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サステナビリティ経営への転換が世界中で加速している。例えばそれは、カーボンフットプリントを基準にしてサプライヤーを選び、サプライチェーン全体の環境負荷を低減しようとする動き、あるいは、金融面からサステナビリティ経営を支援するファンドの増加などから垣間見える。サステナビリティ経営にシフトするこうした変革、すなわちSX(Sustainability Transformation)をテーマに、2日目の第1セッションが展開された。パネリストは、アムンディ・ジャパン株式会社チーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサーの岩永泰典氏、DSM株式会社代表取締役社長の丸山和則氏、リアルテックファンド代表 兼 株式会社ユーグレナ取締役副社長COOの永田暁彦氏、PwC Japanグループ グループマネージングパートナーの鹿島章の4名。モデレーターをPwC Japanグループ ストラテジーリーダーの山岸哲也が務めた。
セッションの冒頭、PwC Japanグループの鹿島章がまず、SXの“前史”を概説した。「経済的な価値、環境に関する価値、社会的価値。この3つが、1980年代までは別個のものとして捉えられていました。企業は利益の一部を使い、CSR(企業の社会的責任)に取り組んでいたわけです。1990年代から2000年代になると、経済・環境・社会の3つの価値は部分的に重なるものと認識され始めます。ただしそれでも、環境対策のコストを負担する企業にとって、経済価値と環境価値はトレードオフという感覚が強かったのではないでしょうか」
ここでいったん、SXの“現在地”を確認しておこう。2016年、温室効果ガス削減の国際的な枠組・パリ協定が発効し、主要排出国をはじめ世界の多くの国々がこれに参加した。日本も締約国として、地球温暖化対策に取り組んできた。
2020年秋、日本政府は温室効果ガスの排出量を2050年に実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を掲げ、中間目標として「2030年度に2013年度比46%削減」を設定した。人類が直面する課題「温室効果ガス削減」は、今や明確に、日本の国家目標ともなった。
こうした動きを受けて、産業界も具体的な行動を加速。エネルギー分野では、石炭火力発電への社会的な圧力が強まるなか、再生可能エネルギーへの転換施策が強化され始めている。また、カーボンフットプリントをサプライヤー選択の基準の1つにすると表明するメーカーも相次いでいる。
鹿島が言及した「経済・環境・社会の3つの価値」を同時に追求することが、まさに今、企業に求められている。「環境破壊によって企業を取り巻く社会が壊れれば、ビジネスは成立しなくなる。多くの経営者が、この認識を共有するようになったのです」(鹿島)。環境価値・社会価値と、経済価値のトレードオンを目指し、サステナビリティ経営を掲げる先進企業。今後さらなるビジネス機会をつかむには、技術的なブレークスルーや、ビジネスモデルの変革が求められることになる。他方で、その途上にはさまざまなリスクも待ち受けているはずだ。鹿島は「サステナビリティを軸に、長期的な視野でリスクを最小化しながら成長機会を捉える。そのような経営のあり方を、私たちはSXと呼びます」と述べた。
PwC Japanグループ グループマネージングパートナー 鹿島章
そんなSX先進企業の1つが、オランダに本拠を置くDSMだ。石炭採掘を祖業とするDSMは事業ポートフォリオを大胆に入れ替え、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素、高機能のエンジニアリングプラスチックや繊維などを提供するサイエンス企業へと変貌を遂げた。
同社代表取締役社長の丸山和則氏の言葉が、鹿島の解説と響き合う。「2008年に着任した当社の前CEOは『われわれは、人々と地球のサステナビリティに貢献する事業だけをする』と宣言しました。事業が成功しても、そのとき社会が破綻していたら何にもならない、ということを示したのです」
DSM株式会社 代表取締役社長 丸山和則氏
DSMは財務的なKPI(重要業績評価指標)とともに、サステナビリティKPIを掲げ、進捗を毎年発表している。2030年までに温室効果ガス排出量を2016年比50%削減、エネルギー効率を毎年1%向上させる等の内容だ。財務とサステナビリティ双方の目標を同時に達成することにこだわり、さらに長期的に設定されたターゲットの追求のみならず、短期目標としても双方をクリアしてきた。簡単なことではないはずだが、なぜそれができたのか。丸山氏は、「例えば、役員であれ従業員であれ、報酬にはサステナビリティKPIの達成度が反映されます。全員がそれぞれに、サステナビリティを“自分事”として捉えてもらうためです」とその仕組みの一端を打ち明けた。
DSMのようなSX企業を多く生み出すには、それをサポートする金融の役割も大きい。責任投資に注力するアムンディ・ジャパンのチーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサーである岩永泰典氏は、「時間軸を長く取れば、環境への貢献や社会課題解決への貢献は、やがて経済的価値に収斂する。それが私たちの基本的な考え方です」と言う。
同社は230兆円の資金を世界中で運用しており、うち90兆円が何らかの形でESGを勘案したものだという。責任投資を拡大するうえで、投資先企業とのコミュニケーションは欠かせない。意を通じ合うべき2大テーマが、「気候変動対策」と「社会的結束」だと岩永氏は明言する。「気候変動対策として、各企業がどのような目標を定め、活動を行っているのか。また、社会的結束への取り組みはどうか──従業員給与と役員報酬のバランスや男女の賃金格差などにも注目します。各テーマについて、現状をうかがったうえで、改善提案などを行っています」
アムンディ・ジャパン株式会社 チーフ・レスポンシブル・インベストメント・オフィサー 岩永泰典氏
テクノロジーもまた、SXの行方を左右する重要な要素だ。ベンチャー企業の革新的テクノロジー開発を支援するリアルテックファンド代表の永田暁彦氏は、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の研究開発とその事業化で知られるユーグレナの取締役副社長COOでもある。同氏は、リアルテックファンドを立ち上げた理由を次のように説明した。「ユーグレナがバイオ燃料事業を形にするまでに、10年以上の月日がかかりました。イノベーションには時間も必要なのです。地球環境を守るために技術的なブレークスルーは不可欠ですが、その間の努力を支える研究開発投資は、官民ともに十分とはいえません。それであれば、自分たちでベンチャーの投資育成をやろうと考え設立しました」
そのリアルテックファンドは、「ソーシャルインパクトがなければ投資をしない」と宣言。環境や人類の課題にフォーカスし、科学技術と事業のバックグラウンドを持つプロフェッショナルたちが資金運用を担う。すでに事業化された案件、さらには株式上場に至った案件も少なくない。
“SX”について永田氏はこんな感想も付け加えた。「私を含めて、ミレニアル世代以下の若年経営者の多くは、人類や環境をテーマに起業した人たちです。始めたときからサステナビリティを強く意識しているので、そこに“トランスフォーメーション”はありません。いわば“ナチュラル・ボーン・サステナビリティ”なんです」
リアルテックファンド 代表 兼 株式会社ユーグレナ 取締役副社長COO 永田暁彦氏
ここまで紹介した各氏の発言から共通して浮かび上がるのは、サステナビリティとはチャリティではなく事業を通じた社会貢献であること、各社ともサステナビリティ活動をコストとして捉えるのではなく、トレードオンを実現して経済的価値を創出しながらサステナビリティ経営を実践していることの2点だ。モデレーターのPwC Japanグループ・山岸哲也はこれを、「皆さんが、それぞれ明確なSXストーリーを描き、それに沿って着実な歩みを進めていることが分かりました」と総括したうえで、「多様なステークホルダーが納得するような『ストーリーテリング』が重要」と、新たな視点を提示した。
山岸のこの指摘を受け、リアルテックファンドの永田氏は、大企業とスタートアップを多数つないできた経験から、「確かに、現場が“本気”になれるストーリーをうまく描けていないケースも少なくない」として次のような実体験を紹介した。
「サステナビリティ経営を掲げていても、そうしたトップの意思が現場に浸透している企業と、トップの思いと現場の実態に隔たりを感じる企業があります。外部との接点となる現場の人の姿勢に、その差は現れます。サステナビリティにつながる技術の説明を聞いてワクワクしているタイプの担当者は能動的に動き、そこにはさまざまな情報が集まってきます。逆に、“言われたからやっている”タイプの担当者も実はたくさんいて、言動を見ればその違いは明らかです」(永田氏)
サステナビリティ活動が形式的、もしくは表面的なものにとどまっている企業では、「新しい取り組みを進めようとしても、必ずどこかで岩盤に突き当たります」と永田氏は断じる。“現場への浸透度”以前に、トップが語るストーリーの中身が練れていないケースもあるという。組織の岩盤を突破するには、ストーリー自体の持つ説得力が問われそうだ。もちろん、それを伝えるトップのリーダーシップが求められることは言うまでもないだろう。
金融の分野でポイントになるのは、投資先企業、アセットマネージャー、そして最終受益者であるアセットオーナーが共有できるストーリーを示せるかどうかだ。アムンディ・ジャパンの岩永氏はこう語る。「長期的な社会貢献を目指す発行体企業に対して、アセットオーナーは運用を委託するマネージャーを通常、四半期ごとに評価をします。双方の時間軸を合わせるのは容易ではなく、合わせるためには対話を重ねるほかありません。時間軸を共有し信頼関係が成立すれば、イノベーション支援のよい流れが生まれます。まずは発行体企業が、自分たちのパーパスやSXストーリー、それに伴うリスクを含めて積極的に説明することが大事です」。こうしたプロセスを経て情報を共有できれば、ファンドとしても経済的リターンなどの観点で議論に参加しやすくなる、と岩永氏は指摘した。
モデレーターを務めたPwC Japanグループ ストラテジーリーダー 兼 チーフカルチャーオフィサー 山岸哲也
企業が提示するサステナビリティ経営の「ストーリー」を、ステークホルダーが納得し支持することで、SXは力強く前進を続ける。その例といえるDSMでは、「インプルーブ」「イネーブル」「アドボケート」という3段階のアプローチでサステナビリティ活動を推進している。
同社の丸山氏はこう解説する。「インプルーブは、自社の温室効果ガス排出量削減など自らの事業における改善。イネーブルは、例えばカーボンフットプリントの低い製品の提供を通じて、お客様の事業のサステナビリティ改善に貢献するというアプローチです。アドボケートは消費者や政府などとの対話を通じて、サステナブルな製品やソリューションの価値を認めていただくこと。サステナブルな製品やソリューションはそうでないものに比べてコスト面で不利になる場合が多く、社会的受容のための土壌づくりも大切なのです」
社会的な価値と経済的な価値が両立する実例を、DSMはその事業を通じてすでに明示している。「従業員もそれを誇りに思っています」と丸山氏は話し、こう続けた。「当社に入社してきた各層の新人たちに動機を聞くと、『サステナビリティ経営に共感した』という声が圧倒的に多い。これからの時代、サステナビリティに真摯に取り組まない企業には、人材が集まりにくくなると思います。投資家も関心を示さなくなる。その結果、事業そのものの継続性にも懸念が生じる可能性があります」
人材獲得の観点から、リアルテックファンド/ユーグレナの永田氏はこう補足する。「ユーグレナはもともと生命科学の会社です。その私たちがまったく分野の異なるジェット燃料を開発できた理由は、トップクラスの人材が集まってきたから。サステナビリティに鋭敏な若く優秀な人材が、ユーグレナのようなスタートアップに数多く転職してきたのです。人材や資金の面を含め、サステナビリティは経営のさまざまなところに効いてきます」
変化の激しい時代にあって、長年慣れ親しんだ経営スタイルを10年後、20年後もそのまま維持できるとは考えづらい。永田氏はこう続ける。「VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代にあって、変化を拒んだまま20年後も同じように事業を続けられると考えているとしたら、それは本当に危険なことです。企業が自ら変化を目指すべき方向は、間違いなくサステナビリティであると私は確信しています」
SXは息の長い取り組みだ。すぐに成果が得られるとは限らないし、試行錯誤も必要だろう。そのような活動を持続し、環境・社会価値と経済価値を両立できるようになるまでには、一定の時間がかかるかもしれない。
「私自身はSXを、究極の生き残り戦略だと考えています」とPwC Japanグループの鹿島は語る。「そのSXを長期戦略として実行するためには、企業としての存在意義やパーパスを明確にしたうえで、シナリオやストーリーといったものを共有するのが重要。そして、諦めずにやり続けることです」(鹿島)
粘り強く続けること。SXを成功させるために、経営者の意志と覚悟がいま問われている。
1988年に日本債券信用銀行に入行後、1997年に運用業界に入り、バークレイズ・グローバル・インベスターズを経て、ブラックロック・ジャパンではグローバル・資産戦略運用部長、取締役CIOを歴任。2014年にアムンディ・ジャパンに入社、CIO兼運用本部長を務め、2020年7月より現職にて責任投資およびスチュワードシップ活動を統括する。
大阪大学理学部卒業、大阪大学大学院、三重大学大学院、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)、スローン経営大学院(MBA)修了。1993年より三菱化学株式会社で研究開発や新規事業開発に従事。2006年に東レ・ダウコーニング株式会社(現、ダウ・東レ株式会社)入社、グローバルマーケティング、グローバルビジネスを統括。2015年にオムロン株式会社入社、イノベーション推進本部オープンイノベーション推進室長、インキュベーションセンター長を歴任。2019年7月より現職。
慶応義塾大学商学部卒業。独立系プライベート・エクイティファンドに入社し、プライベート・ エクイティ部門とコンサルティング部門に所属。2008年にユーグレナの取締役に就任。 ユーグレナの未上場期より事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門を管轄。技術を支える戦略、ファイナンス分野に精通。現在は副社長COOとしてユーグレナの食品から燃料、研究開発など全ての事業執行を務めるとともに、日本最大級の技術系 VC「リアルテックファンド」の代表を務める。2020年にリアルテックホールディングス代表取締役就任。
1985年、大手監査法人に入所。監査業務を経験した後、1995年にアーサーアンダーセンビジネスコンサルティング部門へ転籍し、2001年にパートナー就任。ベリングポイント株式会社マネージングディレクターなどを経て、2012年にプライスウォーターハウスクーパース株式会社のコンサルティング部門代表、2015年に同社代表取締役に就任。2016年より現職。
1999年PwC税理士法人入社。入社後一貫してM&Aおよび国際税務領域において国内外のさまざまな多国籍企業に対して税務デューデリジェンス、ストラクチャリング、国際税務プランニング、クロスボーダー組織再編に関するアドバイスを提供。2011年パートナー就任。2017年ディールズタックス部門長就任。2018年PwC税理士法人マネジメントコミッティ就任。2020年より現職。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。