デジタル化時代の「稼ぐ力」の強化とガバナンス

デジタル化時代 企業の成長を促すガバナンスとは

「デジタル化時代の『稼ぐ力』の強化とガバナンス」では、官民から三名のパネリストを迎え、PwCあらた有限責任監査法人 執行役副代表の木内 仁志がファシリテーターを務めた。セッションでは、デジタル化が加速する中で「稼ぐ力」を強化するために国は企業に何を求め、企業はどのような対応が求められるのかについて、ガバナンスを軸に議論が展開された。

木内は最新の「世界CEO意識調査」の結果を受け、セッションの狙いについてこう述べた。「自社が成長していく中で何を脅威に感じているかについて、日本のCEOの回答のトップ3は『鍵となる人材の獲得』『技術進歩のスピード』『労働人口動態の変化』だった。このうち特徴的なのが技術進歩のスピードを非常に懸念していることで、米国のCEOの場合は懸念項目には挙げられておらず、むしろオポチュニティと考える傾向にある。政府が発行した『未来投資戦略2017』では企業の『稼ぐ力』を強化するためのコーポレートガバナンスの変革が掲げられているが、今後のデジタル化時代に日本企業は果敢にリスクを取って投資をし、事業再編をしていけるのか、またその際にコーポレートガバナンスの役割はどのように変わるべきかについて議論していきたい」

これを受けて、経済産業省 経済産業政策局 産業組織課 課長補佐(総括)の安藤 元太 氏は、安倍政権が注力する成長戦略の背景について「これまで、コーポレートガバナンスというと法規制などを守るべき仕組みと捉えられることが一般的だったが、現在、政府として進めているコーポレートガバナンス改革では、それに加えて、大胆な経営判断を後押しする仕組みという側面を強く意識している。ガバナンスにより、収益力向上や成長力回復など『稼ぐ力』の強化へとつなげていく」と説明した。

ファシリテーター PwCあらた有限責任監査法人 執行役副代表 木内 仁志

ファシリテーター PwCあらた有限責任監査法人 執行役副代表 木内 仁志

一般社団法人日本CFO 協会 理事長 藤田 純孝 氏

コーポレートガバナンス改革の肝は、積極的な社外取締役の関与にあるだろう

一般社団法人日本CFO協会 理事長 藤田 純孝氏

リスクとの向き合い方とコーポレートガバナンス改革

ソフトバンクグループ株式会社 常務執行役員 経理統括の君和田 和子氏は、デジタル化が加速する時代において、同グループではいかにリスクを取りながら投資をし、事業再編しているかを紹介した。君和田氏は、同社の成長と併せて行われた数々のM&Aについて、専門である会計の分野から携わってきた人物である。「当社のCEOは成長に自信を持っており、これまで果敢にM&Aを手がけてきたのもグループの特徴となっている。もちろん成功ばかりではなく失敗したものもあったが、そこでどんなリスクをどう取るのかなどを検討しておくことがポイントとなる。そして撤退についても、ソフトバンクグループでは極めて迅速な判断を下している」と君和田氏は強調した。

続いて一般社団法人日本CFO協会 理事長の藤田 純孝氏は、コーポレートガバナンス改革について解説した。「日本企業の株価のパフォーマンスが悪い理由は、欧米企業と比べて明らかに収益力が劣勢なことからもうかがえる。そうした中、2014年に安倍政権が成長戦略を打ち出し、その一環としてコーポレートガバナンス改革も示されている」と藤田氏は話した。改革の主な狙いの中には、企業の資本効率改善を含む企業価値の向上および持続的成長と、リスク回避を過度に強調せず健全な企業家精神の発揮を促すことが含まれている。「これらからも、もっと『稼ぐ力』をつけるためのコーポレートガバナンス改革であることが読み取れる」と藤田氏は語った。

「稼ぐ力」を強めるための日本企業の課題とその解決策

では、日本企業が「稼ぐ力」を強化するためには何をなすべきだろうか。木内の問題提起に、まず君和田氏が自社グループの取り組みについてこう説明した。「どの企業でも中長期の計画を立てると思うが、ソフトバンクグループではそれらとは別に10年計画をグループ各社に作成してもらっている。グループ内にはさまざまな業種があるが、各社から提出された10年計画を毎月取締役会などで確認しながら、グループ全体での長期的な成長はどのようになされ、そのためにこの事業はどれぐらいのペースで伸びなければいけないのかなどを常に見通し、課題を見つけている。グループでは群戦略として『300年成長し続ける組織体系』を掲げており、それほどに長期的な視点に力を入れているということだ」

続けて藤田氏は、ガバナンス当事者の立ち位置について次のように持論を述べた。「『稼ぐ力』を強化するためのプランをつくるのは、取締役会の仕事だろう。中でも社外取締役は、現状および将来の収益力やリスクなどを社外の立場から見極める立場にあるので、取締役会の場だけではなく、平素からの情報や意見の交換が重要になる。そこが、今回のコーポレートガバナンス改革の肝でもあると見ている。社外取締役こそが、外部の立場からブレーキをかけたり逆にプッシュしたりなどを、社内にはない自身の経験や知見に基づいて遠慮なく言える立場にあるからだ」

この意見を受けて安藤 氏は、企業が「稼ぐ力」の強化や成長について検討する際に留意すべき事柄についてこう語った。「確かに、取締役会以外の場でも、社外取締役が情報を得ながら下すべき判断について検討するというのは有効だろう。それと併せてCFOをはじめとするCxOの立場にある者が、検討段階からしっかり情報を把握できるよう、情報提供がなされているかどうかもポイントだと考える。例えば失敗したM&Aを見ると、検討状況についての情報が取締役会にまで十分に伝わっていない、社外取締役が十分に関与できていないといったケースが見受けられる。その辺りをどう変えていくかが鍵なのではないか」

また君和田氏は、ソフトバンクグループにおける社外取締役の役割が「まさに藤田氏の発言内容と合致している」とした上で、「取締役会における決議事項になる前の段階からディスカッションを繰り返すようなこともあるが、そのようなときにも、社外取締役からも積極的なコメントが寄せられるため、偏った方向で決議されることはないと思っている。そうした意見を受け入れるトップマネジメントの姿勢も重要だろう」と強調した。

経済産業省 経済産業政策局 産業組織課 課長補佐(総括) 安藤 元太 氏

政府の考えるコーポレートガバナンスには、大胆な経営判断を促すという側面もある

経済産業省 経済産業政策局 産業組織課 課長補佐(総括) 安藤 元太氏
デジタル化時代の「稼ぐ力」の強化とガバナンス

重要度が増していくESG

セッション内では、ライブQ&Aの時間も設けられた。参加者からの質問の一つとして挙げられた「ESG(環境・社会・ガバナンス)に対する評価に、どのような変化が起きていると感じるか」に対し、藤田 氏は次のように答えた。「『稼ぐ力』とは、財務的な観点での収益力だ。日本企業はここがあまりに低いので、その向上のためにガバナンスを改革しようという思いがある。ただし、世の中を見ていると必ずしも財務諸表だけを見て投資しているわけではない。例えば、機関投資家が増えてきて投資のパターンも変化しており、彼らが注目するのは財務指標以外のところである場合も多い。そうした動向も考慮すると、企業価値の向上というのは財務指標的な要素のみがもたらすものではないという考え方が広まってきていると感じている。今後、ESGは財務指標的なパフォーマンスもより重要になっていくだろう。経営陣においても、そうした変化が起きていることを十分に理解しておくべきではないか」

押し付けではなく、自社にとってのガバナンスを考える

セッションの最後には、「稼ぐ力」の強化に向けて、各登壇者から会場の参加者へのメッセージが発せられた。

まず藤田氏がこう切り出した。「持続的な改善を促すために、まずは経営者、特に社長のサクセッションプランづくりを力強く進めるべきだろう。また経営陣の報酬体系の見直しも必要ではないか。日本では役員報酬の大部分が固定報酬であり、そこが欧米とは決定的に異なる。現状のままでは、経営陣はリスクもアクションを取らずに過ごしてしまうようになりがちだ。そしてもっと人材の流動性を高めるべきだろう。そうなってくれば、日本企業にもダイナミズムが生まれてくると期待している」

続けて君和田氏は、「稼ぐ力」についての自身の考えを次のように示した。「環境も技術も急速に進化していくが、企業はそれに追い付かなければいけない。そこで必要なのが、変化を脅威ではなくチャンスと捉えることではないか。またM&Aについて言えば、企業が『稼ぐ力』を得る上での時間の節約だと考えている。つまり、時間を買うという非常に重要な手段がM&Aなのではないか。そしてもちろん、買収後の守りのガバナンスも忘れてはならない」

そして最後に、安藤氏が「コーポレートガバナンスというと、担当者からすれば守らなければならないことだろうが、実質を突き詰めると、会社によってやるべきことがあり、そのためにどういうガバナンスが必要なのかという順番になるはずだ。だから、外部から押し付けられるガバナンスではなく、自社にとってのガバナンスとは何かを考えるようになることに期待している」と訴えた。

ソフトバンクグループ株式会社 常務執行役員 経理統括 君和田 和子 氏

環境も技術も急激に変化する中、変化は脅威ではなくチャンスと捉えることが大切

ソフトバンクグループ株式会社 常務執行役員 経理統括 君和田 和子氏
デジタル化時代の「稼ぐ力」の強化とガバナンス

※登壇者の役職・企業名などは、2018年5月17日現在のものを記載しています。

※全セッションでグラフィックファシリテーション(議論の内容をグラフィックで可視化する手法)が用いられ、グローバル メガトレンド セッションではライブQ&Aが実施されました。