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世界では分断や二極化が進行し、地域格差や所得格差といった課題も顕在化している。こうした危機に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大というパンデミックが拍車をかけた。従来の方法論が通じなくなりつつある現在、企業はどのようにしてレジリエントな経営のモデルを構築していけばよいのだろうか。「グローバル メガトレンド フォーラム 2021」2日目の第2セッションでは、PwC JapanグループグローバルJBNリーダーの足立晋がファシリテーターを務め、経済産業省貿易経済協力局戦略輸出交渉官の平塚敦之氏、武田薬品工業株式会社ジャパン ファーマ ビジネス ユニット プレジデントの古田未来乃氏、PwC Japanグループ グループマネージングパートナーの出澤尚が、官民それぞれの立場から見た現在のビジネス環境と、そこで求められる企業経営戦略について語り合った。
長らく続いたグローバル化の潮流は、新しいステージを迎えつつある。PwC Japanグループ グループマネージングパートナーの出澤尚はこう説明する。「多くの企業が経済合理性を追求して低コストの生産拠点をつくり、新市場を求めて世界各地に進出しました。その結果、ヒト・モノ・カネに加えて、技術やデータも分散しました。企業はそれらがシームレスに動くことを前提にビジネス成長を目指してきましたが、世界経済の分断が深まる中で、その前提が崩れつつあります」
一方で、地域格差や所得格差の広がり、二極化と呼ばれる状況が生まれている。出澤はさらに、次のように語る。「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大という今回のパンデミックによって、分断や二極化はさらに進行しており、市場構造に大きな変化が起きています。分断や二極化の進展によって、ビジネス上のリスクは世界一律のものではなく、拠点ごとに生じるようになりました。そのため、ローカルの視点に改めて注目し、その上でグローバルな経営戦略やビジネス展開を考える必要があると思います」
グローバルな視点とローカルな視点。そのバランスや組み合わせ方について、いま一度見直さなければならない。そうしたなか、武田薬品工業はグローバルなガバナンスとローカルへの権限移譲を意識したマネジメントを実践している。武田薬品工業株式会社ジャパン ファーマ ビジネス ユニットのプレジデントを務める古田未来乃氏はこう話す。
「ローカル市場には独自のニーズや規制があり、企業はそれに対応しなければなりません。ローカル市場ごとの最適化が、結果としてグローバルでの成長につながるのではないでしょうか。ただし、ローカル市場に対する最適化がリスクをもたらすこともあります。例えば、市場原理に基づいて薬品の価格設定がされていた国で、あるとき急に薬価引き下げの政治的・社会的圧力が強まるといったことが起こり得るのです」
こうした各市場でのリスクにも対応できるよう、企業経営にレジリエンスを埋め込む必要がある。ある国で顕在化したリスクが事業全体を揺るがすことのないよう、地域ごとのバランスへの配慮や、リスクコントロールの高度化などが求められる。
武田薬品工業株式会社ジャパン ファーマ ビジネス ユニット プレジデント 古田未来乃氏
けれどもそれは、グローバル化の逆回転を意味するものではない。日本の経済と産業、人びとの暮らしは、すでに分かちがたく世界と結びついているからだ。経済産業省貿易経済協力局戦略輸出交渉官の平塚敦之氏は次のように見ている。「国内の経済成長に限界がある中で、日本という国を海外との関係なしに成り立たせることはできません。同時に、分断や格差が広がる中で、経済安全保障や人権といった観点もビジネスとは切り離せない時代となり、単に各市場で物を売って終わりというわけにはいかなくなってきています。自国や自社だけの成長を追求するやり方はもはや通用しないのです」
これには、サプライチェーンの問題も関わってくる。地政学的な不確実性に加え、今回のCOVID-19の拡大によっても、さまざまな分野でサプライチェーンの脆弱性が事業の持続性に対する大きな脅威となることが露呈した。こうしたリスクへの対応は、経済産業省の政策テーマの1つである。「サプライチェーンの冗長化が必要とされるものの、企業にとってはコスト上昇に直結するため、ここには公的支援を行う意義もあるでしょう。政府は補助金などを通じて供給拠点の国内回帰や他国への移転などを支援しています」(平塚氏)
経済産業省 貿易経済協力局戦略輸出交渉官 平塚敦之氏
平塚氏が指摘するように、自社の利益、株主価値の最大化をもっぱら追求する時代は過去のものになろうとしている。では、そうした変化を受けて企業は経営戦略をどう考えていけばよいのだろうか。出澤は「これからの時代、企業にとっての成功とは何か。それを再定義する企業が増えているように見えます。自分たちは何のために存在しているのか、何を実現したいのか──。こうした問いに向き合った上で、ESGを踏まえた経営の再構築が求められています」と話す。
PwC Japanグループ グループマネージングパートナー 出澤尚
今、多くの企業が持続的成長を目指して、その行動の核となる理念や価値観を改めて見つめ直そうとしている。今年創業240周年を迎えた武田薬品工業は、次の240年も成長し続ける企業であることを見据え、経営の形そのものを再考した。「企業としてのパーパスを軸に、新しいビジョンを掲げた上で、企業理念を刷新しました。サステナビリティを理念や戦略に埋め込んでいます」(古田氏)
武田薬品工業はグローバルな組織経営において、価値観と戦略フレームワーク、経営のオペレーティングモデルを重視している。「経済合理性は大事ですが、それ以外のところで『何が大切か、何をすべきではないか』という行動の基準となる価値観を持つことが重要です。また、戦略フレームワークには『患者の医療へのアクセスを最大化すること』をはじめとする5つの柱がありますが、事業戦略はこうしたフレームワークに沿ったものでなければなりません。このような価値観やフレームワークをしっかりと共有した上で、ローカルに権限を移譲し、各市場での意思決定を行うというオペレーティングモデルがあってこそ、グローバル経営を推進できると考えています」と古田氏は主張する。
パーパスやミッションを見直しているのは同社だけではない。新しい時代に対応するため、社会課題解決を掲げる企業も少なくない。その際の課題を、出澤はこう指摘する。「収益と社会貢献がトレードオフになると持続性が低下します。これらをいかに両立するか、トレードオンの状態をつくるかが大きなポイントです。そのためには、多様なステークホルダーとの協働がこれまで以上に求められるでしょう」
多様なステークホルダーとの協働を進める上では、ビジョンや理念をしっかりと開示し、共感を得ることが不可欠だと出澤は強調した。
これに対し古田氏は、「日本には昔から『三方よし』に代表される持続的経営モデルがありました」と続ける。日本の老舗企業の多くは、収益と社会貢献のトレードオンを長い歴史を通じて実現してきた。ただ、最近の環境変化が、新たなトレードオンのモデルを生み出していることも確かだ。ここで平塚氏は、デジタル化という大きな変化に着目する。
「例えば、デジタルバンキングのスタートアップが、これまで銀行口座を持てなかった多くの人たちに金融サービスを提供しています。金融だけでなく、さまざまな分野でテクノロジーを活用して社会課題を解決する企業が登場してきました。デジタルによる市場創造と社会課題解決が一体化しているのです」(平塚氏)
ほとんどの社会課題は、一企業だけでは解決が難しい。先に出澤が述べたように、多様なステークホルダーとの協働が欠かせない。自前主義ではなく、産業内、産業横断的なエコシステムを構築して、社会課題の解決を目指すことが必要とされる。平塚氏も「かつては、『社会課題の解決は国の役目』と考えられていましたが、今ではそれが企業にも求められるようになりました」と話す。
自治体と企業が一緒に社会価値の創出を目指す、そんなコラボレーションの一例を、武田薬品工業が考える次世代ヘルスケアシステムである「CARE FOR ONE」において神奈川県と推進するパイロットプロジェクトに見ることができる。
「CARE FOR ONEは、デバイスモニタリングやオンライン診療・服薬指導などを活用することによるシームレスなオンライン医療を実施するとともに、取得した医療ビッグデータを質の高いヘルスケアサービスにつなげ、患者さんを中心によりよい医療を提供する取り組みです。そのパイロットプロジェクトとしてパーキンソン病の患者さんとご家族に向けたシームレスな医療の提供を実施しています。パーキンソン病の主症状は動作障害で、通院の身体的な負担が非常に大きい。そこで、診療や服薬指導をオンラインで行い、患者さんの手元に薬を配送する仕組みをつくりました。ウェアラブル機器を用いて健康情報を計測・解析することで、リアルタイムのサポートも可能になります。患者さんやご家族の負担を減らすとともに、社会的なコストを抑えることもできるでしょう。これは、神奈川県や病院・薬局はもちろん、ウェアラブル機器のメーカーやクラウドプラットフォームのプロバイダーなどを含めた幅広いステークホルダーとのパートナーシップがあってこそ可能になるものです」と古田氏は説明する。長期的な視野で社会的価値と経済価値の両立を目指す。CARE FOR ONEは同社のそんなチャレンジの1つである。
こうした社会課題解決は、一国内で完結するものでもない。平塚氏が指摘するように、気候変動のような地球規模の課題に対しては、日本国内だけのコンセンサスに基づいて閉じた仕組みをつくっても意味はない。加えて、日本企業にとっては、持続的な成長のために海外市場でのビジネスは必須だ。そこで重要になるのは「透明性の高いルールづくり」だと平塚氏は強調する。「ルールや行政判断の予見可能性が低かったり、国ごとに異なったりすれば、適切な経営判断が難しくなります。そうした意味でも、国際的なルールをどうつくっていくかが大事です」
さらに、平塚氏は「ルールづくりの過程で、日本だからこそ問うことのできる価値があるはずです」と続ける。例えば環境に対する取り組みでは、成長の機会との両立という点であらゆる国の利害が一致するとは限らない。関連する技術をどう社会実装するか、どんなパートナーと協業するかなどを含め、利害関係の異なるステークホルダーが納得できるように進めていく必要がある。
「技術を武器に一人勝ちするというのではなく、ステークホルダーに配慮するバランス感覚をもって、地域ごとの発展や社会課題に丁寧に向き合うことができるのが日本の強みとなり得るのではないでしょうか」(平塚氏)
協働や連携が重視される時代、私たちは日本のユニークな価値を改めて捉え直す必要があるのかもしれない。
ファシリテーターであるPwC JapanグループグローバルJBNリーダーの足立晋は、分断が進む世界において価値観やパーパスに基づき成長のあり方を再考することの重要性を改めて指摘した上で、本セッションをこうまとめた。「経済活動と社会課題解決の両立が求められる時代、企業はESGや格差の解消、経済安全保障など、幅広い観点に配慮した戦略づくりをすることで、よりレジリエントな経営が可能になります。そうした取り組みを通じて日本企業がグローバル市場でさらなるプレゼンスを発揮していくことを期待していますし、私たちもそれを支援していきたいと考えています」
PwC Japanグループ グローバルJBNリーダー 足立晋
1992年に通商産業省入省。特許庁、大臣官房、中小企業庁、イラク暫定統治機構、在欧日系ビジネス協議会事務局長、企業会計室長、ものづくり政策審議室長、通商交渉調整官等を歴任。2019年より貿易経済協力局戦略輸出交渉官として日本企業の海外展開支援などを担当。
米国の投資管理会社と日本の金融機関を経て、2010年武田薬品工業株式会社入社。日本およびスイスで経営戦略、企業買収、ならびに買収後の組織統合等のプロジェクトに従事。その後、メキシコやスウェーデンで販売会社の経営管理を担い、新製品上市や販売組織の最適化に取り組んだ。日本ではコーポレート ストラテジー オフィサー 兼 チーフ オブ スタッフを務めた後、2021年4月より現職。
監査法人において約30年間に及ぶ業務経験を有し、金融機関を含む多くの国内、海外企業の会計監査およびアドバイザリー業務に従事。PwCあらた有限責任監査法人において金融監査部門や財務報告アドバイザリー部門の責任者を歴任し、2014年7月より執行役に就任。2020年よりPwC Japan合同会社の執行役副代表を務める。
大手金融機関、国際会計事務所系コンサルティング会社を経て、2006年にべリングポイント株式会社マネージングディレクターに就任。2009年、同社のPwCネットワークへの加入と社名変更に伴い、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社パートナーおよび金融サービス事業部リーダーに就任。2010年にはプライスウォーターハウスクーパース株式会社の金融サービス事業部リーダーに就任。2011年から2年間のPwC米国法人ニューヨーク事務所金融サービス部門への出向を経て、2016年7月に、PwCコンサルティング合同会社の代表執行役CEOに就任。2020年7月に同社代表執行役副会長およびPwC Japan合同会社の執行役常務に就任し、PwC Japanグループ横断の金融インダストリーリーダーとなる。同時に、日本企業の海外事業展開を支援するグローバルネットワーク(JBN)のリーダーとなり、現在に至る。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。