関連の規定が適用されることはありません。サービス契約については、他の基準がオンバランスを要求していない限り、オフバランス処理することになります。
本公開草案では、リースとは「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約または契約の一部分」であると定義されています。具体的には、(図表2)に示すように、契約において「特定された資産」が存在し、特定された資産の使用期間全体を通じて、①顧客が特定された資産の使用から生じる経済的利益のほとんど全てを享受する権利と②顧客が特定された資産の使用を指図する権利の両方を有している場合に、当該契約はリースを含むと判定されます。
以下では、本公開草案において提案されているリースの定義の要件に照らして、その契約がリースの定義を満たすのかどうかに関して、本公開草案に含まれている具体的な設例(小売区画の使用契約の例)をもとに考察していきます。
小売区画の使用契約
a. 前提
A社(顧客)は、5年間にわたり、不動産物件の小売エリア内にある区画Xを使用する契約を、当該不動産物件の所有者であるB社(サプライヤー)と締結した。A社が使用できる面積、区画の仕様および割り当てられた区画は、契約で指定されている。
不動産物件の所有者であるB社(サプライヤー)
顧客(A社)
b. 判定結果
この契約は、小売区画のリースを含んでいます。
c. 解説
①「特定された資産」が存在するか
この小売区画は、契約によって明示的に特定されています。不動産物件の所有者は、資産を入れ替える権利を有しています。しかし、当該権利の行使によって利益を得ることができるのは、発生可能性が高いとは考えられない特定の状況においてのみであるため、入れ替えの権利は実質的ではないと判断されるものと考えられます。したがって、この小売スペースは「特定された資産」であると判断されます。
②顧客は「経済的利益のほとんど全てを得る権利」を有しているか
この顧客は、使用期間にわたり当該小売区画を独占的に使用することができます。小売区画の使用により得られるキャッシュフローの一部を不動産の所有者に対価として支払うという事実は、顧客が小売区画の使用により経済的利益のほとんど全てを得る権利を有することを妨げないものと考えられます。したがって、顧客はこの小売区画の使用により「経済的利益のほとんど全てを得る権利」を有しているものと判断されます。
③顧客は「特定された資産の使用を指図する権利」を有しているか
使用期間にわたり、この小売区画の使用方法および使用目的に関する全ての決定は、顧客によって行われています。したがって、顧客は、「特定された資産の使用を指図する権利」を有しているものと判断されます。
同じような契約であったとしても、契約条件が少しでも違うと、契約がリースを含んでいるかどうかの判定結果が異なる可能性があります。そのため、契約がリースを含んでいるかどうかを判断するには、契約条件を詳細に検討する必要があります。したがって、実務対応上は、リースを含んでいる契約をどのように洗い出していくかが課題となると考えられます。例えば、リースを含んでいる契約が紛れている可能性のある一定金額以上の勘定科目に着目して、リースを含んでいる可能性のある契約書を絞り込んでいく方法や、契約書のひな形の一覧からリースを含んでいる可能性のある契約書を絞り込んでいく方法など、リースを含む契約を洗い出すための適切な方法を模索する必要があるものと考えられます。
①リースとサービスの区分処理
契約の中には、メンテナンスサービスが組み込まれた自動
車のリース契約などのように、リースとサービスが1つの契約に含まれている場合があります。本公開草案は、リースとサービスが1つの契約に含まれている場合には、原則として、契約におけるリース部分とサービス部分を識別し、これらを別個に会計処理することを提案しています。すなわち、リース部分については、借手は資産を使用する権利である使用権資産を資産計上し、リース料の支払義務であるリース負債を負債計上することになります。また、サービス部分については、他の基準がオンバランスを要求していない限り、借手はオフバランス処理をすることになります。
契約におけるリース部分とサービス部分を別個に会計処理するためには、契約上の対価をリース料相当とサービス料相当に配分する必要があります。本公開草案では、リース部分の独立価格とサービス部分の独立価格に基づいて両者の比率を算定し、この比率により契約上の対価をリース料相当とサービス料相当に配分することを提案しています。ここで、自動車のメンテナンスサービスのようなサービス部分については、サービス部分の独立価格を把握することが必要となります。しかしながら、サービス部分の独立価格が明らかでない場合、観察可能な情報を最大限に利用して、サービス部分の独立価格を見積もることになります。
【実務対応上のポイント】
契約書の中でリース部分の対価とサービス部分の対価が形式的に明記されているとしても、契約書上のそれぞれの対価が実質的に「独立価格」を表していない場合には、リース部分の独立価格とサービス部分の独立価格を見積もる必要がある点に留意が必要です。
②リースとサービスの一体処理
リースとサービスが1つの契約に含まれている事例が多数存在する場合には、全ての契約についてリースとサービスを区分処理することについて実務上困難を伴う場合もあると想定されます。そのため、本公開草案では、借手に、実務上の便法として、リース部分とサービス部分を区別せず、両者を合わせてリース部分として会計処理する選択肢を提供することが提案されています。なお、この実務上の便法は、対応する原資産を自ら所有していたと仮定した場合に貸借対照表において表示するであろう科目ごとの会計方針の選択となります。例えば、個別財務諸表上、自動車と不動産を区分して貸借対照表に表示しているとすると、メンテナンスサービスが組み込まれた自動車のリースについては実務上の便法を適用し、ビルの保守管理サービスが組み込まれた不動産のリースについては実務上の便法を適用しないということも可能です。
【実務対応上のポイント】
借手が、この実務上の便法により、リース部分とサービス部分とを合わせてリース部分として会計処理する場合、借手がオンバランスする使用権資産やリース負債が増加することになります。そのため、この実務上の便法を選択するかどうかの判断に際しては、全体をリース部分として会計処理することにより、実務対応上、負荷が抑えられるという点と、オンバランスされる金額が増加するという点をともに勘案のうえ、会計方針として選択することになると考えられます。
リースとサービスが1つの契約に含まれている場合、貸手においては、リース部分とサービス部分の独立販売価格の比率に基づいて、借手に財またはサービスを移転しない活動およびコスト(固定資産税および保険料)を含む契約における対価の金額について、リース部分とサービス部分とに配分します。上記(1)②に記載したような、全体をリース部分として会計処理する実務上の便法は、貸手においては提供されていません。
【実務対応上のポイント】
貸手においては、リースとサービスが混然一体となっている契約について、リース料相当とサービス料相当を内部管理上で分けて把握している場合が多いと想定されます。その場合、内部管理上のリース料相当とサービス料相当が「独立販売価格」を表しているかどうかを検討する必要があると考えられます。
本公開草案の提案によると、貸手は、契約における対価の中に、借手に財またはサービスを移転しない活動およびコストについて借手が支払う金額、または、原資産の維持管理に伴う固定資産税、保険料等の諸費用(以下、維持管理費用相当額)が含まれる場合、当該配分にあたって、次の①または②のいずれかの方法を選択することができる点がIFRS第16号「リース」と異なるため、留意が必要です(なお、①はIFRS第16号において要求されている配分方法であり、②は現行のリース会計基準において要求されている配分方法です)。
①契約における対価の中に、借手に財またはサービスを移転しない活動およびコストについて借手が支払う金額が含まれる場合に、当該金額を契約における対価の一部としてリースを構成する部分とリースを構成しない部分に配分する方法
②契約における対価の中に、維持管理費用相当額が含まれる場合、当該維持管理費用相当額を契約における対価から控除し、収益に計上する、または、貸手の固定資産税、保険料等の費用の控除額として処理する方法
ただし、②の方法を選択する場合で、維持管理費用相当額がリースを構成する部分の金額に対する割合に重要性が乏しいときは、当該維持管理費用相当額についてリースを構成する部分の金額に含めることができます。
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 田野 雄一