
新リース会計基準※1は、2027年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用となります。新リース会計基準の適用準備においてはさまざまな論点の検討が必要となり、中でもリースの識別やリース期間の決定、サブリース取引の会計処理といった主要論点への対応に工数を要することになります。また、新リース会計基準はIFRS第16号「リース」と整合性を図るように開発されているため、IFRS第16号の対応事例は参考になると考えられます。ただし、両者を比較して差異が存在する部分については留意が必要です。
本稿では、新リース会計基準の適用準備における個別論点として、リースの識別およびリース期間の決定についての実務上の対応、サブリース取引の取り扱い、およびIFRS第16号「リース」との差異について解説します。なお、本文中の意見に関する部分は、著者の個人的見解であり、PwCJapan有限責任監査法人の見解ではないことを申し添えます。
※1 本稿では、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」および企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」を合わせて「新リース会計基準」と呼びます。
新リース会計基準では、契約上の名称にかかわらず、対象とする契約がリースを含むか否かを最初に判断する必要があります。そのため、新リース会計基準の適用準備においては、現行のリース会計基準の下でリースとして会計処理されていない取引についても、契約書を閲覧してリースを含む契約を識別する作業が必要になります。企業の取引活動は膨大で多岐にわたるため、網羅性を担保しつつ、いかに効率的かつ効果的に調査を実施するかが実務上重要な検討ポイントの1つになると考えられます。
リースの識別を検討するにあたってはさまざまな方法論が考えられますが、実務上考えられる調査手法の1つをここでは紹介します。本調査アプローチは、次の3つのステップから構成されます(図表1)。
なお、ここではリースの借手側について費用を対象とした検討を想定していますが、貸手側についても同様の検討手法が考えられます。
図表1:リースの識別:調査作業のイメージ
出所:PwC作成
最初に、調査対象となる費目勘定科目の選定作業を実施します。現行のリース会計基準の下でリースとして会計処理されていない取引については、通常は損益計算書のいずれかの勘定科目に費用として計上されています。網羅性の観点からは全ての費用勘定科目・取引が調査対象となり得ますが、実務上はリースを含む契約が識別される可能性がある費用勘定科目はある程度絞り込むことができると考えられます。企業が属する業種および展開するビジネスの内容によってもさまざまですが、残高試算表(TB)における費目勘定科目のうち、特定された資産の使用を伴う可能性がある費目(例えば、IT関連費用、〇〇業務委託費など)を選定します。
具体例としては図表2に示している取引などが挙げられます。関連部署・子会社への質問や各科目計上額の推移・増減なども有効に利用しながら、費用勘定科目を絞り込んで選定することが望ましいと考えられます。
次に、ステップ1で選定した各費目勘定科目の総勘定元帳を通査し、調査対象とすべき取引を抽出します。このとき、計上金額の重要性や摘要欄の取引相手先・取引内容なども参考にして、毎月一定の金額で計上される取引や何らかの資産の使用が想定される内容の取引などを絞り込んで抽出するのが効率的と考えられます。
続いて、ステップ2で調査対象として抽出した取引について、関連する契約書を入手して閲覧します。具体的な契約条件に基づき、その契約にリースが含まれているか否かの判定を実施します。
図表2:リースを含む契約として識別される可能性がある相手先資産の例
No | 使用目的 | 資産の例 |
1 | オフィス関連 |
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2 | 業務委託関連 |
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3 | 工場・倉庫関連 |
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4 | その他 |
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出所:PwC作成
借手の使用権資産およびリース負債の計上額を計算するにあたっては、契約書に基づいて会計上のリース期間を決定することが必要となります。現行のリース会計基準では途中で契約解除できない、またはそれに準ずる解約不能なリース期間を通常考慮しますが、新リース会計基準においては、借手が行使することが合理的に確実である延長オプションの対象期間および借手が行使しないことが合理的に確実であるリースの解約オプションの対象期間を加味してリース期間を決定する必要があります(図表3、図表4)。特に延長オプションを考慮した場合、現行の会計処理と比べてリース期間が長くなり、新リース会計基準適用による影響額が大きくなる可能性があるため、リース期間の決定も実務上重要な検討ポイントの1つと考えられます。
以下では特に延長オプションに焦点を当てていますが、リース取引によっては解約オプションの行使が考えられる場合もあるため、解約オプションの有無およびその行使可能性についても同様に検討が必要になります。リース期間の決定を効率的に検討するに際しては、例えば以下の手順が考えられます(図表5)。
リース期間の決定においては、契約期間に加えて延長オプションの有無およびその行使可能性を検討する必要があり、延長オプションの行使が合理的に確実かどうかについては経済的インセンティブなどの実態を総合的に判断する必要があります。そのため、リース期間の決定にあたっては、まず新リース会計基準においてリースとして会計処理すべき取引を用途・類型ごとにグルーピングしていきます。
ステップ1でグルーピングした用途・類型ごとに契約書を閲覧し、契約期間や延長オプションの有無、行使条件(該当ある場合)等を確認して文書化します。相手先や取引内容によっては、同一の様式・文面での契約書が複数締結されていることも考えられます。また、対象となる取引の契約書だけでなく、借地借家法等の関連法令についても留意が必要です。
延長オプションがある場合、その行使が合理的に確実か否かを判定します。例えば図表4の経済的インセンティブを生じさせる各要因とそれらに関連する事象および状況を総合的に考慮することが必要となります。
ステップ2で確認した契約期間を出発点として、ステップ3で考慮した経済的インセンティブを生じさせる各要因とそれらに関連する事象および状況を総合的に勘案して、各リース取引の具体的なリース期間を決定します。契約期間に加えて、考慮した経済的インセンティブを生じさせる要因や決定したリース期間を文書化しておくことが望ましいと考えられます。
リースの契約条件に変更があった場合に加え、リースの契約条件に変更がなくても関連する事象または状況に重要な変化があった場合でも、延長オプションの行使が合理的に確実であるかどうかについて見直し、その都度リース負債の計上額の見直しを行う必要があります。
図表3:リース期間と延長オプションの関係
出所:PwC作成
図表4:考慮すべき経済的インセンティブの例
No | 要因の例示(適用指針) | 関連する事象および状況の例 |
1 | 延長オプションの対象期間に係る契約条件 |
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2 | 大幅な賃借設備の改良の有無 |
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3 | リースの解約に関連して生じるコスト |
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4 | 企業の事業内容に照らした原資産の重要性 |
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5 | 延長オプションの行使条件 |
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出所:PwC作成
図表5:リース期間の決定:検討手順のイメージ
出所:PwC作成
新リース会計基準において、サブリース取引とは「原資産が借手から第三者にさらにリースされ、当初の貸手と借手との間のリースが依然として有効である取引」と定義されています。ここで、当初の貸手と借手の間のリースを「ヘッドリース」、ヘッドリースにおける借手を「中間的な貸手」、中間的な貸手から第三者(顧客)へのリースを「サブリース」と呼びます(図表6)。
実務上このようなサブリース取引は独立第三者間でも連結グループ会社間でもさまざまな形で行われていますが、例えばヘッドリースで借りた建物1棟を複数の物件に分けて個別にサブリースする場合など、取引内容や契約条件によっては会計処理や実務上の対応が複雑になる可能性があります。新リース会計基準の適用準備においては、早めの検討が望まれます。
図表6:サブリース取引の概要
出所:PwC作成
中間的な貸手は、あくまでヘッドリースとサブリースをそれぞれ別個の契約として、借手および貸手のそれぞれの会計処理を行うことが原則となります。ヘッドリースについては、原則どおり借手として使用権資産およびリース負債を計上することとなります。一方、サブリースについては、ヘッドリースの使用権資産を参照して、貸手のファイナンス・リースまたはオペレーティング・リースを判定します(図表7)。
原則的な会計処理については、貸手のリースの分類に応じて、図表8に示した通りです。
図表7:中間的な貸手のリース分類:数値例
出所:PwC作成
図表8:サブリースの中間的な貸手による原則的な会計処理イメージ
出所:PwC作成
中間的な貸手は、サブリースした使用権資産の消滅を認識するとともに、サブリースにおける貸手のリース料の割引現在価値に基づいてリース投資資産等を計上し、差額は原則として純額で損益に計上します。
中間的な貸手は、受け取る貸手のリース料について、オペレーティング・リースの会計処理を行います。
次の要件を全て満たす場合には、中間的な貸手は、貸借対照表上でヘッドリースにおける使用権資産およびリース負債を計上せずに、損益計算書上で受取リース料と支払リース料の差額を損益に計上することができます(図表9)。
図表9:中間的な貸手がヘッドリースに対してリスクを負わない場合:会計処理イメージ
出所:PwC作成
ヘッドリースの原資産の所有者からその原資産のリースを受け、同一資産を概ね同一の条件で第三者にリースする取引が転リース取引に該当します。新リース会計基準でも現行のリース会計基準の定めを踏襲しており、以下の会計処理を行うことができます(図表10)。
図表10:転リース取引:会計処理イメージ
出所:PwC作成
2016年1月に国際会計基準審議会(IASB)から国際財務報告基準(IFRS)第16号「リース」が公表され、同年2月に米国財務会計基準審議会(FASB)からFASBAccountingStandardsCodification(FASBによる会計基準のコード化体系)Topic842「リース」が公表されました。両会計基準とも、借手の会計処理に関して、オペレーティング・リースも含む全てのリースについて資産および負債を計上することとなったため、現行の日本のリース会計基準と比べて特に借手による負債の認識において違いが生じることとなりました。
そのため、国際的な比較可能性を考慮し、日本の企業会計基準委員会(ASBJ)は、借手の全てのリースについて資産および負債を計上する会計基準の開発に着手しました。
日本の新リース会計基準は、特に借手の会計処理を中心に、IFRS第16号との整合性を図りながら開発されました。ただし、IFRS第16号の全ての定めを取り入れるのではなく、主要な定めの内容のみを取り入れ、詳細なガイダンスや設例は取捨選択して取り込んでいます。これにより、簡素で利便性が高く、かつ、IFRSを任意適用している日本企業がIFRS第16号に基づく借手の会計処理を個別財務諸表に用いても基本的に修正が不要となる会計基準を目指しています。そのうえで、国際的な比較可能性を大きく損なわない範囲で日本基準独自の代替的な取り扱いや経過的な措置の選択肢が定められ、実務への配慮がなされています。
上述のとおり、新リース会計基準のおける借手の会計処理については、IFRS第16号「リース」の主要な定めを取り入れています。実務に配慮した取り扱いとして、日本特有の設例や代替的な取り扱い、重要性の定めなどが以下のとおり追加されています。
また、セール・アンド・リースバックの会計処理は、IFRS第16号ではなく、米国会計基準を参考とした定めとなっています。
上記のとおり、新リース会計基準ではIFRS第16号の主要な定めを取り入れており、連結財務諸表でIFRSを任意適用している日本企業およびその子会社において、IFRS第16号による会計処理を基本的に修正することなく日本基準の個別財務諸表に用いることができる基準を目指しています。ただし、実務上はそれらの会社間で連結グループ内の賃貸借取引(新リース会計基準においてリースを含む契約として会計処理される取引を含む)が行われていることもあり、その場合には各社の個別財務諸表において追加的に新リース会計基準に基づく借手・貸手の会計処理が必要となります。また、IFRS連結財務諸表の作成においては、各社の個別財務諸表において計上された連結グループ内の借手・貸手の会計処理を取り消す相殺消去仕訳も追加的に必要となるため、注意が必要です。
PwC Japan有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
パートナー 稲田 丈朗